75 迷宮遠征の前日
お久しぶりです。
虎馬チキンでございます。
ちょっと凄いことが起こったので更新を再開いたします。
凄いことの詳細、及び長いことほったらかしにしてた謝罪と言い訳などを活動報告に上げておきましたので、できればそちらもご覧ください。
◆◆◆
【今までのあらすじ】
世界最強の剣士『剣神』エドガー・ナイトソードは、弟子達との最後の稽古の最中、大事なところでぶっ倒れてこの世を去った。
と思ったら辺境に住まう村娘『リンネ』として生まれ変わり、剣を習い始めるのをキッカケに、エドガーとしての記憶を取り戻す。
その後、しばらくは幼馴染達と共に冒険者をやりながら辺境ライフを楽しみ、13歳になった頃、諸々のやりたいことのために上京して騎士学校へ入学。
かつての弟子である『三剣士』やその家族と再会し、特に孫に当たる少女『アリス』を可愛がり。
孫に集る悪い虫を退治したり、辻斬りを倒したり、武闘大会に出たりと、青春を謳歌。
しかし、その裏で謎の一団が暗躍する。
冒険者時代に遭遇した特異オーガ、故郷近くの町を襲ったゾンビモンスターの群れ。
孫に集る悪い虫の実家との繋がりに、辻斬り騒動で共闘した侍の取り込み。
そして、『陛下』と呼ばれる女の号令により、ついに直接対決の幕が上がる──
「よし、やるか」
武闘大会が私の優勝で幕を閉じてから約二週間。
翌日に、騎士学校一年生にとっては初めてとなる大規模な実戦演習である迷宮遠征を控えた休日。
私は女子寮の自室において、遠征に必要な装備の最終確認をしていた。
数日前にアリス達と一緒に確認作業はやったんだが、まあ、念には念をというやつだ。
装備は命綱。
装備の不具合は命に直結する。
だからこそ、普段は適当でずぼらな私であっても、これだけは手を抜けない。
まずは愛剣の手入れから始める。
剣の手入れは特に大事だ。
何せ私は、戦いの中で剣が折れて大ピンチというシャレにならない事態を、この短い今世だけでも既に二回経験しているからな。
一度目は、シャムシールの領都を襲撃してきたドラゴンを相手にした時。
二度目は、妖刀紅桜という最凶装備を手にした侍崩れ、カゲトラと戦った時。
二度ある事は三度ある。
だが、三度目の正直とも言う。
万全の状態を維持しておく事で、ピンチになる確率は少しでも下がる筈だ。
次に、父から教わって買い揃えた、冒険者セット一式の確認。
これは騎士候補生としての授業でも役に立つ。
というか、冒険者セット一式は、騎士学校で習う騎士の基本装備のほぼ上位互換だ。
単純に装備の数が多いという意味で。
まあ、これはある意味当然の事。
騎士は基本的に戦いを仕事とする職業であり、冒険者は何でも屋だ。
冒険者の方がやるべき事が多く、必然的に必要な装備も増えてくる。
ただ、装備の数が増えれば嵩張ったりして管理が大変になる為、一長一短だがな。
その点、私は辻斬り騒動の時に買った収納の魔道具があるから、そういうのをあまり気にせずに色々放り込めて便利である。
代わりに、この中には特大の地雷が埋まっている訳だが。
「ん? んー、これは……」
そんな収納の魔道具の中から色々出して確認、点検している内に、少し気になる事が出来た。
なんか、回復薬から微妙に変な臭いがする。
これは、ちょっと消費期限過ぎてるかもしれん。
念の為に買い換えておいた方が良いだろう。
善は急げという事で、私は広げていた装備一式を収納の魔道具の中へと戻し、それを腰に装着してから、回復薬を買いに女子寮を飛び出した。
学校の正門から外へと出て、王都の中を歩く。
いつも通り、活気と元気のある良い光景だ。
平和とは素晴らしい。
それはさておき、目指すは薬屋だな。
一応、冒険者ギルドとかでも回復薬は売ってるだろうが、直に薬屋を訪ねた方が安い。
節約だ、節約。
別に、S級冒険者としての稼ぎがあったから金に困ってる訳ではないんだが、前世の幼少期に人の財布や飯を狙うくらい金に困り、今世の幼少期でも決して金持ちとまでは言えない家に生まれた身としては、やはり多少の節約癖というものはつく。
そんな私が、前世では金持ちの代名詞たるお貴族様、しかも、その中でもかなり高位の侯爵様なんてやっていたと言うのだから笑えるな。
大爆笑だ。
「どけどけぇ!」
「ん?」
何やら、活気に溢れた街の中でもハッキリと聞こえてくる、やたらと大きな声がした。
きったない、おっさんの声だ。
はて?
食い逃げでも発生したのか?
