第17話 : 刺客の襲撃
王立図書館は、1地区の中心に位置する宮廷に併設されるようにして建っている。
ここに戻ってくるのも……およそ7日ぶり。
早過ぎるだろ……
出発するときに感動的な別れをしたと言うのに、どんな顔をして会えば良いと言うんだ。
ああ、恥ずかしい……
しかし、躊躇っている時間もない。
受付を通り過ぎ、なるべく人目につかないように父の居る執務室へと向かっていく。
見慣れた筈の光景も、今日までの濃密な日々のお陰で懐かしく感じる。
濃密過ぎるけどな……
本来なら魅了[絶]の枠を全て埋めた状態で自宅に戻るつもりでいただけに、
今回も母に会うことは叶わなそうだ。
魅了[絶]に掛かったら、たまったもんじゃないからな…
……はぁ〜
取り敢えず、やるべき事をやろう。
コンコンコンッ!
「はい。どちら様かな?」
扉を叩くと、部屋の中から父の声が聞こえてくる。
「父さん、俺です。ウェインです」
「ウェインだって?」
とその時、廊下の奥の方から足音が聞こえてきたので、父の了解を待つ事なく扉を開け部屋の中へと入っていた。
「勝手に入ってごめん。あんまり人目につきたくないんだ」
「……はあ。そうか。土まみれで、一見すると誰だか分からないけどな」
そう言えば、地底竜に乗っていた時に顔や服についた土汚れを落としてくるのを忘れていた。
「再会の抱擁は、勘弁しといてくれ……」
でしょうね……
俺もこんなに汚れているやつに抱きつかれたくないわ。
「それにしても、戻ってくるのが早過ぎないか?
どんなに根性無しでも、もう少しは頑張ると思うんだが……」
「実は、お願いしたいことがあって来たんだ」
「お前は、昔からお願いが多いな。
……で、そのお願いっていうのは何なんだ?」
根性もないしお願いばっかりって、典型的なダメ男じゃねーか……
「公務証を、申請して欲しいんだ」
その言葉を聞いた途端、さっきまで緩んでいた父の表情が急に引き締まった。
「……理由は?」
「出来れば聞かないで欲しい」
「だとすれば、申請には協力できない。
お前の人生はお前の自由させるが、これは私の仕事の領分だ」
父は俺の方をまっすぐ見たまま表情を一切変えない。
こうなったら、正当な理由なく協力してもらう事は絶対にできない。
「…………」
「無言でいても状況は変わらないぞ?
少なくとも、私の方から妥協する事は絶対にない」
何となく覚悟はしていた。
理由を話さないのは、家族をこの問題に巻き込みたくないからだ。
しかし、公務証はロゴポルスキーに合法且つ安全に入国する為の唯一の手段でもある。
「分かった……話すよ。
話すけど、その前に約束して欲しい」
「約束?」
「まず、この話の内容を誰にも口外しない事。
それと、絶対に介入しないと約束して欲しい」
「何やらスケールの大きそうな話だな……だが約束は必ず守る。
ただ…話を聞いたからと言って、公務証の申請を約束する訳じゃない。
あくまで、話の内容次第だという事は忘れないでくれ」
まずもって、今から話す事を信じてもらえるかどうかなんだが……
「分かってる。
ただ、理由を話す前にこの世界の歴史について、俺が聞いた話を聞いて欲しい。
時は600年前に遡る…………」
・
・
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父は俺の話を途中で遮る事なく、終始冷静な表情で聞き続けた。
しょっちゅうニコリスの話を遮っていた俺とは大違いだ…
「……なるほどな。
スッキリしたよ」
飲み込み早いな……
「申請の件は協力しよう。
遅くとも明日の昼頃には準備できると思う。
それにしても、とんでもない大事に首を突っ込んだな……」
「不可抗力というか……」
「首にかけてる共鳴石もそれ関連か?」
「あ……」
「目に付くところにつけておかないほうがいい。
それは、一般人が持ち歩けるようなものじゃない」
「分かった……気を付ける」
「で、母さんには未だ会えないのか?
何も言わずに出て行ったから寂しそうにしていたぞ」
「ごめん。もう暫く会えそうにない」
「そうか…まあ、落ち着いたらまた家族全員で集まろう」
そう語る父は少し寂しそうな表情を浮かべている。
「そうだね」
「……公務証は、明日の昼以降に取りに来るといい。
準備して待っている」
「迷惑掛けてごめん。ありがとう」
「いや、良いんだ」
「じゃあ、そろそろ帰るね。また明日」
「ああ、待っている」
父のその言葉を聞いてから、俺は部屋を出た。
話してしまっても良かったんだろうか。
決して約束を破ったりはしないだろうけど…
得体の知れない一抹の不安が心を騒つかせる。
しかし、話してしまった以上引き返す事はできない。
深刻になり過ぎてもしょうがないか……
自分にそう思い込ませ、コムギ達のいる宿へと向かった。
暫く歩いて宿の近くまでくると、周囲が異様に騒がしくなっていた。
王立図書館に行く前とは随分雰囲気が違う。
「怪我人はいないか?」
「早く火を消せ!」
そんな物騒な声が響き渡ってくる。
もしかして……
何だか妙な胸騒ぎを覚える。
あいつら、やらかしたか?
