第38話 : 統治会議第三席 (2)
「スキル解放……”晦冥”」
途端、先ほどまで正面に見えていたユリウスの姿が闇に紛れて消え去る。
すると今度は、前方左側から声がした。
「スキル解放……”冥門・引”」
周囲を引き込むような強い引力を感じられ、周囲の瓦礫や草木が、発動者たるユリウスの元へ引きずり込まれていく。
相手の攻撃の特性を理解してか、シロとコムギはユリウスのスキル発動とほぼ同時に距離をとって離れている。
そして最初に反撃に出たのはコムギの方だった。
「スキル解放……”炎檻”!」
ユリウスの封じ込めを目的としたスキルによって、コムギの前方中範囲が炎のドームで囲まれる。
続け様に、今度はシロが攻撃を放つ。
『”氷槍・連弾”』
無数の槍状の氷が、コムギの創り出した檻の僅かな隙間をぬうように上空から降り注ぐ。
「なかなか良い連携をするじゃないか」
2人の連携攻撃を受け窮地に立ったように見えるユリウスだが、その表情から焦りは見られない。
「……スキル解放、”冥門・引”!」
逃げ場のない炎の檻の中で、降り注ぐ無数の槍状の氷に対してユリウスがとったのは周囲の物体を呑み込むスキルだった。
ユリウスの頭上には黒い円形の空間が生じ、降り注ぐシロの攻撃を呑み込んでいく。
当然、相手の攻撃を呑み込むだけでは終わらない。
「スキル解放……”冥門・放”」
ユリウスがそう言い放った瞬間、上空を飛んでいるシロの真横に黒い円形の空間が出現し、先ほど吸い取った瓦礫やシロの攻撃を放出した。
予期せぬ場所からの攻撃だったが、積み上げた戦いの経験と磨かれた直感とで、シロは身体の大きさを変化させながら躱していく。
『やり辛いの……』
シロが戦い辛いのには理由がある。地区住人を巻き込む事を心配して、力を出し切れていないのだ。コムギと山頂で戦った時のような攻撃を見せればダメージを与えられる事は間違いないが、それも容易ではない。
「おいおい、その程度の攻撃でわしを止められるとでも思っているのか?
……それとも、この地区に及ぶ被害などを気にしているのか?」
シロの戦い辛さは、ユリウスも感じ取っていた。
「気にする事などない。存分に暴れてくれ。
どうせ始末する予定の連中だ」
『そういうところが気に食わぬのだ……』
「自分ではやり辛いというのなら……わしが手を貸してやろう」
そう言うと、シロとコムギと向かい合っていたユリウスは地区住人の住居がある方を向いた。
丁度、俺とラリゴーの立っている方向だ。
『……まずい!』
ユリウスの意図に気付いたシロは、すぐさま俺とラリゴーのいる方へと向かう仕草を見せた。
しかし、ユリウスがそれを待っている筈もない。
「全てを無に帰すものだ。スキル解放……”冥道”」
そのスキルは、俺とラリゴーを目掛けて放たれたといっても過言ではない。
俺とラリゴーを巻き込んだ後、後ろにあるミゴの屋敷や住人の住居にも被害を及ぼすのは間違いなかった。
当然、俺も危ない……
発動者のユリウスからは、幅3m程の闇色の道が伸びてくる。
道ができたところからは、置き去りにされている工具や瓦礫が徐々に姿を消していく。
『ウェイン、避けるのじゃ!存在が消されてしまう!』
幸い闇色の道の侵食速度はそこまで早くはないから、避ける事はできる。
しかし……避けたとしても、ミゴや地区の住人には及ぶ被害を止める事はできない。
それを察してか、ラリゴーもユリウスの攻撃から避ける事を躊躇っている。
「ウェイン様……私から離れてください」
そう言うラリゴーの声は素の男に戻っていた。
更に、右腕を覆っていた洋服の袖を剥ぎ取り、拳を握って瓦割りをするかの様な構えを見せる。
向かってくる恐ろしい攻撃に対して何をするつもりか分からないが、急いでラリゴーと距離をとる。
「ラリゴーさん!危ないから逃げて!」
ユリウスの攻撃から逃げるつもりのないラリゴーの姿を見て、コムギが心配そうに声を上げる。
しかし、ラリゴーは動こうとしない。
そして、闇色の道が自身の1m程前まで迫ってきたとき、地面に向けて勢いよく拳を振り下ろした。
「オルァアーーー!!」
ドゴーン!!
拳が地面にインパクトした瞬間、その衝撃によって大地が大きく揺らされ、轟音が響き渡った。
直後、粉塵が巻い上がり、当事者であるラリゴーの周辺を包み込む。
「ラリゴーさん!」
「ラリゴー!」
「……」
ラリゴーから返答はない。
しかし、暫くすると、舞い上がった粉塵が地面に落ち周辺の様子が徐々に鮮明になってきた。
ラリゴーは地面に拳を突き立てた姿勢もまま動いていないが、怪我は負っていなさそうだ。
その様子を見て一安心をしたものの、ラリゴーの前には目を疑う様な光景が広がっていた。
地面が抉られ、ラリゴーの正面には大きな空洞ができているのだ。
その深さこそ伺い知る事はできないが、先程の衝撃を鑑みれば決して浅くはないだろう。
更に、行き場を失ったからなのか、ユリウスの放ったスキルはその気配を消している。
「ほう……この様に防がれると思ってはいなかった。
なかなか面白い奴を連れているではないか……」
「……あったりまえよ!うちのラリゴーさんを舐めないでよね!」
先ほどまで心配していたのが嘘かの様に、コムギが自慢気に話す。
『人間とは思えぬな……』
シロ、それは同意見だ……
すると、先ほどまで拳を地面に突き立てていたラリゴーがゆっくりと腰を起こしながら、こう言い放った。
「少し、力を入れ過ぎてしまいましたわ……」




