第33話 : 屋敷の制圧
コンコンコンッ
「食事をお持ちしました」
この声は先ほど俺をこの部屋に案内した屈強な男だ。
その声を聞いて、部屋にいる全員が目を合わせて頷く。
「……あ〜 待ってました!もう、お腹がペコペコで……」
カチャ、カチャ……
扉の鍵を開ける音が聞こえる。
それから少しして扉が開くと、両手に2人分の食事を抱えた男が姿を現した。
「お待たせしま……」
入ってきた男は見覚えのない顔が増えている事に驚き、大きな声を上げようとする。
……しかし、最後まで声を出す事は叶わない。
「誰……」
男がそう言いかけた時、グランへイルドを脱出する時に厩舎を襲った時と同じく、人間とは思えぬスピードを見せたラリゴーが一瞬にして男との距離を詰め、相手の腹部を目掛けて正拳突きを繰り出した。
両手が料理で塞がっていた男は抵抗する術もなく気を失い、あえなく膝から崩れ落ちてしまう。
当然、両手に持っていた料理が落ちてしまいそうになるが……
そこはダリアがフォローに入り、落ち掛けた料理を素早くキャッチした。
うんうん。
ご飯は粗末にしちゃいけないからな。
後で美味しく頂こう。
「ラリゴー、このまま警備兵を頼む。
ダリアさんもお願いします。
2人とも無理せず、危なくなったらすぐに助けを呼んでください」
「お任せください!」
「はい……お気遣いありがとうございます」
そう言って俺はダリアさんから料理を受け取ると、部屋の机にそれを置き全員の目を見てから声を掛けた。
「それじゃあ……作戦開始だ!」
掛け声とほぼ同時に、ラリゴーとダリアさんの姿が視界から消えた。
……はっや。
「……コムギ、俺たちは食堂へ向かおう」
「はーい」
「ラリゴーとコムギの取りこぼしがあっても、スキルは使うなよ?」
色々と吹き飛ばされたら困る。
「良いけど……スキル使わない方が手加減できないよ?」
スキル使ってる時も手加減できていないと思うんですが……
「って言うか、スキル使わずに戦えるのか?」
「ラリゴーさんには到底及ばないけど……
まあ、そこそこね」
こんなに華奢なコムギが素手で戦って強いとは思えないが……
まあ、コムギの強さは当てにしてないから問題ない。
デモニスのスキル”奪視”を使えば凌げるからな。
「行くぞ」
そう言って部屋扉に向かおうとした時だった。
「う、うぅぅ……」
先ほどラリゴーの正拳突きによって地面に沈まされた男が、呻き声を上げながらフラフラと立ち上がるでないか。
「くそ……
さっきのは何だったんだ……」
やはり、鍛え上げられた身体は伊達ではない。
それに、男は部屋の出口付近にいるので、避けて通る事はできない。
出口を封じられていると言うのが正しいかもしれない。
「2人ではなかったか筈ですが……
他の方々は何処へ行かれたんですか?」
「……」
「答える気がないなら……力付くにでも答えて貰います」
考え得る限り最悪の状況だ……
この屋敷で一番強そうな男が一番弱い男の前に立ち塞がっている。
こんな事なら、ダリアさんのスキルを先に見せて貰っておくんだった……
”奪視”を使うしかない。
……先制攻撃だ!
「”奪……」
そう言いかけたが、先に動いたのはコムギだった。
一瞬のうちに男との距離を詰め、腹部に向かって正拳突きを繰り出す。
コムギの細い腕でダメージを与えらえるか不安だったが、鳩尾に拳をくらった男は敢え無く膝から崩れ落ちた。
デジャヴ……
2回とも全く同じ展開で倒されるだなんて、コントみたいだな……
「コムギさん……スキル使わなくても強いじゃないですか」
「魔素の制御を応用したものだけどね。魔族なら誰にでも出来るわよ?」
ごめん、魔族の常識知らない……
「まあ、助かったよ……
ありがとう」
「大した事じゃないけど……
まさか、こんなのが仕事とは言わないわよね?」
コムギは手を払いながら、ギロリと睨みをきかせてくる。
お、怒ってらっしゃる……?
「いや……こんなのは仕事じゃない。
気を抜くなよ?」
いえ、十分過ぎる位の仕事です。
こんなに強そうな男を倒しても満足できない人をどうやって満足させろと……
「その言葉、絶対忘れないからね?さ、食堂に行きましょー」
「お……おう。そうだな」
「私行き方知らないから、ウェインが先に行きなさいよ」
「はい……」
後ろからど突かれたりしないかな……
扉付近で倒れている男を跨いで部屋の外へ出ると、屋敷の静けさが伝わってくる。
ラリゴーとダリアが制圧の為に動き回っているとは思えない。
「静かだな……」
「ラリゴーさんいるし、あのダリアって女の人もかなり強そうだったからね」
心強いというか、絶対に敵には回したくない……
そんな事を思いながらひとつ下のフロアにある食堂へと向かって行った訳だが、至る所に飾られている自画像はコムギも気になったらしい。
「何これ。ダッサ……」
「まだ直接会った事はないだろうが、この絵に描かれているのがミゴだ。
この屋敷の主人で、地区の管理者だな」
「会った事もない人にこんな事言いたくないけど……
どんな境遇に生まれても仲良くなれそうにないわ」
安心しろ。
俺は会ってからも、そう思ったから。
「あそこが食堂だ」
あらゆる所に飾られているミゴの肖像画に目を奪われていると、食堂までの道のりは一瞬だった。それに、ラリゴーとダリアのお陰で屋敷の人間に遭遇する事もなかった。
しかし、まだ部屋を離れてから数分だし……流石にまだ片付いていないだろう。
部屋に持って来て貰った食事、持って来ておけば良かったな……
夕食を部屋に置いて来てしまった事を若干後悔しながら食堂へと足を踏み入れると、
部屋の中には既にラリゴーとダリアが居た。
「……えっ?早くないか?」
「そうですか?」
「警備の人間が10人位は居たと思うんだが……」
「16人居ましたわ」
「この数分で、全員制圧したのか?」
「何かおかしいですか?」
聞き返すほど、不思議な質問だったか……?
どう考えても、おかしいだろ。
いや、俺がおかしいのかな……
「ダリアさんも?」
「はい。私は8人ほどでしたので……」
なんで謙遜してるんだよ……8人でも十分凄いだろ。
そこのゴリラが規格外なだけで……
「ん、んん〜!んんん!」
2人の異常なまでの仕事の早さに驚いていると、ダリアさんの後ろから奇妙な呻き声が聞こえてきた。
声の主は口に猿轡をされ、両手を後ろで縛られている。
「そいつは……ミゴか?」
「ええ、そうでございます」
そう言うとダリアは、自分の前にミゴを放り出した。
「消しますか?」
いいえ、消しません。
「……話を聞いてからだ。
口をきけるようにしてくれないか?」
その言葉を聞いたダリアは、雑に猿轡を外した。
「い、イテッ!」
「ミゴ、手荒な真似はしたくないんだ……
何を考えているのか、正直に話してくれ」




