第9話 : 束の間の休日 (2)
宿に戻ると、コムギはベッドに直行してそのまま寝てしまった。
こんな状況だと、ザ・ベレにも当然行き辛い。
何か辛い思いをしているのなら、コムギを一人にしておくのは可愛そうだ。
できれば、側にいてあげたい。
しかし!しかしですよ…...
一人になりたい、そんな時だってありますよね?
わたしには聞こえます。
コムギの心の声が。
一人にしてっ!
きっと、そう言ってます。
よって……行きます!
お洒落な服も…...もちろん買ってあります!
行き・づ・ら・いのであって、行かない訳じゃない。
お店は宿を出てすぐの所にある。
コムギを起こさないように、そっと準備をして、こっそりと部屋を出た。
心臓の動悸が耳にまで響くほど、興奮している。
お店の中は思ってた以上に空いていた。
入ってすぐに、綺麗な女性とも目が合う。
あぁ…...
これだよ、これ。
俺が本当に求めていたのは、これなんだよ!
大丈夫だ。まだ遅くはない。
ここから、今この瞬間からでも俺のハーレムは築ける!
よし、まずは飲み物の注文からだ。
カウンターまで足を運び、壁に掛けられたメニューに目を通す。
大人っぽいやつ、大人っぽいやつ…...
・リッキージャガー
・ブルネージュ
・リコスタレンチ
・ベネットコーギー
注文しただけで得点が上がってしまいそうな、オシャンな名前が並んでいる。
当然、どれも聞いたことがないものばかり…...
というか、この世界に来てからアルコールを口にする事自体が初めてだ。
前世でもこんなに洒落たバーには行ったことがないから、勝手が全く分からない。
恥ずかしくて、店員さんに声を掛けることもできない。
それに、カウンターの前でいつまでも突っ立ているのが恥ずかしくて、それを誤魔化す為にブツブツ呟く。
「あれは、この前飲んだし…...」
「リッキージャガーを頼んでみるのも悪くないな」
…...ダッサ
しかし、いつまでも悩んでいる訳にもいかない。
とりあえずはメニューの上の方にあるやつを選べば外れることはない気がする。
とはいえ、一番上のメニューを頼むのは初心者っぽいし…...
「ブルネージュください」
「はい、かしこまりました」
店員の反応を見る限り、変な注文はしてなさそうだ。
よかった…...
「お待たせしました。
ブルネージュです」
澄んだ青色をしているけれど、匂いは芋焼酎。
俺、芋焼酎苦手なんだよ…...
座席は両サイドに人のいない場所をチョイスした。
シラフの状態じゃやっていけない。
取り敢えず、飲みまくって気分をあげなければ…...
そう思って、ザ・ベレでの記念すべき一杯目を口にしようとした時、後ろから声を掛けられた
「お兄さん、ご一緒して良い?」
うわー!声めっちゃ可愛えぇ!
しかも、女の子から声を掛けてくれるなんて…...!
「ええ、もちろんですよ」
そう言って振り返った瞬間、
目に映ったのは武器商店で見かけた男と同じような体格をした人だった。
大胸筋、半端ねぇ…...
上腕二頭筋、半端ねぇ…...
黒いワンピースに白のエプロンを身につけていて、その姿はメイドさんそのものだけど…...
逞しい筋肉のせいでパッツパッツ。
頭につけてるヘッドドレスは可愛いレース柄だけど、めり込んでる…...
でも、髪の毛はサラッサラで、ツインテールにしてる。
何でサラサラやねん!
あと、身長が高すぎてスカートの丈は全く合ってない。
その裾から見える脚は黒のニーハイで覆われているけれど、ふくらはぎはパンッパン。
あんた、絶対男だろ…...
「お名前、なんて言うのかしら?
私は、ラリゴーよ」
ゴリラー?
「ドゥ、ドゥエインです。ドゥエイン。」
本当の名前を教える訳にはいかない。
百万が一女性だったら、魅了に掛かってしまう。
「あの男性の方ですか?」
パリンッ
そう問うと、ラリゴーの手に収まっていたグラスが粉々に砕けた。
しかも砂つぶ程にまで細かくなっている。
プレス加工機かよ…...
「え?大丈夫ですか?」
心配になって手のひらを確認してみたけれど、傷一つできてない。
超硬合金かよ…...
「だ、大丈夫です!少しぼうっとしてました…...」
「なら、良かったです。それで話戻しますけど、やっぱりだんせ…...」
そう言い掛けると、今度は近くにあった暑さ10cmほどの机の端を餃子の皮ほどの薄さにまで握りつぶした。
なるほど…...
