その121:夢現(ゆめうつつ)
町……と呼んでいいのか分からないが、柵で覆われた場所へ足を踏み入れる。
相変わらず靄か霧は晴れず、陰鬱とした空気がまとわりついてくるのが不快だ。
それと同時に、そこらをさ迷い歩く人間達がうつろな目をしているのも気が滅入るな。
「……ここに居る住人は、魂なのか?」
「そうよ。ここは死んだ者が一度は必ずやってくる場所。天国でも地獄でもなく、人間や魔族も関係ない中立な世界」
「中立……。む」
「知り合いが居た?」
俺が目を向けた先には『神霊の園』でメギストスに殺されたヴァラキオンの姿があった。近づいて目の前に立ってみると、
「……反応なし、か」
「しかも……ほらほら、すり抜けるのよ」
「気持ち悪いから止めろ」
ナルが背後からヴァラキオンの胸に手を突き出して妙な主張をする。
とりあえず窘めてから再び町中を進み始めるが、ふと気になったことを尋ねてみることにした。
「俺はここへ魂を回収しに来たが、どうやったら蘇らせることができるか知っているか?」
「私は知らないわよ」
「……」
なんかイラっとしたので、後頭部を掴んで力を込めてやった。
「痛っ!? 知っている訳ないじゃない、私だって幽霊なんだし」
「それもそうか。……いや、待て。それならどうしてお前は喋れるのだ?」
よく考えれば掴めるのもおかしい。ヴァラキオンはすり抜けたのに、だ。
「え、なにが? とりあえず、このまままっすぐ行けば多分わかるわよ」
「……」
『行けば』か。
それは分かるのに方法は知らない。随分ちぐはぐなことを言うな……信用すべきかどうか。
しかし、この世界で勝手がわからない以上、今は付き従うしかない。
そんな中、俺は見知った顔を見つけて立ち止まる。
「……こいつは、あの時の」
「知り合い?」
「ああ」
目の前で揺れているのはヴァンパイアと老婆だった。
お互い向き合い、うつろな目のまま見つめ合っているという感じで、近くにはゴーストとして戦った村人の姿もあちこちにいる。
このヴァンパイアを可哀想だとは思わない。
こいつはこいつの信念で人間を巻き込んだ。老婆はそれに協力し、裏切り、死んだ。
割り切るべきだろうが、それは少し胸が痛むような気も、した。
これが感情というやつなのだろうか。今までにはない感覚だ。
そこからしばらく歩くと、霧がかかった城のような建物が目に入り、この簡素な街並みからすると異様な雰囲気を醸し出している。
特に門番などもおらず、近づいた瞬間に門が勝手に開いた。
「行くわよ」
城に入ると門が閉じ、罠かと訝しむがナルは構わず先に進む。
黒と白のコントラストをした絨毯の上を歩いた先で――
『ようこソ、私の城へ。意識あル者がここへなんの用かナ?』
――カラカラと音を立てながら濃い紫のローブを頭からすっぽり被った骸骨がそんなことを言う。
頬杖とつき、開いた双眸の向こうには黄色の点が瞳のように輝いていて、いかにもといった風な『死神』だった。
俺は目を細め、隙の無いようにその骸骨へと尋ねる。
「俺はザガム。【冥王】と呼ばれている者だ。ここへは魂を返してもらいに来た」
『ほウ。続けなさイ』
「……訳があって蘇生を試みたい。方法を教えてくれ」
俺がそう答えると、骸骨はカタカタと揺らしていた体を止めて口を開く。
……これは、殺気か……。
『むははハ、面白いことヲ言う男ダ! ここは死者ノ国。蘇生など禁忌以外何者でもなイ。なるほド、‟凍血静寂”か。生者であれバ意思疎通はできるカ。ま、どちらでも良イが、それは出来ぬ相談ダ、帰り給エ』
「それは出来ん。俺はコギー達を連れて帰ると約束した」
『……フウん。まあ、君のことは知っているヨ、ザガム君。だからこそ解せヌ。人間達の領地を奪い、蹂躙し、奴隷に近い扱いにするつもりなのだろウ? なら、このままでもいいではないカ』
「それでは――」
『勇者が悲しむとでモ? それとも聖女見習イか? どちらにせよ、人間は人間。無理であっタとでも言っておけバよろしい』
その通りだ。
俺は人間の領地を拡張するため、他の魔族を率いて追いやるつもりだった。
魔族の方が優秀かどうかはさておき、長寿で力もある俺達が小さな領地に居ることに我慢ができなかったからだ。
――だけど
「……そうはいかん。先のことは分からんが、俺の嫁は勇者で人間だ。そいつを悲しませることになるのは避けたい」
『……でハ、取引だ。それを受け入れられれバ、ある程度は融通を聞かせテあげてもいいヨ』
「聞こう」
骸骨がパチンと指を鳴らし、その直後、コギーがぼんやりと浮かび上がる。
俺が近づこうと足を踏み出すが、
『おっト、動いてはいけないヨ? まだ、取引は始まったばかリだ』
「……言ってみろ」
骸骨が背にしていた鎌をコギーの喉元に突き付けた。
「貴様……」
『強気なのハ結構だけど、こちらが有利を握っていることを忘れテいないかネ? さて、ではお話と行こうカ。この娘の魂を無残にも消滅させル。それで、ブライネル王国で死んだ人たちを返してやってもよイ』
「コギーはどうなる?」
『消滅すル。もう何者にもなれズ、死の先。すなわち無へと帰ス。本来であれば別の人間に生まれ変わったリ、植物や動物ニなれるとこロ、存在そのものが消えるのダ』
「なんだと……」
魂というものは消えることは無く、死ねば別のなにかに生まれ変わる。
が、こいつはコギーをその輪から外すという。
『どうかネ? この娘一人でみな、助かル。こんなところまで来た君に対する評価のつもりだガ』
カタカタと笑う骸骨は俺をからかっているかのように笑う。
恐らく選べないことを承知で言ったのだろう、なので俺は目を細めて返す。
「断る。俺は最初に決めた、町の人間を生き返らせるために来たのだからな。力づくでも吐いてもらうぞ」
『ほウ、やる気かネ?』
俺がそう言い放つと、骸骨は面白いと言った様子で口を開く。そこで、ナルが呆れた様子で言う。
「あーあ、熱いわねえ。熱いし、嫌いじゃないけど、相手はきちんと選んだ方がいいわよ?」
「なんとかする。そうでなくてはファム達に申し訳が立たんからな」
『カカカカ……よろしイ。もし君が私に勝ツことができた暁にハ、魂を返してさしあげよウ』
「その言葉、忘れるなよ」
ブラッドロウを抜いた俺は骸骨へと飛び掛かった。