その145:兄のプライド
「きゃははは! それそれそれ!」
『ぬ、ぐ!? 速いし重い!?』
キルミスの攻撃であの髭は防戦一方か。まあ、直接攻撃のキルミス、魔法の僕という前衛後衛がハッキリしている上に、キルミスの暴走は一度火が付くと止めるのは難しい。
敵は幹部クラスだろうし、このまま追い詰めて倒せば僕達の地位は安泰……といってもまさかメギストス様が元人間とは思わなかったけどね。
僕は先頭を務めるヴァルカンとロックワイルドをチラリと見て以前の戦いを思い出す。
……あの王都侵攻もザガム……さんの為、ひいてはこの戦いを見越してのものだったという。
もしクロウラーを倒した後、現在の魔王軍はどうなるのか? 解散したら僕達はまた放逐されるのは困る。
屋敷はあるけどあのまま僕達のものになるのかなど、実はそういうことばかりに気がいっているのだ。
「キルミス、下がって。<ギガファイア>」
『ぬおお、熱い!? ぐへ……!』
「あは♪ 髭がチリチリね!」
『ぐぬぬ……、生意気な子供達ですねえ! しかし、その強さはなかなか興味深い。脳筋の妹と頭脳派の兄というところですかな? ……どうでしょう、我等の仲間になりませんか?』
鼻血を出し、髭をもじゃもじゃさせながら急にそんな提案をしてくる。なんだっけ。キシュマテか。
だが、それを受け入れる理由はどこにもない。
「あんたのところの大魔王がどれくらい強いかは知らないけど、メギストス様もザガムさんも強い。それに、すでに僕達に負けそうになっている相手の言葉を受け入れる理由がないよ」
「だよねー。このままぶちのめして、ア・ゲ・ル♪」
『そうですかぁ。それは……残念ですね。であれば、処分するまでですな』
髪をかき上げながらフッと笑うキシュマテにイラっとした僕達はさっさとケリをつけるべく一気に仕掛けることにする。
「行けスケルトン! キルミス、足を止めたら僕が魔法でトドメを刺すよ」
「オッケー♪ でもその前に、その頭を吹き飛ばしちゃうかも♪!」
『フッ……』
四方から数十体のスケルトン。前方からキルミスの拳。
これは避けようが無い、念のため援護の準備はしていたけど、動きもしないキシュマテを見て杞憂かと思った瞬間――
「きゃぁぁぁぁ!?」
「キルミス!? <ギガファイア>!」
『ふん、貧弱な魔法ですねえ』
「な……!?」
一瞬でスケルトン軍団が塵へ還り、キルミスが刺突剣で急所を外された状態で攻撃を受けて地面に転がる。
すぐにキルミスを助けに入るも、ギガ級魔法を拳で払われ僕に返してきた。
足を止めた瞬間、血にまみれたキルミスを踏みつけて口を開く。
『んー、ガキは騙しやすくて助かりますねえ。ちょっと弱いふりをしていたら調子に乗る。スケルトンなどいくらあっても私には通用しませんよ!』
「う、ぐうう!」
「よ、よせ!」
力任せに踏みつけられたキルミスが苦悶の表情を浮かべて呻くのを見て、慌てて声をかける。
『いい声ですよ? ふふ、私は子供が好きでしてねえ……特にこういう小さい女の子を……調教するのがねえ』
「「へ、変態だー!?」」
うっとりした顔でキルミスを持ち上げ、首筋に剣を当てる。
変態と言われても気にしていないのが真性だと物語、僕は冷や汗をかく。
「……キルミスをどうするつもりだい?」
『それはもちろん#$%&をして▲▲▲をします。そして***をすると、あら不思議、従順な奴隷が出来上がるわけですねえ!』
「どこおっ立ててんのよ! キモォォォォイ!!!! くっ、力強っ」
「くそ…ギガ――」
『動くと、調教前に死ぬことになりますねえ? 人間の女の子は結構試しましたが、魔族の娘は久しぶりですから殺したくは無いんですよ?』
「臭い口を近づけるな!? この……! 痛っ!?」
手癖が悪いとばかりに手を刺し貫いた。こいつ……マジもんでやばい奴か。
キルミスが人質になっている以上ヘタに手を出すことも難しい。
さて、どうしようか……スケルトンでは勝てない、かな。
それでもキルミスを、最後の肉親である妹を見捨てることはできない。
「僕が人質を代わると言ったら?」
『ノー。私は女の子が好きなので、却下です。ついでに言うと――』
「……!? <シルバーガード>!」
「イルミス!」
悲鳴のような声をあげるキルミス。
「大丈夫、僕は平気だ。キルミスを守るためなら、これくらいのこと……! 行け!」
『ほほう、肩を貫かれても悲鳴も上げないとはなかなか根性のあるガキですねえ。しかし、スケルトンは無駄だと言っているはずですがねえ!』
「キルミスを……返せ……!」
『しつこいですねえ!』
「この……離しさないよ!! 力が入らない……!?」
僕は必死にキシュマテへ食らいつく。
このまま攫わせるわけにはいかない。【王】のプライドもある、上陸を終えたメギストス様や【海王】が遠目に見えるが、ここは僕達が任されて先行した戦い。
みっともない真似は……できない……!
