第1話 : 転生と選択
あと20秒……
……5……4……3……2……1……
「ついに、ついに、20歳になったぞーーー!」
この世界に転生したから20年間、我慢に我慢を重ねて、ようやくこの瞬間を迎えられた。
今日から、今この瞬間から、ハーレムを築くんだ!!
〜遡ること20年と少し前〜
即死だったのだろう。
トラックにぶつかった瞬間、肉体から魂が抜け出した。
魂の状態とは言っても、まんま幽霊だった。
「さて、どうすれば良いんだ?」
このまま現世を彷徨っていれば良いのか、使命かなんかがあるのだろうか。
特に寿命があるとも思えないし。
「ん〜、分からん!!誰か教えてくれ!」
そんな声にもならない声をあげていると、突如としてラッパの音が鳴り響いた。
「パーン、パーン、パパーん」
この音はまさか……て、天使がくるやつか?!
お?き、来たぞ……
純白のドレスに、ほっそりとした脚、スレンダーな体型、腰まで伸びた黒髪……
く、黒髪?!
天使って黒髪ありなのか!た、たまらん!
可愛すぎる…
「私の手を握ってください」
降臨してきた天使が微笑みながら、こちらに手を差し伸べてきた。
迎えの天使とはいえ、女の子の手を握るのなんて幼稚園の時以来だ。
それに、さっきよりも距離が近い。
なんなんだ、この良い匂いは……!
「それでは、行きますね」
その言葉が発せられた瞬間、再びラッパの音が響き渡り、周囲が光に包まれた。
「うわっ!」
思わず声をあげ、眩しさのあまり目を閉じてしまった。
そして再び目を開けると、さっきまで隣にいた天使の姿はなく、見渡す限り暗闇が広がる空間に居た。
「あのーー!誰かいませんかー?」
返事がない。
あの、暗闇怖いんですけど…
せめて灯りだけでもついてくれないかな。
そう思った瞬間、頭上に電球が灯った。
「おわっ!ビックリした……」
頭の中で想像すると、出てくる仕組みなんだろうか。
そしたら取り敢えず、机と椅子も欲しいな。
「おー!やっぱりそうなのか」
先ほど灯された電球の下あたりに、腰の高さほどの丸テーブルに二脚の椅子だけが寂しく設置されていた。
「ん??」
見覚えのあるテーブルと椅子だった。
これは、自宅で使っていたやつだ。
試しにコーヒーも想像してみると、自分が使っていたマグカップと嗅ぎ慣れた匂いが漂う。
ってことはコーヒーの味も……
「う、うーん……やっぱそうなるか」
近所のスーパーで買っていた安い豆の風味だ。
残念すぎる。
その後も、試しに色んなものを出しながら生きている頃を懐かしんでいると、遠くの方から足音が聞こえてきた。
コツコツコツッ
アスファルトを歩くヒールのような音が響いている。
また綺麗なお姉さんが来てくれるんだろうか…
期待に胸が踊る。
足音の方に目を向けているとその姿が徐々に近づき、灯りの届く範囲にボンヤリと姿が浮かんできた。
サンダルのような履物に、細くて綺麗な脚、腰ほどまである銀色の髪の毛、そして豊かで長い髭……髭?!
じ、じじいじゃねえか!
畜生期待させやがって…
「ようこそ、ようこそ。
自己紹介は……いらんかな。この高貴なる姿を見れば、わしが神であることは一目瞭然じゃろう」
期待を裏切られた上に、上から目線に腹が立ったので、神を名乗る爺さんの頬を少し強めに引っ叩いてみた。
「痛いわボケ!!
急に何するんじゃい!」
「いや、まさか本物の神様が目の前にいるとは思えなくて。
夢じゃないかと思って、確認の為に叩いてみたんだけど」
「夢じゃないわ!それに、叩くなら自分のほっぺじゃろーが!」
叩かれたほっぺをさすりながら、神様が言う。
「それにな、普通に痛いわ!確認程度なら、もう少し弱めにしとけい!」
「いや、神様なら少し強めに叩いても痛くないかなと思って」
「んなわけあるかい!それにな、会って20秒も経たずしてビンタされるだなんて夢にも思わんわ!」
叫び疲れたのか、神様は先ほど出現した椅子を引いて腰掛け、息を整えている。
「久々に声を張り過ぎたわ。このコーヒーを頂いても良いかね」
「安物でも良ければ、好きなだけどうぞ」
神様が、カップに入ったコーヒーを静かに啜る。
「まっず!なんじゃこのコーヒーの不味さは」
スパーーンッ!!
