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マグノリアの涙  作者: 民子
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第三話

 クロエ・ラウルベイズは新たに家族として迎え入れられた少年・ザインをとうてい認めるわけにはいかなかった。ラウルベイズ宗家の長女としての意地はしっかりと貫き通さねばならない。


 ザインは赤みを帯びた金髪を短く刈り上げ、貴族の子息というよりは兵士見習いのような薄い筋肉の付いた体躯をしていた。聖王都にいる同年代の男の子たちとは明らかに違う鋭い視線、そう、例えるなら猛禽類のような目を持っていて、想像の中でクロエはザインと真正面から対峙する。


 長旅で体は酷く疲れているのに、気が昂って眠れそうになかった。就寝前のひととき、侍女に髪を梳いてもらいながら、クロエは己の胸の中に斑に落ちた汚泥をひとつひとつ確かめることにした。


 自分よりひとつ年上で、ラウルベイズ領の中でも最東端の村から来たとクラウドからは聞かされた。去年の武術大会で父がその腕を見込み引き取ることにしたらしい。剣術だけでなく勉強にも熱心で、使用人たちにも偉ぶることなく接しているとも話していた。


 帰城して早々に、普段物静かなクラウドが熱を込めて話すものだから、弟のマルクの興味はあっという間に最高潮に達し、クロエとの約束を破って部屋を飛び出してしまったほどだ。その時点でクロエの機嫌はかなり損なわれた。


 挙句、家族の大事なひと時を邪魔されたのである。


 一家が聖王都アレイヤーナから領地に戻ってきた日の夜、先にラウルベイズ城に着いていたザインの歓迎会も兼ねて食事会が設けられた。テーブルに着いたのは両親とクロエとマルク、そして新参者のザインだ。


 こじんまりした晩餐ではあったが、家族にとってこれが特別な機会となっただけに、クロエは昼間以上に腹を立てた。


 仕事で家を留守にすることの多い父と、体が弱く自室でひとり食事を取ることの多い母。


 その二人が自分たち姉弟と食事を共にしてくれるのだ。それがどれだけ貴重で素晴らしいことなのか。突然田舎から現れた遠縁のこの少年は知る由もないだろう。


 表立って非難することはなかったが、クロエは食事の間ザインとは一言も口を利かなかった。クロエから歓迎されていないことは彼にも十分に伝わっていたように思う。


 しかしザインは気にする素振りなど見せず、母と弟からの質問にも愛想よく簡潔に答えた。そんなザインの涼しい横顔が余計に気に障ったが、それよりもクロエは父の口角が上がるのを見た瞬間、言いようのない焦燥に襲われた。



(まさか本当にお父様はあの子に家督を継がせるつもりじゃないでしょうね)



 折角料理長が腕を振るって作ってくれた美味しい食事も、恐れが脳裏をよぎった瞬間に一切の味を失った。


 食事が終わると父は母を連れて部屋に戻り、マルクはザインにべったりくっ付いた。クロエだけがひとりぼっちになった。侍女のアンナは付き添ってくれていたし、マルクも一緒にゲームをしようよとザインの膝の上から声をかけたけれど、いったいクロエを頷かせるだけの力はあっただろうか。


 ザインがクロエの背に向けた視線はきっと勝ち誇っていたはずだ。



(あの子はラウルベイズの家を乗っ取るつもりで来たんだわ)



 髪の手入れも終わり、ハーブティーのカップを手渡されたとき、クロエの疑念は確信に変わっていた。


 クロエがこのところずっと考えていたことだ。


 アレイヤ聖王国の中枢を担う父をクロエは誰よりも尊敬している。父の立場や仕事を娘ながらに理解しているからこそ感じること。


 クロエは結局のところ女であるから、父の駒になれるけれど決して支えることはできないし、ラウルベイズ宗家をまとめることはできない。長子であるマルクは父よりも母に気質が似てしまった。人見知りが過ぎるので、同年代の子女が集まる場ではすぐにクロエの後ろに隠れてしまう。


 それを父は嘆き、子どもたちが思う通りにならないことを早々に諦めている節があった。父にとって人生を費やし目指すべきは、アレイヤ聖王国が今まで以上に繁栄することと、その中心にラウルベイズ家があることなのだ。


 実子が頼りにならなくても敢えて取り繕わず、父はラウルベイズの縁戚に目を付けた。若くして外務大臣を任ぜられ、国内の最大派閥を組む貴族の総領としては的確な判断を下したと言えるだろう。


 だからこそクロエは尊敬する父に認められなかったことが悔しくてたまらなかったし、マルクを不憫に思ったし、そうして父に将来性を見込まれて引き取られたザインを会う前から好きになれなかった。


 ラウルベイズ宗家の長女である限り、あの子を容易くラウルベイズ宗家に入れることはできない。まだ何のしがらみのない場所で生きているマルクはともかく、せめてクロエだけは抵抗を見せなければと改めて自分に言い聞かせる。


 少し温くなってしまったカップを覗き込み、クロエは自分の歪んだ顔を睨み付けた。更にその向こうにいる一つ年上の少年に向けても口の中で認めてなんてあげないわと繰り返す。


 風味の落ちたお茶とザインへの負の感情が複雑に絡み合いながら、クロエの喉の奥をぬるりと流れていったのだった。

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