69 アリス VS 剣聖
「戻ったぞー」
「お帰りなさい、リンネちゃん、シオンさん」
私はシオンに肩を貸したまま観客席に帰還し、アリス達に出迎えられた。
本当ならシオンは途中の医務室に放り込んでくるつもりだったんだが、この後すぐに始まるアリスと剣聖の試合が見たいって言われたので、一緒に戻ってきた訳だ。
満身創痍で観戦とか馬鹿じゃないか? と思うかもしれんが、それは問題ない。
「ラビ、悪いが治癒を頼む」
「う、うん。わかった」
そんな感じで、シオンは帰還してすぐにラビを頼ったからだ。
治癒術師が一人いると本当に便利。
アリスも同じ水魔法使いって事で治癒の魔法が使えるが、さすがに試合を控えた奴の魔力を頼る程、シオンも馬鹿ではない。
その後、ベルとオスカーの敗北者二人組が、同じく敗北者の仲間入りをしたという事でシオンを煽りに行った。
治療中につき動けないシオンは、ガヤガヤとやかましい二人の煽り言葉に対して見るからに不機嫌そうな顔で無言を貫いていたが、一分もしない内に堪忍袋の緒が切れたらしく、無事な左手を使って掴み合いの喧嘩が勃発。
そして、珍しく大声で怒ったラビによって静められた。
ドレイクが呆れながら、その光景を見守っている。
平和だな。
そんな、ほのぼのとした平和の裏で、私はアリスと話をしていた。
「さて、次はアリスだな。気負わずに頑張って来い!」
「はい!」
試合を目前にしても、アリスの表情にそこまでの緊張は見られない。
これなら安心して送り出せる。
励めよ!
「ただ、剣聖が使う技は私達の王国剣術ではなく教国の剣術。お前にとっては、恐らく初めて戦う型だろう。
どこの国でも基本の型はある程度被るもんだが、それでも微妙に違うし、予想外の動きが飛び出す可能性もある。
そこは特に注意しておけ」
一説によると、世界各地に伝わる基本の型は、全て世界を渡り歩いて教えを説いた初代剣神の技から派生したと言われている。
実際、この前初めて見た和国の剣術も、剣聖が使う教国の剣術も、どこか王国剣術の面影があった。
それに、飛剣とかどこの国でも呼び方が同じだしな。
個人的に、この説の信憑性は高いんじゃないかと思ってる。
だが、初代剣神なんて大昔の人物だ。
たとえ元が同じ剣でも、各地の連中が長い時間をかけて技を発展させていけば、もはや別物。
王国剣術を相手にするつもりで剣聖と戦えば痛い目を見るだろう。
アリスもそのくらいの事は重々承知なのか、私の言葉にコクリと頷いた。
「わかってます。それに、剣聖さんとは一度三年生との合同授業で戦った事があるので、その技を少しは身で知っているつもりです。ご心配には及びません」
「うむ、そうか。……ん? いや、ちょっと待て。合同授業? そんなもんあったか?」
私の記憶にはないぞ。
そして、アリスは私と同じクラスで、私と同じ一年生。
つまり、私が経験していない授業はアリスも経験していない筈なんだが。
にも関わらず、全く覚えがない。
まずいな。
歳のせいでボケたか?
「リンネちゃんが辻斬り退治に行ってた時の事ですからねぇ」
「ああ、なるほどな」
納得した。
だが、そうか。
その話を聞いて、ふと思った。
私が見てないところでもアリスも成長しているのだな、と。
思えば、シオンがあれ程強くなってた事も私は知らなかった。
若者は知らぬ内にも育つものだ。
ともすれば、思いもよらない程に強く、逞しく。
ならば、ますます心配など無用!
存分に当たって砕けて来い!
勝ったら盛大に祝福し、負けたら抱き締めて慰めてやろう!
決して、そこで煽られてるシオンの二の舞にはさせんから安心しろ!
