76 遠征に出発!
続・ほったらかす前に書いた部分。
わぁ……。
アレクに面倒事を投げた翌日。
今日は遂に、迷宮遠征へと向かう当日である。
この遠征は一年生だけではなく、騎士学校全体で行う一大行事。
ゆえに、集合場所である校庭には、学年を跨いだ騎士学校の全生徒と、かなりの数の教師が集結する事になる。
まあ、大分早めに来たから、現時点ではそこまでの人数は揃っていないがな。
私としては集合時間ギリギリまで寝てようかと思ったんだが、真面目なアリスにそこらへんを見透かされてたらしく、強制的に叩き起こされて連れ出された。
昨日の夜、私の部屋を訪ねて来て「リンネちゃん、今日は一緒に寝ましょう」と珍しくアリスから言ってくれた時は狂喜乱舞したものだが、まさか、あの行動にこんな裏があったとは……。
アリスも私の扱いに慣れてきたものだ。
「ごきげんよう。お早いですわね、二人とも」
「おはようございます」
「あ、おはよう、スーちゃん、オリビアさん」
「ん? ああ、お前らか」
そうして寝惚け目を擦っているうちに、スカーレットとオリビアがやって来た。
だが、オリビアはともかく、スカーレットは騎士学校ではなく文官学校の生徒だ。
当然、今回の遠征に参加するはずもないんだが、何故来た?
そんな私の疑問が顔に出ていたのか、スカーレットは普通に答えてくれた。
「わたくしは皆さんの見送りですわ。それと、出発前の激励のために来ました」
「激励?」
そういえば、ユーリに渡された予定表の中に、そんな項目があったような、なかったような。
「ええ。本来であれば騎士学校の生徒会長であるフォルテの仕事なのですけれど、当の本人は武闘大会以降、まるで魂でも抜けたかのような状態でして。
そのせいで騎士学校生徒会の業務が滞っている、というよりほぼ脳死状態なのですわ。
あそこの役員は、殆どがフォルテの取り巻きですから。
それで、その分のしわ寄せが、わたくしをはじめとした文官学校生徒会に降りかかっているわけです」
「……お前も大変だな」
クソ虫の尻拭いとか、どんな罰ゲームだろうか。
可哀想に。
「ええ。しかし、フォルテが大人しくなったのは喜ばしい事ですし、この程度は必要経費と思っておりますわ」
「そうか。まあ、頑張れよ」
「はい」
スカーレットとそんな会話をしているうちに、少し眠気が飛んできた。
その後は、スカーレットとアリスの二人と他愛もない話をする。
オリビア?
あいつは、いつも通り、スカーレットのことを慈愛の眼差しで見守ってたぞ。
そうしている間に、校庭には少しずつ生徒が集まり始め、次の知り合いが顔を出した。
「やあ! おはよう、リンネくん。良い朝だな。遠征でさえなければ、絶好のデート日和だ」
「デート気分なら帰れ、ランスロット」
「相変わらずつれないな……他の皆もおはよう」
次にやって来たのは、剣聖ことランスロットだった。
さすがに、規律を重んじる教国の騎士だけあって、到着がかなり早い。
こいつは、間違っても遅刻とかしなさそうだ。
そんなランスロットより早いアリスは、本当に真面目可愛いなオイ。
「俺が最後だと……!?」
そして最後に、何故か驚愕の表情をしたシオンがやって来た。
信じられないものを見たと言わんばかりの顔だ。
どうした?
「リンネが俺より早く来てるとは……遠征中に槍の雨でも降りかねない」
「言ったな、コラ」
だが、事実なので反論できないのが悔しい。
なので、無言で関節を決めておいた。
それを見ているランスロットが、何故か若干羨ましそうな顔をする。
武闘大会のバックドロップをまだ引き摺ってるのだろうか?
剣聖が変な性癖に目覚めてしまった……。
教国の未来は暗いな。
何? 責任を取れ?
