その17:魔族と人間
「通って良し! ……って立派なファングボアだな、傷も無いし高く売れるぞこれは」
「それはありがたいことだ、金が無いから高ければ高いほど助かる」
「はは、駆け出しか? 頑張れよ」
門を抜けて町へ戻ると、門番が俺の狩ったファングボアを見て感嘆の声を上げながら労いの言葉をかけてくれたが、適当に挨拶をして荷車を引いてギルドへ向かう。
「この程度なら片手で運べるが流石に目立つからな……」
人間に合わせるのは少しストレスを感じるが、あと少しの辛抱だ。オーラムの話では早ければ今日中に戻ってくるらしいし、こいつを売った金で酒でも飲みながら待つとしようか。
「荷台を返しに来たぞ、クレフ」
「んあ? おお、ザガムか! 早かったのう、どうじゃ成果は?」
「この通りだ」
親指で後ろの荷台を指すと、クレフはファングボアを見て満足気な表情で頷いた後、俺の腰を叩きながら言う。
「……流石じゃのう。最近だとここまで綺麗な個体は中々なかったはずじゃ。依頼票はもっておるな? このまま隣の解体屋へ持っていけば査定してくれるから、それが終わったら荷車を戻しに来るといいぞい」
「そうなのか、そこまでは聞いていなかったな」
「おう、また後でな」
ギルドの横に倉庫のような建物があり、開いたその場所へ荷車を運ぶと俺に気づいた人間が小走りに近づいてきた。
「こんにちは! 魔物の査定ですか?」
「ああ、頼む」
「わっかりましたー♪」
赤茶の髪を首筋あたりで縛っている女の子が出てきて声をかけてくれ、元気に敬礼をして荷台へ向かう。
そばかすが鼻の頭に少し残る顔は幼く、まだ子供だなと思う。
「わ、おっきい……牙も太いし……ううん、こんなにきれいな状態で倒しているのがそもそも凄い……! これはわたし一人じゃ無理かなぁ、おとうさーん!!」
「おう、どうしたコギー! っと、冒険者か、査定かい?」
「ああ、傷が無ければ高いと聞いているがこいつはどうだ?」
興味津々と言った感じでファングボアの周囲をウロウロする女の子を横目に、父親へ尋ねると口笛を吹きながら歯を出して笑う。
「いい個体だな! 大きさも状態もSクラスだ、みかけねぇ顔だが流れの冒険者か? それも凄腕の。俺はギリィという」
「ザガムだ。昨日この町に着いたばかりでなにもわからん。それと俺はEランクだ」
ギルドカードを見せると、父親は目を丸くして驚いていた。
「マジかよ……仲間は?」
「あいにく一人だ」
「ハッ、若そうだし兄ちゃん、天才ってやつか? 俺も才能がありゃあなあ……」
「お父さん、その話長くなるから止めてね?」
「お、おお……査定だな、うん……。あ、依頼票あるか?」
「これだ」
天才、か。
そういえばメギストスにそんなことを言われたことがあるな。教えたことの吸収力の良さと『教えてもいないこと』も出来ていた幼少期の俺は随分と褒められたものだ。
少し考えれば応用できそうなことばかりだと思うのだが、とメギストスに返したところ、その考えが『すでに一つ抜けている』らしい。
養父でもあるメギストス……昔はあの強さに憧れたものだが――
「――ちゃん……お兄ちゃん!」
「む、なんだ?」
「ボーっとしてどうしたんですか? 査定、終わりましたよ!」
「そうか、すまない考えごとをしていた」
「いえいえ考え込んでいるお兄ちゃん、カッコ良かったです♪」
「普通だと思うがな。で、どうだ」
ニコーっと笑う顔は父親に似ているなと思いながら尋ねる。
「おお、こいつが今回の報酬だ!」
「六枚と数枚あるな? こっちはコインか」
「合計七万ルピだ、全部万札だと大変だろうから千札と小銭も含めておいた。数えてくれ」
どうやらあいつは本当に良い個体だったようで、相場よりも高く引き取ってくれた。少し計算に手間取ったが確かに言った金額であっているようだ。
「相場より高値だったな、ありがたい」
「毛皮や牙に傷が無く外傷も見当たらないし、まるで寝ているかのような状態だからな。だけど息の根はちゃんと止まっているし、こんな状態、罠でも難しいぞ」
「運が良かったんだ、転んだところを剣のへりでぶん殴った」
「へえ、腕力が凄いのか? ま、腕がいい冒険者が増えるのは助かる、ここ最近は……って、こんな話、来たばかりのやつに話してもつまらねえか。また査定が必要な依頼があったらよろしくな! 依頼票はギルドに渡してくれ、受領サインはしておいた」
「またねーお兄ちゃん!」
「機会があればな」
コギーが元気よく手を振りながら見送ってくれ、俺は空になった荷車を引いてギルドの裏方へ。
「今度こそ返すぞ」
「おう、おかえり。いい親子じゃったろ? コギーは母親が病気で亡くなっているのに元気に育ったわい」
「そうか」
「なんじゃい、冷たい反応だのう。可愛い娘に土産でも買ってやろうという気にならんのかい」
「あいにく自分のことで精一杯なんだ。それより、昼飯を食おうと思うんだがどこかにいい店を知らないか?」
クレフが渋い顔で俺を見るが、あの親子は出会ったばかりなのでそんな情報を貰ったところで出来ることなどない。
そんなことを思っていると、クレフが親指で通りの向こうを指して俺に言う。
「一つ先の通りに”オウル”というレストランがある。そこはわしの馴染みがやっておるから、名前を出して構わん。なんか食わしてくれるじゃろう」
「オウルだな、行ってみるとしよう」
「ふん、またな」
不満気な様子だが『またな』とは不思議なことを言う。
魔族なら不機嫌になれば無言がしばらく口を利かないことが多いのでそんなことを口にする者は居ない。
「人間はよく分からんな」
それよりも昼飯だと、大通りに差し掛かったところで――
「あ、あ、ど、どいてくださいー!?」
「ん?」
慌てた声に俺が振り向くより早く小さな衝撃を右側面に感じ、それと同時に情けない声が上がる。
「ひゃん!? ……いったぁ……」
「どこへ行くのか知らないが慌てすぎだ」
「あ、ごめんなさい! ありがとうございます!」
手を出して助けようとしたところで、尻もちをついたまま笑う人間を見て俺は差し出した手を一瞬止める。
その人間は俺の苦手な少女だったのと同時に、酷いケガをしていたからだ――