その141:慢心
極北。
最果ての大地と言われている、人や生物が住みにくい場所だという。
さらに今はフェルの大封印魔法により凍土と化していて、さらに生物は居ない。
母やフェルは封印するならそこだと決めて追い詰めたらしい。
が、逆に直前で母が捕まり、一度は敗走。
二回目で成功したが、母は死んでしまったというわけだ。
なので今、眼下に広がっている影は魔族だが――
「結構吹き飛びましたね」
「だけど、まあぞろぞろと……でも、魔族にしちゃあ知能が低そうね」
「恐らく魔法生物に近い存在だろう、数で圧倒するなら作った方が早いとフェルも言っていたからな」
――ただ、敵を攻撃するための迎撃システムと見ていいだろう。
まあ、それならこちらも心置きなく潰せるというもの。
「よし、空から先制を仕掛けるぞ。黒竜達よ、炎を浴びせろ」
「「「グォォォォン!!」」」
「やっちゃえ!」
俺、ファム、ルーンベル、がそれぞれ乗った黒竜の炎が地上を焼いていく。
氷に覆われた大地は剥き出しになり、荒涼とした地面が姿を見せ、鱗のような肌と羽を持つ青い皮膚をした魔族は消滅していった。
「この調子なら反撃を受けずに皆さんが上陸できそうですね!」
「油断するなファム、来るぞ」
「え?」
直後、白く霞む空で、視界に黒い点がぽつぽつと増えてきた。羽が生えているのだ、これくらいはしてくるだろう。
「小回りが利くわたしが遊撃しますよ」
「頼む。そろそろ上陸してくるころだ、ルーンベルとファムはこのまま地上掃討を続けてくれ」
「ザガムさんは?」
「俺は……お客さんのようだからな」
「え?」
俺が視線を向けると、物凄いスピードでこちらへ向かってくる者が見えた。
その姿が確認できた時、ルーンベルが口を開く。
「あいつ……ゼゼリック……!」
「生き延びていましたね、やっぱり!」
「あいつが町と帝国を誘導していた魔族か。すぐに倒す――」
俺はブラッドロウを抜くが、ゼゼリックとやらは俺達に気づくと、不快な顔を見せながら口を開く。
『ふん、勇者とシスターか。そしてその剣……お前がザガム様か』
「お前に様などと言われる筋合いはないがな」
『クロウラー様のご子息であれば、ね? だが、反旗を翻すなら話は別だ』
「今度はきっちり倒してあげるわ」
ルーンベルが‟偽典”を開く。
だが、ゼゼリックはそれを一瞥した後、問いかけてきた。
『あの赤い髪のアホそうな男はどこだ? 借りを返しに来た。お前達の相手はその後だ。女はクロウラー様のところへ運ばねばならん……痛っ!?』
「なにをごちゃごちゃと言っているんですか? <ギガアイス>!」
『チッ、何者……!』
「イスラちゃんのひき逃げアタックを躱した……!?」
ペラペラと話しているゼゼリックへ背後からイスラが近づき、ロッドで後頭部を殴打。さらに魔法で追い打ちをかけるが、それは打ち消された。
ゼゼリックは旋回するイスラを忌々し気に見た後、俺達の後方に視線を向けてほくそ笑む。
『……ん? なるほど、他の魔族も引き連れてきたのか。まるであの頃の再現ですね……人間は居ないようですが』
「150年前に封印されて時代に取り残された者が勝てると思うのか?」
『やりますよ? この力はそういう為にあるのですから!』
「む!」
一気に魔力を上げた瞬間、俺達の脇を抜けて上陸が始まったフェル達の船へと向かって行った。スピードは確かなようで、俺も追いつけるか分からない。
だが、向こうに行ってしまうならそれはそれで構わないなと、地上掃討へ戻る俺。
それはそうだろう?