『試合開始まで残り10分となりました。アリス選手、ランスロット選手は、控え室まで移動してください』
「では、行って来ます」
「うむ! 頑張れ!」
「はい!」
そうして、私はアリスを送り出した。
シオン達も、思い思いの言葉で激励を送る。
特にベルは、自分を負かした相手との戦いに送り出すという事で何か思うところがあるのか、激励の言葉に一際力が入っていた。
そこに「自分の仇討ちを女の子に頼むとか、恥ずかしくないんすか~」というオスカーの煽りが入り、ベルが荒れ狂って再びの喧嘩、もとい、じゃれ合いが発生。
そんな穏やかな雰囲気でアリスを送り出す事ができた。
これなら多少の緊張も吹き飛ぶであろう。
健闘を祈る!
そして、程なくしてアリスはリングへと入場し、剣聖と向かい合った。
戦いが始まる。
◆◆◆
剣聖と真っ向から対峙したアリスは、彼の放つ凄まじい気迫に圧倒されていた。
合同授業で戦った時とはまるで違う。
それは、剣聖が本気である事の何よりの証拠であった。
ここを真剣勝負の場と定め、一切の容赦も手加減もなくアリスを叩き潰しにくる。
そう確信させるだけの気迫。
今の剣聖は、それだけの威圧感を放っていた。
(呑まれたら負けです……!)
その一心で、アリスは震えそうな体と心を叱責し、平常心を維持する。
臆すれば勝利は遠退く。
リンネの、いや、アリスに戦い方を教えてくれた全ての師匠の教えだ。
まあ、アリスの師匠は、父であるアレクや、母であるユーリ、その兄弟弟子のマグマや、ナイトソード家の使用人軍団という、リンネの前世であるエドガーによって教えられた者ばかりなので、教えが被るのは当たり前なのだが。
だが、複数人から散々言われ続けて刷り込まれてきた教えのおかげで、アリスは遥か格上の気迫を受け止める事に成功していた。
英雄と戦う為の資格の一つを手に入れたのだ。
『王都武闘大会、決勝トーナメント第二試合! Cブロック勝者! 騎士学校一年生の新星、アリス選手! VS Dブロック勝者! 『剣聖』ランスロット選手!』
「……女性に剣を向けるのは気が引けるが、この場に立つ以上は女子供であろうとも、誇りある一人の戦士だ。
━━本気で行かせてもらうぞ、アリスくん」
そう言った瞬間、剣聖の気迫が更に膨れ上がる。
言葉にして完全に覚悟を決め、臨戦態勢に入ったのだ。
英雄が放つ、殺気にも似た本気の気迫を前に、アリスは母親譲りの凛とした顔で、表情で、正面から相対した。
「望むところです」
『試合開始まで、あと10秒! 10、9、8、7、6……』
カウントが始まり、アリスと剣聖は互いに剣を構える。
近づく激突の瞬間に、観客達も息を呑んだ。
『5、4、3、2、1……試合開始!』
試合開始の合図と同時に、二人は闘気を纏った超速の踏み込みで距離を詰め、手に持った木剣を正面からぶつけ合う……事はなかった。
現実は、むしろ、その逆。
互いに剣を中段に構えたまま動かない。
先程の第一試合とは真逆の静寂。
アリスの狙いは、言うまでもなく得意技のカウンター。
いや、この場合はそれ以外の有効打がないと言った方が正しい。
アリスは自覚している。
自分の攻めは未熟であり、とても目の前の相手に通じるようなものではないと。
故に、待つ。
待ち構える。
ベルがそうしたように、反撃の一太刀で剣聖を倒す瞬間を。
そんなアリスの狙いを、剣聖は完璧に読んでいた。
アリスと剣聖は、合同授業で一度戦った事がある。
その時は軽い手合わせ程度だったが、それでも目の前の少女が類い稀なる返し技の達人である事は理解できた。
その技術だけならば、あるいは自分にすら匹敵するかもしれない。
剣聖は、それくらいにアリスの事を認めていた。
故に、迂闊には攻め込めない。
いくら乱戦で気が散っていたとはいえ、昨日の予選でも、カウンターによって痛い目を見たばかりなのだから。
そんな両者の思惑が絡み合い、試合は膠着状態に陥っていた。
しかし、全く動きがない訳ではない。
剣聖は微かな動きを何度も見せている。
フェイントを仕掛け、アリスの隙を作ろうとしているのだ。
だが、アリスはその全てを受け流す。
フェイントならば、リンネや父との特訓で、もっと精度の高いものを何度も見てきた。
今更、この程度で揺らぐアリスではない。
(このままでは埒が明かないか)
そう考えるのは剣聖。
アリスに攻める気がない事は見抜いている。
加えて、フェイントにも掛からないとなると、このままでは千日手だ。
勝負がつかないどころか始まらない。
その状況を変えたいのであれば、アリスの思惑通り自分から攻めるしかないのだ。
(いいだろう。本気で攻める剣聖の技、防げるものなら防いでみろ!)
