第9話 ここではない
”廊下は走らない”──
そう書かれた張り紙の前を堂々と駆け抜け、私は二組の中が見えるところで立ち止まった。
「はぁ……わかるかな? 天君に会うの……何年ぶりだっけ?」
幼稚園にも通っていなかった頃、仲のよかった南海 天君は引っ越してしまった。
その後、何年かは手紙のやりとりをしていたのだけれど、いつしかプツリと連絡がつかなくなった。
何があったのかはわからないけど、その辺のことを聞く気はない。
話したくないことかも知れないし、私にも聞かれたくないことはあるから、理解しているつもりだ。
「あの、誰か探してるんですか? よかったら呼びますよ?」
声を掛けてくれたのは、ショートカットがよく似合う、活発そうな小さな女子生徒だった。
「えっと……天君……あっ、南海 天君いますか?」
「天君ですね。おーい? 天君? どこぉ?」
教室中の視線を集めてしまい、私は顔を伏せてしまった。
「南海なら図書室じゃね? いつも飯も食わず昼休みはそこにいるらしいから」
「そっか。だそうですよ?」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げ、足早に立ち去ろうとしたときだった──
「天君の彼女さんですか?」
「へっ? か……彼女?」
自分でもびっくりするくらい声が上ずっていることに気付き、何より思いもよらぬ質問に驚いてしまった、
「顔真っ赤ですよ?」
(何で顔赤くなってるんだ私は……)
「と……図書室に……行って来ます」
「いってらっしゃーい(わかりやすっ! 後で天君にも聞いてみようっと)」