68 リンネ VS シオン 再び
『試合開始まで残り10分となりました。リンネ選手、シオン選手は、控え室へと移動してください』
「……時間か」
「そうだな。では、行ってくるぞ!」
そうして、私とシオンは席を立った。
「二人とも頑張ってくださいね!」
「俺の分まで全力で戦ってこい!」
「が、頑張れ!」
「ま、せいぜい頑張るっす」
「仲間対決か。楽しみに観させてもらうぜ」
「任せろ!」
アリスやオスカー、そして二日酔いを振り払ったベル達とそんなやり取りをしつつ、私とシオンは応援団と別れて控え室へと向かった。
選手同士の控え室は別なので、ここでシオンともお別れだ。
次に会うのはリングの上である。
そうして控え室でダラダラしている間に、10分などという短い時間はあっという間に過ぎ去り、試合開始の時間がやってきた。
『お待たせいたしました! これより王都武闘大会決勝トーナメント、第一試合を開始します!』
『オオオオオオオオオオオオ!』
放送と歓声が鳴り響く。
それに合わせて、私は入場口から足を踏み出す。
同時に、反対側の入場口からはシオンが進み出てきた。
そして、互いにリングの上で向かい合う。
『Aブロック勝者、S級冒険者『天才剣士』リンネ選手! VS Bブロック勝者、A級冒険者『雷剣』のシオン選手!』
「そういえば、お前とこうして真剣に向かい合うのはいつぶりだろうな?」
実況が選手紹介をする中、私はおもむろに口を開いた。
シオンとはマーニ村にいた頃から何度も模擬戦とかで戦ってきたが、こうして真剣勝負をするのは久々だなとふと思ったのだ。
そんな私の問いに、シオンは神妙な顔で答えた。
「……7年ぶり。俺とお前が初めて会った時以来だ」
「む? そんな久しぶりだったか?」
「ああ。お前と真剣勝負で戦うのはな」
そんな事ないと思うがなー。
私はいつでも真剣だぞ?
「リンネ、お前は強い。強すぎる程に強い。お前の正体を知った今なら、素直にその強さを認められる。
だが、だからこそ、お前は俺やベルとの戦いで本気になった事など一度もない。
そんな中で、真剣勝負をしたと言えるのは、たったの一度だけ。
下手くそなやり方で当時の俺を諌めようとした、あの最初の戦いの時だけだ」
「おい、誰のやり方が下手くそだって?」
こいつ!
ナチュラルに私を馬鹿にしてきやがったぞ!
あれがお前の人生の転換点だったくせに!
「俺はあの時とは違うぞ。俺は強くなった。今度こそ、あの時のような同情からの真剣勝負とは違う、本当の意味でお前に本気を出させてやる。
そして、その上で俺は今日こそお前に勝つ」
「……そうか。やれるものならやってみろ。期待してるぞ若造が」
その威勢の良さに免じて、さっきの失言は見逃してやろう。
その代わり、本気でぶつかってこい。
若者の、お前の可能性を見せてみろ、シオン!
『試合開始まで残り10秒! 10、9、8、7、6……』
カウントが進み、リング上が緊張感に包まれていく。
シオンが木剣を構えた。
それに合わせて、私も木剣を構える。
『5、4、3、2、1……試合開始!』
「雷神憑依! 飛脚・電光!」
お! いきなりか!
試合開始と同時にシオンが駆けた。
必殺技と闘気を発動し、飛脚で私との距離を詰めてくる。
開幕速攻か。
まあ、私を相手にシオンの腕前で受けに回れば勝ち目はない。
合理的な判断だ。
だが。
「紫電・一閃!」
「まだまだ甘い!」
縦に振り下ろされたシオンの一閃に対し、軽く剣を当てて軌道を逸らす。
そのまま体を沈め、私は反撃の抜き胴を繰り出した。
手本のような守ノ型・流。
普通なら絶対に入るタイミング。
だが、こんな単純な結果をシオンが予測できない筈がない。
ただ速くなった程度で私を倒せると思う程、お前は私を舐めてはいないだろう?
案の定、シオンは私のカウンターを縦に回転するように跳躍して回避した。
そのまま体の上下を反転し、飛び越えるようにして私の後ろを取る。
そこから更なる連撃を繰り出してきた。
「逆雷・一閃!」
「ほう!」
背後から迫る下段方向からの一閃。
なるほど、少し受けづらい攻撃だ。
だが、受けづらいのならば避けてしまえばいい。
シオンの攻撃を、横に半歩ずれて回避する。
そして、こちらもまた体を回転させ、横方向から次のカウンターを放った。
「守ノ型・空蝉!」
今のシオンは上下逆さまの状態で空中にいる。
しかも、剣は振り抜いてしまって使えない。
さあ、これをどう受ける?