「<ギガアイス>!」
『うぬ!? クソガキが!』
「うあ!?」
油断しているキシュマテの左わき腹に氷の槍を突き刺してやるが、怒ったヤツに蹴られて肩から剣が抜けて尻もちをつく。肩を抑えながら立ち上がると、僕はもう一度アンデッドを呼び出す。
『馬鹿の一つ覚えですねえ』
ゾンビ系は寒さで動きが鈍くなるので、スケルトンしか呼べない。
だけど、ご先祖はこのスケルトンを上手く使うことが出来ていたらしいので、僕にもそれはできるはずだ。
……この力、忌み嫌われていたこの【霊術】を使えることで親に捨てられた僕。
魔族でも、子供が相当数のアンデッドを生み出すのはこれは気味が悪かったらしい。
面白いと言って出て行く僕に着いて来てくれたキルミスは魔族らしく戦闘力が高く、見る者を惹きつけるため使役能力を持っているため、スケルトンを操ることができ、相性はすこぶるいい。
二人合わせて【霊王】なのはこのあたりに起因する。
僕は口に溜まった血を吐きながらニヤニヤしながらキルミスの頬を舐めるキシュマテにスケルトンと共に襲い掛かる。
「押さえつけろ! キルミスは僕が助ける!」
「ギギギギ……!」
「イルミス、無茶しないでよ! この! この!!」
『邪魔ですねえ! あなたも人質なら大人しくしなさい」
「あぐ……!?」
何度かもがいているけどキルミスでは力で勝てないらしい。
あいつの腕から解放できれば、油断しないかぎり互角に戦えるはず。
「くらえ! ……く、くそ……ダメか?」
『ガキの非力な力で私を倒そうなどと笑わせますねえ?』
「まだだ……! キルミスを離せ!」
僕は腰に潜ませていたダガーを抜いて斬りかかる。
しかし、剣術の稽古などしていないので、攻撃は当たらず、殴られ、蹴られ、ズタズタにされた。
頼みのスケルトンも、蹴散らされ、生み出してもさらに崩されて土に還る。
「も、もうやめて……! イルミスが死んじゃう!」
『しつこいですねえ、もう少し痛めつける姿を見せて楽しみたかったですが……そろそろ死んでもらいましょうか』
「う……」
腰にしがみつく僕を膝で突き放し、脳天目掛けて剣が振り下ろされる。
これは……死ぬかな……
悔しいなあ……【霊王】だなんて粋がっても、キルミスがいなきゃ一人じゃなんにも出来ないのか……いや、家を出てからずっとそうだったのか。
せめて、キルミスだけでも……助けないと……
「で、出ろ……スケルトン……僕の力全部を使ってやる……キルミスを助けろ……」
「お兄ちゃん、逃げて!! あっ」
腫れて見えにくくなった目の前には剣……ではなく、一体のスケルトンが立っていた。
『邪魔ですよ……!』
「……」
突っ立ったままのスケルトン。
ダメか、せめてメギストス様に助けを呼べれば……そう思っていると――
『なんですって!?」
「う、受け止めた……!?」
――キルミスの声で目を開けると、どこから取り出したのか、スケルトンは剣でキシュマテの攻撃を受け止めていた。