第19話 : 事態の急転
「それじゃあ、コムギとラリゴーを頼んだ」
「分かった。任せておいて」
俺はリエイムにそう告げ、約束をしていた父の元へと向かった。
因みに、全く寝れなかった……
リエイムが隙あらば襲ってこようとするから、寝られる訳が無い。
自分だけでも別の場所で泊まっておくべきだった。
眠い……
公務証を受け取ったら、少し休もう。
コンコンコンッ
「父さん?」
コンコンコンッ
「父さん?いないの?」
呼びかけて見ても返事が帰ってこない。
聞こえていないだろうか。
このまま返答を待っていると目立つし、中に入って待つとするか。
周囲を伺ってからドアノブを回して部屋へと入り、音を立てないようにそっと扉を閉める。
なんだか悪い事してるみたいだ……
部屋に入って中を見回したが、やはり父の姿は見当たらない。
用事でもあって、外しているんだろか。
少し待つとするか……
幸い、来客用と思われる座り心地の良さそうな椅子が2脚ほどある。
流石に父の椅子に座って待つ訳にはいかないよな……
ふぅ〜
小さい頃には遊び回っていた部屋だが、こうして大きくなってからはくる機会も減ってしまった。
色んな本を読み聞かせてもらった記憶もある。
残念ながら、その頃から言語処理スキルのお陰で読めてはいたんだけれど……
ここにいると、そんな昔の日々を思い出される。
懐かしいな……
そうして椅子に腰掛けて思い出にふけっていると、気付けば部屋に来てから1時間ほどが過ぎていた。
……遅い
大事な会議か何かでもあるんだろうか。
しかし、俺が焦ったところで状況は変わらない。
もう少し待とう。
しかし、それから更に1時間、2時間と待っても父はやって来なかった。
約束していた昼の時間はとうに過ぎている。
このとき俺は、妙な胸騒ぎを感じた。
昨日起こったコムギ達への襲撃のことが頭をよぎったからだ。
考えたくはないが……
俺は急いで部屋を飛び出し、王立図書館の受付へと向かった。
「すみません!父さん……じゃなくて、カリアス・ブラックストンを見ませんでしたか?
宮廷司書のカリアス・ブラックストンです」
「カリアス様ですか?本日はいらしておりませんが。何か御用ですか?」
……来てないだって?
「す、すみません。大丈夫です!ありがとうございました」
流石に来ていないのはおかしい。
不安に駆られた俺は、自宅の方へと大急ぎで向かう。
頼む。何事もないであってくれ……
ドンドンドンッ!
「父さんいる!? 父さん?母さん?
誰かいないの?」
不安は頂点にまで達しようとしている。
悠長に返事を待ってる余裕なんてなかった。
すぐさま扉に手を伸ばすと、ある違和感に気付いた。
鍵が……掛かっていない……
その事に恐怖を覚えたが、中の様子も気になる。
警戒しつつ、鍵の掛かっていないドアをゆっくりと引く……
扉が開き中の様子を確認すると、荒らされた様子はなく、争ったような形跡もなかった。
ただの鍵のかけ忘れか?
考えられなくはないが……
父が職場にも自宅にも居ないというのは、普通の事態ではない。
念の為鍵を掛け、今度は家の中を確認して回る。
暫く歩いて回ってみたけれど、不自然な点は感じられない。
杞憂だったか……
そう思った次の瞬間。
ドンドンドンッ!
玄関の扉が強く叩かれた。
「カリアスさん、いっらしゃいますかー?」
ドンドンドンッ!
「近衛第二師団です。扉を開けて頂けませんか?」
近衛兵だと?
王宮直属の精鋭部隊が、なんでこんなところに来てるんだ。
「開けていただけないのであれば強硬手段を取らざるを得ませんが、よろしいですね?」
くっそ……状況が悪い。
すぐにここを離れないと。
しかし、玄関以外に逃げられる場所なない。
正面突破か……
まさか、こんなところでデモニスに見せてもらったスキルを使う事になるとは。
しかし、準備しておいた甲斐があった。
覚悟を決め、羽織っていたローブのフードを目深に被る。
すると次の瞬間、扉が大きな音を立てながら破られた。
続々と入ってくる彼らの目には直ぐに俺の姿が映った。
「誰だお前は!」
近衛第二師団の面々が次々と戦闘態勢をとり、俺の正面に立ち塞がる。
よし……今だ!
「奪視!」
視界に入っている全ての相手の視界を10秒間奪うスキルだ。
部屋に入ってきた全員がその効果を受けて視界を失い、混乱に陥っている。
その隙を縫って、俺は急いで外へ出た。
効果が短いから、ちょっとした時間稼ぎにしかならないけど十分だ。
家の周辺の地理は知り尽くしているから、奴らを撒くのも難しい事じゃない。
俺は見つからないように全速力で走って、リエイムの家へと向かった。
この地区で安全な場所なんて、もう無いのかもしれない。
ドンドンドンッ!
「入って!早く!」
扉を叩くと、リエイムは直ぐに扉を開けて中に入れてくれた。
「大丈夫だった?」
大丈夫だった、だって?
まるで、何が起こったのか知っているかのような口ぐさだ。
「なんで知ってるんだ?こうなる事が分かっていたのか?」
「いや、近衛師団が出て来ることまでは想定してなかったみたい」
「みたい?」
「カリアスさんから聞いたんだ。
昨日のお昼過ぎ辺りに立ち寄って事情を話してくれたんだ」
公務証の申請をお願いした後か……
「本当は直接別れを伝えたかったらしけど、そうも言ってられない状況だったみたい。
かなり切羽詰った表情をしていたよ。それと、ウェイン宛に手紙を預かってるの」
リエイムから受け取った白い封筒の宛名には、この国のものではない言語で書かれていた。
「見た事もない文字なんだけど……」
古代ロゴポルスキー言語だ。高名な言語学者にでも簡単に読めるものではない。
それは、解釈が一つに定まっていないからだ。
この難解な文字で書いたのは、万が一第三者の手に渡ってしまった場合を考慮したんだろう。
急いで手紙を開いて目を通す。
~ ウェイン ~
公務証の件はすまなかった。事態は思った以上に深刻化している。
母さんと私は無事だから、心配をする必要はない。
自分のすべき事を成し遂げてくれ。無事を祈っている。
無事だという文字を見て、ひとまず安心した。
しかし、なぜ姿を消さなければ事態になってしまったのだろう。
昨日の昼に歴史を話してしまった事が原因なのだろうか……
今になって拭う事のできない後悔の念が襲ってくる。
家族だけは、巻き込みたくなかった……
「そう言えば、コムギとラリゴーの姿が見えないが、どこに居るんだ?」
「地下に居るわよ」
「地下??そんな場所この建物にあったか?」
「……あったわよ。ウェインには話した事なかったけどね。
実はこの家は、カリアスさんから譲って貰った家なの。
地下は、もしもの時の為だって言ってた」
「父さんから譲って貰っただって?」
そんな話は聞いた事がない。
それに地下を用意していたって、こういう事が起こる可能性を想定していたって事か?
どういう事なんだ……
頭が整理できない……
「取り敢えず、ウェインも早く地下に隠れて。
この家にも、近衛師団が来るかもしれないから」
「わ、分かった……」
俺はリエイムに言われるがままに、コムギとラリゴーが居るという地下室に入った。