まさか、考えなしにそんな体勢になった訳ではあるまい?
激しく攻防を繰り広げる刹那の瞬間、私はシオンの次の一手を予想しながら笑った。
この期待に応えてみせるがいい!
「流転・電流!」
「お!」
その技は!
シオンは空中で更に体を捻り、私の攻撃を予想していたかのように、凄まじい反射神経で私の剣を足で踏みつけ防いだ。
そして、その反動を利用して更に体を回転。
私の剣の威力に自分の力を上乗せしたカウンターを放ってきた。
私は即座に剣を引き戻し、その攻撃を真っ向から受け止める。
「神速剣・塞!」
私に神速剣を使わせるとは!
やるな!
「……チッ」
それを防がれたと見るや、シオンは舌打ちしつつも、深追いせずに飛脚で一旦距離を取った。
良い動き、良い判断。
悪くない!
悪くないぞ!
少しの間に見違えたなシオンよ!
「……さすがに、この程度の奇策で揺らぐ程甘くはないか」
「まあな。だが、お前の動きも中々に良かったぞ」
いつの間にベルのごときアクロバティックな動きを会得したのやら。
もしや、雷神憑依で身体能力を上げてるから可能になったのか?
まあ、それでも、それはベルの技だ。
シオンが無理矢理真似したところで、本家以上のキレは出ない。
それでも使ってきたのは、私の意表を突く為だろうな。
つまり、シオンはこの私を相手に、なりふり構わず本気で勝ちにきているという事だ。
大変結構。
実に楽しいではないか!
だが、その楽しい時間も長くは続かないだろう。
昨日の試合で雷神憑依の弱点は割れている。
それは持続時間の短さと、肉体への反動。
昨日、クソ虫との戦いを終えたシオンは、帰ってくるなりぶっ倒れた。
試合時間はそれ程長かった訳でもなく、そこまで大したダメージを負っていた訳でもないのにだ。
それすなわち、雷神憑依による反動がそれ程に大きかったという事。
超速を得る事の代償か、それとも消費魔力の問題か。
なんにせよ、あの技は長時間発動していられない。
私の神速剣と同じく、制限時間を過ぎれば戦えなくなると見た。
長期戦ではシオンに勝ち目はない。
故に、仕掛けてくるならば短期決戦。
勝つだけならば、シオンがバテるまで適当に耐えれば事足りる。
だが、そんなつまらん事をする気はない。
私は、私の隙を見逃すまいと鋭い視線で睨み付けてくるシオンに対し、軽く微笑んでから構えを解いた。
木剣を片手で持ってダラりとぶら下げ、もう片方の手で手招きする。
「!」
それを見て、シオンが息を呑んだ。
小細工無用。
真っ向勝負でケリをつけてやる。
「上等……!」
小さくそう呟き、シオンは身を屈めた。
全力疾走の予備動作。
来る。
「サンダーレイン!」
「!」
しかし、予想に反して、シオンが使ったのは魔法による遠距離攻撃。
無数の雷の雨が私に降り注ぐ。
それに合わせて、シオンが走り出しているのが見えた。
なるほど。
目眩まし、兼、魔法と剣撃による波状攻撃か。
ありがちだが有効な一手だ。
乗ってやろう。
「飛剣・嵐!」
シオンの思惑に乗り、あえて振りの大きい嵐で雷の雨を消し飛ばす。
それによって、私に僅かに隙が生じる。
予想通り、シオンはその隙を突いてきた。
「雷神・槍牙!」
雷を纏った超速の刺突が、剣を振り切って無防備な私へと突き出される。
だが、私は元世界最強にして『最速』の剣士。
この程度の隙は隙足り得ない。
「神速剣・流!」
シオンの刺突よりも尚速い剣撃を用い、余裕を持ってシオンの剣を迎撃する。
そのまま、さっきと同じくカウンター。
しかし、やはりシオンは防がれる事を読んでいたらしく、高速の飛脚で即座に離脱した。
「電光乱舞!」
そして、更なる飛脚を使って、まさに雷のような速度とジグザグとした軌道で私の周囲を飛び回り、四方八方から攻撃を加えてくる。
というか速いな。
単純な移動速度だけなら、私の神脚乱舞の足下くらいには届いているかもしれん。
だが、対等にはまだまだ程遠い!
