72 武闘大会終了
「おめでとう、リンネ選手」
「ありがとうございます」
全試合終了後に行われた、武闘大会の表彰式。
そこで表彰台の一番高い所に立った私は、国王様自ら金メダルを手渡されるという名誉を受けていた。
年に一度の王都武闘大会の上位入賞者には、こうして国王自らメダルを授与するというのが伝統なのだ。
勿論、入賞者が乱心して王を攻撃した場合や、入賞者が暗殺者だった場合に備えて、武器の持ち込みは禁止。
さらに、この国最強クラスの騎士(今回はアレク)が護衛についた上での事だが。
そうして厳重に守られている筈の国王様の顔が若干引きつっているように見えるのは、きっと私の気のせいだろう。
この国の王ともあろう者が、まさかこんな公の場で、一個人への苦手意識を顔に出す訳がない。
信じてるぞ、シグルス!
「リンネ選手。君は、この栄えある王都武闘大会において、最上の栄冠を手にした。
この功績は、必ずや騎士候補者としての君の未来を明るく照らすであろう。
見事な戦いぶりであった」
「ありがたきお言葉」
そう言って私が頭を下げ、上げた瞬間、シグルスの顔は引きつるを通り越して真っ青になっていた。
そんなに私が怖いか!?
そんなに私に対して上の立場から声をかけるのが心臓に悪いのか!?
しっかりしろ国王!
私が若干目を細めて非難の眼差しを送ると、シグルスは顔色を青から土気色に変えながら、逃げるように二位の剣聖の元へと移動した。
「おめでとう、ランスロット選手」
「ハッ!」
「君も素晴らしい戦いぶりであった。誰が何と言おうとも、君は君の国に誇れる戦いをしたと私は思う。見事だった」
「……ありがとうございます!」
剣聖は、感無量とまではいかないものの、かなり感動した様子で授与された銀メダルに視線を落とした。
どうやら、自分で語っていた通り、本当に優勝できなかった事に対する悔いはないようだ。
次に、シグルスは三位の場所へと移動した。
この大会に三位決定戦はないので、そこにはアリスとシオンの二人がいる。
そして、シグルスはまずシオンにメダルを渡した。
これは、単純に試合した順である。
「おめでとう、シオン選手」
「光栄です」
「騎士学校一年生にして、この功績、実に見事だ。君ならば真に我が国を支える良い騎士になれる事だろう。
今後の活躍にも期待している」
「……陛下のご期待に添えるよう、全力を尽くします」
シオンは国王の前で緊張してるのか、若干動きも言葉も硬い。
でも、嬉しいものは嬉しいようで、やはり剣聖と同じように渡されたメダルを見て表情を緩めていた。
ついでに、シオンの事を娘の友人としても知っているシグルスのシオンに向ける視線は優しかった。
私との差が酷いな。
そして最後に、シグルスはアリスの前に立つ。
シグルスにとって、アリスは妹の娘であり、つまりは姪、身内だ。
アリスに向ける視線は、シオンに向けたものの何倍も柔らかかった。
「おめでとう、アリス選手」
「はい!」
「君はこの大会において力を示した。それは他の誰でもない、君自身の価値だ。当然、両親も祖父母も関係ない君自身の価値を誰もが認めるだろう。その両親も、祖父母も、そして当然、この私もね。
よく頑張った」
「……はい!」
そうした、アリスもまた嬉しそうにメダルを貰う。
シグルスの背後で、アレクが弛みそうになる顔を必死で抑えているのが見えた。
尚、私の顔は抑えるまでもなく弛みきっている事は言うまでもなかろう。
何はともあれ、これで全てのメダル授与が終了した。
「諸君! 激闘を勝ち抜き、栄冠を掴んだ彼らに、盛大な拍手と歓声を!」
『オオオオオオオ!』
シグルスの言葉に合わせて、会場が一気に盛り上がる。
おめでとうコールの嵐だ。
私達は、それに手を振って応えた。
アリスがちょっと恥ずかしそうにしている。
可愛い。
「では、これにて第91回王都武闘大会を終了する!」
シグルスの宣言により、これにて正式に武闘大会は終了した。
しかし、会場を包み込む拍手と歓声の嵐は、しばらくの間収まる事がないのであった。
◆◆◆
「じゃあ、またな嬢ちゃん」
「ああ、達者でな」
武闘大会の翌日。
大会の翌日という事で学校が休みになった今日。
私とアリス、シオンの三人は、気が早い事にもう出発の準備を終えたドレイクとベル達を見送るべく、こいつらが留まっていた宿の前まで来ていた。