そうして、剣聖が動き出す。
中段に構えていた剣を大きく振り上げ、アリス目掛けて真っ直ぐ振り下ろした。
「飛剣!」
力強い斬撃が、飛翔しながらアリスへと迫る。
剣聖が放った飛剣は、手本通りという言葉が最も当てはまるだろう技だった。
まるで素振りをするかのように、正確に振り上げ、正確に振り下ろす。
斬撃の正確さ。
それこそが、あらゆる剣技の威力を大幅に上げる、基本にして最大の極意。
それを完璧にこなした剣聖の一撃は、強すぎる師匠に囲まれて目が肥えたアリスをして、見事としか言い様のない絶技であった。
「ハッ!」
だが、そんな一撃を、アリスは最小限の動作で避ける。
サイドステップで横に飛び、その場でまるで踊るかのようにくるりと回り、
飛剣を撃って隙の出来た剣聖目掛けて、こちらも剣を振るう。
その剣は、アリスの魔法で作り出された水を纏っていた。
「飛剣・水刃!」
狙い通りのカウンターで放たれた水の刃が剣聖を襲う。
タイミングは完璧。
飛剣の反動でほんの一瞬動きが止まった剣聖へと、水の刃は激突した。
「ハァッ!」
しかし、その程度で倒れる剣聖ではない。
避ける事こそできなかったが、即座に剣を引き戻し、水の刃を受け止める。
その威力に押されて僅かに後退するも、すぐに剣を振り抜いて霧散させてしまった。
アリスと剣聖では、纏う闘気の質が違う。
いくら魔法の力を上乗せしたとはいえ、飛剣をただ当てた程度では有効打にはならない。
それこそ、ノーガードの状態に直撃でもさせない限り、効きはしないのである。
「天歩!」
そして、今度は剣聖が攻勢に出る。
鋭い踏み込みでリング上を駆け、一瞬にしてアリスとの間合いを詰めた。
今のアリスもまた、先程の剣聖と同じく、飛剣の反動で僅かに体勢が崩れ、動きが止まっている。
その隙を突いて、剣聖は一気に自分の間合いへと踏み込んだのだ。
だが、攻めて来るのであれば、アリスとしても好都合。
より近くに居てくれた方がカウンターも当てやすい。
アリスの体勢が崩れていると言っても、それはほんの僅か。
その程度ならば、
(大丈夫! 返せる!)
たった今、繰り出されようとしている剣聖の攻撃。
それを返してカウンターを決めると、アリスは集中力を高めた。
しかし……
「龍爪斬!」
「ッ!?」
剣聖の動きは予想よりずっと速く、その剣は予想よりもずっと重かった。
今振るわれたのは、王国剣術の一閃と似た、基礎的な攻撃。
それですら返す余裕はなく、なんとか受け流すので精一杯。
(昨日よりも速い……!?)