そんな事を思って声の方を見てみると、大通りの方を爆走して私の前を通り過ぎて行く馬車の姿が目に入った。
その御者台で騒いでいるおっさんの姿と共に。
どうやら、さっきの声はあのおっさんの声のようだな。
今も煩く叫びながら、馬に鞭を入れていやがる。
というか、危ないな。
普通にスピード違反だろ、あれ。
止めろよ、巡回の兵士。
「ウゥー! ワンワン!」
「あ! ペロ、待って!」
「って、おい!?」
とか思っていたら、その爆走馬車の前に首輪の付いた犬が飛び出してきた。
何故か馬車に向かって威嚇を繰り返す犬。
しかも、その犬を追って、飼い主と思われる女の子まで飛び出してくる始末。
「おいおい……!」
このままではぶつかるぞ!
なのに、馬車は欠片も速度を落とさない!
馬車は急には止まれないと言っても、これはないだろう!?
せめて、減速くらいしろや!
「神脚!」
私は即座に神脚を使い、その踏み込みで馬車を追い越す。
そして、なおも吠え続ける犬と、馬車を目前に呆然とする女の子を抱えて、その場から飛び退いた。
「バカやろー! 気をつけやがれ!」
「こっちの台詞だ!」
御者のおっさんの言葉にカチンときて言い返す。
だが、私の言葉など聞いていないのか、馬車は止まる事なくどこぞへと消えて行った。
なんて柄の悪い。どこのチンピラだ?
馬車に家紋みたいなマークが付いてたから、どこかの貴族か商人の遣いだと思うが、あんなチンピラを雇うとはな。
馬鹿ではないか?
「大丈夫か? お嬢ちゃん」
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」
「気にするな。だが、次からはもっと気をつけろよ」
「うん」
「よし。良い子だ」
女の子の頭を撫でてやる。
アリスにするが如く優しくだ。
怖い思いをしただろうからな。
トラウマになるなよ。
「ワンワン!」
「それと、お前もな」
「ウゥー!」
犬の方の頭も撫でてやったんだが、こっちはどうにも反応がよろしくない。
未だに馬車の消えて行った方向を睨んで唸っている。
まるで、故郷の我が家に置いてきた愛犬ロビンソンが不審者に吠える時のようだ。
そういえば、ロビンソン元気だろうか?
あいつの顔を見る為にも、夏休み辺りには里帰りしたいものだ。
その時はアリスとかも連れて行ってやりたい。
「大丈夫でしたか!?」
私が若干望郷の念を抱き始めた辺りで、二人の兵士がそんな事を言いながら駆け寄って来た。
見回りの連中だろう。
「ああ。だが、見ていたのなら私より早く動いてほしかったな」
「も、申し訳ない……」
「面目ありません……」
「いや、冗談だ。さすがに、あのタイミングで私より早くというのは酷だとわかっている」
だが、それくらいの気概でいてほしいとは思う。
私がいなければ、この子は轢かれていた可能性も高いのだから。
そう思いながら、改めて女の子の頭を撫でる。
本当に無事で良かった。
「さ、もう行きなさい。次からは本当に気をつけろよ」
「うん! じゃあね、お姉ちゃん!」
「ワン!」
軽く手を振りながら、女の子と犬を送る。
犬の方も、一応私には感謝してるのか、消えた馬車に唸るのをやめて、最後は「ありがとよ!」みたいな声で鳴いてくれた。
お前も、次からは気をつけろよ。
そして、彼女らが見えなくなってから、私は残った兵士二人に向き直った。
「それで? あの馬車はしょっぴかないのか?」
あの子に向けていたのとは違う、怒気を伴った冷たい声が出た事を自分でも自覚した。
それにビビったのか、兵士二人が息を飲む。
しかし、その怒りが自分に向けられたものではないとわかっているからか、そこまで尻込みはせずに話してくれた。
「申し訳ありませんが、それはできないんです」
「何故だ?」
未遂だからか?
それでも、厳重注意くらいはやってもいい筈だが。
「あの紋章の商会、クリーク商会というのですが。どうも連中のバックにどこぞの貴族様が付いているらしく……我々警備隊の力では手を出せないのが現状です」
「しかも、あいつら問題行動ばかり起こすんですよ! やってられません!」
「……そんな事になってたのか」
嫌な話だ。
また、どっかのクソ貴族が何かやらかそうとしてるのか。
クソ虫の実家が怪しいな。
お死置きの一つでもしたいところだが、今の私の権力では無理か。
くっ! 前世の権力が懐かしい!