スカーレットとオリビアも来たがってたんだが、あいつらは武闘大会で見事に散ったクソ虫の駆除作業に精を出してるらしく、ここには来られない。
そもそも、王女の外出自体、護衛の都合とかもあって、そう頻繁には行えないらしいからな。
仕方あるまい。
その代わりに、昨日、あいつらと同じく貴賓席で試合を見ていたアレク達経由で、ドレイク達によろしく伝えてほしいという伝言が来てる感じだ。
「リンネ! シオン! 次に会った時、俺はお前らよりも強くなってるからな! その時こそ、今回果たせなかったリベンジの時だ! 首を洗って待ってろ!」
ベルはいつも通り、そうやって元気よく吠えていた。
うむ、実にベルらしい。
「ハッハッハ! 楽しみに待っているぞ! その為にも、せいぜい、ドレイクにみっちりシゴいてもらえ!」
「当たり前だ! 全ての技術を盗んでやるぜ!」
そうして、私とベルは前に村で別れた時と同じく、硬い握手を交わした。
「ベル、次会う時は、せめて闘気くらい使えるようになっておけよ。そうじゃないと張り合いがないからな」
「ヘッ! 上等だ! すぐにお前なんか追い抜いてやる!」
「言ってろ」
そして、ベルとシオンも硬く握手。
なんだかんだで、こいつらはお互いの事を幼なじみ、兼、ライバルとして認めてるんだろう。
不敵な笑みを浮かべ合う二人は、どことなく楽しそうだった。
と、私達が漢の友情的な何かで別れを飾っている時、隣では女同士が別れを惜しんでいた。
「オスカーさん、ラビちゃん、短い間でしたけど、とっても楽しかったです。ありがとうございました」
「いやー、こっちこそ、ラビ以外でまともな女友達って初めてだったから新鮮だったっすよ。また会ったら、その時はよろしくっす」
「ま、またね」
「はい!」
うんうん。
アリス、友達が増えて良かったな。
おじいちゃんとしては実に嬉しい。
なんか、サラッとオスカーが私をまともな女扱いしてない発言をした気がするが、今なら気のせいだと水に流してやらんでもないって気持ちになるわー。
「オスカー! ラビ! お前らも元気でな!」
「わかってるっすよー。冒険者は元気じゃないと勤まらないっすからねー」
「リンネちゃんも元気でね」
「ああ!」
そうして、女二人組とも握手を交わした。
その手は、村で別れた時よりも遥かに力強い。
うむ、これなら心配無用だな。
「うし、そろそろ行くぞ」
「よっしゃあ!」
「了解っす」
「は、はい!」
ドレイクが出発を宣言し、ベル達がそれに続く。
次に会えるのは何時になるのやら。
まあ、今回僅か数ヶ月で再会したように、またどっかでサラッと再会しそうな気がしてならないがな。
おっと。
そういえば、一つ忘れてたわ。
「ドレイク」
「ん? どうした?」
私は歩き出そうとしているドレイクを呼び止め、一枚の手紙を差し出した。
「なんだ、こりゃ? ラブレターか?」
「違うわボケ。パパとママへの手紙だ。旅するなら、ついでに届けてきてくれ」
今までも、たまに冒険者ギルドに依頼して届けてもらってたんだがな。
しかし、ここに便利な知り合いがいるなら、頼まない手はないだろう。
それに、ドレイクなら間違いなく届けてくれるという信頼がある。
何せ、父の元仲間だしな。
「おいおい、S級冒険者に配達依頼かよ。普通なら高くつくんだぜ」
「まったく」と言いつつ、ドレイクは手紙を懐に仕舞った。
どうやら、やってくれるらしい。
やはり、口ではなんだかんだ言ってもドレイクは便利、ゴホン、優しい奴だな。
「さて。じゃあ、今度こそ出発だ。俺の見てない所で無茶するなよ、嬢ちゃん」
「またな! お前ら!」
「さらばっすよー」
「またね。バイバイ」
そうして、ドレイク達は去って行った。
私達はしばらく手を振って、その後ろ姿を見守る。
こうして、ドレイク達は再び旅に出たのだった。
◆◆◆
明けて翌日。
普通に今日も学校が始まる。
その朝のホームルームにて、担任のユーリが話し出した。
「さて、とりあえず、一昨日は全員お疲れ様と言っておくわ。
予選で敗れてしまった者も安心しなさい。審査員はその活躍を見逃していないわ。