やっぱり二人で残していくんじゃなかった!
畜生……!
状況を確認する為に宿まで急いで走る。
「……」
な、無くなっとる……
あった筈の宿が……
周りを見渡すと、周囲には焼け焦げた木片が散らばっている。
や、やり過ぎだ……
窓を壊すだけじゃなくて、遂には宿ごと消しちゃうなんて……
呆然と立ち尽くしていると、突如後ろから口を塞がれ、物凄い強い力で引っ張られた。
「んんー!はふへへー!んんん!」
口を塞がれているせいで、助けを呼ぶ声も届かない。
誰だよ、こいつ……
しかも、まじで力が強い……
抵抗しようにも、押さえつけている力に抗えない。
そのまま暫く引かれていると、気付けば周囲に人気のない路地裏に辿り着いていた。
強盗か何かか?
だとしたら、何で土まみれの汚い俺を狙うんだ…
怖ぇよ……
「ウェイン様、お怪我はありませんか?」
……ん?
聞き覚えのある声が、耳元で囁かれる。
と同時に、口元を覆っていた手も離される。
「ら、ラリゴーか?」
「そうですわ。コムギさんもいらっしゃいますわよ」
振り返ると、そこにはラリゴーとコムギの姿があった。
良かった……
「って、良くないわ!
お前ら、宿ぶっ壊しただろ!」
「ちょっと!静かにして!」
コムギが慌てるように、口の前で人差し指を立てる。
「静かにって……」
意味が分からず、声のトーンを落とさずに話を続けようと思ったところで、再びラリゴーに口を塞がれた。
「声を抑えてください。抑えないといけないんです」
コムギもラリゴーも何かを警戒しているかのように見える。
俺は一旦深呼吸をして落ち着いた事を示し、ラリゴーに手を離してもらった。
「分かった。
で、なんでこんな事してんだ?
宿をぶっ壊したのは、お前らか?」
「違うわよ!私たちが壊す訳無いじゃない。
お昼ご飯の為に大人しく待ってたんだから」
あ、お昼ご飯買い忘れてた……
「じゃあ、なんで俺たちの宿が消し炭になってるんだよ!」
「襲われたのよ!見たこともない奴に、突然ね」
「お、襲われた?どうしてだよ?」
「そんなの私が聞きたいくらいよ!
ウェインが帰ってくるまで散策に行こうとしたら、入り口のところで急に攻撃してきたのよ」
「急にって……本当に見覚えのない奴だったのか?」
「ええ、私も見たことのない人でしたわ。
ただ、あの攻撃は間違いなく私かコムギさんを狙ったものでした」
ラリゴーを狙うとは考えにくいが……
だとすると、誰かがコムギを狙っているってことか?
そんな勢力が居るなんて話、ニコリスからは聞いてない。
それに、どうして俺たちの正確な場所が分かったんだ?
この地区に着いてからは、直ぐに宿に向かったから寄り道なんてしていない。
目立つような行動もとってない筈だ。
ラリゴーは目立つけど……
もしかしたら、俺たちの動きに気付いたロゴポルスキーが先手を打ってきたのかもしれない。
……にしても、こんなに目立つ襲い方をするなんて。
ここは、王族の住む地区だっていうのに…
「で、襲ってきたやつはどうしたんだ?」
「ぶっ飛ばしといたわ」
「……え?」
「私とコムギさんで、懲らしめてやりましたわ!」
「……え?」
「刺客の方が鋭い刃物で襲ってきたので、コムギさんのスキルと私の拳骨でとっちめてやりました!」
「……えっと、刺客は刃物で襲ってきたんだよな?」
「そうよ?」
「じゃあ、なんで宿は消し炭になったんだ?」
「……」
その質問に動揺した二人は目を逸らし、あらぬ方へと目を向ける。
「おい、こっち向け」
「な、何よ」
「なんで宿は消し炭になったんですか?」
「そ、それは……」
「コムギ……お前だよな?」
「……テヘッ!ごめんね、ウェイン!」
「な、なんてことしてくれたんだーーーーー!!」
その叫びは、青く澄み渡ったグランへイルドの空に響き渡った。




