第一話 運命の夜1
遥か彼方、空よりも月よりも遠いどこかから何かが地球へと飛来してきた。それは、ごく一般的で、極めて平凡な女子高生「神鳥谷ツバメ」の家族と家を一瞬にして破壊した。両親は即死、小学生の弟は右足が粉々に砕けて瀕死の重傷である。家屋は崩れかけ、所々よりあがる炎が夜の街を照らしていた。
そのような中でも、ツバメは五体満足で意識もはっきりとしていた。運が彼女の味方をしたとしか思えない。しかし、眼前に広がる惨状を飲み込めることなどできはしなかった。
そんな彼女をよそに、飛来した「何か」は活動を始めた。白銀色に輝くそれは、炎が上がる神鳥谷家を飛び回り、絶望に打ち震えるツバメを見つけた。
『隕石が衝突? 深夜に起きた爆発事故の真相は』
五年前、ある住宅で爆発事故があった。ところが周囲の住民の証言によると、隕石が直撃したのだという。発行体が空から落ちてきたという目撃談も後を絶たない。
しかし、廃墟を調査した専門家によると、隕石自体もその痕跡も見つけることが出来なかったという。
よってこれは、不幸な爆発事故として処理されている。唯一の生き残りである小学生の長男も当日のことは意識を失っていたためわからないという。
彼が五体満足で無事だったことは、奇跡だろう。
しかし、不審な点が残る。長女の行方がわからないことだ。事件当日、姉弟二人は子供部屋で寝ていたそうだ。
姉は事故に巻き込まれているはずだが死体は見つかっていない。
真相究明のため、姉の行方は今も捜索中である。
*****
「来たわね……」
忌まわしい事故から5年後、現場から遠く離れた深夜の山奥。神鳥谷ツバメは異形のバケモノと相まみえていた。
「今までの私と思わないことね」
言葉とは裏腹に、ツバメの心情は不安で激しく揺れていた。この異形と対峙するのは初めてではなく、言葉が通じないことも知っているのに語り掛けてしまうほどだ。
五年間、彼女は幾度となくこの異形に襲い掛かられていた。その度にやり過ごしてはいたが、ツバメの力が通じたことは一度もなかったのである。
「見なさい! 私が考えた! 私が完成させた! 私の……!」
ツバメの身体が黄金色に発光し、まるで眼前の異形を模ったかのような外装を身に纏っていった。いや、ツバメの目の前に立ちはだかる異形とはやはり似て非なるだろう。今にもツバメへと狂気の牙を剥かんとする異形はどこまでいっても異形である。白銀色をした体表の異形は辛うじて人の体をとってはいるが、どこかとてもアンバランスなのである。
まるで、元々は一対の夫婦を一つに混ぜたかのようなのである。
それに相対するツバメの姿もまた、黄金色に輝く異形である。しかしどこかぼんやりとモヤがかかったような印象を持っていた。体に張り巡らされたチューブを、乳白色の流体が血液のように駆け巡っている。左胸の心臓を象るポンプと、腰元のバルブで身体を巡る流体の量と場所を調整しているようだ。こちらもアシンメトリーな外見であるが、どこか神々しさを感じてしまう。
まるで、人を知らぬ別の星の神々が人を模して人間を作ったかのように。
異形はゆっくりとツバメへと前進を始める。
黄金色と白銀色の、ツバメと異形の戦いが始まる。
「はっ!」
ツバメは異形の正面に飛び込み、顔面へと拳を力の限り突き立てる。しかし異形の前身は止まらない。ツバメの拳など意にも介さず、腕を伸ばしてツバメの首を掴みにかかる。
「……私では、無理なのか……!?」
咄嗟に姿勢を下げ、異形を蹴り後方へと飛ぶ。しかし、異形の速度が優っていた。ツバメは異形の腕に首を取られ、そのまま宙吊りにされてしまった。異形は少しずつ力を加えてツバメを苦しめていく、全力を出せば握り潰すことなど造作もないであろうに。
「ぐっ……が……」
呻き声をあげながらもツバメは未だ自分の生を諦めてはいなかった。腰のバルブを操作し、流体の流れを変えた。流体は右足に集中し、更なる発光を見せた。ツバメは発光した右足で異形を力の限り蹴り上げる。怯んだ異形は一、二歩後退した。ツバメはその隙を逃さず、異形の腕からの脱出に成功した。
ツバメは再び距離をとる。脱出に成功したツバメであるが、その心中はとても穏やかではなかった。先ほどの一撃は、ツバメ渾身の蹴りだったのである。ツバメの肉体が出せる最大、ツバメが操作してみせた流体の能力の最大。全てを同時に打ち込んでも異形を多少怯ませる程度の威力しか生み出せなかったのである。
ツバメは悩んでいた。自らの姿を黄金色に変化させたこのシステムを最大まで発揮できない自分の身体に。「進化」の力を発揮できない今の身体に……。