シオンの連続攻撃を冷静に一つずつ捌く。
一閃は塞で受け、槍牙と破断は流で受け流し、時には城壁で止めてカウンターを打ち込んだ。
剣術の完成度の差が諸に出ている。
まだ今のシオンの力では、経験と技術に裏打ちされた私の守りを崩せないのだ。
そして、
「さて、今度はこちらから行くぞ! 攻ノ型・一閃!」
「くっ!?」
攻めに関しては、それ以上の実力差が存在する。
シオンは私の一閃を、私と同じく塞で受けた。
しかし、纏う闘気の練度に差がある。
どうも、雷神憑依は速度こそ馬鹿みたいに上昇するが、筋力に関しては、そうでもないらしい。
結果、私の攻撃はシオンの防御を撥ね飛ばし、ガードの上から強引に吹き飛ばした。
「飛脚!」
そうして、今度はこちらから接近。
その勢いを有効活用し、速度の乗った突きを容赦なく繰り出す。
「攻ノ型・槍牙!」
「ッ! 避雷流し!」
シオンはこれをなんとか受け流した。
だが、カウンターまで繰り出す余裕はない……かと思いきや、そうでもなさそうだ。
雷神憑依恐るべしというべきか、それともシオン恐るべしというべきか、この速度の攻撃を受けて、もう迎撃準備ができている。
しかし、それを素直に食らうつもりはない。
私は槍牙を放った後で密着した体勢から、飛脚で更に加速。
剣に力を籠めてシオンの剣を封じながら、シオンの体を追い越して背後を取る。
右足を軸とし、そこで体を反転。
反転の勢いを殺さぬままに剣を振り抜いた。
「攻ノ型・廻!」
「がっ……!?」
攻ノ型・廻。
本来であれば、つばぜり合いの状態から繰り出す技の一つ。
それを思いっきり背中に食らい、シオンがよろめいた。
真剣であれば、ここで終わっている。
だが、これは木剣による試合。
かなり痛いだろうが、根性があればまだ動ける。
終わったと判断するのは早計だ。
案の定、シオンは歯を食いしばりながら、倒れぬ為に足に力を籠めて踏ん張り、そのまま一切怯む事なく私へと向かってきた。
その眼に宿る闘志は些かたりとも衰えてはいない。
こいつは、この期に及んでまだ私に勝つつもりなのだ。
ならば、私もそれ相応の力を持って応えよう。
シオンが接近してくる刹那の間に、私はシオンの次の一手を予測する。
シオンは、奇襲も、奇策も、魔法も、真っ向勝負も私には通じなかった。
そうなれば、あいつの残る手札は自ずと限られてくる。
その中で私に対抗できる切り札は一つしかない。
まだ私にも見せていない隠し球がある可能性もなくはないが、十中八九、次の一手はあれだろう。
シオンが剣を真上へと振り上げ、そこから、とてつもなく見覚えのある動きへと繋げる。
指、手首、肘、肩。
踏み込みの勢い、足運びの位置、筋肉の使い方。
その全てを一部の狂いもなく連動させ、動きから一切の無駄を省く事で到達する最速の剣技。
シオンのそれは、私やアレクに比べればまだまだ荒い。
それでも、その技は紛れもなく━━
「神速剣・一閃!」
私の編み出した神速剣。
やはり、クソ虫との戦いで使えたのはマグレではなかったか!
不完全にも程があるとはいえ、この歳で曲がりなりにもその剣技を使えるようになるとは!
本当にお前は天才だよ、シオン!
だが、やはり!
「まだまだ甘いぞ、シオン! 守ノ型・挫!」
「ッ!?」
シオンの剣が届く前に、私の剣がシオンの右手首を砕いた。
守ノ型・挫。
相手が攻撃の構えに入った瞬間、技を繰り出す前にこちらから攻めて手首を斬り落とし、出鼻を挫いて技を不発にさせるカウンター技。
如何に最速の剣技といえども、あんなにわかりやすい予備動作があっては、ただのテレフォンパンチに過ぎない。
そんなもの、軽くカウンターを合わせるだけで粉砕できるわ!
