第41話 : 小さな一歩 (2)
「その提案……聞かせていただけないでしょうか」
「現時点で、”戦う”という選択肢は捨てた上での話なんだが……
魔族と一緒に暮らす、というのはどうだ?」
「えっ?!」
提案に対して、真っ先に疑問の声を上げたのはミゴではなくコムギだった。
「すまない。事前に相談しておくべきだったが、この場で全員に話してしまった方が良いかと思ってな……」
「我々としては、特に問題を感じるような提案ではないですが……
ご迷惑にならないでしょうか……」
『此奴の言う通りじゃ、ウェイン。統治会議を刺激する事になりかねんぞ?』
「その可能性は否定できない。と言うか、間違いなく刺激することになるだろう。
魔族もこの地区の住人も、統治会議にとっては厄介な存在みたいだからな」
『それを理解した上での提案なのじゃな?』
「そうだ……」
「でも、それだと……」
「コムギの言いたい事は分かる。父親のことだろう?」
「……うん」
「その点は心配しなくて良い」
『何か根拠でもあるのか?』
「暫く明かすつもりは無かったんだが……
ユリウスに連れ去られたダリアさんに秘密裏に指示を与えてある」
『ほう?その指示とは?』
「1つがコムギの父親が幽閉されている場所を特定すること。
それから、見つけた場所にガリアーニを手引きすることだ」
『知らぬ間に指示を出しておったとは……
しかし、なぜネイビス・クローガーが関わってくるのじゃ?』
「あの爺さんが絡んでいる時点で信用ならないわよね」
「立場の問題だ。今の時点で、疑われる事なくロゴポルスキーに入ることができる人物は限られているからな。それに、コムギの父親の幽閉されている場所が、簡単に近付けるような場所だとは思えない。その点、ガリアーニはロゴポルスキー内の伝手も築いているだろうし、解決する手段も力も持っていそうだからな」
「でも、仮に場所を特定したとして、どうやって手引きさせるのよ?」
「これを見てくれ」
そう言って俺は、服の内側に隠していた共鳴石を表に出した。
「1つしかないじゃない」
「そうだ。ガリアーニとの通信に使う方をダリアさんに渡してある」
「なるほどね……
それで、ロゴポルスキーから脱出する手段はどうするのよ。そんなに簡単な事じゃないでしょ?」
「そこまでは考えられていないが……この地区の事態が収容でき次第、俺たちもロゴポルスキーに入国して脱出の手伝いをするつもりだ」
『つまり……ネイビスにハイレインを救い出させ、その後に妾達がロゴポルスキーから脱出させるという手順じゃな』
「そういうことだ」
『しかし、それまでにハイレインが統治会議の手に掛けられない保証は何処にもないぞ?』
「逼迫している事態ではあるが、コムギの父親がすぐに手をかけられる事はないだろう。
少なくとも、魔族が攻め込んでくるまでは保険になる存在だからな」
「そんなの賭けじゃない……」
「否定はできないが、統治会議のユリウスに俺たちの存在を認識された時点で、魔族と地区の住人の関係は勘繰られているだろう。そんな事をするつもりはないが、地区の住人に手を差し伸べなかったとしても先の展開は大きく変わらないと思う」
「そうかもしれないけど……」
「本来ならコムギに判断を任せたいところだが、この状況では断る事も出来ないだろう。
それに、判断の責任を負わせるつもりもない。だから……これは命令だ。
俺の判断に従え」
こんなに強い口調を使ったのは初めてだ。
自分の判断が正しいとは言い切れない。しかし、この難しい判断をコムギに背負わせたくは無かった。もしコムギが提案に賛同してくれたとして、コムギの父親を救い出す前に命を奪われてしまったら、コムギは一生後悔の念を感じながら生きていく事になる。
それだったら、自分の判断を押し付けて恨まれた方がマシじゃないかと思った。
都合のいい話かも知れないが……
「……はい」
コムギは素直に言う事に従った。
魅了[絶]に掛かっている以上、言われた事に逆らう事は出来ない。
「ミゴも方針に反対はないか?」
「……ええ、勿論ありません」
「分かった。
そしたら、ニコリスに相談しよう。
コムギ、共鳴石に魔素を流し込んでもらっても良いか?」
「うん……分かった」
コムギはそう答えると、共鳴石を受け取って右手で握りしめた。
そして少し経つと、深緑色をした共鳴石から暖かく柔らかい光が滲み出してきた。
「聞こえますか?ウェインです」
「……」
反応がない。
「ニコリス?聞こえてる?」
今度はコムギが問い掛ける。
「はい!ニコリスでございます。ご用件は何でしょうか?」
今度はすぐに返事が返ってきた。
俺の問い掛けはわざと無視したんだろうな……
「ウェインに相談して欲しいことがあるの、聞いてもらえる?」
「……パメル様のお申し付けとあらば」
「ウェイン、話して」
共鳴石を俺の方に向けながら、コムギが話すように促してくる。
「あ、ああ……
えっと、相談というよりお願いなんですが……」
「何だ?」
「タンブレニアの事は知っていますか?」
「……知っているが、それがどうした?」
「地区の住人達を、カースアノレイクの地に匿って欲しいんです」
「詳細までは把握していないが……それが意味するところは理解した上での相談だな?」
ニコリスが懸念しているのも、コムギの父親の事だ。
これは、統治会議に挑発を仕掛けているのとほぼ同義なのだから。
「もちろん理解しています……」
「……そうか。それで、パメル様は何と仰っている」
「コムギも賛成してくれています」
「……パメル様、本当によろしいのですか?」
「……ウェインの言う通りよ。
父の事は心配だけれど、統治会議のする事を黙って見過ごす訳にもいかないわ」
「そうですか……畏まりました。
パメル様がお決めになったのでであれば、我々が断る理由はございません」
「じゃあ、早速だけど明日の朝には彼ら全員を迎えにきて欲しいの。できる?」
「み、明朝ですか!?随分急ですね……」
「時間が限られているの。私たちも直ぐにロゴポルスキーに向かわないといけないから」
「……承知しました。すぐに準備致します」
「ありがとうね」
「とんでもございません!お力になれて何よりです。
では、早速準備に取り掛かりたいので、失礼いたします」
「うん、待ってるわね」
コムギのその言葉を最後にニコリスとの通信は切れ、先ほどまで光っていた共鳴石は元の深緑色へと戻った。
想定とは全く異なる形だが、魔族と人間との共存が思わぬ形で実現の一歩を踏み出す事になりそうだ。




