第35話 : 糸引く老人 (1)
「しかし、ガリアーニは俺たちに何を期待していたんだ?」
「直接聞いてみれば?共鳴石もらってるんでしょ?」
「そうだった!それが早い。
えーっと、ガリアーニの方は……」
二つある共鳴石のうち、ガリアーニと連絡を取れる方を確認する必要がある。
一方を手で包み込んで隙間から覗き込むと中心から淡い光が滲み出し、番いの所有者の名前が浮かびあがってきた。
~ ニコリス・ダビドレイン ~
こちらはニコリスが持っている方と連絡をとるようみたいだ。
ということは、もう一方の所有者がガリアーニという事になる。
念の為、先ほどと同じ方法で所有者を確認すると再び名前が浮かび上がってきた。
~ ネイビス・クローガー ~
よし、こっちの方だ。
しかし……実を言うと共鳴石を使って連絡を取った経験は1度しかない。
その時は声を掛けられた側だったので、自分から声を掛けるのは初めてだ。
「あ、あ。あーー」
まずはマイクの音を確認するかのように声を出して、相手の反応を探ってみる。
反響音がある訳でもないし、自分の声が届いているのかが正直分かりづらい。
「あ、あー。ガリアーニさん、聞こえますか?」
再び話し掛けてみるも反応は得られない。
名乗っていないから、不審がられているのかもしれない。
「ガリアーニさん、ウェインです。ウェイン・ブラックストンです」
……駄目だ。
何も反応がない。うんともすんともいわない。
「なあ、コムギ。俺の使い方間違ってるか?」
「ん〜、そうね……話し掛け方が間違ってるのよ。
共鳴石によって反応する音域が違うみたいだから、低い声とか高い声を試してみたら?」
なるほど……
じゃあ、まずは低い声から試してみるか。
「ガディアーニざん……ヴェインでず……」
喉を絞りながら、できる限りの低い声を出す。
だが、反応は得られない。
「ガリアーニすわぁ〜ん♪ウェ〜インでぇす♪」
今度は精一杯喉を開いて、声が裏返ってしまうほどの高い音に挑戦する。
しかし、これまた反応が得られない。
というか……かなり恥ずかしい。
静まり返った食堂で、自分1人が低い声とか高い声を出し続け、その様子を周囲が見守っているのだから。
「おい、コムギ。全然駄目じゃないか……」
そう言ってコムギの方に目をやると、口元を押さえながら必死で笑いを堪えているではないか。
「っ……あっはっは!
馬鹿みたい!本当にやるなんて!」
「……はっ!? 騙したのか?」
「ふっ……音域なんて関係ある訳ないじゃない。
ふっ、ふふ……」
そう話しながら、コムギは節々で笑っている。
そりゃ面白いに決まってる……
馬鹿みたいに高音低音の挨拶を繰り返していたんだからな。
だから、ダリアとミゴよ。
そんなに哀れむような顔で見つめないでくれ。
そんな顔で見られるくらいなら、笑われた方がマシだ……
「……」
もう、共鳴石に話しかける気も失せてしまった。
違う、正確に言うと折れてしまった……
『妾も本当にやるとは思わなかった……
ふっ……なかなか……ふふ』
シロにまで笑われた……
しかし、ラリゴーだけは真顔で真っ直ぐに俺を見つめてくる。
……読めねぇよ!それは、どんな表情なんだ。
『……ウェイン、お主には共鳴石は使えぬぞ』
「そうよ。ウェインには使えないわ」
「えっ?! 使えないのか?」
『当然じゃ。
番いと連絡を取るには、共鳴石に魔素を流し込む必要があるからな』
「ってことは……」
『体内に全く魔素のないお主には、無理、ということじゃ』
「……」
肩凝りが解消する訳でもないのに、自分に使えないものを2つも首にぶら下げているなんて……
そう言えば、赤ハギ盗賊団にちょっかい出された帰り道に共鳴石に話し掛けても全く反応が無かった。
反応がなかったのは無視されているからだと思っていたけど、単に使えないだけだったとは……
俺に使えない事が分かっていて渡してきたガリアーニとニコリスは、性格が悪いとしか思えない。
新手の嫌がらせだ……
『その小娘に渡してみると良い』
シロに言われた通り、コムギに共鳴石を渡す。
「……頼む」
「そんなに落ち込まないでよ。十分面白かったわよ?」
ウケを狙ってやった訳じゃない……
「じゃあ……やるわね」
そう言うとコムギは共鳴石を握りしめた。
魔素の見えない立場では握りしめているだけにしか見えないが、恐らく共鳴石に魔素を流し込んでいるのだろう。
すると……さっきまで深緑色をしていた共鳴石が光を放ち出したではないか。
暖かくて柔らかい光が、共鳴石を握りしめたコムギの手から漏れ出している。
「はい。これで話せるよ」
「……本当か?」
「今度は本当よ。別に高い声出しても良いけどね……ふっ……」
思い出し笑いやめぃ。
「それと、長話はやめてね。これ、思ったよりも魔素を消費するから」
「……分かった」
何か仕返しをしてやりたい気分だけど、ここは我慢しよう。
「……ガリアーニさん、ウェインです。聞こえていますか?」
コムギが握っている共鳴石に顔近づけ、話し掛ける。
「……」
「おい……反応ないぞ? また騙したのか?」
「騙すわけないでしょ?少し待ってなさいよ」
『大丈夫じゃ、今度のやり方は間違っておらぬ』
「……そうか」
そんな事を言っていると、久しぶりに聞く声が耳に入ってきた。
「……ウェイン君、かね?」
「はい、そうです。久しぶりです」
「お〜、久しぶりじゃの。
連絡をくれると言うことは、何か困りごとでもあったかね?」
狸ジジイが……
俺がこの地区に来ることを分かっていたくせに、何をとぼけているんだか。
「回りくどいのは結構です。事情はミゴに聞きましたから」
「ほう!やはり、タンブレニアに行っておったか。
わしの読みが外れなくて良かった」
「何で俺たちがタンブレニアに向かうと知っていたんですか?」
「君が、カースアノレイクの土地に行ったことは承知しておる。
それに、君の父親がグランへイルドの近衛第二師団に追われていると言う話を耳に挟んでな……
ロゴポルスキーに乗り込むのであれば、この地区を通るしかないと思っておったのじゃ」
どれも、ガリアーニの立場をもってして手に入れることのできる情報だ。
「だとしても……俺たちに何を期待してミゴに話をしたんだ?」
「何かしらをしてくれるだろうとな……」
「何かしらって、具体的には?」
「何かしら、じゃ。わしには分からん。
君達が考えて何とかしてくれると思っておった」
「……」
なんて無責任な奴……
と言うか、こんな重荷を予告もなしに背負わすな……
「……それとだ。
ウェイン君に伝えておきたい事がある」
「何ですか?」
「ロゴポルスキー ……いや、統治会議の動きについてだ」