これ聞いちゃあかんやつなのね…...
「いや、あの…...お洋服が可愛いなって!」
「本当ですか!?
嬉しいです!」
これは嘘じゃない。
でも残念ながら、服の方は着る人を選べないからな......
ラリゴーは褒められたことがよっぽど嬉しかったのか、スカートをヒラヒラさせながらターンしている。
そして、ターンをする度に扇風機を強にしたような風が吹き付ける。
あっぶねー…...言葉には気を付けないと。
そう思って冷や汗を拭っていると、通り掛かった3人組の青年がラリゴーを見るなり禁断のセリフを吐いた。
「うっわ、おっさんやん」
その言葉を発すると同時に3人組の1人の姿が消え、数秒後に出口付近で人がコンクリートにぶつかったような鈍い音がした。
奇跡的に人や物はぶつかっていない。
ナイスコントロール…...
…...よく分かった。性別に関する発言は厳禁。
そんな事を余所に、ラリゴーは何事もなかったかのように話し始めた。
「お店に入ってきた姿を一目見た時からビビッときたんです。
運命の人だって、そう思いました」
「そ、そうですか!いやー、嬉しいなそんな風に言っていただけて!ハ、ハハハ…...」
嬉しい訳あるかいっ!
「あの、連れが心配なんでそろそろ帰ります」
「帰るって、さっき来たばかりじゃないですか」
「そ、そうなんですけど。ちょっと心配になって」
「お連れさんは女の子?」
「そうです。一緒に旅をしている仲間で」
「…...別に良いの…...2番目でも」
いや、そんな話してないから!
むしろ、何でそうなった。
「いやいや、その言葉だけで十分です!
ありがとうございます。それでは…...!」
その言葉と同時に席を立って帰ろうとしたけれど、さっきまで隣に座っていたはずのラリゴーが前に立ち塞がって通れない。
俊敏性もあるのかよ…...
「分かってるわ…...」
え?なにが?
「照れてるのよね?」
んな訳あるかぃ!
「良いじゃない、今日くらいは…...
私と一緒に飲みましょう。ね?」
こ、声は可愛いんだけどなぁ…
「ご、ごめんなさい。やっぱり心配なので」
「ね?」
「いや、でも…...」
「ね?」
「で、ですよね〜
今日くらいは!」
断っていたら、明日を迎えることも叶わなかっただろう。
圧が、半端じゃない…...
「じゃあ、私たちの出会いに乾杯ってことで」
このセリフは、ラリゴーじゃない人から聞きたかった…...
「か、乾杯…...」
こうなったら、飲むしかない。
記憶がなくなるくらい飲んでやる。
「あら!良い飲みっぷり!」
…...そうして浴びるように酒を飲み、6杯目を口にして以降の記憶は残っていない。
気付いた時には、宿のベッドにいた。
あれ、どうやって帰って来たんだっけ…...
コムギは既に起きているみたいで、誰かと話している。
ニコリスの言ってた迎えの人が来たのかな…...
声からすると女の人みたいだ。
頭がガンガンして身体も怠いけれど、その姿を確認する為に身体を起こす。
まだ、寝起きで目も完全には開いていない。
ん〜......
ボヤけているからか、身体がとてつもなく大きく見える。
黒のワンピースに、白のエプロン。
サラサラの黒髪でツイン…...
「何でラリゴーがいるんだ!」
「あ、ウェイン様。おはようございます」
名前バレとるやん…...
でも、目は赤くなってないし首筋に紋章も浮き出ていない。
魅了に掛かっていないって事は…...やっぱり男だったのか…...
「ベロベロのあんたをここまで運んできてくれたんだから、お礼くらい言いなさいよ」
「あ、ありがとうございます。
ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
ラリゴーの目を見てお礼を言うと、頬を赤らめて目を逸らされた。
その反応やめい!
「いえ、大した事じゃありません…...」
まあ、大した事ないでしょうね。
一般人が綿飴持っているのと同じ感覚でしょうし。
「まあ、とにかく早く準備して。
宿の外にニコリスの迎えが来てるんだから。
わたしとラリゴーさんは先に行って待ってるからね」
「え??ラリゴーさんも一緒に行くの?」
「え?って、あんたが連れて行くって言ったんじゃないの?」
「いや、言ったっけな…...?」
「昨夜、言って下さったじゃないですか。
俺と一緒に世界を巡ろう、って」
お、覚えてない…...