第14話 : 大穣際
「それで、まずはどこに向かうつもりだ?」
魔族を集めた会合を終え、一息ついているとニコリスが声を掛けてきた。
「とりあえず、実家のある一旦グランへイルドの第1地区に戻ろうと思います。
必要なものがあるので」
「そうか……理由があって1地区まではいけないが、その近くまで送らせよう。
しかし、今日はもう遅い。出発は明日にすると良い」
まだ日も沈んでいませんが……
「気持ちは有り難いんですが……時間も無いので、直ぐにでも出発したいです」
「今日はもう遅いから、明日にすると良い」
「いや、でも時間が無いので……」
「あ・し・たにすると良い」
「はい!明日にします!」
例の如く、鋭い刃物の様に変形させた指先をチラつかせながら、不気味な笑顔で圧力を掛けてくる。
それ、やめろって……
しかも、あんたさっきまでは時間に余裕がないって言っただろうが…
「今日は我々魔族にとって大切な日なのだ。どちらにせよパメル様は行かれる事が出来ない」
それを先に言ってくれよ……
「……因みに何の日なんですか?」
「大穣祭だ。我らに魔素をもたらす大地の恵みに感謝を示す日だ。
数年前までは人間と共に祝っていたんがな……
それに、この地で行うのもこれが最後になるだろう」
「……そうなんですね」
そう話すニコリスの顔は悲哀に満ちている。
「パメル様と我々は儀式に臨む。その後のえんか……ではなく食事から参加すると良いだろう」
宴会なのな……
「わかりました」
「それまではさっきの部屋で休んでいると良い。えんか……ではなく、食事の時間になったら使いを呼びに行かせる」
宴会に引っ張られすぎだろ……
「それに、連れの女性もまだ眠っているだろう?」
女性...…?
「あっ!」
ラリゴーの事をすっかり忘れてた……
正直、居なくて良かったけど……
「すみません……すっかり忘れてました」
「では、また後でな」
「はい。あの……ありがとうございました」
ニコリスは、その言葉に反応を示す事なく広間から出て行った。
……時間は貰えたけれど、上手くいく保証はない。
正直、知らない事と不確定要素が多過ぎる。
その場勝負になるんだろうな…
部屋に戻ると、ラリゴーはこの部屋を出た時と同じ体勢で寝ていた。
背筋をピンとして顔を天井に向け、口を大きく開けている。
しかし、寝息は全く聞こえてこない。
試しに口と鼻を布で覆ってみても……全く苦しそうじゃない。
……こいつ、酸素いらんのか?
むしろ、ラリゴーの座ってる椅子の方が苦しそうだ。
ミシミシ言うとるがな……
「おい、ラリゴー!起きろ!」
ラリゴーは微動だにしない。
「おーい、起きろ!」
一人だと暇だから、話相手が欲しい。
って言うか、お前十分過ぎるくらい寝てるだろ。
「ラリゴー!」
「……っは!ウェイン様、どうしました?」
「いや、起こして悪いな。ちょっと、相談したい事があるんだ」
「はい!何でしょうか?」
「相談というか、お願いなんだが……」
「もちろん!協力します!」
いや、まだお願い言ってない……
「力を……貸して欲しいんだ」
「もちろん協力します!惚れた男に頼らるなんて、女冥利につきますわ!」
その決め台詞とともに、ラリゴー渾身のウインクを決めてくる。
う、嬉しくねぇ……
しかも、あんた男……
って言うか、冷静に考えたらこいつめっちゃ目立つよな。
メイド服着たガタイの良いやつって。
そんなの連れてて良いのかな...…
ヤバイ、不安になってきた……
「お、おう!そう言ってくれると思ってた!
