表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/85

6 天才少年の事情

「くっ……」


 シオン少年は剣を握ったまま重そうに体を引きずり、そのままどこかに行ってしまった。

 あの疲労した感じ……魔力切れか。

 私は適性がなくて、闘気以外の魔法が使えないから滅多になった事はないが、魔力を使い過ぎると体が重くなるからな。

 そして、魔法による魔力の消費量は、強力な魔法や、制御しきれない魔法を使うと加速度的に上がる。

 らしい。

 そっちは、普通の魔法が使える奴からの受け売りだが。


 それにしても、勝負が終わった後に逃げ出すとは、何事か。


「すみません、リンネちゃん。少し、一人にしてあげてください」


 追いかけようとした私の足は、ヨハンさんのそんな声に止められた。

 ボコボコにして上下関係を叩き込んだ瞬間こそが、教育のチャンスだと私の経験が叫んでいるが……その辛そうな表情に免じて見逃しておくか。

 そもそも、シオン少年の教育は、私の仕事ではないしな。


「すみません。あの子にも色々と事情がありまして……聞きますか?」

「話したいのなら聞くぞ」

「……では、聞いてもらえると助かります。リンネちゃんには知っておいてほしいので。

 あ、リンダさんは大丈夫ですか? 娘さんに結構重い話をする事になりますが……」

「気にしなくていいですよ。何事も経験です。それに、お友達になるかもしれない子の事情は知っておいた方が良いでしょう?」


 む、お友達か……。

 言われてみれば、これから同門の生徒になるんだし、私とシオン少年が関係を持つとしたら、その関係性は友達……という事になるのか?

 兄弟弟子と言った方が正しいような気もするが、ヨハンさんが師匠だと、何故かしっくりこない。

 おそらく、私の年齢的に、本格的な修行ではなく、剣術教室みたいな緩いイメージを持ってしまっているのが原因だろう。

 いや、シオン少年の様子を見る限りだと、緩くはなさそうだが。


 まあ、とりあえず友達(仮)としておくか。

 ぶっちゃけ、今までは弟子に対して接するような気持ちだったから、少し考え方が変わった。

 なら、上から目線で少年と呼ぶのもやめておこう。

 ベル達と同じく、シオンと呼び捨てだ。


「さて、どこから話しましょうか……。とりあえず、一つだけ確かな事があります。━━あの子が歪んでしまったのは、僕のせいなんです」


 そして、ヨハンさんは語り出した。

 溜まっていたものを吐き出すように、あるいは懺悔するかのように。


 あの天才少年の事情を。






 ◆◆◆






 元々、ヨハンさんはただの平民だった。

 小さい頃に華々しいパレードか何かの主役を務めていた騎士に憧れ、必死に努力して騎士学校に入学。

 そのまま厳しい授業と試験を乗り越えて、めでたく騎士になったらしい。


 まあ、騎士という職業は、英雄と同じで、誰もが一度は憧れるものだ。

 ヨハンさんがそうだったとしても、何も不思議な事はない。

 実際、ユーリなんかも、その口だしな。

 大抵はどこかで躓く、もしくは現実を見て他の職に就くものだが、ヨハンさんは憧れを貫き通せる実力があったんだろう。

 それは素直に誇って良いと思う。


 そうして、今から数年前くらいまで、ヨハンさんの人生は順風満帆だったそうだ。


 十分な教育を受けていた貴族の子女とは違い、平民で一からの叩き上げで騎士になったヨハンさんの実力は高く、騎士の中でも更なるエリートのみが入れる近衛騎士団、王族の警護を担当する部署に若くして配属(これは本当に凄い)。