アリスは、そんな剣聖の動きに驚愕する。
それもその筈。
今の剣聖は、昨日Dブロックで暴れ回っていた時よりも数段強い。
何故なら、
(やはり、一対一だと戦いやすい!)
当代剣聖ランスロットは、まだまだ年若い。
にも関わらず、聖アルカディア教国最強の証である『剣聖』の称号を賜ったのは、ひとえにその才覚故だ。
剣聖ランスロットは天才である。
才能だけならば当代剣神アレク・ナイトソードに匹敵するか、あるいは上回るかもしれない。
だが、そんな彼には、アレクと比べて圧倒的に足りていないものがあった。
それは、経験。
ランスロットには、圧倒的に経験が足りていない。
特に生まれついての気質なのか、乱戦や多対一の戦いは大いに苦手としていた。
他にも、去年の武闘大会でフォルテを相手に不覚を取ったように、足下が疎か。
もっと言えば、予想していない不測の事態にも弱い。
その経験不足を補う為にも、ここグラディウス王国に留学させられたという経緯があるのだが、それは今は置いておこう。
つまり、何が言いたいかというと。
苦手な乱戦をしていた昨日よりも、得意な一騎討ちの戦いをしている今の方が、ランスロットは圧倒的に強いという事だ。
これには観客席のリンネもビックリしていた。
そして、おもむろに立ち上がり、声を張り上げてアリスの応援をし出した。
下がった勝率を、自分の声援で上げようとでも思ったのかもしれない。
まあ、その声は極度の集中状態にあるアリスには届かなかったのだが。
(アリスくん、君は強い。だが、俺は負ける訳にはいかないんだ!)
「烈龍刃!」
「うっ!?」
五月雨に似た、しかし、もっと攻撃的な連続技を繰り出し、ランスロットが攻め立てる。
アリスはそれを後ろに下がりながら何とか受け流し続けるも、最後の一撃だけは流しきれず、剣で受けてしまった。
互いの膂力の差、闘気の差によってアリスが力負けし、真横に吹き飛ばされる。
しかし、アリスはしっかりと受け身を取り、すぐに立ち上がった。
アリスは、リンネとの修行で最低でも一分に一度は吹き飛ばされていた。
そして、すぐに起き上がらなければ追撃が来るのだ。
とても実戦的な修行である。
そのおかげで、今、反射的に最適の行動を取れた事に、アリスはリンネの教えに感謝していた。
尚、教えた本人は、この厳しい修行で孫に嫌われやしないかとヒヤヒヤしていたのは余談であろう。
だが、いかに最適の受け身を取ろうとも、ランスロットの攻撃が止まる訳ではない。
さすがに、戦場ではなく試合で倒れた女の子を狙い撃つのは、紳士なランスロットとしては抵抗があったが、起き上がったのであれば容赦はしない。
アリスを吹き飛ばしてから追撃をかけるまでに、ほんの僅かな逡巡とタイムラグがあったものの、それも戦況に影響が出る程ではない。
「龍爪斬!」
「流!」
真上からの振り下ろしを、今度は上手く受け流す。
反撃の余裕こそないが、今のは何度か見た技だ。
ならば、対処できない攻撃ではない。
しかし、それにしてはランスロットの動きがおかしかった。
さっきと違い、必要以上に膝を曲げ、腰を落としている。
その様子からアリスは、ここから自分の知らない技が繰り出されると悟った。
「昇龍撃!」
「ッ!?」
振り下ろしの勢いを、そのまま振り上げの勢いに変換して放たれた攻撃。
単純だが、それ故に連続攻撃としての完成度が高く、何より速い。
出だしを予期していたが故に防ぐ事はできたが、受け流す事はできずに、再び吹き飛ばされてしまった。
(このままじゃ……!)
防戦一方でジリ貧。
アリスの中に確かな焦りが生まれた。
しかし、それを気力で押し殺す。
(弱気になっちゃダメです!)