その言葉を聞いた瞬間、今度は神様の頭を引っ叩いてしまった。
「イテッ!!
また叩くか!」
「すまん。ついイラっときて」
「なんて暴力的なやつだ!
それに頭はダメじゃ……薄なってきとるんじゃから……
つ、次叩いたら、超・超・超大切な話の続きはをしてやらんからな!」
案外お茶目な神様。
「分かった分かった。
気をつけるから、話とやらを聞かせてくださいませ神様」
「はあ〜
改めて…お主には異世界に転生する権利が与えられた。
こんな暴力的なやつが選ばれてしまった事は驚きじゃがな。
決まってしまった事を今更変えられはせん」
余計な一言が多い。
「転生する前に、お主には2つのものを選んでもらう必要がある。
ひとつが、行き先。
もうひとつが、使用するスキルじゃ」
暗闇に向かって神様が腕を振りかざすと、大きなスクリーンが表示される。
「まずは、行き先の選択からじゃ。
どこが良いかね?」
画面上には、いくつかの世界の名称が記載されている。
・悪意と狂気に満ちた世界:アントノール
.
.
・混沌に満ちた世界:マインドラッグ
・カラクリの統治する世界:ベイズクラフト
・人類が絶滅した世界:リベイズ
.
.
「おいおい、物騒な世界しかないじゃないか」
「それぞれの世界が、何かしら問題を抱えておるからの。
危険が全くない世界など、残念ながら無い」
「そうは言っても出来る限り平和な世界が良いんだが、それ基準では選べないのか?」
「そうじゃな……
ならば、危険度順に並べ替えてみると良いじゃろう」
・ F 祝福に満ちた世界:ネガルシア
・ F- 愛と緑に溢れた世界:パースグリーン
・ E+ 謝罪で全てが許される世界:ゴメンシス
.
.
「Fランクってのが、一番安全なのか?」
「そうじゃ。一番上にあるネガルシアは、複雑な問題を抱えてはおるが、ここ数百年は目立った争いもおきておらんな」
「そうか。そしたら、ネガルシアで頼む」
個人的には、ゴメンシスも気になるけど……
「一度決めたら変更はきかんが、良いかね?」
「問題ない。平和であるに越したことはないからな」
「承知した。行き先はネガルシアに決定じゃ」
そう言うと、行き先選択の画面が消失し、今度は手元に小さめのスクリーンが表示された。
「スキルはそこから選択せい」
表示画面にはありとあらゆるスキルが並んでいる。
生活系のスキルから、生産系のスキル、戦闘系のスキルまで、選ぶのに困るほどの種類がある。
「因みに、スキルの横にあるこの数字は何なんだ?」
「それはスキルのコストじゃ。無制限に習得されるとたまらんからな。
以前にいたのじゃ。アホみたく沢山のスキルを獲得して無双しよった奴がの。
あんなチートを量産しない為にも、制限を設けておるのじゃ」
余計な事をしやがって……
「今のお主はコスト100の範囲内であれば、好きなスキルを習得することになっておる。
じっくり悩むと良いじゃろう。
わしは不味いコーヒーでも飲みながら待っておる」
これは迷うぞ。
何より種類があり過ぎる。
ご丁寧なことに、戦闘スキルのうち、剣技一つをとっても片手剣、双剣、大剣など剣の種類毎に習得スキルが分散されている。
簡単には選べそうにない。
しかし、世界の平和を守る勇者になる訳でもあるまいし、生活スキルと生産スキルさえあれば食うには困らないだろうな。
とはいえ、自分の身を守れるくらいの戦闘スキルは確保しておきたい。
「ん〜!わからん!」
いっそランダムで与えて貰った方が、悩まなくて良い分気楽にさえ感じらる。
オススメでも聞いてみるか。
そう思って神様の方に目を向けると、目を半分開けたまま膝を抱えて気持ちよさそうに寝ている。
おいおい、何処ぞのおじいちゃんかよ。どうりで静かな訳だ。
「神様よ!おーい!オススメのスキルとか無いのか?」
「グゴォーー」
タイミングよくイビキで返事をしてきやがった。
時間は掛かるが、一つずつ丁寧に目を通してみるしかなさそうだ。
