第34話 : 地区管理者の真意
「言う通りに話すと思いますか?
本国の方に知られるくらいなら、この場で死んだほうがマシです」
両腕を縛られた状態のまま、ミゴは抵抗の様子を見せている。
「勘違いしているみたいだが……
俺はロゴポルスキーとは一切関係ない。もちろん、統治会議ともだ」
「その言葉を信用しろと?
捕まったふりをして、屋敷を制圧してきたような人達を?
……そんな事、無理に決まっています」
「言い訳にもならないが……初めからこんな形を望んでいた訳じゃない。
当初は、この地区の様子を見るだけのつもりだった。
その途中で声を掛けられたから、仕方なく統治会議の使者を名乗っていたんだ」
「いいえ……そこらの人間が統治会議の存在を知っている訳はありません。
そんな事を知っているのは本国に関係する人間か魔族くらいです」
「……魔族って言ったか?魔物じゃなくて?」
「ええ、魔物ではありません。魔族です」
「知っているのか?魔族の存在を」
人間の歴史の中に、魔族の存在は記述されていない。
彼らが知っているのは、言語による意思疎通が困難な魔物の存在だけの筈だ。
「知っていますとも。
我々が信仰しているテレニシア山脈の竜も魔族ですから。
そのお姿を、私はほんの1度だけ目にしたことがあります。白い鱗に身を包まれた、美しい竜でした……」
「!?……竜の事も知っているのか?」
シロ、全然こっそりしていなかったんだな……
「当然です。
当地区が本国に攻め入られずにいるのも、山に棲む竜の存在を恐れているからなのですから」
シロが抑止力になっていたのは、理解できなくもない。
山で見たコムギとの戦いは、その強さを物語っている。
「ダリア。ロゴポルスキーが直接この地区に攻め込んでこない背景には、竜の存在があるのか?」
「……ええ、事実です。
竜に刺激を与えるような事が無いように、今回の方針が決定されたと聞いております」
しかし……魔族と統治会議の関係を、竜の姿を見ただけで結び付けられるとは思えない。
だとすると、ミゴはどうやってその事を知ったんだ?
統治会議と魔族の関係を知っているって事は、少なくとも600年前の大規模な戦いの事も知っている事になる。
「ミゴ、その話は誰に聞いたんだ?」
「……言えません。
その方にご迷惑をお掛けする訳にはいきませんから」
「……」
ミゴの意思が固い事は、その目を見れば分かった。
こうなったら仕方がない……
「……シロ。
姿を見せてくれないか?」
『そう言われると思っておった』
そう言い放つと、先ほどまで小さくなって隠していた姿を現した。
『このくらいの大きさで良いかの?』
手のひらサイズでは説得力がないと思ったのか、シロは頭頂部が天井に届くほどの大きさになっている。
「ひぇ……」
それが、シロの姿を見たミゴが最初に放った言葉だった。
目の前の状況が把握できず、困惑の表情を浮かべている。
「……ど、竜……」
「こいつが、テレニシア山脈にいる竜だ」
「……」
「魔族と統治会議の関係を知っているなら、竜と一緒にいる俺たちの立場も理解できると思うんだが……」
「り、理解しました……
まさか、お目に掛かれる機会があるとは思っておりませんでした……」
「それで、さっきの話の続きに戻っても良いか?」
「は、はい……何でもお話しします」
「……ミゴは魔族と統治会議の事について誰から聞いたんだ?」
「ご存知ないかと思いますが、ガリアーニという方から聞きました」
「が、ガリアーニ?」
「何であいつが出てくるのよ!」
驚きを示したのは俺だけでなく、コムギもだった。
『その、ガリアーニ?とかいうのは、知り合いか?』
ガリアーニという名前に、共通の反応を示した様子を気にしたシロが尋ねてくる。
「えーっと、ネルソン……何だっけ?」
「違うわよ。ネイビス・クローガー、でしょ?」
「そう!それだ!」
魔族としてのガリアーニの名前をすっかり忘れていた。
『何!? ネイビスじゃと?あやつは生きておるのか?』
「今は、グランへイルド第10地区の組合長をやっているよ」
『まさか、人間に紛れて暮らしていたとは……』
ガリアーニさん、有名人ですね……
「あ、あの……
お知り合いの方でしたか?」
ガリアーニの名前を聞いて盛り上がっている様子をみて、ミゴは大層不思議がっている。
しかし、盛り上がってしまうのも無理はない。
まさか、この地区に来てガリアーニの名前を聞くとは思わなかった……
「まあ……顔見知りではある。
しかし、何の用があってこの地区にガリアーニは来ていたんだ?」
「それは私には分かりません……」
「というか……突然訪れて来た訳の分からない爺さんの話を良く聞く気になったな」
「ガリアーニさんは、私の父の知り合いなんです。
ですので、魔族の存在も統治会議との関係も昔から知っていたと言いますか……」
それはまた、随分と昔から……
「しかし、つい先日急にお越しになって本国の動向を伝えてくださったのです。
間も無く使者が来て、この地区の殲滅を言い渡しに来ると……」
組合のトップとしての立場があったからこそ、情報を得られたという事なんだろうか。
「伝えられたのは、それだけか?」
「それと……数日すればこの地区の窮地を救う方々が来るとも仰っていました」
「地区の窮状を救う人?
……もしかして俺たちの事か?」
「その方々の詳細については教えてくださらなかったのですが、
貧弱そうな男と、小麦色の肌をした少女が来ると……」
それ……多分俺たちの事だ。
「その……」
ミゴが俺の方を見ながら申し訳なさそうに話を続ける。
「貧弱そうな方だとは思いましたが、お一人だったので……
それと本国からの使者を名乗られていたので、窮地を救う方とは思っておりませんでした。
すみません……」
見るからに貧弱そうなのか俺は……
「いえ、良いんです……」
それにしても……
ガリアーニの手のひらで泳がされている気がして気分が悪い……
「つまり……
ダリアさんと俺を閉じ込めておいたのは、ガリアーニの言っていた奴を待っている間の時間稼ぎだったて訳だ」
「はい……
大変失礼いたしました」