ありがとうな、ラリゴー」
「そんな!当然のことですわ……」
お礼を言われて嬉しかったのか、ラリゴーが頬を赤らめながら答える。
それやめい……
女を出すな……
「そ、そう言えば聞いたことなかったけど、ラリゴーは俺と会うまで何をしていたんだ?」
「それは……」
「……それは?」
「秘密です……
でも、そのうち話しますわ」
こんなに気にならない秘密、初めてだわ。
「そうか。また、話したくなったら聞かせてくれ」
「ウェイン様、優しい!そういう所も……好きですわ」
もう絡むのやめようかな……
うん、ニコリスの使いが来るまで寝よう。
「ラリゴー。俺は少し休むから、ニコリスの使いが来たら起こしてくれ」
「分かりましたわ。ゆっくりお休みになってください」
「ああ、頼む……」
床については目を瞑ると、俺は一瞬で眠りについた…
「……さま……ウェイン様!」
「ん……時間か?」
「はい、お迎えの方が部屋の外で待っています」
「そうか……じゃあ、行こう。
起こしてくれて、ありがとな」
「とんでもないですわ!」
部屋の外に出ると、コムギの世話役のデモニスが待っていた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。
お食事の準備が整いましたので、ご案内します」
そう言ったデモニスは、俺たちを連れて目的地の前まで案内してくれた。
正面にはラリゴーよりも遥かに大きな扉があり、その奥からは賑やかな声が聞こえてくる。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
その言葉とともに正面の扉が開かれた。
そこは、大勢で溢れていた。
中央に特別大きな机があり、その周辺に大小様々なサイズをした机が並べられている。
そして、机の上には様々な料理や飲み物が並んでいる。
「我々は普段食事を必要としないんだがな。この日だけは、特別なんじゃ」
見覚えのある老人が話掛けてきた。
そう言えば、さっきの会合で広間にいた人だ。
「おっと、自己紹介がまだじゃったな。わしはヴァース・リエイトンだ。
お主の言葉、わしには響いたぞ。期待しておる」
そう言うと、老人はニッコリと笑った。
「あ、初めまして。ウェインと言います。
よろしくお願いします」
「ウェイン君か、よろしくな。
まー、堅苦しいのはこの辺にして、今夜は楽しむといい」
すると、今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おい、汚物!」
その呼び方をするのは……
「楽しんでるか?」
やっぱりニコリスだ。
既に出来上がってる。
さっきまでのお前はどこに行ったんだよ……
「いえ、まだ来たばっかりで……」
「まあ、良い!取り敢えず、これを飲め!」
出たよ……酔っ払いの面倒臭い絡み。
ラリゴーに相手してもらおう。
「ラリゴー?」
さっきまで隣に居たはずのラリゴーが見当たらない。
不思議に思って見回すと、見知らぬ集団と意気投合して飲み始めている。
陽キャか!
「おい、飲め!俺の注いだのが飲めねぇってのか?」
ニコリスがしつこく迫ってくる。
「飲みます!飲みますってば!」
仕方なく注がれたものを飲んでいると、今度は背中を思いっきり叩かれた。
「いたっ!」
「やあ、少年!ウェインだったかな?」
カーリスだ。
力強いって……
「少し話さないか?この変態は無視しとけ」
カーリスの隣にいたイビルが、俺にへばり付いていたニコリスを引き剥がながら言う。
「……はい」
正直この二人はちょっと怖い。
会合の時も、俺の意見に真っ先に反対してきた二人だ。
2人は俺を連れて、ニコリスから遠く離れた端の机の方へと向かった。
「その、すまなかったな。会合の時は強く当たりすぎた」
突っ掛かってくるのかと思ったら、
イビルが申し訳なさそうな顔をしながら謝ってきた。
「いえいえ!そんな……あれは普通の反応だと思います!」
「こいつは、気持ちの表現が下手なんだ!許してやってくれ!ガッハッハ!」
カーリスが豪快に笑いながら話す。
「おい!余計なこと言うな!
……ウェインだっけか?俺は人間が嫌いな訳じゃないんだ。お前たち人間の、良いところはたくさん知っている。だから……止めてくれて感謝している。言いたいのはそれだけだ。精々頑張れよ!」
それだけ言うと、イビルは足早に離れていった。
実は良いやつ...…
このギャップが堪らんな...…
「本当のところ、あいつは人間が大好きなんだ。だが、それだけに裏切られて辛い思いをしたんだろう。分かってやってくれ。それに会合の時は否定してしまったが…俺も人間は大好きだ!
……さあ、たくさん食べて、たくさん飲むんだ!皆が少年と話したがっている」
カーリスの言う通り、この宴会中俺は大勢に囲まれて質問責めにあったり、昔あった人間との思い出話を聞かされたりした。
その中には、誰一人として人間を悪く言う人はいなかった。
彼らにとって人間は、決して悪い存在ではなかった。
突如として故郷を奪われ、戦いで家族を失い、600年もの間辺境の地に追いやられて我慢を強いられたにも関わらずだ。
そんな彼らの姿を見て、しみじみと思った。
1年後に、もう一度この日を迎えよう。
もちろん、人間も一緒に。




