第36話 : 糸引く老人 (2)
「統治会議がどうしたんですか?」
「ここ最近、頻繁に周辺国へと足を運ぶようになってきてな……
国境周辺の警備やら検閲を強化するように要請してきておるのじゃ。
そのせいで、移動証や公務証の発行も大きく制限され始めておる」
それじゃあ……俺の父親が公務証を手に入れられなかったのも、ロゴポルスキーの動きがあったからなのかもしれない。
「当然だが、ロゴポルスキーへの入国制限が最も厳しくなっている。
建前上は公務証を持った役人の立ち入りにのみ認めておるが、実際には国境付近に武装兵を配置して完全に封鎖している。
……これ程までに周辺国の国境を厳しく取り締まるようになったのは、600年前の戦い以来初めての事じゃ」
「それはもしかして……
魔族の動きを警戒しての事ですか?」
「恐らくな。
奴らは魔族の動きを含め、ネガルシア全土に目を見張らせおる。
それに話は聞いておるだろうが、戦争の終結から600年が経過した今でもハイレイン・ロザリンドの身は返されておらぬ。約束を違えた立場として、魔族の攻撃に備える動きがあってもおかしくはないじゃろう」
「統治会議がコムギの父親を拘束し続けている理由は何ですか?」
「1つは魔族への牽制だろう。言ってみれば、人質のようなものじゃ。
それと、戦う可能性も見据えて魔族の戦力を削る目的もあるのじゃろう。ハイレイン・ロザリンドは魔族の最高戦力である故、奴1人が増えるだけで人間側の被害は甚大になる」
「それが理由だとしたら……そう易々と身柄を引き渡すとは思えませんね」
「間違いないな。恐らく、返す気はないじゃろう。
魔族の脅威さえなければ、統治会議はこの世界における絶対的な支配者になり得るのじゃからな」
「でも、魔族の窮状はご存知ですよね?
彼らがカースアノレイクの地に住む事ができるのも、長くて半年だと聞きました」
「もちろん知っておる。
だからこそ、余計にハイレインの身を引き渡す事など出来ないのじゃ。
立場が悪くなるのは自分たちの方じゃからな」
「統治会議は……戦争でもするつもりなんですか?」
「それは避けられない事かもしれんな……
ハイレインの身を取り戻そうと、取り戻せなかろうと、魔族がカースアノレイクの土地に住み続ける事のできる日数に限界は迫っておる。統治会議が譲歩をすれば話は別じゃが……その可能性は無いに等しいじゃろう」
約束を破ってまで遠方に追い詰めた魔族に対して、今更土地を譲るなんて話をするとは思えない。
ガリアーニの言うように、統治会議が譲歩する可能性は無いだろう。
「そう言った事情もある故……
君達には気を付けてほしい。タンブレニアに来ているという事はロゴポルスキーに入るつもりなんじゃろう?」
「はい、そのつもりでいましたが……」
「心配しておる事は何となく分かっておる。
自分たちの存在が気づかれていないか気になっておるのじゃろう?」
「……はい」
「今のところ、その心配はないじゃろう。
しかし……十分に気を付けて行動してくれ」
「分かりました……なるべく慎重に行動します」
「うむ……頼んだぞ。
また何か困り事でもあれば、いつでも連絡してくると良い。
ではな……」
『ちょ、ちょっと待て!
ネイビスに話したい事がある』
ガリアーニが共鳴石による連絡を終えようとするのを察したシロが慌てて割り込んでくる。
「……ん?
その声は、ニベル・アドラクトか?」
ニベル?誰それ?
『そうじゃ!妾を覚えておるか?』
「もちろん、覚えておるとも」
魅了[絶]に掛かった時には豆腐に文字化けして見えなかったけど、シロの名前ってニベル・アドラクトっていうんだな。
かっこよ……
『ならば……妾の言いたい事も分かっておるかの?』
「……」
『おい!聞こえぬフリをするでない!』
「……すまん!急用が入った。
また後にしてくれ」
そう言うと、ガリアーニは突然共鳴石による連絡を絶った。
都合が悪くなるとすぐに逃げる……
『はぁ〜
相変わらずじゃな……』
本当に食えない爺さんだ……
何を考えているのか理解できない。
そもそも、味方として信用して良いのだろうか。
赤ハギ盗賊団の時と同様、利用されている可能性も十分にある。
「しかし、どうしたもんか……」
ガリアーニに言われずとも、この地区の事は何とかするつもりでいたが……
「ダリアさん、とりあえずミゴの腕を縛っている縄を解いてもらえませんか?」
「……畏まりました」
そう答えたダリアさんは後ろ手に縛っていたミゴの縄を解き、腕を自由にした。
「ありがとうございます。
その……何とお呼びすれば宜しいでしょうか?
ウェイン様で宜しいですか?」
「はい……ウェイン、で構いません」
「承知しました、ウェイン……様」
「のんびりと構えている暇もないので、この後の事について話しましょう。
まず聞きたいんですが、ダリアさんがこの地区に来たのは何日前の事ですか?」
「私が来たのは、5日前になります」
「地区住人の殲滅について、統治会議から期限は伝えられていますか?」
「いいえ、特にはございませんが……報告までに7日以上要しますと不審に思われるかもしれません」
「因みに……ここからロゴポルスキーに戻るのには、どのくらい掛かりますか?」
「1日ほどです」
時間は限られているな……
「分かりました……
ダリアさんは明朝出発して、ロゴポルスキーに向かってください。
統治会議へは、万事問題なく執り行なわれたと報告してもらえますか?」
「はい……畏まりました」
『妾たちはどうするのじゃ?』
「それはこれからだ……
今は、考える為の時間が少しでも欲しい」
『そうじゃな……統治会議の目も、そう長くは欺けなかろう』
少なく見積もっても数千人はいるこの地区の住人たちの存在を隠す事は容易ではない。
どうしたものか……
……ドゴーン!!ドーン!ドゥーン……
それは突然の出来事だった。
響いてきた轟音とともに、屋敷が揺れる。
「お、おい!何の音だ?まだ鉱山で作業でもしているのか?」
「い、いえ!既に作業は終わっております!」
当然、俺とミゴは慌てふためいた。
しかしそれとは対照的に、シロとコムギは慌てた素振りを見せず、音の聞こえてきた方をじっと睨みつけていた。




