リケ女な彼女の恋愛証明 確率
理知的なリケ女のはずが、ポンコツツンデレになってしまった
何故こうなった
「ねえ、なに読んでるの?」
それは、僕、酒見実華佐が学園のベンチに腰掛けて昼食後の読書を楽しんでいる時のことだ。
空いていたベンチの横に陣取ると気安く声をかけてきたのは誰あろう、田所優奈、である。
「ねえ、見せて」
彼女は返事を待つこともなく僕の手から本をひったくった。
「おい、おい」
少しムッとして抗議の声を上げたが、彼女はどこ吹く風とばかりに引ったくった本を読み始めた。
返してくれ、と言おうとしたが、その開きかけた口を静かに閉じた。
すっかり黄色くなった銀杏の木を背景に本を読む彼女は本当に絵になった。メタルフレームのメガネに、艶のある黒髪。ふっくらした頬。その端正な横顔はギリシャ彫刻を思わせる。
思わず見とれてしまう。ゆっくりと時間だけが流れていく。時折、彼女の細く繊細な指先が本のページをめくる音だけが聞こえた。
「へぇ、恋愛小説なんだ。意外~」
どれ程時間がたったのか、彼女が本から顔を上げた。
「なんだよ。意外って」
「実華佐って、もっと小難しいものを読んでるイメージだからさ。それか、アクション系」
「それ、今、話題なんだよ。
アニメ化されて、もうすぐ映画もやるんだよ」
「へえ、わりかし面白そうね。
でも今時、幼な馴染みで、両想いってねぇ~。ちょっと笑うわ」
「えっ、なんで?」
「なんでって、両想いなんて小説やドラマの世界だけだからよ」
「う~ん、そうかなぁ。それはいくらなんでも言い過ぎだろう。
世の中、両想いのカップルはたくさんいるよ」
彼女、田所優奈、はフフンと鼻を鳴らして言った。
「甘いわね。
いいわ。その考えがどんなに甘いかを、私が確率で証明してあげる」
「確率で……?」
「そうよ。
今、5人の男と女がいるとするわ。
現実なら、5人いても好みのタイプがいるとは限らないけど、ここは簡単のために男女双方、必ず1人好みのタイプがいるとする。
その場合、男Aが女aの好みのタイプである確率はさて、いくつ?」
「えっ?えーと、1/5……かな?」
少し考えてから、僕は小さな声で答えると、彼女はにっこり微笑んだ。
「正解。別に男Aに限らず、全員が特定の誰かが好みの確率は一律1/5よ。
じゃあ、男Aの好みが女aで、かつ女aの好みが男Aである確率はいくつ?」
「ええっと」
僕は答えに窮した。
「確率の基本は、起こりうる全ての組合せの中に、条件に見合う組合せがいくつあるかよ。
5人の男女の組合せ、Aa、Ab、……、Ed、Eeは全部で、5×5=25パターン。うち男Aと女aが互いに好きである組合せAaはただ一つ。つまり、男女各5人で両思いになる確率は1/25!
男女各10人のグループなら更に少なくなって、1/100しか無いのよ。
実華佐が一生の内に何人の女性に出会えるかわからないけど、仮に100人だとすると、実華佐が両思いになれる確率はなんと1/10000!!」
「いや、僕が好みの女性が100人に1人しかいないとは限らないでしょう」
彼女はとても可哀想なものを見るような目で僕を見た。
「なんでそう、思うかなぁ。逆に1人もいないとか考えないの?
そっちのほうが可能性高いとか思ったりしない?」
スゴい言われようだ。
余りに理不尽なので何か言い返そうとしたが、彼女のほうが早かった。
「でも、安心して。そんな実華佐でも愛される可能性を飛躍的にあげる方法があるわ」
「えっ、そうなの?!」
乗せられて、思わず身を乗り出してしまった。
すると、彼女は指をぴしりと僕の鼻先に突きつけて言った。
「己を捨てるのよ!」
「はい?」
「己を捨てて、ただ無心に寄ってきた女子に従うのよ」
えーーーーー
それって既に両想いじゃないような。僕の想いはどこへ行ってしまったのだろうか?
「と、言うことで。この本の映画を観に行きましょう」
「えっと、なんでそうなるの?」
「そこ、考えちゃダメ。無心に受けとるの。
女の子が誘ってきたらあなたはそのままうけとる。OK?」
「いや、全然OKじゃないんだけれど、取り敢えず言いたいのは、それ誘ってるってこと?」
彼女は突如、じっと固まった。固まったまま、みるみる顔が赤く染まる。
「んな、んな、んなわけないでしょ!」
スススーッと滑るように僕から離れる。と、優奈はさっきの本を前につき出して叫んだ。吸血鬼から身を守るための十字架か、なにかのつもりなのか。
「え、映画に興味が、あ、あるだけだからね。
それだけだから。
と、とにかく!
私ぐらいしか!
あなたと一緒に映画に行っても良いなんて言う女子は……
いないと……
い、いないと思うから……
だから……その……それで決めてしまいなさいよ」
お腹でも痛いのだろうか。それともトイレでも我慢しているのか。優奈の声はだんだん小さくなり、もじもじし始めた。顔も熟れたリンゴのようになっている。
「う~ん、と」
スマホを取り出し、少し弄る。
「……ダメかな……」
優奈の消え入りそうな声。
「いいよ。ちょっと映画の日を調べてた。
今週の土曜日からだね」
「あーー、そう!」
花が咲いたような笑顔になると、スススーッと滑るように今度は近づいてくる。
優奈のお尻はリニアモーター仕様なのだろうか。
「そうね、なら、土曜日にしましょう。
あっ、映画の後に夕食とかはダメだからね!
まだ、心の準備が……じゃない、一回や二回の映画とかでそんな親しくなれるほど私は軽くはないから。
で、でも、お昼とかなら、その、いいかもしんないわ。
ちょうど、ランチサービスチケットが余ってるから、そこで映画の後でお昼を食べるぐらいはあっても良いというか、悪くないっていうか」
「それじゃあ、そうしょうか」
良いも、悪くないも、限りなく同義語だと思いつつ、返事をした瞬間、優奈の右手が力強く握られた。グッと音がしそうだったが、僕の視線に気づいたのかその拳は素早く優奈の背中へ隠された。
「あー、じゃあ、決まりね!
よし、もう予定いれちゃうからね」
優奈は大きく息を吐くと、僕から奪った本を団扇代わりにしてパタパタと顔に風を送る。
「はぁ~、なんかいつまでも暑いわねぇ」
そうだろうか。11月中旬の空気はそれなりに肌寒さを感じさせると思う。
「な~んの話をしてたっけ?」
「両想いは確率的にどうだか、こうだかって話かな」
「ああ、そうそう。
両想いなんてね、お話の世界だけだからね。
夢見てもしょうがないから」
優奈は黙りこんだ。しきりに僕の本でパタパタとやっている。
いい加減返してほしいなぁ、と思っていると、優奈が小さな声で呟くように言った。
「……うんと、映画のこと、ありがとう」
少し驚き、隣を見る。優奈は決してこちらを見ようとはしなかった。
「ああ、良いよ。どうせ誘うつもりだったし」
「そう……」
なぜか優奈は正面を向いたままだった。
でも、それはそれで良いかなと思う。優奈の横顔は本当に綺麗だから。
「銀杏の木、黄色いねぇ」と彼女は言った。
「そうだねぇ」と僕は答える。
両想いって ほんと めんどくさい
2019/11/09 初稿
2019/11/16 誤記修正&若干文章整えました