特に、A、B、Dブロックは、突出した個人を相手に、それでも向かって行った根性を評価されているし、Cブロックもバトルロワイアルという形式にも関わらず発揮された謎の連携が評価対象になっていたわね」
それを聞いて、クラスメイト全体の顔がどことなく明るくなった。
まあ、中には私のような規格外に何もできないままやられたような奴もいるんだろうし、そこにユーリのこの言葉は、まさに救いの声か。
まあ、気休め程度かもしれないがな。
「では、次の課題ね。
武闘大会が終わったからと言って、あなた達に休息はないわ。
二週間後には、初の大規模な実戦訓練である迷宮への遠征が始まるし、それまでは一層厳しく授業を執り行うつもりだから覚悟しておくように。
そして、迷宮遠征までに、個人戦闘力の底上げ、集団行動と戦闘の基礎、他のクラスとの合同訓練、その他諸々。
覚える事は山のようにあるわ。それを容赦なく詰め込むから、そのつもりでいなさい」
『はい!』
そんなユーリの言葉に、クラスメイト達はいつものように、騎士候補生らしく息の合った返答をした。
私以外は。
……うん、この足並みの揃わなさは何とかするべきかもしれんな。
前世で騎士として戦ってた時は、気心の知れた連中と組むか、私が単騎で暴れて他がサポートみたいな形だったので、実は私は集団行動が決して得意とは言えないのだ。
まあ、一般騎士と英雄では求められる役割が違うが、それでも集団行動スキルがあって困る事はない。
せっかく騎士学校なんてものに通ってるんだから、少しは苦手を克服する努力をするべきだろうか?
そんな、ちょっとした悩みを、休み時間でアリスに抱き着きながら相談する。
そこにシオンも加わり、相談というか、もはやいつものお喋りになってきた時。
バンッ! と大きな音を立てて教室の扉が勢いよく開かれた。
何事かとクラスメイト全員が扉に視線を向ける。
その先にいたのは予想外の人物。
スラリとした長身に、引き締まった体をした藍髪の青年。
聖アルカディア教国からの留学生にして、武闘大会準優勝者。
当代『剣聖』ランスロットだった。
剣聖は教室内をグルリと見回すと、その視線を私にロックオンし、いかにも教国の騎士っぽい礼儀作法完璧な歩き方で私に向かって来た。
「やあ、リンネくん、アリスくん、シオンくん」
「あの、何かご用でしょうか?」
アリスが首を傾げながら問いかける。
私もシオンも訝しげな目で剣聖を見ていた。
三年生が一年生の教室に何の用だ?
まさか、武闘大会のお礼参りだろうか?
だとしたら受けて立つが。
「ああ。今日はリンネくんに用があって来訪させてもらった」
「私か?」
そう言う剣聖の眼光は鋭い。
敵意、ではないが、何か強い感情を迸らせている。
いったい何なんだ?
「突然こんな事を言っても困惑するだろうが、どうか聞いてほしい」
お礼参りなら訓練場の使用許可がいるな。
あとでユーリにでも相談するか。
そんな事を考えていた私の前で、剣聖は何故か腰を落とし、片膝をついた体勢になる。
ん?
お礼参りにしては変だな?
そうやって、私の思考がトンチンカンな方向に向かって迷走していた次の瞬間、剣聖はとんでもない爆弾発言をぶっ放した。
ぶっ放してくれやがった。
「俺は君に惚れてしまった。どうか、俺と結婚を前提に交際してくれないだろうか?」
「………………………………は?」
その瞬間、教室の空気が凍りついた。
私もまた、剣聖の言葉に思考が停止する。
どこから取り出したのか、剣聖の手の中には花束が握られていた。
お前、手品師の才能あるんじゃないか?
いや、今はそんな事を考えている場合ではない!
よく見れば、剣聖の顔は耳まで真っ赤だ。
洒落や冗談で言った訳ではない事がわかる。
そもそも、こいつの性格は私の予想が間違っていなければクソ真面目。
こんな冗談を口にするキャラではない。
……という事は、マジか。
マジで言っているのか、こいつは。
チラリと隣を見れば、アリスが口元を両手で覆って、驚愕と言わんばかりのポーズを取っている。
シオンは、まるで狂人でも見るかのような視線を剣聖に向けている。
クラスメイト達は、驚愕しながらも興味津々の様子で私達を見ていた。
何がどうしてこうなった?
そんな事が頭に浮かぶも、私の言うべき事は決まっている。
「断る!」
とりあえず、バッサリと切っておいた。