 私生活の方でも、子供の頃から騎士になるという夢を応援してくれた幼なじみと結婚。

 子供シオンも生まれて、家庭も円満。

 誰もが羨む立身出世を果たし、ヨハンさんは完璧なリア充となったのだった。


「しかし……それまでの反動ですかね。そこから先は不幸が続きました」


 暗い表情でヨハンさんが言うように、その幸せは連鎖的に続いた不幸によって、いとも容易く崩壊した。


 まず、元々あんまり身体が強くなかった嫁さんが、流行り病で亡くなったらしい。

 これだけで、私はヨハンさんに心底同情した。

 私も、前世で嫁が殺された時は盛大に泣いたものだ。

 仇は討ったが、やりきれなさだけが残った。

 ヨハンさんも、そんな感じだったのかもしれない。

 ……いや、死因が流行り病じゃ、感情をぶつける先さえないか。

 ある意味では、私よりも悲惨かもしれない。


 その後、ヨハンさんは妻を失った悲しみを紛らわせるように、仕事に没頭したそうだ。

 結果としてシオンに構ってやれる時間が減り、シオンは独りになった。

 だが、シオンは中々に強い精神を持った少年だったらしく、空いた時間で剣と魔法の修行を始めたらしい。

 ヨハンさん曰く、その頃のシオンにとっては、父が立派な騎士であるという事が唯一の誇りであり、その父のようになるのだという思いだけが心の支えだったのではないかとの事だ。


「ですが……それが災いしてしまいました」


 そして、ここで更なる不幸が二人を襲う。

 シオンが一人で修行をしていた時、彼はとある少年と喧嘩をした。

 ヨハンさんが後から聞いた話によると、どうも相手の方から声をかけて来て、剣の試合みたいな事をしたらしい。

 どうやら、シオンはその頃から才能の片鱗を見せていたらしく、相手の少年を普通に打ち倒したのだとか。


 そこまではいい。

 問題はその後だ。


 あっさりと負けた相手の少年は、それが信じられないとばかりに何度もやり直しを要求し、それでも勝てずに負け続けると、今度はシオンに向かって暴言を吐き出したという。


『この僕がお前なんかに負ける筈がないんだ!』

『何か汚い手を使ったな!』

『平民上がりの息子のくせに!』


 そんな感じの事をだ。


「そこまではシオンも必死に耐えていたそうなんですが……どうも、亡くなった母親の事まで引き合いに出されたみたいで……シオンは怒って、相手の子をボコボコにしてしまったんです」

「うむ。それは切れて当然だな」


 子供の前で、死んだ親の暴言を吐くとは……私の前でやっていたら殺していたかもしれんな。

 いや、さすがの私でも子供を殺しはしないか。

 だが、確実に拳骨は飛んでいた。


「ええ、僕もそう思います。ですが、事はそれで終わらなかったんです。そのシオンが殴ってしてしまった子というのが、お忍びで城下町に来ていた、大臣職を務める公爵様の息子さんだったらしくて……」


 ああ、なるほど。

 この先の展開が読めた。


「息子を害された公爵様は激怒し、親子もろとも即刻処刑せよと言い出しました。幸い、騎士団長や同僚達が庇ってくれたので最悪の事態は免れたのですが……僕は責任を取らされて王都を追われ、辺境のこの村に左遷させられた訳です」

「なるほどな」


 権力を傘に着た横暴。

 力に溺れたクソ貴族の仕業か。

 どこまでも、ありがちな話だ。

 世直しの旅(笑)の最中に、何度出会い、何度叩き潰した事か。

 だが、潰しても、潰しても、なくなりゃしない。

 まったく、人が命懸けで救った国で、つまらない事やりやがって。


「そして、この村に来てからのシオンは、より一層修行に励んで……いや、自分をいじめるようになりました。

 誰よりも強くなって、最強の騎士になって、かつての剣神エドガーのように、今度は理不尽な権力を自分の手で斬ってやるんだと、そう言って」

「ほう」


 中々に根性があるな。

 まあ、ただ物理的に強くなれば権力を倒せると思っている辺りは、まだまだ甘い子供の考えだが、そのガッツは称賛する。

 

「僕は、無茶な修行を続けるシオンを止める事ができなかった。たとえ、復讐に近い動機でも、何か目標を持って、前を向いていてほしかった。何もさせずに、ただ落ち込ませるよりはと思った。

