67 月下の剣聖
「……それで、君は何故こんな所に? 女性の夜歩きは感心しないが」
剣聖はどうやら、私のポージングには一切ツッコまない方針で行くらしい。
普通に会話を振ってきた。
それはそうと、女性の夜歩きは感心しない、ねぇ。
なんか初めてまともに女扱いされた気がするわ。
今まで私を女扱いしてたのは父くらいだしな。
ああ、いや、アリスやスカーレットやオリビア、あとメイド軍団なんかは、たまに私に女の子っぽい格好をさせようとしてくる事があったか。
だが、男にされたのは父以外では初めてである。
そして、実際にやられてみた感想としては……まあ、嬉しくもなく不快でもなく。
うむ。
普通。
「なに、罰ゲームでパシらされてるだけだ。私は強いから気にするな」
「そうか……だが、やはり感心はしない。それに男子寮は女子禁制だ。早く用事を済ませて立ち去る事を勧める。なんなら、家まで送っていくが?」
「過保護か!」
強いから大丈夫っつってんだろうが!
それとも何か?
貴様には私がそんなに弱く見えているというのか!?
だとしたら、実にむきゃつく!
「見くびるな! 私とて決勝トーナメント進出者なんだぞ!」
「……そうだな。すまない、失言だった。なにぶん、女性には優しくしろと教えられて育ったものでね」
「紳士か!」
剣聖が予想外に大真面目な紳士野郎だった件。
ベルの仇だというのに、普通に好感が持てるわ。
すまんな、ベル。
ああ、そういえば今思い出したけど、教国はそこら辺の教育に力を入れてるんだったか?
連中の信仰対象である神龍に対して万が一にも無礼がないように、礼儀や道徳の教育には特に気を使ってるとか何とか聞いた事があるような、ないような。
正直、興味なかったからうろ覚えだが、たしかそんな感じだったような気がする。
そんな教国の騎士代表みたいな存在である剣聖なら、そりゃ紳士に決まってるか。
強けりゃなれる剣神と違って、剣聖には品位も求められるって訳だ。
大変である。
「まあ、それはともかく。お前こそあれだな。こんな夜更けに素振りとは精が出るな」
「……俺はまだまだ未熟者だからな。剣聖の称号を頂き、国の名を背負ってこの国に来ておきながら、去年の大会では優勝を逃し、今日も格下の剣士を相手に追い詰められた。
こんな事では、神龍様や教皇様に顔向けができない」
そう言って、剣聖は素振りを再開した。
心なしか、さっきよりも力が入ってるように見える。
マジで真面目だな。
昔のシオンを思い出すストイックさだ。
しかし、まあ、
「その心意気は大変結構だが、今日の戦いに関しては、自分を責める前にベルの奴を褒めてやった方がいいと思うがなー。
あいつのいざって時の底力とド根性は称賛ものだ。
特にあの技に関しては、この私ですら初見じゃ防げなかったしな」
自分の弱さを責めるのもいいが、相手の強さを認める事も大事だぞ。
そこから学ぶ事で得られる強さもある。
私も、あのくそったれな魔帝のクソ野郎や、その配下だった帝国十二神将に対してすら、その強さだけは認めてるのだからな。
当然、強さ以外の部分は全否定してるが。
「……それもそうだな。だが、それでも俺は自分の弱さが許せない。許す訳にはいかない。
剣聖は教国最強の騎士。
故に、本来ならば敗北は許されない。
俺が不様を晒せば、教国の名に泥を塗ってしまう」
剣聖は素振りを続ける。
その横顔には余裕がない。
己を鍛え直すように、己の弱さを削ぎ落とすように、剣を振り続けている。
その様子は、ますます昔のシオンに、そして剣神の重圧で苦しんでいたアレクに似てる気がする。
そう思うと親近感がわくな。
酒の勢いも相まって、老人の癖でお節介を焼きたくなるわー。
「……色々と話しすぎたな。何故か君には何でも話してしまいたくなる不思議な魅力があるが、本来なら剣聖が弱味を見せる事も許されない。
悪いが、今夜ここで話した事は聞かなかった事に……」
