79 最高峰 VS 次世代
遅くなりました……。
「まずはお手並み拝見!」
ライゾウが突っ込んでくる。
狙いはシオン。
ランスロットとアリスが即座にサポートに走ろうとしたが。
「「!」」
シオンは気迫によって、それを止めた。
「一の太刀『斬』!」
「攻ノ型──」
大英雄に真っ向から向き合う。
一人では勝ち目の無い相手。
この場の全員でかかっても敗色濃厚。
そんな絶望を前に──
「『一閃』!!」
「!」
一切怯むことなく、正面から刃をぶつけた。
最高峰の雷刀と、魔剣ならざるシオンの愛剣が激突する。
当然、身体能力、技巧、闘気の質、擬似闘気の有無、全てにおいて天と地の差。
「ぐっ……!?」
「シオンさん!」
ボキリ。
そんな音を立てて愛剣はへし折れ、シオンは当たり負けてアリスのところまで吹っ飛んだ。
「……なるほど」
しかし、若人を一蹴したライゾウは、雷刀を握る自らの手を眺め。
「──強くなったでござるな」
ニッと笑って、教え子にその言葉を送った。
未だ強く突き刺さってくる殺気だらけの闘志。
今の激突で僅かに痺れた手。
それがシオンの心身の成長を、如実にライゾウへと伝えてくる。
「今のシオン殿なら、相手にとって不足なし!」
最強の侍に気合いが入る。
この戦いに対する認識が変わる。
戦場の常である望まぬ蹂躙から、強者と死合う人生の楽しみへ。
「……悪化してませんか?」
「いや、こいつ相手ならこれで良い」
アリスのツッコミに、シオンは自信を持って答えた。
これこそが、三剣士に匹敵する大剣豪に対する唯一の勝機であると。
「シオンくん! これを!」
「ありがとうございます」
剣を失ったシオンに、教師が自らの剣を投げ渡す。
全ての騎士に与えられる量産品の魔剣。
シオンからすれば父の愛剣と同じ、唯一慣れ親しんだ魔剣。
「行くぞ、師匠……! アリス、ランスロット、合わせてくれ!」
「はい!」
「ああ!」
サポート向きのアリスと、疲弊状態のランスロットは、シオンに合わせて戦うことに否はない。
互いの実力を武闘大会で見極めたからこその信頼。
「『雷神憑依』!!」
それに支えられる安心感に背中を押され、シオンは初手から切り札を使った。
目の前の侍から教わった未完の奥義を。
「派手にやる! 暴れるぞ!」
「! なるほど!」
「飛剣『雷光』!!」
「飛剣『嵐斬龍』!!」
渾身の飛翔する斬撃をライゾウに叩き込むシオンとランスロット。
「ハッハッハー!」
上機嫌で迎え撃つライゾウ。
他の戦場とは比較にならない轟音が響く中、アリスと他の戦力達は、動けないオリビアを必死に余波から守る。
「次は私も出ます! 皆さんはオリビアさんを死んでも守ってください!」
「了解!」
「お任せください、アリス様!」
優しいアリスから出た覚悟の言葉。
自他ともにそれに殉ずるように死力を尽くす。
「四の太刀『刺竜』!」
雷刀を槍のように構えて突撃する侍。
狙いはシオン。
斬り合いの中で生じた隙を完璧に狙い澄ました一撃を──
「守ノ型『水流』!」
「む!」
水流を纏うアリスの剣が受け流した。
剣技で刺突を、水で雷を受け流し、背中に庇った仲間へと繋ぐ。
「神速剣『槍牙』!!」
「ッ……!」
本家には到底及ばぬ最速の剣技。
雷神憑依の発動中のみ、未完と未完を掛け合わせることで、ようやく形だけ取り繕うのが精一杯の技。
それでもライゾウが一瞬驚愕するほどの速度を叩き出し、侍の頬に僅かな掠り傷を刻んだ。
「『覇王激龍波』!!」
「ぬぉぉ!?」
神速剣を避けるために仰け反ったライゾウの側面からランスロットが仕掛け、超広範囲を薙ぎ払う奥義を放つ。
敵に近づき、角度をつけて放つことで、仲間を巻き込む愚を犯すこともない。
武闘大会を経て心の余裕を得たからか、若き剣聖の才は花開きつつあった。
「「おおおおおおおお!!」」
シオンとランスロットは攻める。
後先を考えていないかのように攻め続ける。
「ハァアアアアアア!!」
そして、前のめりな二人の隙をアリスが埋める。
速さのシオン、護りのアリス、威力のランスロット。
個々の技量でも連携でも遠く及ばないが、まるで三剣士のような戦い方。
「……ハハッ」
まるで現グラディウス王国最強の疑似体験。
それを前に、最強の侍は。
「ハーッハッハッハッハッハ!!」
心の底から楽しそうな、純真無垢な子供のような『笑顔』を浮かべた。
「素晴らしい! カゲトラ殿以上の、これまで戦ってきた中でも上澄みの強さ! これで子供というのだから末恐ろしい! あと一年もすれば、どうなっているのでござろう!」
