第16話 : 一時帰郷
地底竜が送り届けてくれたのは、俺の故郷でもあるグランへイルド第1地区から5kmほど外れた森の中。
二度目の地底旅行は散々だった……
オエッ……
「ウェインは何でそんなに土まみれなわけ?」
上から下まで土にまみれ、クレイパックをしたかのように赤土に塗れた俺の顔を見てコムギが不思議そうに言った。
「……聞かないでくれ」
何に興奮してたのか知らないけど、地底竜の尻尾が全然大人しくなかった。
あちこちに振られる尻尾は、俺を何度も土壁に打ち付けた。
尻尾が暴れた時の対策は全くしてなかったし、腕まで縄で縛り付けられていたから足掻きようがない。
大人しく受け入れましたよ...…
はい、一生分の土を頂きました。
もう結構です…
「ラリゴー、とりあえずこの縄を解いてくれ」
「そうでしたわ!えーっと、結び目がこうなっているので…
ここを解いて…… 」
絶対に解けないと言っていた結び目にラリゴーは苦戦している。
まあ、絶対に解けないなら、解けるわけありませんよね……
「あれ?解けませんわ?
なんでかしら?」
あんたが結んだんだよ……
そうして暫く結び目と格闘していたラリゴーだったが、その様子から徐々にイライラしてきているのが見て取れる。
すると、次の瞬間。
「あ゛ー!ごん畜生!」
野太い男の声と共に、縄の千切れる音が聞こえた。
男、出とるで……
しかしまあ…縄は切れたから良しとしよう。
「それで、これからどこに向かうの?」
思わず出てしまったラリゴーの素には一切触れず、コムギが聞いてくる。
「ロゴポルスキーに向かう」
「それだったら、何でここに来たのよ」
「ロゴポルスキーへ合法的に入国する為に必要なものがあるからだ」
「移動証ですゔぁね!」
若干、声戻ってないよ……
…正確には国家間移動特別許可証、通称:移動証だ。
国内地区間の移動には不要だが、国家間の往来にはこれが必要になる。
発行希望日の最低60日前までに滞在地や目的、滞在日数を申請し許可が得られれば発行してもらえる。
これは言い換えれば、”この人が貴国に害を与えないことを保証します”という国からのお墨付きな訳で、当然審査には時間も掛かるし基準も厳しい。
それに、許可証には発行から30日という有効期限まで設けられている。
俺も行くつもりで申請だけはしてあったが、ロゴポルスキーに関しては半年以上先の入国を見込んで申請していたから、まだ発行されていない。
それに、今回はコムギもいる。
原則として出生国からの発行しか認められていない為、魔族であるコムギには発行される筈がない。
そこで、今回は特殊な手段を使うことにした。
王宮公務事由許可証、通称:公務証だ。
その利点は、発行までの審査が極めて短時間で済むこと、そして帯同者3人までの同行が許可される点だ。
しかしこれには、王族、又は、王宮従事者に対してしか発行の許可されないという制限も設けられている。
だから、今回は宮廷司書である父の力を借りる事にし、その為にこの土地へと戻ってきた。
正直、家族を巻き込みたく無かったのでガリアーニにも頼んでみたが、彼には断られてしまった。
理由は、俺やコムギ、ラリゴーとの関係性が疑われてしまうからだ。
一方で、実の父親からの申請であれば違和感は感じない。
だから、父に頼るしかなかった。
「とにかく、1地区まで行こう。ちょっと急ぐぞ」
「えっ?歩いて?」
「そりゃそうだろ。他に手段があるように見えるか?」
「5kmもあるのに〜?」
「ワガママ言うな、たったの5kmじゃないか」
「嫌よ、歩きたくない」
コムギがぶーたれて動ことしない。
「でしたら……私にお任せください!」
様子を見ていたラリゴーが割って入ってくる。
「お任せ下さいって、どうするんだよ」
「まず、コムギさんは私の背中に乗ってください」
「やったー!ラリゴーさん優しい!」
そう言って、コムギは勢いよくラリゴーの背中に飛び乗った。
そして、背中に引っ付いたコムギが何やらラリゴーに耳打ちし始めた。
声が小さくて何を話しているのか聞き取れない。
「……ふむふむ。なるほど!それは名案ですわ!」
「ちょっと、ウェイン!ラリゴーさんの正面に立って身体を90度右に向けて」
「正面に立って……右?」
何をしようとしているのか分からないけど、とりあえず言われた通りに従う。
「これで良いか?」
「うん!そのまま動かないでね」
すると次の瞬間、俺の足はラリゴーの左腕に、頭が右腕に抱え上げられた。
お姫様抱っこ……
それ、本当なら俺がするやつ……
いや、あんたも男か...…
「いや、俺は良いって!降ろしてくれ!」
「いえいえ、気になさらないでください!全く重くありませんので」
違う……
メイド服着たツインテールの巨人のおっさんにお姫様抱っこされるのが恥ずかしいんだよ。
「自分で歩けるから、勘弁してくれ」
おんぶされているコムギがラリゴーの背中越しに、俺のことを笑いながら見下ろしてくる。
……こいつの仕業か。
「さあ、出発しますわよ!」
なんだか、嫌な予感がする……
すると次の瞬間……
ドヒュン
ラリゴーはおよそ人間とは思えない程のスピードで走り始めた。
流石にトンプトン程とは言わないけれど、競走馬と同等くらいの速度は出ている。
まず間違いなく、人間の出せるスピードではない。
人間……なのかな?