「まあまあ、少しは肩の力を抜けい若人よ! これでも食ってな!」
「もがっ!?」
剣聖の口に丁度手元にあったケーキを突っ込む。
それによってシオンの取り分が減ったが、なぁに、ケーキはまだまだ沢山あるんだ。
少しくらいは構うまい。
「どうだ美味いか? ウチの連中が決勝トーナメント進出祝いに丹精込めて作ったケーキだ。一応、お前にも食う資格がなくはないだろう」
こいつも決勝トーナメント進出者だしな。
まあ、私達にとっては敵というか、ライバルだが。
剣聖は混乱しながらも、食べ物を粗末にするつもりはないらしく、無言で口を動かした。
そして、目を見開いた。
どうやら旨かったらしい。
「せいぜい、よく味わって食べろ。存分に甘味を堪能しろ。そうして、少しは肩の力を抜け。そんなガチガチでは勝てる戦いにも勝てんぞ」
剣聖はもきゅもきゅとケーキを頬張り、飲み込んだ。
素振りを再開する気配はない。
どうやら、少しは余裕が生まれたようだ。
代わりに、怪訝そうな目で私を見てきたが。
「俺にちょっかいを出して弱体化を狙っている……訳ではなさそうだな。君からは悪意を感じない。
なら、何故こんな敵に塩を送るような真似を?」
「送ったのは砂糖だが?」
「いや、そういう事ではなくてだな……」
「ハハハ! わかっている、冗談だ!」
だからと言って、特に理由もないが。
「なに、特に他意のないお節介だよ。私にはそういう癖があってな。
強いて私の利点を上げるなら、余裕のない手負いの獣と戦うよりも、噂に名高い剣聖と戦った方が、ウチのアリスにとって良い経験になるだろうってところか」
「なんだ、それは……」
まあ、あくまでも強いて言えばの理由だからな。
実際は、悩める若人にうんちく垂れるのが好きなだけだ。
それも多少なりとも興味を持った相手に限るが。
「お前がこの大会に懸ける意気込みは知らんし、剣聖としての責任うんぬんも知らん。
だが、勝ちたいなら少しは肩の力抜いて落ち着け。
自分を追い詰め過ぎてもろくな事はないからな。
わかったか?」
「あ、ああ」
「うむ。よろしい」
さて、お節介はこれくらいでいいか。
「では、私はそろそろ行く。もしもウチのアリスを倒せたのなら、その時は明日、決勝でまた会おう」
「わかった」
「ただし! アリスに対して不実な真似しやがったら殺すからな!」
「わ、わかった。安心してくれ。試合の上とはいえ、女性に過度な乱暴を働く気はない」
「ならばよろしい! では、さらばだ!」
そうして、私は剣聖に背を向けてダッシュした。
興味本位とはいえ、少し長く喋り過ぎたからな。
とっととケーキ届けてパーティーの続きだ!
「なんとも不思議な子だな……」
最後に、背後からなんか声が聞こえてきたような気がしたが、風を切りながら走る私の耳には届かなかった。
◆◆◆
明けて翌日。
武闘大会二日目にして最終日。
コロシアムは昨日以上の熱気に包まれていた。
王国の頂点(騎士を除く)を決める戦いを見るべく、昨日以上の観客がコロシアムに押し寄せ、やたら精巧で巨大な姿絵と共にデカデカと張り出された決勝トーナメントの対戦カードを見て興奮している。
それにあやかり「稼ぎ時じゃぁああ!」とばかりに、今日も出店の連中は元気だ。
そして、私も元気一杯、気力充分絶好調の状態でこの日を迎えていた。
昨日はあの後、シオンの部屋に行っても中からの応答がなく、当然鍵も閉まってたので、仕方なく玄関のドアノブにケーキの入った箱を引っ掻けて屋敷に戻った。
あの箱の中には氷も入ってたし、朝までにケーキがダメになる事もないだろうと考えて。
そして、その後はマッハで屋敷に帰ってパーティーを楽しみ、存分に孫ニウムを補給してお肌ツヤツヤである。
若干二日酔いを今日にまで引き摺ったが、それも回復薬(というよりは解毒薬。もしくは酔い止め)のおかげでスッキリ爽快!
今の私に怖いものはない!
