第21話 : 越境
「だいぶ離れたな……」
昨夜グランへイルド第1地区を出発してから夜通し移動し、気付けば朝日が昇りかけていた。
コムギは眠さを我慢できなかったのか、俺の背中に頬を押し付けグッスリと眠っている。
「ウェイン様、そろそろ休憩をとりませんか?
イダリオンも休ませてあげましょう」
「ああ、そうだな。一旦休もう」
イダリオンの手綱を右へと切り、道の端の方へと寄せる。
「コムギ、一旦降りるぞ。朝食にしよう」
「……っご飯?」
その一言で目覚めたコムギが真っ先にイダリオンの背中から飛び降りた。
分かりやすいやつ……
「リエイムが用意しておいてくれたんだ」
「すっごーい!やっぱりリエイムさんは、良い人だね!」
「き、強敵ですわ……」
何のだよ。
「それじゃあ、頂きます!」
その言葉と同時に、コムギが広げられた朝食を勢いよく食べ始めた。
ラリゴーも正体の分からない何かと葛藤しながら、ゆっくりと食事に手を伸ばした。
「……コムギもラリゴーも、食べながらで良いから聞いてくれ。
これからの事だ」
「ロゴポルスキーに行くんじゃないの?」
「その通りなんだが、本来取ろうとしていた入国手段は失ってしまった。
知っていると思うが」
「直接乗り込む?」
「それが出来れば苦労しないんだが……」
そう、ロゴポルスキーには直接乗り込む事は出来ない。
大陸側からであれば、グランへイルドやタンブレニア、ウェイクイット、パラネルジー、コックダウンタムのいずれかの国。
海からであれば、シーコーストを経由する必要がある。
何故なら、ロゴポルスキーは国境周辺が標高の高い山々に囲まれており、それが侵入者を防ぐ天然の要塞として立ち塞がっているからだ。
その為、ロゴポルスキーへと繋がる陸路は実質的に5つしかないのだ。
安全、且つ、確実に到達する為には移動証か公務証を入手する事が必須の条件だったんだが……
「でも他に手段がありますの?」
「タンブレニアに向かう」
「えっ!?あの国にですか?」
ラリゴーが驚くのも無理はない。
タンブレニアは、全ての国と国交を断絶してる軍事国家として有名だからだ。
俺が生まれた頃には既に断交から50年近くが経っていた。
軍事国家と謳われながら表立った動きを見せない事をずっと不思議に思っていたが、
歴史的背景を考えれば、その背後にはロゴポルスキーの影が見え隠れする。
何を画策しているのかは分からないが……
「タンブレニアからロゴポルスキーに入るのですか?」
「いや、違う。テレニシア山脈を越えてロゴポルスキーに入るつもりだ」
死と戦いの神を信仰するタンブレニアの人々が霊峰と崇めている山だ。
言い伝えでは山頂付近には竜が生息しているとあるが……
「げっ!あそこ行くの?」
コムギが驚いた表情で問いかける。
「それ以外にないんだよ……」
「あそこ、竜いるよ?」
「……」
いるんかい!
「まさか、戦ったりしないわよね?
カースアノレイクに向かう時に乗った地底竜とは訳が違うわよ?」
乗ったではなく、掴まった、だけどな。
「戦う訳ないだろ?見つからないように通るんだよ」
「先に断っておくけど、わたしの手には負えないからね?」
「全く問題ない。戦うつもりなんて、さらさら無いからな」
いざとなれば特急ラリゴーで逃げれば良い。
それに、テレニシア山脈は竜が生息しているという言い伝えの影響があってか、国境沿いの警備が薄いと言われている。
山道も十分に険しい為、普通の人間なら越えようとは思わないんだろう。
そんな事を考えるようになった俺も、もう普通では無いのかもしれない……
「食事が終わったら、すぐに出発しよう」
「わたしお腹が痛くなってきちゃった……」
コムギが弱々しい表情を見せながら、珍しく弱音を吐いている。
竜の存在がよっぽど嫌なんだろう。
俺も嫌なんだけど……
食べ終わった朝食を片付けてから再びイダリオンに跨り、俺たちはテレニシア山脈へと向かった。
さっきまで弱音を吐いていたコムギは、お腹が一杯になって眠くなったのか出発して直ぐに眠りについてしまった。
緊張感……
朝食を摂ってからイダリオンを走らせること、およそ半日。
眼前に、雄大にそびえる山々が目に映った。
テレニシア山脈だ。
標高3,000mを越す山々が前方の見渡す限りに広がり、山頂付近は真っ白に覆われている。
「コムギ、ラリゴー。冷えるから、これを羽織っておけ」
リエイムに用意して貰っていた、防寒用のローブを二人に渡す。
「さあ、入るぞ!」
その掛け声と共に、俺たち3人を乗せたイダリオンはテレニシア山脈へと足を踏み入れた。
山頂まではいけないが、途中まではイダリオンに乗ったまま進める。
竜と遭遇する可能性も考えて少しでも体力を温存しておきたいが、周囲の温度が徐々に下がっていく。先頭にいるから、余計に寒さを感じてしまう。
「スキル解放、熱源解放」
後ろでスキルを使うコムギの声がし、それと共に周辺が徐々に暖かくなってきた。
「コムギ、助かる。ありがとう」
振り返って伝えたその言葉に、コムギは頷いて応えた。
あったかい……
コムギのスキルでなんとか寒さを凌ぎながら暫く進むと、イダリオンが速度を落とし立ち止まった。
既に辺りには雪が吹き荒れていた。
この辺りで限界だろう。
「降りるぞ!ここからは歩きだ」
イダリオンも分厚い皮膚に身体を覆われているが、流石の寒さに参っているようだった。
「……ここまでありがとうな」
伝わるとも分からない感謝を伝え、手綱と鞍を外して解放した。
雪が吹き荒れている事を考えれば、頂上付近まで運んでくれたんだろう。
「二人とも気を抜くなよ。竜と遭遇するとも限らない」
そんな事を言いつつ、実際は遭遇するなんて思っていない。
これだけ広大な山脈で、俺たちの居るところに偶然にも?
ある訳ない。
グオァアーー!!
……ん?
「コムギ、もう腹減ったのか?」
「違うわよ」
グオァアーー!!
今度はさっきよりも大きく聞こえる。
「コムギ……もしかして……」
「はあ〜
だから言ったじゃない」
グオァアーー!!
雪の影響で姿は確認できないが、間違いなく近くにいる。
『久しいな、ハイレンの娘よ』
その声が聞こえたと同時に吹雪が止み、これまで見えてなかった竜の姿が目に映った。