しかし、その速さのお陰で目的地までは一瞬で着いた。
その所要時間わずか4分。
歩いたら40~50分かかる筈だった道のりをだ。
それに、これだけ速いスピードで移動していたのに、振動を全く感じなかった。
君には、サスペンションでも付いてるのかな?
と言う事で……この世界で最も快適な乗り物に認定します。
お姫様抱っこはやめて欲しいけど……
「あ〜、楽しかった!ラリゴーさん、また乗せてね!」
コムギはすっかり機嫌を取り戻したようだ。
「もちろんです!いつでも仰ってください」
「ラリゴー、ありがとな。助かったよ」
「いえいえ、お力になれて良かったです!」
「あの……そろそろ降ろしてくれないかな」
抱きかかえられているから、ラリゴーの顔がメチャメチャ近い。
こんなに間近で見るのは初めてだが、びっくりするくらい肌がキメ細かくてツヤツヤだ。
髪サラサラで、肌もツヤツヤ…
良いもん持ってるな……ゴリゴリの男なのに……
「そ、そんなに見つめないで下さい!」
ラリゴーは恥ずかしがって顔を覆おうと俺を抱えていた手を離した。
当然……落ちる。
フワッ
「あっ……グフっ」
背中強打。
暫く呼吸ができなかった。
「す、すみません!」
「だ、大丈夫……」
じゃない……
「とりあえず、一旦宿を取ろう。
それと、外に居る時は俺の名前を呼ばないでくれ」
そうして俺は予め用意しておいた、ローブを羽織り顔を覆うようにフードを被った。
知り合いに見つかりたくないからだ。
出来れば、人と会うのは最小限に留めたい。
特に母親や商店のおばちゃん、ストライクゾーンから大外れの幼馴染には絶対に会いたくない。
「じゃあ、なんて呼べば良いのよ」
「ん〜、面倒だから外で話すのを禁止にしよう。
それに、二人には基本的に宿で大人しく待っていてもらう」
「え〜!折角こんなに賑わっている場所に来たのに?」
「落ち着いたらまた来るから、それまで我慢しろ」
「……はい」
宿は今日の目的が遂行しやすい立地を選んだ。
4人部屋を取ったので広さに若干の余裕ができるはずだったが、ラリゴーの巨体がそれをかき消した。
「コムギ、10地区の時みたいに部屋を壊すなよ」
「はいはい」
……信用ならん。
「ラリゴー、コムギが大人しくしているように見ていてくれ」
「かしこまりました!お任せ下さい!」
こっちも心配だな……
冷静に考えたら、この2人の掛け算ほど恐ろしいものはない。
「頼むから、問題を起こさないでくれよ。
……フリじゃないからな!」
自分でフラグ立てたかもしれない……
「俺は今から王宮図書館に行って、父親に会ってくる。
時間の掛かる用事じゃないから、おそらく1~2時間程度で戻れると思う。
帰りに美味しい食事を買って帰るから大人しく待っててくれ」
「わたし、タイロルジュースが飲みたい!」
「タイロルはこの地区にはないから、別のを買ってくる」
「え〜。タイトル飲みたーい」
「もっと美味いのを買ってくるから期待して待ってろ」
「言ったわね!美味しくなかったら暴れるから」
暴れるのは勘弁してくれ……
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ!」
今日もお時間をとって読んで頂き、ありがとうございます。
皆さんに作品を読んで頂ける事が自分の書くモチベーションにもなっております。
なかなかお礼をお伝えする機会がありませんが、この場を借りて感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いします。