知らんな。
「!」
と、その時。
私の直感が敵の存在を感知した。
見れば、集まった生徒達も少しザワついている。
彼らの視線の先を辿れば、そこには我らが宿敵クソ虫の姿が。
どうやら今来たところらしい。
現在時刻は、大体集合時間15分前といったところか。
クソ貴族のクソ虫にしては、真面目な時間に来たものだな。
てっきり、到着時間ギリギリに来るか、もしくはサボると思ってたんだが。
それはそれとして、何やらクソ虫の様子がおかしい。
その身体には覇気がなく、目の下には濃い隈ができており、足取りはとてつもなく重い。
暗雲を背負ったかのような負のオーラを垂れ流しており、生気のなさなんて幽鬼のようだったカゲトラもかくやというレベルだ。
スカーレットの言う通り、その様はまさに魂でも抜けたかのよう。
まるで脱け殻のようだ。
クソ虫の脱け殻とは、言い得て妙だな。
そんなことを考えている間に集合時間となった。
まずは、騎士学校校長が壇上に上がって挨拶。
次にスカーレットが激励の演説を行い、最後に今回遠征に向かう教師陣のまとめ役であるユーリが細かい日程を話した後、出発と相成った。
校庭に乗り付けられた何台もの大型の馬車へとクラス単位で乗り込み、一路今回の遠征地である森林型迷宮『獣の森』を目指す。
さて、いくら授業の一環とはいえ、今回のはれっきとした実戦だ。
気を抜かずに頑張るとしよう。
◆◆◆
クラス移動という事で、例によってアリスに引っ付きながら馬車に揺られる事、数日。
道中で野営の実践などを行いながら馬車は進み、目的地である獣の森へと到着した。
今回の遠征は全体で一週間。
そして、初日と二日目は上級生を上司に見立て、下級生は引率されての集団行動だ。
目的は、迷宮という場所故に掃いて捨てるほど湧いてくる魔物の調査、及び掃討。
要するに、実戦訓練だな。
やってることは騎士の仕事内容と大差ないから、職業体験と言ってもいいかもしれん。
三日目以降は、小隊規模、中隊規模、大隊規模等々様々な任務形態に対応できるような訓練を行う。
ちなみに、私やシオンやアリスのような特別生は別枠での訓練を行うそうだ。
特別生は他の生徒よりも突出した力を持っている、言わば未来の英雄候補だからな。
他とは違う訓練があっても不思議ではない。
英雄と雑兵とでは求められている役割が違うのだから。
昔の私も、他の騎士とは大分違う仕事をしていた。
それを学生時代から叩き込むというのだから最近の教育は進んでいる。
さて、ではまずは初日。
上級生による引率訓練からスタートといこうか。
「リンネさん、アリスくん、シオンくん、今日はよろしく頼む」
「チェンジだ」
「できるわけないだろう馬鹿」
「リンネちゃん、ワガママはダメですよ?」
「くっ!」
ウチのクラスを担当する上級生達の中から満面の笑みで挨拶に来たランスロットに塩対応をすれば、即座にシオンとアリスからツッコミが飛んできた。
ままならん。
世の中は本当にままならん。
まあ、クソ虫のクラスではないだけマシか。
「さて、ここからは真面目に行こうか」
その後は、宣言通り真面目に引率としての役目を徹したランスロットに連れられ、ウチのクラスと、それを率いるランスロットのクラスの後ろについて、獣の森の中へと進軍して行く。
特別生である私達四人は、最初はクラスメイト達に交じっての戦闘には参加しない。
最初はクラスメイト達のみで魔物に対峙し、彼らでは荷が重いような大物や大群が出て来た時に、即座に交代する感じだ。
そして、彼らの支援を受けながらそれらと戦う。
メインは連携の練習なので、私達が本気を出して無双というのはNGだ。
こうしないと、私達がただただ魔物を蹂躙するだけの課外授業になってしまうからな。
だが、それなりに慣れてきたら、ユーリ立ち会いの下、それなり以上に強い魔物の生息地へと行って挑み、アリスとシオンには本気の戦闘を許可するらしい。
ランスロットと私は強すぎて一瞬で戦闘が終わるので本気は禁止だ。
特に私は、全力の一割すら出すなとユーリにキツく釘を刺されている。
それはもうキツく、何度も何度も言われたものだ。
信用が無さすぎる。
あの弟子は、私をなんだと思ってるんだ。
そんなことを思い出しているうちに、クラスメイト達が最初の魔物と遭遇した。
