第28話 : 投獄
「あ〜!気持ち良かった!」
久々の湯船は溜まった疲れを取り払ってくれた。
「これはこれは使者様、お湯加減は如何でしたか?」
「最高に良かったよ。ありがとう」
「恐縮です。ところで、この後は如何されますか?」
「ああ……少し話したい事があるんだが良いか?」
「ええ、勿論でございます。
丁度私からもお聞きした事がありましたので……」
聞きたいこと?
あんまり追求されると困るんだけどな……
「軽食を用意してございますので、一緒に如何でしょうか?」
ん〜
あんまり遅くなるとコムギとラリゴーにも申し訳ないしな……
様子見程度のつもりで来ている訳だし。
……でも、お腹空いた。
「有り難く頂戴します」
「是非是非!食堂はすぐそこですので」
そう言ってミゴに通されたのは、長方形をした天板の長さが10m以上はあるテーブルのある部屋だった。
お金持ちが持ってそうな、例のなっがいテーブルです。
んで、机にもミゴの自画像が……
どんな境遇で会おうとも、仲良くなれる気がしない……
「ささ、お座りください。
お茶菓子も用意しておりますので、お好きなものをどうぞ」
ミゴが指し示した先には、色鮮やかなスイーツが載っているケーキスタンドがある。
美味しそうなスイーツの数々に目を奪われていると、笑顔が素敵なメイドさんらしき人が俺の座る椅子を引いてくれた。
こっちの方が美味しそ……じゃなくて。
この姿こそが本当のメイドさんだよな……
黒いワンピースと白エプロンはパツパツじゃないし、ヘッドドレスは頭にめり込んでいなくて可愛さを引き立てている。
それに、髪は黒色でサラサラ。
サラサラ黒髪だけは一緒だわ……
「使者様!使者様!」
メイドさんに見惚れていた俺は、ミゴの呼び掛けで現実に引き戻された。
「は!な、なんでしょう?!」
「お飲物が冷めてしまいますので……」
「あ、ああ!そうでしたね!」
ミゴが促した通りに飲み物の入ったコップに手を付けようとすると、シロが周囲には聞こえないような小声で囁いた。
『ウェイン、飲むな』
「え?」
思わず声に出して答えてしまった。
「はい?」
当然、ミゴが聞き返してくる。
「何か仰いましたか?」
「い、いや。何でもない。
え、ええ香りがするなぁ〜と……」
何で関西弁混じってんだよ。
「はあ、左様ですか……」
しかし、飲むなと言われても勧められたものを放置する訳にもいかない。
そう思って、再び口に含もうとすると。
『じゃから、飲むな!』
さっきよりも少し強めの口調でシロが言う。
周囲には……多分聞こえていない。
「何でだよ?折角入れてくれたんだぞ?」
不思議に思い、ワザとらしく口を覆ってシロに問いかける。
『毒じゃ。その飲み物には毒が入っておる』
「へ??」
思い掛け無いセリフに、再び大きめな声が出てしまう。
「はい?」
当然、ミゴも聞き返してくる。
さっきと全く同じ流れだ。
これは……コントか何かですか?
「いや……何でもない」
何でもあるよ。
毒って、どういう事だよ……
もしかして、俺の正体がバレたか?
そう思って周囲を見渡してみると、さっきまでは居なかったはずの屈強な身体つきをした2人の男が出口を塞ぎ、背後には更に強さそうな男1人が立っている。
スイーツとメイドに目を奪われていて、全く気付かなかった。
これ……詰んでない?
「どうされましたか?
お茶の方はお気に召しませんでしたか?
それとも……」
ミゴの目が急に鋭くなる。
「い、いや……」
平静を装うつもりだったが、狼狽えてしまう。
「残念です……
おい、お前達。その方を捕らえろ」
ミゴは、俺の後ろにいた屈強な男に指示を出した。
「ちょっと、待ってください!どういう事ですか?」
「まさか、毒に気付かれるとは思っていませんでした。
出来る限り平和な形を望んでいたのですがね……」
毒って、平和か?
「つい先日も本国からの使者の方を幽閉したと思ったら、また来るもんですから……
驚きましたよ。まさか、こんなに早く気付かれるとは思っていませんでしたからね」
え??
本物の使者さん来てたの?
「ご安心ください。命を取るような真似はしません。
勿論その毒も命を奪うようなものではありません。
事が済むまでの数日間、邪魔をして頂きたくないだけですから」
「ちょ、ちょっと待ってください!
私が……じゃなくて、俺が使者だから捕らえるんですか?
だとしたら、誤解です」
「誤解?何を仰っているのですか?」
「俺は、使者なんかじゃない!
その……身分を偽っていたんだ」
っていうか、俺が身分を偽っていた事がバレた訳じゃないのか?
使者だから捕まえるって……どんな状況だよ。
「統治会議の存在を知っていながら、本国の方では無いとは……
苦し紛れの言い訳にしては、お粗末ですな」
いや、知らなかったんだって。
シロが耳打ちしてきたから口に出しただけで……
「おい、お連れしろ」
ダメだ……言い訳が思いつかない。
デモニスに見せてもらった“奪視”を使う事もできるが、ここで使っても外まで逃げ切れるとは限らない。
頼りたくはなかったけど、シロに頼むしかないか。
少し心配なのは、被害がこの屋敷だけでは済まないかもしれない事だ……
「残念だ、ミゴさん。
こんな手は使いたくなかったんだが、仕方ない。
恨まないでくれよ?」
「はい?何を仰っているのですか?」
ミゴよ……俺の事を甘く見過ぎだ。
何の対策もなしに、この屋敷に乗り込むとでも思ったか?
こちらには、竜がいるのですよ。
さあ、シロよ。その力を見せつけてくれ!
「シロ!頼んだ!」
「……」
「おい!シロ!」
「……」
「シロ?」
「……」
不安になって胸ポケットを触って確認してみると……
いない……
なんで!?
「……大丈夫ですかな?
シロがどうとか言ってらっしゃいましたが……」
「……」
恥ずかしい……
これ、ただの痛い人じゃん……
「あの、何でもないです。
早く捕まえて、何処かに放り込んでください」
調子乗ってごめんなさい。
早くこの場から連れ去ってください。
何が辛いって、この空気は勿論だけど、
俺の椅子を引いてくれた可愛いメイドさんが、哀れむような目で俺を見ている事。
さっきまで見せてくれていた素敵な笑顔は何処に行ってしまったのやら……
頼むから、そんな目で俺を見ないでくれ……
それに、捕まえに来た屈強な男は、俺を頭のおかしい可哀想な奴だと思ったのか、
見掛けからは想像もできないくらいの気遣いをみせている。
「あの……縄とかしないんで、落ち着いてください。
痛い事とかもしないんで。あ!痛いって、貴方のことを言っている訳ではないです」
それ、言ってるに等しいから。
というか……シロは何処に行ったんだ?




