第40話 : 小さな一歩 (1)
「だから、場所の問題は何とかなるだろう。
それよりも問題なのは……」
『この地区の住人のことじゃな?』
「……そうだ。
ユリウスとかいう奴には、躊躇いが一切感じられなかった。
ラリゴーがあの攻撃を止められていなければ……間違いなく犠牲者が出ていた」
『そうまでして地区の住人を消し去りたい理由でもあるのじゃろうか』
「それについては分からないが、この地区の住人の殲滅を見過ごす訳にはいかない」
『しかし、これだけの人数をどうするつもりじゃ?
少なく見積もっても、2000人は下らんじゃろう』
「考えがない訳ではないんだが……一旦屋敷に戻ろう。
ミゴにも相談しないといけない」
『……うむ。そうすべきじゃな』
「コムギ、ラリゴー!屋敷に戻るぞ」
「畏まりましたわ!」
「げっ……戻るの!?」
コムギがバツの悪そうな顔をしながら言い放つ。
「戻りたくない理由でもあるのか?」
「いや、その……
屋敷の屋根を吹き飛ばしちゃったから、怒られないかなって……」
壊したものに責任を感じているなんて、成長したな……
「責任感じてるなら、直接謝っておけ」
「……か、代わりに謝っておいて!ウェインの役割でしょ?」
そんな役割あるか!
謝罪係って何だよ……
「……まあ、とにかく行こう」
屋敷までの距離は400m程。鉱山に向かうときはラリゴーに抱えられて高速で移動して来たから周囲の風景は目に止まらなかったけど、大きな倉庫らしき建物が沢山並んでいる。
気にも留めていなかったことだが、通りの地面は綺麗に整備されているし建物の保存状態も良い。ミゴは自分の屋敷にばかり金を掛けているかと思っていたが、地区の整備も抜かりなくやっていた事が伺える。
思い返してみれば、地区住人の身につけている衣服や住んでいる住居はお世辞にも良いものとは言い難かったが、健康状態は決して悪くは見えなかった。
女性や子供が痩せこけている様子はなく、鉱山で働く男性は逞しく血色も良かった。
見掛けで判断しちゃいけないな……
ミゴは食べ過ぎだと思うけど……
「ウェイン様〜!」
地区の様子を伺いながらゆっくり歩いていると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
その声の主は恐らくミゴだったが、目を凝らしてよく見るとその背後には武器を持った数人の男達が続いている。
大方、心配にでもなって様子を見にきてくれたんだろう。
「ウェ……イン様。
はっ……はっ……はっ……」
慣れていない運動をしたせいだろうか、ミゴは息を切らしながら話している。
「ご……ご無事ですか?
動けるものを連れて……す……助太刀に……参りました……」
そんなに呼吸が乱れていたら、全く使い物にならないと思うけど……
「根本的な問題は解決していないが……ひとまず猶予は得られたと思う」
「はっ……はっ……ふー……
ありがとうございます。皆様が居られなかったら、どうなっていたことか……」
「それで、今後のことについて少し相談したいことがあるんだ。
少しだけ時間を貰っても良いか?」
「はい、勿論です!
……あっ!そう言えば!」
「急にどうしたんだ?」
「実は……敵の襲撃を受けて屋敷の屋根が飛ばされ、3階が吹き抜けの状態になってしまったんです」
「……」
横にいるコムギはすっとぼけた表情をしながら首を傾げている。
謝罪する気が全く無さそうだ。
「あの……」
「しかし、敵の襲撃の被害が屋敷程度で済んで良かったです!」
謝罪しようと思っていた矢先、ミゴが食い気味にそう語った。
どうやら勘違いしてくれてるようだ。
実際は、吹き抜けの匠コムギの仕事です。
出会ってから既に3棟の建造物で施工済。
何の自慢にもならないけど……
しかし、黙っておくのも罪悪感を感じてしまう。
正直に話しておこう……
「あの……」
「何て酷いやつ!今度会ったらタダじゃおかないわ!」
今度は、コムギに発言を遮られる。自分がやったと明かす気は更々無いらしい。
この状況で否定をしてもややこしくなりそうだ……
後の話をスムーズに進める為にも、勘違いしてもらっておくか……
「頼もしいです!屋敷の屋根の仇をとってやってください!」
「勿論よ!任せておいて!」
屋根の仇なんて表現、生まれてから一度も聞いた事ないけどな。
その様子を見ていたシロは呆れて言葉を失っている。
「では、お話は2階の食堂でしましょう。
何かご用意致しますか?」
「飲み物!わたし喉乾いちゃった」
コムギが真っ先に声を上げる。
「畏まりました。ご用意致します。
もちろん、毒は抜きで……ヘッヘッヘッ……」
そう言いながらミゴは俺の方を見て笑う。
最初に屋敷を訪れた時、毒入り茶を出した事をネタにしているんだろう。
そんなやり取りをしながら屋敷の門をくぐり、食堂へと向かう。
「失礼いたします。お飲み物です」
食堂の席に着くと、メイド服を着た女性が飲み物を注いでくれた。
「ありがとうございます」
先ほどまでの緊張感から解き放たれ、疲れがドッとわいてくる。
しかし、よくよく考えてみると俺は何もしていない……
振り返れば、戦いの様子を眺めていただけだ。
まあ、しょうがないよな……
「それで、お話というのは何でしょうか?」
飲み物を口に含んで一息ついたミゴが問い掛けてくる。
「……今後の事を相談したいんだ。
ユリウスの行動を見る限り、統治会議は地区住人を殲滅するまで手を引かないだろうからな」
「そうですか……
しかし、数千人もの住人を統治会議の手から守り続ける事は容易ではありません。
これまでは魔晶石の採掘という、我々にしか提供できない価値があったからこそ生き永らえてきましたが……」
「今後はそうもいかないだろう」
「はい……それは承知しています。
しかし、どうすればいいのでしょう。我々には戦う手段も、かと言って逃げる手段も行き先もありませんし……」
「それは重々理解している。
その上でだ……上手くいく保証はないが、提案がある」