弱気になってる暇があるなら、少しでも対策を考える。
アリスは瞬時にそう決断し、気を持ち直した。
だが、思考に一瞬でも余計な考えが混ざってしまったのは事実。
それが最適な動きを阻害し、アリスは受け身を取るのに失敗した。
とはいえ、それもほんの僅かな失敗。
起き上がるまでの時間が、コンマ数秒伸びただけ。
しかし、戦いの場では、そのコンマ数秒が致命の隙なのだ。
アリスは追撃を受ける事を覚悟した。
だが、
(攻めて……来ない……?)
正確には、アリスが立ち上がるのを確認してから追撃してきた。
それを疑問に思うも、今はそんな場合ではないと思い直し、追撃を捌く事に全神経を集中する。
「牙龍突!」
「!」
超速の突きがアリスに迫る。
回避は間に合わない。
突きに剣を添わせ、軌道を横へと逸らす事で受け流し、対処した。
「龍尾狩り!」
「!?」
今度は横に飛び、身を屈めてながらの足払い。
アリスの細足など簡単にへし折るだろう一撃を、アリスもまた咄嗟に横へと飛ぶ事によって回避。
(でも、段々、慣れてきました……!)
そう思ってた瞬間、空いた距離を埋めるように飛剣が飛んできた。
それを冷静に避ければ、最初と同じように、飛剣を目眩ましにした突撃。
だが、先程とは違い、正面から攻めるのではなく天歩で上に飛び、そこから落下の勢いを加えた強烈な振り下ろしが繰り出される。
「降龍撃!」
「ぐぅ!?」
完全に初見の技。
いくら慣れてきたとはいえ、さすがに、これを受け流す事はできなかった。
直撃こそ避けたものの、無理に受け止めようとしたせいで、またも吹き飛ばされる。
今度は完璧に受け身を成功させたものの、アリスは再びの違和感を覚えた。
(やっぱり、攻めて来ない……!)
やはり先程と同じく、ランスロットは吹き飛ばされるアリスを深追いする事なく、体勢を立て直してから攻撃を再開している。
手加減されている、いや、ランスロットの性格的な問題だろうと、アリスは瞬時に予測した。
以前の合同授業で垣間見た人となりを考えると、剣聖ランスロットは善人だ。
しかも、人に優しく、女性には特に紳士的で、逆に自分には厳しい。
そんな、まさに騎士の鏡のような性格をしていた。
ならば、なるほど、いくら真剣勝負の場とはいえ、倒れた少女に無慈悲な追い討ちをかけるような真似をしないのは理解できる。
(なら!)
「龍霞!」
「!?」
今度は攻ノ型・朧に似た技を使ってきた。
歩方による緩急でタイミングを狂わされ、そこを狙って放たれた横薙ぎの攻撃に、またしても吹き飛ばされる。
だが、今回は今までとは違う。
アリスは、狙って吹き飛ばされたのだ。
吹き飛ばされて地を転がっている間は追撃が来ないと予測し、その隙を突いてある技を発動させる。
「マリンフィールド!」
「む!?」
その技は、ここまで殆ど使う暇を与えてくれなかった魔法。
アリスの水魔法によって、リングが水の中に沈んでいく。
攻撃魔法を繰り出しても通用しないと判断したが故の策だ。
この魔法に大した攻撃能力はないが、水流が膝下程度まで達し、更にその水が激しく渦を巻いて流れる事で、ランスロットの動きを阻害する。
逆に、アリスは体勢を立て直した後に、魔法と飛脚の応用で水面の上に立った。
これで、一方的にランスロットの動きだけを阻害する事ができる。
しかし、
「甘い!」
ランスロットは即座に最善手を選択した。
天歩で宙に飛び上がり、激しい水流から脱したのだ。
天歩もまた飛脚と同じく、極めれば宙を踏み締めて空を飛ぶ事ができる。
これでは足下を乱しても意味がない。
そして、
「天歩!」
宙を踏み締めてランスロットが加速。
上空からアリス目掛けて強襲をかける。
魔法発動の直後にして、策を簡単に破られた直後という絶好のタイミングだ。
決まる。
観客の殆どがそう確信した。
だが、
(来た!)
