その14:王都を散策する冥王
「ん……良く寝たな……そろそろ起きるか」
宿で寝ること丸一日が経過し、俺は身体を起こして目を瞑って手を握り魔力を集中させる。
「よし、回復したな。後は飯でも食えば完璧だろう」
飛行魔法‟フライ”は連続使用するには魔力の消耗が激しいので、遠距離を休まず飛んでここまできた俺は結構な魔力を消費していたのだ。
基本的に時間と共に回復するのだが、疲労回復と似ているので睡眠と食事は重要なのである。
「メギストスと戦った後はよくこんな状態が続いたものだが、ここ数日は穏やかなものだな」
それでも力を出し過ぎないようにするのを忘れないようにしないといけない……。
冥王としての力を出しても構わないのだが、メギストスに探知されるのが面倒なのと、アレイヤの反応を見る限り全力で金を稼ぐと勇者を探すどころではなくなりそうだったのがネックだ。
「勇者さえ見つければさっさと魔族領に招き入れてメギストスを倒す。それまでは我慢だ」
俺は頬を叩いて顔を洗い、飯を食いに行くため部屋を出て下に降りると掃除をしている元気な女性が声をかけてくれた。
「あ、おはようございます! 夕食には来られませんでしたけど良かったんですか?」
「ああ、疲れがたまっていたから睡眠を優先した。朝食は貰えるか?」
「もちろんです! そちらの食堂でお待ちください、すぐお持ちしますね」
「急がなくていい、飲み物を先にもらえるか?」
奥へ行こうとした女性に声をかけると振り向かずに手を振って応え、姿を消すのを確認してから頬杖をついて周囲を見渡す。
「静かでいいな。女性も俺に近づいてこなければ問題ないし、落ち着いて過ごせそうだ」
心配性のユースリアはよく俺について回っていたのを思い出す。
彼女が触っても動悸が乱れたり汗をかいたりはしないので問題ないのだが、姉ぶるので気恥ずかしい。それはそれで苦手になった部分もあるな。
「先にコーヒーをお持ちしました、ホットで良かったですか?」
「コーヒー? 聞いたことが無い飲み物だな……」
「あはは、そうですね。ブライネル王国でここ数年にできた飲み物なんですけど、南にある国で出来る豆を商人が持ち込んだんですよ」
豆から飲み物を作るのか……魔族は動物の乳か果汁、酒か水が主な飲み物だから興味深い話だ。
「そういうのがあるのか、とりあえずこれは頂くとして水を一杯貰えるか? 朝はコップ一杯飲まないと調子が出ないんだ」
「そうなんですね、もうすぐ食事もできると思いますからその時に」
「それで構わない。……む、苦いな」
「あ、それはお砂糖やハチミツなどを入れて甘さを調節するんです。両方とも貴重なので、ご所望ならお持ちしますけど?」
「いや、これでいい」
少し飲んでみると確かに苦いが嫌いな味ではなく、寝起きの頭がスッキリするような感じなのでそのまま飲むことにする。女性は微笑みながら朝食を取りに再び奥へ戻っていく。
「悪くないな、ハンバーグとこれは人間を支配したら普及させたい。先にマルセルやユースリアにも飲んでもらって意見を――」
と、呟いたところで俺は勇者を見つけるまで魔族の地域に帰るつもりは無いことを思い出し、目を瞑ってコーヒーとやらを口に入れる。
寂しいという感情は無いが、しばらく話せないのはつまらないと一瞬思ってしまった。
「お待たせしました! こちら朝食のセットになりますー」
「ありがとう」
相手が人間でも尽くしてくれたことには感謝しなければ【王】とは言えないので、きちんとお礼を言っておき、俺は朝食に目をやる。
「トーストにサラダ、茹でた卵と焼いたハムか、シンプルでいい」
味は……まあ普通で、朝食ならこんなものだろう。決して期待していたわけじゃない……わけじゃないのだが、俺は美味い飯屋を探そうと思った。
「やはりハンバーグは別格だったのだな」
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない。美味かった」
「それは良かったです!」
俺はとりあえず頷いてから食堂を立ち去ろうと歩き出す。そこで背後でお気をつけてという声が聞こえたので片手を上げて挨拶をし宿を後にした。
「さて、勇者の情報収集と金を稼ぐ必要を考えると、気は進まないがやはりギルドへ行くしかないか……」
宿を出て食後の散歩がてら適当に町を散策することに決めて歩き出す。
この町に着いた時は早朝だったが、今はそれより少し遅い時間で陽もすっかり昇っている。天気も良く気持ちがいい朝だ。
余談だが人間の領地を手に入れたいのはこの空気にもあり、魔族領は場所によって霧が毎日出ていたり陽が届かないところもある。
小さいころメギストスに聞いた人間の領地はキレイでいいところだと言われて人間はズルいと妬んでいたこともあったな、懐かしい。
「やはり王都だけあって最初に降りたキアンズの町より広いな。俺の城がある町と同じくらいかな? お、あれはなんだ? キャンプグッズ? ふうむ、野宿で使うのか、面白そうだな。防具は悪くないが高いな、武器は……普通だな」
立ち並ぶ商店はどこも見本や店頭に商品を見せて興味を引く工夫をしていてこれもまた面白いと思った。
魔族の運営する店はシンプルだが外からではパッと見てなんの店か分かりにくく、稀に詐欺まがいも横行していることがある。しかしガラス張りの店なら中の様子も見れるので安心できるだろう。
「参考になるな、魔族がどれほど杜撰かって話なのだろうが。……む、ここか」
しばらく散策したところで宿とは違いひときわ大きな建物が目に入り近づいていくと、前の町でも見た看板がぶら下がっていた。
このギルドはどうだろうな? アレイヤみたいな話がわかる人間なら楽なんだがと思いつつ、俺はギルドの扉を開いた――