第10話 : 歴史との邂逅 (1)
「お二人と伺っていたのですが…...」
ニコリスに遣わされた迎えが困惑している。
「えーっと…...すみません。
色々とあって…...」
彼は対応に困っているのか、判断を仰ごうとコムギの方に目をやる。
「大丈夫よ。多分だけど」
見た目からしたら、全然大丈夫じゃないよね…...
「…...畏まりました。それでは私に付いて来てください」
そう言うと、彼は目的地に向けて案内を始めた。
空はまだ薄暗く、日は昇っていない。
どうりで眠いわけだ。
それに昨日のお酒がまだ残っている。
歩くのしんどい…...
しかし、逸れて迷惑を掛ける訳にはいかない。
先導役の彼女を見失わないように、慎重に歩く。
まだ朝早い時間で誰も起きていないから、自分たちの足音だけが響き渡る。
先頭を歩く迎えの人、コムギ、それから俺。
体型も履いている靴も違うから、当然足音も違う。
でも、ラリゴーだけは足音が聞こえない…...
間違いなく、後ろに居る筈なのに。
あんなにデカイ図体して、ヒールの高いストラップシューズを履いているのに…...
もしかして、ちょっと浮いてる?
確認したくても、色んな意味で怖過ぎて後ろ振り向けない…...
そんな新たな恐怖と向き合っていると、
いつの間にか中心街から離れた人気のない場所にまで辿り着いていた。
それでも歩みは止まらない。
「あの〜、どこまでいくんですか?」
「もう少しです」
すると今度は舗装された道を外れ、茂みの中へと入っていく。
グルルルル…...
進行方向から、唸り声が聞こえてくる。
その声は段々と近くなっていき、遂にその姿を現した。
月明かりが照らした先に、赤土色の鱗に包まれた巨体が映る。
竜?
いや、見た目は確かに竜だけれど、
その象徴とも言えるような翼が見当たらない。
と言うか、竜種自体が何百年も前に絶滅したと言われているんだけど…...
「コムギ、こいつは…...」
「地底竜よ」
「アングラ?」
「はい、そうです。地底竜は、竜種の中で唯一翼を持っておりません。
その代わり、地中を自在に駆け回ることができます。
ここからは、地底竜で移動します」
説明を面倒臭がったコムギの代わりに迎えの男性が補足してくれる。
か、カッコイイ!!竜って男のロマンじゃないか!
本物を見られただけでも興奮ものだってのに…...
今から乗れるってのか!
転生して良かったと、今初めて思ったぞ!
……ん?......乗る?
「コムギ、こいつは地中を移動するんだよな」
「そうよ?」
「普通に考えて、乗れないよな?」
「そうね」
「そうだよな…...だとしたら、どうやって移動するんだ?」
「確かに!私もウェイン様と同じ事を思ったわ!」
ラリゴーが反応する。
お前に、同意は求めてない。
「別に変わった方法でもないけど…...掴まるのよ」
「掴まる??どこに??」
おおよそ掴まれそうなところは見当たらないんですが…
「尻尾」
「あー、尻尾ね。
…...え??尻尾って言った?」
めちゃめちゃ変わった方法じゃねぇかよ!
「なるほど!納得したわ!」
ラリゴーが頷きながら答える。
いやいやいや…...なるほど!とはならねぇだろ!
納得できる要素がどこにある。
え?目見えてる??
尻尾めちゃめちゃ太いですけど。
キュウリの太さと違いますよ?
丸太並みの太さですよ?
「あの…...申し訳ないんだけど、掴めそうにない…...」
「大丈夫です!ウェイン様のことは私にお任せください!」
「わたしも流石に二人は無理だから、ラリゴーさんに任せるわ」
ラリゴー、頼もしいよ。
けど、嬉しいような嬉しくないような…...
「じゃあ、早速行きましょう」
コムギの言葉を合図に、全員が尻尾を掴む。
俺は、ラリゴーに掴まれる。
「あの…...ちょっと力強いです」
ラリゴーの手で握られている二の腕から先の感覚がなくなってくる。
血、止まってる…...
「やだ!すみません…...緊張しちゃって…...」
乙女…...
「いや、大丈夫です。落とさないの優先でお願いします…...」
と言っても、力は全然弱まらない。
これでも、だいぶ加減してくれてるんだろうな…
「では出発します!」
その言葉と同時に、地底竜が地中へと潜り始めた。
海の中はあれど、土の中に潜るのは初経験だ。
怖いけど、少しワクワクもする。
さあ、いざ地中へ!
………そうだよな。
真っ暗だよ。何にも見えない。
というか、目を開けていると土が容赦なく入ってくる。
感じるのは、掴まれている腕の痛みだけ…...
次の機会があれば、ライトとゴーグル持ってこよう…...
地底竜の地中ツアーは、思った以上に長い。
地中にいるせいで、時間の感覚がおかしくなっているのかもしれない。
退屈だ…...いっそ寝るか…
そう思っていた時、掴まれていた腕に急に血流を感じた。
え???ラリゴー離した?