とりあえず、後でアレクかマグマにでも報告しとこう。
まあ、あいつらなら、私が言うまでもなく事態を把握してると思うが。
「あ、あの!」
「ん?」
この後、ナイトソード家にでも寄るかと考えていた時、兵士の一人が緊張した様子で私に声をかけてきた。
「今さらですが、あなたは『天才剣士』リンネさんですよね!? ファンです! サインください!」
「おい! このタイミングで言う事か!? というか、どっから取り出した、その色紙とペン!?」
「今言わずに、いつ言うか!」
「この馬鹿!」
「あ痛っ!?」
90度にお辞儀しながら、色紙とペンを私に差し出す兵士。
それに突っ込む、もう一人の兵士。
愉快な連中だ。
やはり、王都にはこういう雰囲気が似合う。
「まったく。仕方ないな」
「ありがとうございます!」
「あ、書いてくれるんですね」
書いてやるとも。
そして結局、最終的にもう一人の兵士も私にサインをねだってきた。
どうやら、二人とも武闘大会を観戦していたらしい。
そこで私のファンになったとの事だ。
そうかそうか。可愛い奴らだ。
私のサインを懐にしまい、ホクホク顔で二人の兵士は去って行く。
そんな馬鹿なやり取りのおかげで、私の機嫌も少しは直った。
さて、この後は当初の予定通り薬屋に寄って、その後ナイトソード家だな。
目的地を定め、私は再び王都の街並みを歩き出した。
◆◆◆
「という事があった」
「なるほど」
あの後、予定通り薬屋に寄って目当ての回復薬を買い揃えた私は、その足でナイトソード家に突撃し、庭で番兵どもを相手に訓練という名の無双をしていたアレクを捕まえて、先程のチンピラの話をした。
ちなみに、この話によってアレクはする筈だった書類仕事ができず、その分のしわ寄せは、いつものようにトーマスへ。
すまぬ、トーマス。
頑張れ、トーマス。
お前こそ社畜の鑑だ。
なんか、いつか死ぬ時は仕事机の上で死にそうだな、あいつ。
「その商会の話は俺の耳にも入ってますね。マグマが酒の席で愚痴ってました。対応に手を焼いてるみたいです」
「やはりか。何とかならないのか?」
「難しいでしょうね。何せ、まだ何か事件を起こした訳ではありませんから。
問題行動止まりでは厳重注意が関の山。無理に取り締まる事はできない、というのが騎士団長マグマの嘆きでした」
「むぅ……」
ままならんな。
事件が起きてからでは遅いというのに、事件が起きてからでないと動けんとは。
あいつらを放置したら、絶対ろくな事にならんというのに。
こういう時、前世の私のフットワークの軽さであれば、か弱い爺のふりをして被害者になり、加害者を蹴散らしてからの「この儂を剣神エドガーと知っての狼藉かぁ!?」って感じで強制介入ができたんだがなー。
残念な事に、今の私にはそこまでの権力がない。
剣神で侯爵な前世の私への狼藉であれば、最悪、首が飛ぶレベルの重罪なんだが、
ただのS級冒険者で美少女なだけの今世の私への狼藉となると、大した罪には問えないのだ。
それで私が凌辱でもされてれば話は別だろうが、多分、狼藉された時点で私は敵を蹴散らすから、下手したらただの喧嘩として処理される。
では、いっそ狼藉されてみるか?
くっ……殺せ! みたいな感じで。
……いや、さすがにそれは嫌だな。
たとえ身体が変わろうとも、私を弄んでいいのは、今は亡きシャロだけだ。
話が逸れた。
何にせよ、今の私では連中をどうにかする事はできないって訳だ。
「嫌な感じだな」
「そうですね。しかも、あの商会のバックについてる貴族はゲスルート子爵。あのアクロイド公爵派閥の貴族です。
アクロイドがその商会を使って何か企んでいるのかもしれないとなれば、より一層嫌な予感しかしません」
「マジか!」
本当にクソ虫一家が関わってたんかい!
いや、もう悪事あるところにクソ虫一家ありってレベルではないか。
洒落になってないぞ。
「アレクよ、早く連中を潰してくれ!」
「言われなくとも、そのつもりです。一年以内には必ず潰してみせますよ」
頼むぞ、本当に。
「とにかく、明日から私は迷宮遠征に行く。教師であるユーリも一緒にな。その間、王都の方は任せたぞ」
「ええ、もちろん」
頼りにしてるぞ、当代最強。
まあ、何か起こるとしても政治関連のゴタゴタだろうから、たとえ世界最強の武力と言えども役に立つとは思えないが。
しかし、アレクは私と違って政治にも強い。
そういうゴタゴタが起きた場合、私なんぞよりよっぽど頼りになるはずだ。
任せた、後継者。
その後、私は明日の準備を続ける為に寮へと戻り、アレクは仕事へと戻った。
さて、明日からアリスとの楽しい遠征だ。
面倒事はアレクに放り投げて、私は存分に楽しむとしようではないか!
この時の私は思ってもみなかった。
アレクに放り投げた面倒事と、今回の遠征。
その二つが繋がって、まさかあんなことが巻き起こってしまうとは。
本当に思ってもみなかったのだ。
ほったらかす前に書いてた部分。
今見るとビビる……。