かつてオスカーが一撃で倒した危険度Dの猪型の魔物、ビックボアの群れだ。
数はそこそこ多く20体前後。
しかも、その中に群れのリーダーと思われるひと回り大きい魔物が交ざっている。
あれはビックボアの上位種、グレイトボアだな。
危険度はC寄りのB。
そこそこ強力な魔物だ。
まだ森の入り口付近だと言うのに、これだけの魔物が出てくるとは、さすがは『迷宮』に分類される獣の森と言ったところだな。
だが、ウチの騎士候補生達ならば余裕だろう。
「作戦開始! 土魔法部隊やれ!」
「「「マッドスワンプ!」」」
今回の指揮官を任された三年生の一人が号令をかけ、それに従って数人の土魔法使いが、事前の作戦通り地面を泥沼のようにする魔法で猪どもの足場を崩す。
「魔法部隊! 放て!」
「アクアランサー!」
「ウィンドカッター!」
「ストーンブラスター!」
続いて、遠距離攻撃持ちの魔法使い達が一斉攻撃。
次々と猪どもを駆逐していく。
しかし、上位種は伊達ではなく、グレイトボアだけは強引に魔法の雨の中を突破し、泥沼を越えて進撃してきた。
「前衛部隊!」
「「「守ノ型・城壁!」」」
それを、盾を持った前衛部隊が前に出て防ぐ。
数人がかりとはいえ、学生だけで危険度Bの魔物を完璧に抑え込んだ。
こうなってしまえば、あとは簡単なお仕事だな。
「トドメだ!」
「攻ノ型・一閃!」
「攻ノ型・槍牙!」
「攻ノ型・破断!」
動きの止まったグレイトボアは、盾役の後ろで出番を待っていた近接攻撃部隊に寄って集ってボコボコにされ、元々魔法を食らって弱っていた事もあって、あっさりと討伐された。
見事な連携。
一年生も良い動きをしていた。
日頃の授業と訓練の成果が出ているようだな。
これには監視役の教師もニッコリだ。
「中々に良かったな」
「ですねぇ」
「確かに。教国と比べても練度が高いよ」
「まあ、あいつらの実力なんてわかり切ってたことだけどな。ロクに授業に出てないリンネ以外にとっては」
「まるで私がサボり魔のような言い方はやめい」
「痛っ!?」
ナチュラルに罵倒してきたシオンに、飛剣の応用で飛翔するデコピンを食らわせながら、学生達の実力を評価する。
やはり、充分な余裕を持って若者達を育てられる平和な時代は良いな。
修羅場慣れさせられない分、根性や底力といった点ではかつての侵略戦争時代に劣るかもしれんが、基礎的な能力と平均的な質では比べるべくもない。
平和の時代の象徴とも言える現役の英雄達も、次代を担うであろうシオンやアリスらの世代も優秀。
同盟国にも、ランスロットのような未熟ながらも逸材と言える人材がいる。
磐石だな。
王国の未来は明るい。
「ウッホォオオオオオオ!」
「む?」
とか思ってたら、森の奥から一匹の獣が現れおった。
毛皮の下にオーガ並みのムキムキの筋肉を纏った二足歩行の野獣。
巨大なゴリラ、マッシブコング。
危険度はA寄りのB。
少々、学生達には荷が重い相手だな。
「特別生! お願いします!」
「ほい来た!」
「やるとするか」
「頑張ります!」
「よし! 攻撃開始!」
上級生であるランスロットが音頭を取り、私達はゴリラに向かって斬り込んで行く。
とはいえ、私は本気を禁止されているからサポート程度だ。
ランスロットもまた、今回は自分で戦うよりも指揮官のような立ち回りを意識しているため、主力はシオンとアリスの二人となる。
だが、それだけで充分だった。
二人だけでも負けんだろうし、上手く他の学生達との連携も取れているから、なおのこと負けようがない。
「ウッホォォ!?」
そんなこんなでゴリラは簡単に討伐され、遠征は幸先の良いスタートを切ったのだった。
◆◆◆
「はいはい、皆さん集合~。準備万端……とは王国の守りが硬いのでさすがにいきませんでしたが、それでも最低限の目的を達するには充分ってくらいの準備はできましたよ〜。ってことで、作戦開始です!」
「ようやくかよ」
「待ちわびたでござる!」
「…………」
「…………」
どこかで不吉な影達が気炎を上げる。
主からの命令に従うため、あるいは命令に沿う形で己の欲を満たすために。
「ではでは~、━━開幕の花火を盛大に打ち上げるとしましょうか~」
かくして、因縁の戦いの幕が開く。




