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お嬢様が婚約破棄されたんだが

作者: 水雲





気が付いたら朝だった。

気が付いたら生きていた。

俺には、それだけだった。




「ね、ララ!このキャッサバ団子のミルク紅茶美味しすぎる」

「わかる」



小さい頃どころか、ここ5年より以前の記憶が俺には無い。

気付いたら生きていた。本当にそう表現するのが一番しっくり来る。


俺の記憶がある5年間は、まぁ自分で言うのもなんだが中々に濃い5年間だったと思う。

目が覚めて早々追い剥ぎに遭い、そこら辺の果物やパンを盗んで食い繫いだ。

何も覚えていない筈なのに、これまたどうしてか言葉だけは分かった。



「でもこれちょっと量多くない?ご飯食べられなくなっちゃうかも」

「あー、確かに。じゃあ俺が貰ってもいいすか?」

「あげる!違う味にしてて良かった〜」



目の前でキャッサバ団子ミルク紅茶を頬張るのは、所謂俺のご主人様に当たる人物だ。ふわりと肌触りの良い雰囲気があって、いつもニコニコ笑っている。


犯罪というモノは、まぁ特に繰り返し行う窃盗なんて、いつか捕まってしまうもので。リンゴを一つ手に取って服の下に隠し、少し歩いたところでハイストップ。お兄さん何してるの?お会計はあっちだけど。と。