神速剣を使えた事は称賛に値する。
だが、今のままでは技に使われているだけ。
それでは怖くも何ともない。
手首を砕かれた事により、神速剣はあらぬ方向へと逸れて不発に終わる。
だが、その瞬間、━━シオンは残った左手を剣から離し、拳を握って私に突き出してきた。
「なっ!?」
「雷神拳!」
「ぬぉお!?」
咄嗟に剣を引き戻し、剣の柄で拳を受ける。
ダメージはない。
だが、しっかりと体重の乗った拳の勢いに負け、体重差も相まって、私の小さな体は吹き飛ばされてしまった。
この威力……!
咄嗟に放った拳の威力とは思えん!
まさか、最初からこのつもりだったのか!?
扱いきれない神速剣を囮に使い、手首を犠牲にして、あえて私にカウンターを打たせたと!?
驚愕しながらも、足をリングに突き立てて減速する。
このままでは、吹き飛ばされて場外だ。
こうするしかない。
そして、私の体勢が崩れた瞬間を最後の好機と捉えたのか、雷のような速度でシオンが突撃してきた。
砕けた右手は剣から離し、私を殴る為に使っていた左手で剣を握り、袈裟懸けに振り下ろしてくる。
「紫電・一閃!」
おそらく、これが今シオンにできる最善。
シオンの力では、片手で神速剣は放てない。
故に、自らに扱い切れる最高の一撃を放ってきている。
見事。
実に見事だ。
ならば、私も本気を持って応えよう!
吹き飛ばされた状態から飛脚を、否、神脚を使い、強引に前へと出る。
そして、さっきのシオンと同じように、されどシオンよりも遥かに速く剣を振り上げた。
それこそ、並どころか一流の剣士ですら目で追えないような速度で。
よく見ておけ、シオン。
これが本家の力だ!
「神速剣・一閃!」
シオンの一閃を迎撃するように放った神速剣・一閃。
それがシオンの剣を押し返し、吹き飛ばした。
そのままシオンは吹き飛んでいく。
抵抗すらできずに場外まで。
「ぐっ!?」
リングを覆う結界に叩きつけられたシオンが苦渋の声を漏らす。
これにて決着はついた。
『試合終了! 勝者! リンネ選手!』
『オオオオオオオオオオオオ!』
放送も私の勝利を宣言し、観客達の歓声が上がる。
それを聞き流しながら、私は倒れたシオンの元へと向かった。
シオンは、力尽きたように寝そべって空を見上げている。
「……負けたか」
「そうだな。私の勝ちだ」
「いけると思ったんだがな」
「ぬかせ。私に勝とうなんざ百年早いわ」
私に勝ちたければ、もっと実戦経験を積んでから出直してこい。
だが、まあ、
「シオンよ」
「なんだ?」
「最後、お前、私の剣を防いだな。見えたのか? 目で追えたのか?」
最後の攻防。
私の剣とシオンの剣はぶつかった。
だが、私はわざわざシオンの剣にぶつけたつもりはない。
体を狙って剣を振るったのだ。
それなのに剣がぶつかったという事は、━━シオンが途中で剣の軌道を変え、防御したという事に他ならない。
この私の神速剣を。
「……ああ。結局は防ぎきれなかったがな」
やはりか。
こやつめ。
神速剣を目で追い、防ぐ。
それがどんな意味を持つのかわかっているのか?
一流の剣士でも目で追えない神の剣技。
故に、神速剣。
曲がりなりにもそれに反応できる者は、英雄と戦う資格を持った超一流の剣士だけ。
お前は、その領域に足を踏み入れたというのに。
「初めて会った時、最初の戦いの時、お前はこの技を前にして、ただ呆然とする事しかできなかったな。
あの時から随分と成長したものだ。
━━見事だったぞ、シオン」
そう言って、私はシオンに手を差し出した。
シオンの右手は砕けてるから左手をだ。
手を差し出されたシオンは、なんとも言えない顔でその手を見詰めた後、素直に握ってきた。
「そりゃ、どうも」
だが、口ではそんな小生意気な返答をしてきたシオンの手を引き、立ち上がらせる。
そのまま、魔力切れか体力切れかでふらつくシオンに肩を貸しながら、私達はリングを後にした。
シオンの顔は穏やかだ。
穏やかに笑っている。
悔しさよりも嬉しさが先にきたか。
可愛い奴め。
「……なんだ、その目は?」
「微笑ましいものを見る目だ」
「後で覚えてろ」
いつもの軽口を叩きつつ、歩を進める。
そんな私達を、観客達の歓声が見送っていた。