この状況は、アリスの狙い通りだった。
自分の魔法が速攻で対処される事も、天歩で上に逃げられる事も折り込み済み。
むしろ、そう誘った。
そして、この位置関係からランスロットが繰り出すであろう技を、アリスは予測する。
真上からの強襲。
おそらくは、落下の勢いを加えた強烈な振り下ろしが来る。
そう、さっき一度見た、あの技が。
アリスが見せた隙を咄嗟に突こうとするならば、対処される事を見越して違う技を出そうと考える暇はない、筈だ!
「降龍撃!」
(やっぱり!)
ここにきて遂に、アリスはランスロットの動きを読み切った。
「守ノ型・流!」
「何っ!?」
そして、初めてまともなカウンターが当たる。
咄嗟の防御で急所に当たるのを避けたのはさすがだが、攻撃を受けたランスロットの体は真上へと跳ね返され、今度は彼が吹き飛ばされる事での無防備を晒している。
仕掛けるのならば、今こそが千載一遇のチャンス。
(今です!)
「アクアドラゴン!」
「!?」
ランスロットを釣り上げる為に使った魔法。
足下で渦を巻いていた水が形を変え、渦の中心が一瞬にして巨大な龍の頭に変わる。
この魔法は、ここまで考えた布石だったのだ。
これによって、本来であればこの大技の発動までにかかるチャージ時間を、大幅に短縮する事に成功した。
そして、水の中に剣を突き刺し、闘気の力を流し込む。
これが、これこそが、アリスの切り札。
「飛剣・昇り水龍!」
「ッ!?」
アリスが何とか発動に成功した、魔法剣士最強の技がランスロットを呑み込む。
水の龍が巨大な顋でランスロットに噛みつき、龍の体である渦巻く水の中でミキサーのようにかき混ぜる。
そのあまりの威力に、アリスよりも圧倒的に上の闘気を纏う筈のランスロットがズタボロに引き裂かれていく。
死にはしないだろうが、大ダメージは確実だ。
「勝った……?」
アリスがポツリと呟く。
観客席でリンネが、雄叫びのような歓声を上げる。
終わった。
あの剣聖を倒し、アリスがまさかの大金星を上げた。
会場の誰もが、そう思っていた。
だが、
「覇王激龍派ァアアア!」
━━突如として、水の龍が内部から爆ぜた事によって、その確信は否定される。
そして、水龍の残骸である水飛沫の中から飛び出し、その存在はリングの上へと舞い戻った。
「見事だった」
ランスロットが、剣聖が、素直にアリスを称賛する。
服が裂け、体は傷付き、木剣はひび割れ。
しかし、彼はしっかりと二本の足でリングに立っていた。
剣聖は、倒れなかった。
「嘘……」
逆に、アリスの方がふらりと地面に倒れる。
ランスロットの猛攻を防ぎ続けて体力が尽き、加えて身の丈に合わない大魔法を行使したせいで魔力も尽きた。
つまり、アリスは限界だったのだ。
そして、この場には倒れた少女と、傷付きながらも立ったままの青年が残される。
勝敗は決した。
『それまで! 勝者! 『剣聖』ランスロット選手!』
放送が試合の終了を宣言する。
観客達の間には静寂が流れ、やがて一人、また一人と、名勝負を演じた二人の剣士に向けて拍手を送り始めた。
リンネもまた激しく両手を叩きながら、涙声でアリスの健闘を称る。
そうして、決勝トーナメント第二試合は終了し、真の決勝に進出する二人の選手が出揃ったのだった。