「き、緊張してきますね……」
と、その時、一緒に来たアリスがそんな声を漏らした。
まあ、今日は昨日と違って一対一の決闘、しかも決勝トーナメントだからな。
注目度は昨日の比ではない。
アリスが緊張するのもわからんでもないわ。
「大丈夫だぞ、アリス。負けても死ぬ訳じゃないんだ。気楽に行けい」
「は、はい!」
私のフォローに対して、アリスはやはり少し硬い声で答える。
だが、実のところ、今日のアリスの事はあまり心配していない。
何せ、こう見えても、アリスのコンディションは私と同様に良好だからだ。
昨日の疲れを引き摺らず、むしろパーティーで英気を養えたのか、私と同じく気力充分。
少し緊張こそしているが、それもガチガチになるレベルではない。
そこそこに程よい緊張状態と言えるだろう。
今なら、剣聖相手に三割くらい勝ち目ありそうだ。
剣聖が昨日の状態のままなら、もう少し上がったかもしれん。
……そう考えると、余計な事した感がなくもないな。
残りの参加者であるシオンと剣聖の状態はわからん。
二人とも、今日はまだ会ってないからな。
私とアリスは既にコロシアム入りしてるが、シオンはまだ来ていない。
昨日のクソ虫戦の疲労を引き摺っていないか少し心配である。
まあ、もしそうなってても手加減はしないが。
「おーす! リンネー、アリスー! 今日も来てやったっすよー!」
「お。来たか、オスカー」
私がそんな事を考えている間に応援団が到着した。
軽く手を上げるオスカーと、その後ろに続く三人。
『英雄の剣』の三人とドレイクだ。
だが、オスカー以外の顔色が悪い。
二日酔いと見た。
ラビは気疲れだろうか?
ちなみに、スカーレットとオリビアは今日はいない。
あの二人は、さっき軽く挨拶した後、貴賓席に向かった。
というか、むしろ昨日一般の席にいた事の方が異常だったらしい。
考えてみれば、アレク達も昨日は貴賓席で観てたしな。
王族であるスカーレットと、その護衛であるオリビアだって同じ立場だろう。
スカーレット曰く、アリスとオリビアの応援の為に、昨日はちょっと我が儘を言ってみたそうだ。
そうして、オスカー達と軽く談笑を交わし、アリスの緊張も抜けてきて、ますますベストコンディションに近づいてきた辺りで、もう一人の主役がやって来た。
「悪い、待たせた」
「来たな、シオン!」
現れたシオンは、結構調子が良さそうに見える。
顔色も良いし、目の下に隈もなければ、足取りが重そうな感じもない。
昨日の疲れが完全に取れてるかはわからんが、少なくとも絶不調には見えんな。
「シオンさん、体調は如何ですか?」
「悪くはない。昨日は奴を倒した爽快感で良く眠れたしな。むしろ体が軽いくらいだ」
「ほほう。ならば、私との戦いに支障はないな。せいぜい盛大に揉んでやるから覚悟しておけ!」
今日の第一試合は、予選Aブロック勝者の私と、Bブロック勝者のシオンだ。
いきなりの激突。
むろん、友が相手であろうと容赦はせん。
青春しようぜ!
「ああ、それでいい。本気のお前を今日こそ超えてやる」
「言ったな、若造! 楽しみにしているぞ!」
私はニヤリと不敵に笑う。
シオンは闘志の籠った静かな目で私を睨み付けてきた。
ライバルっぽくて楽しいな!
「あ、シオンさん、そういえばケーキは食べましたか? 昨日、リンネちゃんが持って行った筈なんですが」
「……食べた。旨かった」
「そうですか。それは何よりです」
だが、そんな空気もアリスの無邪気な言葉で霧散してしまった。
アリス……やはり天然か。
そんなアリスも実に可愛い。
おそらく、こんな可愛さを萌えというのだろう。
この萌えの為ならば、シオンとのライバルっぽい雰囲気などいくらでも投げ捨ててくれるわ!
「アリスって、意外と空気読めないっすねー」
私が慈愛の眼差しでアリスを見詰め、シオンがため息を吐き、オスカーの言葉が虚しく響く。
そんな感じで、武闘大会二日目は幕を開けた。