その露店の中で俺は〝常連さん〟で、目を付けていたところ俺がまんまと犯り、現行犯逮捕。


当時はしくじったと思ったが、今考えてみると、その時に捕まって居なかったら多分あの生活が一生続いていた気もする。




「ララ、あのパン屋やばいよ。絶対美味しい」

「さっきお腹いっぱいアピしたばっかじゃないすか」

「別にアピってない!それにパンは持って帰ってお屋敷で食べれる!」

「あー、確かに。じゃあ買っていきましょっか」



やったー!と声を上げ勢いよくキャッサバ団子を吸いちょっと咽せているこのお嬢様が、それでも嬉しそうに笑っている。


現行犯逮捕は通常、即牢屋に入れられるのだが、何故か俺はそうはならなかった。

憲兵の保護下に置かれ、綺麗な寝床と食事を与えられた。

そうしてその頃から、変な夢を見るようになった。




「ララはどれが良い?」

「お嬢様が適当に選んでください」

「え?そう?じゃあコレとコレ、あれもやばい。あっ、ララってビターな感じも好きだよね?」

「ぉ。よく覚えてましたね」

「ふふーん」



得意げに手を伸ばした先にあるパンは、ビターの中でも比較的甘い方だ。やはりお嬢様は甘党。



「キャッサバ団子ミルク紅茶も美味しかったしパンも買えてさいこー!また来ようねララ!」

「そうですねぇ」



お嬢様が此処へ、この街へ降りることはもう無い。

もう二度と、無いのだ。





▼△▼△▼△▼△▼





次の日の晩飯。

それが、最初に見た変な夢。



『 ぼーっとしてんなよ新入り、そんなんじゃチンピラにやられて死ぬぞ 』



憲兵に引き取られて直ぐに、様々な訓練が始まった。

どうやら憲兵では人不足が続いていて、偶に見込まれた荒くれ者が連れて来られるらしい。

俺もその内の一人で、憲兵に拾われたのは本当にただの偶然だった。



翌日検挙することとなる、犯罪者の顔。

来週配属される、部隊のメンバー。

来月に発表される、王子の婚約者発表の場面。


変な夢は毎日途切れることはなく、些細なことから少し重要なことまで。様々なものが夢に出てきた。

そしてその中でも一際変で、俺を苦しめた夢がある。



《 その罪の名に於いて、これより斬首刑を執行する 》




「ララ?」

「はい」

「話聞いてなかったでしょ、今」

「いやいや聞いてましたよちゃんと」

「嘘だぁ」



はは、と笑って誤魔化したが全く聞いていなかった。すみませんお嬢様。




《 その罪の名に於いて、これより絞首刑を執行する 》


ある日を境に、見る夢は毎日同じものになった。

たった一つ違うのは辿り着く結末。それ以外は何もかもが同じだった。

それでもニコニコと笑う女の子も、何もかもが。




「ララ、次はどこ行く?」

「そっすねぇ…」



お嬢様は、青い鳥だ。幸いな青い鳥。



「最近出掛けてばっかりだったんで、ちょっと休みましょ」

「うーん…確かに。じゃあ庭先のお花植え替えない?」

「お嬢様がやるんすか?」

「うん。ララもやるでしょ?」

「もちろん」





▼△▼△▼△▼△▼





《 この罪の名に於いて、これより投薬刑を執行する 》



毎日毎日同じような夢を見た。それはそれはもう、気が狂うかと思う程。



『 今日はお前の初仕事だ。しっかりな 』



夢に見たとおりの部隊に配属された後、遂に盗人だった俺は憲兵として働くまでになった。

隊長に見込まれ、身を護りそして誰かを守る為の術を叩き込まれた。人一倍可愛がられた自覚がある。



『 初めまして、憲兵さん 』



夢で何度も殺されて、それでもニコニコと笑うこの子が、後の俺のご主人様となるのだが。そこまでは夢に出て来なかった。



『 お嬢様、このまま行くと死にますよ 』



今考えると、その場で俺が殺されても仕方ない台詞だが、毎日毎日同じ夢を見せられノイローゼ気味だったのだ。本人に一言くらい言ったって許される、多分。



「ララ、ちょっとそこの苗取って」

「はい」

「ここ持ってて。離したらダメだよ」

「うぃす」



お嬢様は好奇心が旺盛だ。

無礼だと切り捨てられても可笑しくない、いや切り捨てるべき言葉に興味を持った。



『 それってどういうことですか?私が、死ぬんですか?どうやって? 』



言ってしまったからには仕方がない。忙しい中態々時間を作りお屋敷に招待してくれたお嬢様に、包み隠さず全てを話した。

世迷言と言われても良かった。正直俺には関係の無い事だったから。


しかしお嬢様は俺の夢を信じ、最後には「それで、昨日はどうやって処刑されたんですか?」と。

自分が殺される話を延々と聞かされているのに、それでも嬉しそうに笑っていた。



「あれ?お嬢様、この苗ってトマトじゃないすか」

「そう、野菜も入れてみたの。よくない?」

「有りっすねぇ…でも畑は分けた方がいいすよ、多分。栄養的に」

「えっそうなの?どうしよ、もうお花植えちゃった」

「使わなくなった鉢植えまだありましたよね?」

「ぁー、うん。ちょっと待ってて」



俺の話を気に入ってか、お嬢様は度々ティータイムに俺を招待するようになった。


そしてお嬢様に初対面でついうっかり口を滑らせたその夜から、お嬢様とティータイムを過ごす度に、見る夢が少しづつ変わるようになった。



《 この罪の名に於いて、無期懲役と為す 》



そうこうして数ヶ月を過ごした後、配属先がお嬢様のお屋敷に変わり、俺は〝未来の王妃に気に入られた憲兵〟から〝未来の王妃に気に入られた屋敷の者〟となった。

同僚から見れば、大出世コースだと言えただろう。



「ふぅ。結構時間かかっちゃった」

「そんなもんすよ」

「そうかぁ」

「美味しく育つといいすね、トマト」

「うん!」



王家との婚約を成立させたその瞬間から、お嬢様は籍を持っていない。

紙面上では、既にこの世に存在しない。



『 なぁランドルフ、お前知ってるか。お前が務めてる屋敷のお嬢様ってさ… 』



どうやら王子との婚約の雲行きが怪しくなってきたらしい。あぁ、遂に夢に追いついたかと思った。

夢の中の女が誰と結ばれようが、お嬢様に明るい未来は無い。

日々夢の内容が変わっていった結果、俺が〝王子ルート〟と呼ぶモノのお嬢様の最期は、修道院か僻地へ飛ばされるかの2つになっていた。



「お嬢様、今日も届きましたよ」

「わっ、まじで!今日は何だろ〜」



お嬢様は、この国の人々に愛されていた。否、今現在も愛され続けている。



『 貴様、私の婚約者という立場を利用してジェニーを貶めるなんて、恥を知らないのか? 』



恥ずかしいのはお前だろ、とその場にいた人々は俺含め全員がそう思った筈だ。

恋は盲目とは良く言ったもので、この国の王子はその隣に控える女のことにしか興味が無いようだった。

誰もが可笑しいと思ったが、誰も口を出せなかった。



『 ダグラ・ランドロフ、君があの子の側に居てくれて良かった 』



子が子なら親も親、と言うわけでもなく。国王は至極真っ当な人だ。

お嬢様が謂れもない罪を被せられたことは理解しているようで、息子の今後を思い悩んでいるようでもあった。




「美味いですね、この紅茶」

「うん!誰なんだろ、毎日色んな物くれるよね」

「さぁ、誰なんですかね〜」



課されたのは、悪魔の証明。無かったことの証明など、出来る筈も無いのに。


お嬢様はその雰囲気からか、朗らかな笑顔からか。未来の王妃としても、一人の人間としても高い人気があった。

今でもこうして屋敷の前に、毎日こっそりと〝誰か〟がプレゼントを置いていく程には。



『 刑については保留だそうだよ。まぁ難しいだろうね 』



証明終了も出来ないまま半年が過ぎても、王家では日々お嬢様の処遇を決める会議が行われた。


当初は修道院か僻地へ送る予定だったが、そう簡単に話は進まず、王家はお嬢様が再び舞い戻ることを何よりも注視しているようだった。




『 刑が決まったぞ、あぁ、可哀想に 』



今後一生涯を屋敷の中で過ごし、終えること。

屋敷の者を除き、他者との接触は徹底して無くすこと。

何人も触れる事は許さず、決して子を成さないこと。


彼女に下されたのは、そのようなものだった。

国王の些細な計らいからか、王子と女が結婚するまでの間はどこへ出掛けるも自由だった。その間だけは。



『 ララ、ララ!すごいねぇこれ!やばいだよ、やばい! 』



野草狩り、食べ歩き、野苺クッキング、しゃぼん玉祭り、聖地巡り、僻地ピクニック。

今迄やれなかったこと全てを取り戻すように、お嬢様は羽根を伸ばした。


そしてその羽根が伸びきった所で、お嬢様の羽根は、無残にもパチンと折られた。






▼△▼△▼△▼△▼






俺は今でも、夢を見るのだ。

はっきりとした輪郭を持ち日々少しずつ変わっていく、鮮明で変な夢を。



「ララ見て、街が楽しそうにしてる」

「まぁ明日は王子の結婚式ですしね」

「私招待されてないね?」

「無茶言わないでくださいよ」

「ふふ、冗談!」




明日行われる忌々しい結婚式が、俺の見続けた夢の通りになるのなら。

きっとそれは素晴らしいことだろう。そうに違いない。




「ねぇララ、明日は何する?」

「そうだなぁ」


──────まぁそれはまた明日、ゆっくり考えましょ。







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