 ……いえ、言い訳ですね。

 僕の騎士という立場が、あの子の人生を歪めてしまった。

 それだけじゃない。妻が死んだ後、もっとシオンに寄り添っていれば。もっと、親子二人で支え合えていれば。

 そう後悔しているうちに、あの子にどう接すればいいのか、わからなくなってしまいました。あの子がああなってしまったのは、全て、僕の責任です」


 ヨハンさんはそうして、また自嘲するように笑った。


「いや、さすがにそれは自虐が過ぎると思うぞ……」

「そうね。子育てに悩む気持ちはわかりますけど、自分を責め過ぎるのもどうかと思いますよ」


 たしかに、ヨハンさんにも少しは責任があったとは思うが、一番悪いのは、どう考えても流行り病とクソ貴族だろう。

 ヨハンさんが、ここまで気に病む必要はない。

 まあ、気持ちはわからんでもないが……。

 こういう、どうにもならない時に自分を責めてしまうのは、人間のサガだしな。


「さてと」


 じゃあ、行くか。

 私は、歩いてこの場を去る。


「リンネ? どこに行くの?」

「シオンを探してくる。まだ約束を果たしてもらってない」

「……そう。行ってらっしゃい」


 母は何も言わずに送り出してくれた。

 やはり母も、このまま何もせずに帰るのはどうかと思っているのだろう。

 シオンは、このまま放置すれば確実に悪化すると、私の直感が叫んでいる。

 なら、何でもいいから話をするべきだ。

 やらずに後悔するより、やって後悔しろという言葉もある。


「ちょ!? リンネちゃん!? あの、今は一人にしてあげてほしいんですけど……」

「頭なら、ヨハンさんが長々と話してる間に冷えてるだろう。なぁに大丈夫だ。軽く話してくるたけだから。では、行ってくる!」

「ちょ……待っ……!?」


 止めようとするヨハンさんを無視して走り出す。

 ヨハンさんは追いかけては来なかった。

 母が説得してくれたのかもしれない。






 ◆◆◆






 そうして、シオンを探して村の中を走り回る事しばらく。

 昨日シオンと出会った大樹の下で、ようやく迷える少年を発見した。

 また素振りをしている。

 疲れているだろうに、本当によくやる。


「よ、探したぞ、シオン」

「…………」


 声をかけたが、シオンは無視して素振りを続けた。

 私は、必殺の切り札を使った。


「約束。私が勝ったら普通に話をしろ」

「………………何しに来た。負け犬を笑いに来たのか」


 シオンは滅茶苦茶嫌そうに、それでも約束を守って返事をした。

 うむ。

 それでいい。

 良い子だ。


「いや、笑いに来た訳じゃないぞ。少し話をしに来ただけだ」


 よっこらしょっと。

 私は大樹に背中を預け、胡座をかいて座った。


「さて、お前が強さに固執する理由はヨハンさんに聞いた」

「……父さん。余計な事を」


 シオンの顔がますます不機嫌そうに歪む。

 まあ、ヨハンさんも苦しんで、誰かに吐き出したかったんだろう。

 許してやれい。


「で、そんなお前に改めてアドバイスだ。……もう少し周りを省みてみろ。強さだけで騎士は務まらないぞ」

「お前に何がわかる」

「わかるさ。他の誰よりもよくわかる」


 当然だろう。

 何故なら、


「━━私は、剣神エドガーの生まれ変わりだからな」


 両親にしか明かしていない、私のトップシークレットを教えてやった。

 同門のよしみ、そして同情からの特別処置だ。

 

「……ふざけてるのか?」

「失礼な。大真面目だ」

「なら、父さんにでも見てもらえ。あの人は治癒の魔法が使える」

「頭の痛い奴とでも言うつもりか!」


 まったく、失礼極まりない奴だ!

 真実を話して損した!


「ゴホンッ! で、そんな元剣神からのアドバイスだ。ありがたく聞いておけ」

「治癒の魔法は頭にかけてもらえよ」

「いいから、黙って聞け!」


 話の腰を折るな!