キラキラの瞳で、ワクワクという擬音が聞こえてきそうな顔で、侍は命削り合う戦場を駆ける。
「──ゆえにこそ」
「「「ッ!?」」」
そこで、ライゾウの雰囲気が変わった。
「ここで未来を閉ざすのはあまりに惜しい。しかし、拙者は主の命に逆らえない」
悲しい、酷く悲しい顔。
大好きな玩具を親に取り上げられ、泣いて反抗したが、怒られてシバかれて拳骨を食らった後の子供のような、不本意極まる顔。
「せめて、シオン殿が全てを出し尽くすまでのこの時を、存分に味わい尽くすといたそう」
「ぐっ……!?」
再びライゾウとシオンの一撃が真っ向からぶつかる。
シオンは消耗が激し過ぎる切り札を使い、ライゾウはその本家本元を温存しているというのに、結果は先ほどと大して変わらない。
シオンが当たり負けて弾き飛ばされる。
違いがあるとすれば、体勢を立て直す速度が段違いなだけ。
「『覇王進龍撃』!!」
「飛脚『水連』!!」
そして、一人が弾き飛ばされた隙を他の二人が補い、攻撃直後の敵を狙う。
変わらぬ連携の基本戦術。
王道の攻め。
「五の太刀──」
大技を繰り出したランスロットとアリスを、ライゾウは真っ向から迎え撃った。
地に両脚をつけ、どっしりと構えて。
「『柳』」
「くそっ……!」
「小揺るぎも……!」
逃げず、動じず。
嵐を受け流す大木のごとき、お手本のような受けの剣技。
「ぜぇ……はぁ……! うぉおおおおおおおお!!」
最低限の息を整え、即座に復帰したシオンが加勢。
三人がかりの猛攻を仕掛ける。
それでも、なお──
(遠い……!)
ライゾウは揺るがない。
若人達の一太刀一太刀をじっくりと味わうように、大木の受けを継続する。
受けて、受けて、受けて。
「六の太刀『連舞』」
「チッ……!」
「ぐぉ……!?」
「うっ!?」
今度は攻め。
あまりにも早い、一瞬の攻防転調。
一人で三人を押し込む連続斬りを繰り出す。
一本のはずの雷刀が、まるで何本にも何十本にも見えた。
防御に強いアリスがいてなお、抑えきれない。
「破ッ!」
「「「!!?」」」
そして、三人同時に弾き飛ばされた。
強い。勝てない。届かない。
わかっていたことだが、実力差というものは、そう簡単には埋まらない。
(やばい……! 限界だ……!)
更に、ここでシオンの雷神憑依の制限時間が迫る。
ただでさえ消耗の激しい奥義を、未完成のまま使った代償。
戦闘開始から数十秒で、もう魔力切れ目前。
「最後だ! 合わせてくれ!」
「「!」」
終わりを悟ったシオンの頼み。
奇しくも弾き飛ばされ、敵との距離が離れた状況。
最後の賭けに出るなら今。
瞬時にそう悟った二人は、シオンが搾り出した渾身の一撃に全力で応えた。
「飛剣『雷龍』!!」
飛剣系列の最上位奥義。
雷神憑依同様に未完成で、不格好で、消耗ばかり激しい出来損ないの龍。
それが今のシオンの精一杯。
「飛剣『水龍』!!」
アリスが選んだ選択肢も同じ。
武闘大会において、下準備ありきでようやく使えた技に、今は即席で頼る。
「『覇王激龍波』!!」
ランスロットもまた、三人での攻防の何倍もの時間をライゾウと斬り結び、消耗した体で龍の奥義を放つ。
若き龍が三体、三方向からライゾウに迫る。
この強敵を食い千切らんと、牙を剥き出しにして迫る。
「ああ、やはり──」
侍は刀を鞘へと戻した。
腰を落とし、体を捻り、魔力と闘気の両方を鞘の内側に練り込んでいく。
そして──
「あまりにも、惜しい」
解放。
「『雷鳴孤月』」
居合いとして放たれた雷の一閃。
それが三体の龍を真一文字に叩き斬る。
あまりの威力は相殺に留まらず、龍の向こうの使い手達ごと消し飛ばしたことだろう。
「……さらば、未来の好敵手達よ」
今度こそ本当の意味で刀を納め、侍は黙祷を捧げる。
楽しくはあったが、やはりあまりにも不本意な結末。
戻ったら二度とこんな悲劇が起きぬよう、主に追加の交渉をしようと心に決めて──
「おい」
そんなライゾウに、激突の砂埃の向こうから声がかけられた。
「ぬ?」
せめてもの敬意を込めた本気の一太刀にて破壊し尽くした場所から声がする。
怒りに満ちた声だ。
しかも、どこかで聞き覚えのある、ライゾウが覚えておくに値すると感じた強者の──
「ライゾウ。貴様、ウチの可愛いアリスに何してやがる!!」
「おお!」
次に会った時は勝負を。
そう約束して別れた相手がそこにいた。
「リンネ殿!」
「楽しそうにしてんじゃねぇよ。ぶっ殺す……!!」
背に子供達を庇った元最強が、激怒した鬼の形相でライゾウに剣を突きつけた。