すると次の瞬間、身体がフワッと浮いた。
やばい、落ちる…...
一瞬にしてラリゴーの姿が遠くになった。
しかし、幸いにも尻尾はまだ続いている。
「コンニャローー!」
全身の力を振り絞って、通過していく尻尾に必死でしがみき
何とか置き去りは免れた。
あ、危ねぇ…...
一安心して尻尾の周辺を確認してみると、
掴まっている場所から少し後ろには、もう尻尾が続いていなかった。
ギリッギリじゃねぇか。
何とか掴まっていられるものの、尻尾が痛い。
ゴツゴツしてて、所々尖ってるんですけど…...
そう長くは、掴まっていられそうにない。
早く着かないと、今度こそ置き去りになる…...
あっ、もうダメだ…...
これ以上、力が入らない…...
我慢が限界に達したとき、再び地底竜が地上に顔を出した。
と同時に、しがみついていた尻尾から手が身体が離れ、俺は地面に転がった。
い、生きてる…...
良かった…...
「ウェイン、大丈夫だった?」
コムギが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫じゃないけど…...生きてはいる」
ラリゴーは無事だろうか。
確かようと身体を起こして近づくと…...
スースー鼻息を立てて寝てやがる。
…...いや、色々とスゴいよあんた。
怒る気力も湧いてこない。
「ラリゴー!起きろー」
「…...っは!ごめんなさい!私ったら」
ラリゴーは、地底竜の尻尾を掴んだまま目を覚ました。
「あら?ウェイン様は、どうしてそんなにボロボロになっていますの?」
あんたのせいだよ。
ところで、ここはどこなんだろう。
周り一帯はゴツゴツした赤茶色の岩で覆われ、遠くの方に紺鼠色の大きな建造物が見える。
グランへイルドにある王宮を遥かに凌ぐ大きさだ。
「コムギ、ここはどこなんだ?」
「わたし達の家だよ」
家ってことは、魔物様の居城ってことか?
それにしては、寂しい雰囲気を感じる。
途中に、何軒かの住居を見掛けたものの誰かが住んでいる気配は感じられない。
暫く歩いていくと、見覚えのある姿が目に映った。
ニコリスだ。
「魔王様。お待ちしておりました」
なんだか前に会った時とは雰囲気が違う。
コムギに抱きついたり、気持ち悪いセリフを発したりするのかと思っていた。
変態要素が無いと、ただのハンサムなんだが…...
「皆が広間にてお待ちです。
もちろん、お連れの方も一緒で構いません」
「…...」
コムギは頷いただけで言葉は返さない。
機嫌が悪いという訳ではなく、緊張しているように感じられる。
できれば、お連れの方は別にして欲しかったけど…...
建物に入って正面の階段を昇り、例の広間へと向かう。
緊張感からか、誰も言葉を発さない。空気が重苦しい。
ラリゴーはスキップしてるけど。
広間の扉の前に辿り着くと、コムギが扉を開け入っていく。
それに続いて、俺とラリゴーが入りニコリスが最後に入ってきた。
部屋の中央には重厚感のある大きな机が置いてあり、7脚の椅子がそれを囲むように並んでいる。
それらの1つにコムギとニコリスが其々座り、その他の4つの椅子が埋まっていた。
空気の読めないラリゴーは、空いている残り1つの席に座ろうとしたから必死で止めておいた。
「それでは始めよう」
ニコリスが声を掛ける。
あんたが仕切んのか…...
「題目は分かっての通りだが…...」
すると、コムギがニコリスの言葉を遮るように発言した。
「やめる」
「あ?何言ってんだ?」
幹部の一人、イビル・デモリーナが突っかかる。
「人間に攻撃を仕掛けることは、やめると言ったの」
「やめるだと?ふざけるな!」
「うるさい。やめると言ったらやめる。
これ以上、議論の余地は無い」
コムギはそう言い放つと、席を立った。
会合開始から、僅か20秒ほどだ。
「こいつらか、こいつらに唆されたのか?
あんたが、一番辛い思いをしている筈だろう?
それをやめるって、一体どうしたんだよ」
「うるさいっ!それ以上喋らないで。
この件は、もう終わり」
コムギはそのまま、部屋を出ていってしまった。
部屋にいる全員が展開について行けず、唖然としている。
暫くすると、一人、また一人と席を立ち、部屋の中には俺とラリゴー、そしてニコリスだけが残された。
「えーっと......どうすれば良いんですかね...」
ニコリスの顔色を伺いながら質問する。
「少し話がしたいんだが、ついて来てもらえないか?」
「分かりました。ラリゴーも一緒で良いですか?」
「ああ。構わない」
そう言うと、ニコリスは俺とラリゴーをある部屋に連れていった。
「巻き込んですまなかった。
パメル様と一緒にいる以上、お前達には知っておかなければならない事がある」
席について一息つくと、ニコリスが神妙な面持ちで話し始めた。
「まずは、歴史の整理から始めよう。
お前達の知っている歴史は、本当の歴史では無いのだから」