「……私は、昔から頭を使うのが苦手だった。強さだけが取り柄だった。今のままだと、お前は昔の私みたいになるだろう」

「…………」

「だが、私とお前で決定的に違う事がいくつかある」

 

 私は、人生の後輩に諭すように言った。

 今だけは、友達(仮)としてではなく、元剣神として、人生の先輩として語る。


「まず、お前と違って、私には到らぬところを補ってくれる仲間がいた。支えてくれる奴がいた」


 同僚、上司、部下、そして嫁だ。

 本当に良い奴らだった。


「それに私は元剣神。そして救国の英雄だ。ちょっとやそっとでは揺るがないだけの立場と実績があった」


 ちょっと騎士としての仕事をサボっても、貴族としての仕事を放り投げても、決してクビにはならなかったしな。


「だが、お前にはそれが両方ともない。強さだけだ。そして、強さだけでは剣神エドガーのようにはなれない。お前が憎む権力に打ち勝つ事はできない」

「…………なら、どうすればいいんだ」


 ポツリと、小さな声で呟かれた言葉。

 まるでヨハンさんのような、弱々しい声だった。


「努力すれば、強くなれば、エドガーみたいになれると思ってた。でも、違うんだろう?

 それに、俺はあんなに努力したのに、年下の女一人に勝てなかった。お前に負けた。俺は、弱い。……どうすればいいんだよ」


 シオンは……泣いていた。

 涙を流しながら、剣を振り続けていた。


 ……案外、これがこいつの素顔なのかもしれない。

 がむしゃらに努力して、目標に向かっていないと自分を保っていられない、強がっていただけの子供。

 自分の強さという寄る辺(よるべ)をへし折られて弱気になった、ヨハンさんに似て精神の弱い、ただの子供。

 天才なんかじゃない、ただの悩める少年。


「だから何度も言ってるだろう。憧れの剣神様のアドバイスはちゃんと聞け」


 そんなシオンに、私は手を差し伸べる。

 同門のよしみと同情、そして私自身のエゴの為に。


 この国は、私と私の仲間達が命懸けで守り抜いた国だ。

 だからこそ、そこに暮らす連中には、つまらない事で不幸になってほしくない。

 できるなら、平和に、幸せに暮らしてほしい。

 そっちの方が、守って良かったと思えるから。

 その為に、私は世直しの旅(笑)とかやっていたのだから。


 そんな、私の勝手な理屈だ。

 偽善でしかない。

 それでも、そんな偽善でも救えるものはあると、私は信じている。


「どうすればいいんだ、だったか? 解決はできなくても、改善するのは意外と簡単な問題だぞ」

「………どうすればいいんだよ?」

「何、本当に簡単な事だよ。まずは私と……」


「あーーーーーー!」


 その時、私が悩める少年を救い出すという感動的なシーンに邪魔が入った。

 突然聞こえてきた大声の方に顔を向けると、そこには案の定、見知った顔が。


「ベル……」

「リンネ! お前、こんなところで何してんだよ!? 今日は家の仕事を手伝うとか言って、俺の誘いを断ったくせに! 

 それに、そいつ昨日のいけすかねぇ奴じゃねぇか! どういう事だ!?」

「お前……ホントに空気読め」

「何の話だよ!?」


 はぁ。

 何故、こんな事になったのやら。

 ん?

 いや、待てよ。

 これは……むしろ、チャンスじゃないか?

 よし。


「ベル。私はある人に正式に剣術を習う事にしたんだが、お前も一緒にどうだ? その人に付いて行けば英雄になれるかもしれないぞ」

「詳しく」

「おい! お前、何のつもりだ!?」


 ベルは一瞬で真剣な顔になり、今度はシオンが噛みついてきた。

 なに、簡単な話だ。


「シオン、さっきの話の続きだ。━━まずは私と友達になれ。あと、このベルともな」

「「はぁ!? なんでこいつと!?」」


 ベルとシオンの声が見事に被った。

 それが気に食わなかったのか、二人で睨み合いを始めた。

 なんだ、意外と仲が良いじゃないか。

 喧嘩する程、仲が良いというやつだろう。


「友達が出来れば、色々と変わるだろう」


 友達を作る事が、周りを省みる事の第一歩だ!

 そうすれば、本当に昔の私みたいになれるかもしれないぞ?

 ついでに、こっちも大分ひねくれてるベルの矯正になれば、一石二鳥だ。


 私は、未だに睨み合う二人を見て、これなら大丈夫そうだと満足し、とても晴れやかな気分で笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