画面に目を戻し、再びスキルの一覧を確認する。
暫く下にスクロールしていくと、あるスキルが目についた。
「んっ?!魅了[絶]?」
「魅了[絶]じゃと!?」
寝ていたはずの神様が、急に口を挟んでくる。
「寝てたんじゃないのか、おい」
「いま、魅了[絶]と言ったかね?」
「言ったけど、それがどうかしたか?」
「まさか、魅了[絶]が表示されておるとは!」
「誰にでも表示される訳じゃ無いのか?」
特別感を感じずにはいられない。
「そこに表示されるスキルは、前世で歩んだ人生によって大きく変わるんじゃが……」
「それはつまり、どういう事だ?」
「お主、前世でどんだけ寂しい人生を送ってきたんじゃ?」
やめてくれ。
思い出すだけで胸が苦しくなる……
「本当に可哀想な奴じゃ……
このスキルはな、よっぽど女に縁のない生活を送ってこない限り出てはこんのだ。
それほどのレアスキルじゃ。
ある意味、お主の人生もレアじゃな」
余計なお世話だ。
まあ、事実なんだが……
「で、このスキルは凄いのか?」
「うーむ……まぁ、お主みたいな奴が欲しがりそうじゃな。
スキルの説明を開いてみると良い」
言われた通り、説明を開く。
・スキル名:魅了[絶]/Lv.99/コスト99
効果 → 条件を満たした異性の永続的な従属 (※解除可能。但し、解除した対象に再びかけることはできない)
従属可能枠 →5 (※ 条件達成により、従属枠を最大99まで拡張可能)
発動条件→・使用者は生後20年経過のこと
・対象とする異性と目を合わせた状態で使用者の名前を呼ばせること
有効対象年齢 → 生後18年以上経過のこと
対象種族制限 → なし
状態(対従属者) →【異性好感度上昇】、【魅惑の香り】、【異性脳内補正】
待て待て待て。最高のスキルじゃないか。
上手く使いこなせれば、自分好みの女の子で溢れたパラダイスが作れる。
俺の寂しい前世は、今この瞬間の為にあったのか!
「よーし、一つ目のスキルはこれに決めだ!」
「よ、良いのか?煩悩丸出しじゃが……」
「あぁ。これ以上のスキルはない」
「そうか……まあ良いじゃろう。お主の好きにせい。
それで、残りは1しかないが?」
「言語処理(コスト:1)にする」
「無難じゃな。コストにしては優秀で使い勝手も良いじゃろう。
これでやるべき事は終えた訳だが、何か聞きたい事はあるかね?」
「転生先の人生が終われば、俺の人生はそれで終わりか?」
「基本的には……そうじゃな。終わりだと思っておくと良いじゃろう」
何だか歯切れが悪いが、まあ良い。
「分かった。禁止事項とかは定められていないのか?」
「特段無い。降り立った世界の秩序に従っておれば良い」
神様がそう言い終わったと同時に、けたたましいアラート音が鳴り響き、手元の画面にポップアップが表示された。
*異世界情報の更新
→ネガルシアの危険度情報が以下のように更新されました。
[元の危険度 : F]
[更新後の危険度 : SSS+]
「おいおい。ネガルシアって、行き先に選んだ国だよな?」
「うむ」
「行き先の変更はきかないのか??」
「先ほども言ったが、一度選択した世界は変更できんのじゃ。
ハッハッハッハッ……ハッハ……ハ……
すまぬ」
「危険度SSS+ってどんだけやばい状況なんだよ」
「行ってすぐにどうこうと言う問題ではないであろうが……」
そう言いかけると神様は大きく手を広げ、足元に大きな紋様を出現させた。
「どうせ一度死んどるんじゃ!
ダメでもともと、頑張って参れ!」
「おい、待て!待ってくれ!」
そう口にした瞬間、青白い光を発しながら発動した紋様に吸い込まれていく。
行き先は、危険度SSS+。戦闘系スキルの所持なし。
前世では縁の無かった女性関係を充実させる為に、魅了[絶]スキルでハーレムを築くつもりが……
予想だにしない展開になってしまった。
吸い込まれる寸前、最後に目にしたのはにやけた神様のツラだった。
いつか引っ叩いてやる。