第二話 不穏な女生徒1
カナメは以前と同様の、ごく普通な学園生活に戻っていた。深夜の山奥における運命的な出会い、異形との闘い、それがまるでただの夢であったかのように平穏な日常である。あの事件から一週間、ツバメもカナメの前には現れていない。
あの夜、カナメはツバメの心臓を抉り出して黄金の戦士に変身し、異形をたったの一撃の元に消滅させた。その後カナメは意識を失い、気付けば山小屋で一人目を覚ましたのだ。異形も、ツバメも、存在した痕跡は全く残っていなかった。カナメの手に残ったツバメの心臓の感触、異形が消え失せる時の断末魔、その二つの不快感を除いてだが。
その不快感に悩まされたまま学校に向かったものの、気分が優れないカナメは朝から自席で机に突っ伏していた。
「ここ最近の君は顔色が悪いねえ、何かあったのかい?」
カナメが声に反応して顔を上げると、幼馴染みである犬塚キナコが心配そうな顔で立っていた。
「うーん……何か、あったんだろうけれどもイマイチ頭が追いついていなくて上手く説明できる自信がないんだ」
「そうかい、体調が悪いなら無理はするなよ? いつも夜中に出かけていることだって君の親御さんは良しとしていないのだぞ、だいたい昔から臆病なくせに無鉄砲なところがあって……」
「わかった、わかったよ」
カナメはキナコからの長いお説教を察知して言葉を遮り、自席より立ち上がった。
「何処へ行く?」
「やっぱり気分が悪いから保健室だよ」
「付き添うか?」
カナメは横に首を振り、一人で教室を立ち去った。
カナメの足取りは重かった。保健室へ行くと宣言をしたものの、自分の体調が寝て治るようなものではないと感じていたからだ。あの夜に出会ったツバメと異形、あの出来事をどうにもハッキリさせねば気分が悪い、そう感じていたからだ。
このまま学校をサボって事件があった山を調べてみようかとカナメが考え始めたその刹那、階段を登り屋上へ向かう一人の女生徒がその目に留まった。制服からたなびいたリボンの色からカナメと同学年だということは判断できたが、何処のクラスの何某かまでは見てとれなかった。
しかしもう一つ、カナメが目撃したものがあった。
あの日、あの夜、あの場所で目撃した、黄金色の粒子の一片を見た。それが先ほどの女生徒より一片が流れた。
恐怖もあったが、好奇心がまさったカナメは彼女の後を追って屋上へと向かった。
カナメも階段を登るが、既に先ほどの女生徒の姿はなかった。彼女は既に屋上なのであろう、カナメは一人、階段を進む。途中途中に先日の粒子が浮かんでいる。カナメはそれを掴もうとするが、スルリと手をすり抜けてどうにも掴みどころがないといった様子であった。あの日の粒子はカナメの意志に関係なく身体を満たしていったはずだが、その現象も起こらないようだった。
カナメは屋上の扉を開こうと手をかけた。その時、カナメの全身の神経を恐怖が走り血が凍るような悪寒を覚えた。まるで、あの日の夜に、異形に殺気を向けられたときのように。確実に、この扉の向こう側にはあの異形がいる。
カナメの脳裏には悪寒と同時に走った二つの選択肢があった。異形に襲われているであろう見知らぬ彼女を助ける、若くは、見捨てて、逃げる。
どうすべきかと考えているその間に、カナメのその手は扉を開け放っていた。
カナメが屋上で見た光景は彼の想像とはだいぶ違っていた。
それは、見知らぬ女生徒が輝く手をかざしながら異形を慈しみ作り出している姿であった。