俺以外の【王】は全て向こうにいる上、フェルも戦闘に参加する。
いくら力をつけていたとしても――
◆ ◇ ◆
『ふははは、見つけたぞ赤毛の男!』
「お、てめぇはあの時の! 俺とケリをつけに来たか?」
ザガム達から『逃れた』ゼゼリックは先に上陸していたヴァルカンを発見し、嬉々として語り出す。
『それもあるが……まずは周りの者達を殲滅させてやろうと思いましてね。小物とはいえ、この数は面倒ですし一気にやらせてもらおうかと』
「ふうん、できるものならって感じねー」
『貴様もあの時いた女か。後で相手をしてやる、覚悟しておけ……!』
「くく……」
そこでフェルディナントが含み笑いをし、ゼゼリックは訝しむ。
『なにがおかしい? このあふれ出る力を前に気でも触れたか。それにお前達は……よく見れば150年前にクロウラー様と戦った人間か……?』
「ああ、覚えていたんだ? いやいや、僕達を侮るのは勝手だけど、あの時まるで相手にならなかったのは……そっちの方だよねえ?」
『な……! 今は違――』
憤慨した直後、超上空からの攻撃を受けて地面に叩きつけられるゼゼリック。
飛来した人物が腕組みをしながら口を開いた。
「一人でこちらに乗り込んできたのは中々褒められたものだが……戦力を見誤っていたな」
『ぐ……?』
見下ろしていたのは天王マルクス。
空の警戒を行っていた彼が蹴りを放ち、ゼゼリックは地面に叩きつけられた。
それを見ていたフェルディナントが肩を竦めながら言う。
「力があるとは言っても、もはやローカル。悪いけどウチの【王】達には勝てないだろうね」
『馬鹿な……。し、しかし、そっちの男はあの時、私に押されていたぞ』
「……なら、試してみるか? 大魔王様、よろしいですか?」
「うん、構わないよ。ほら、みんなは下船を急いで、ザガム達が地上掃討をしてくれているから、一気に攻めたい」
フェルディナントがゼゼリックには興味がないとヴァルカンに一任し、背を向ける。
「て、ことだ。今度は逃がさねえぞ?」
『くく……一斉にかかってくればいいものを……! 私に押されていた貴様が勝てるとでも? ……ふぐ!?』
「ごちゃごちゃ言ってねえでやろうぜ、なあ? まあ、なんつーか、生き返ったから良かったけどよ、あいつが死ぬきっかけになったてめぇはこの手で消したかったんだわ」
『おのれ……!』
「あの時は勇者とか他の人間も居たし、本気を出しにくかったが、ここなら全力でやれる」
『戯言を!! <ヴァーミリオンサイス>!』
ゼゼリックの攻撃を回避し続けるヴァルカンに対し、畳みかけるゼゼリック。しかしその攻撃が触れることなく、放った魔法も、
「ふん!」
『な……!?』
「『な!?』じゃねぇんだよ。ザガムに比べりゃクソみたいなもんだぜてめぇなんざ。まあ、ちょっとだけ俺の方が強いがな」
『ふざけ――』
ゼゼリックがなにかを言いかけたその時、ヴァルカンの身体が大きく膨らみ魔族としての姿をさらした。
そのまま突っかかって来たゼゼリックの首を掴んで憮然とした顔で持ち上げる。
『くっ……離せ……!』
「ああ、俺に掴まったらもう無理だ。そういや炎が得意だって言ってたな? これに耐えられたら認めてやるよ。【クリムゾンジャケット】」
『あ? ああ……!?』
ゼゼリックの身体から煙が立ちのぼり始め、悲鳴をあげる。
やがて黒煙が上がり、身体は真っ赤に熱を帯び始め、それは赤い上着を着ているようにも見えた。
『あ、熱い!? 熱が……内側から……!?』
「干からびて死ね」
『あ……が……ば、かな……クロウラー様ぁぁぁぁ……』
「ふん!」
ヴァルカンが気合を入れた瞬間、ゼゼリックの身体が黒炭のように真っ黒になり、ぼそりと灰になって崩れ落ちた。
「馬鹿が、黙って奇襲でもしてりゃちっとは戦力が削げたかもしれねえのによ。その慢心が主を殺す。安心しろ、クロウラーとやらもきっちりそっちに葬ってやるからよ――」
ヴァルカンは鼻を鳴らし、手に着いた灰を払うと、肩を回しながら進軍してきた魔族へ向きなおるのだった。