66 大会初日の夜
『お嬢様! 決勝トーナメント進出おめでとうございます!』
パァーーン!
私達がナイトソード家の玄関を潜った瞬間、使用人軍団のそんな声と共に大量のクラッカーが炸裂し、紙吹雪が私とアリスを包み込んだ。
見れば、玄関ホールには盛大な飾り付けと『アリスちゃん おめでとう!』と書かれた垂れ幕。
花束を持ったアレク。
その隣で微笑むユーリ。
キラキラした目でアリスを見るイグニ。
誇らしそうなマグマに、優しい目をしたマルティナ。
って感じで準備万端だった。
なるほど。
祝勝会を試合直後じゃなくて夜にしたのはこの為か。
おそらく、アリスが勝ったのを見届けてから大急ぎで準備したに違いない。
負けた場合は、慰労会になっていたのだろうな。
そして、本日の主役であるアリスは、まさかここまで盛大に祝われるとは思ってなかったのか、唖然とした後、真っ赤になっていた。
そんなアリスも可愛い。
まあ、それは良いんだが。
「おう、お前ら。同じく決勝進出した私への祝いの言葉はなしか?」
「え? 祝う必要ありますか?」
「当たり前の結果だもんな」
「大人げなく暴れといてよく言うわー」
「むしろ、負けてたら盛大にネタにできたのに」
『だよねー』
「よし、お前らの考えはよくわかった。そこに直れ!」
怒りに支配された私は、荒ぶる鷹のポーズを取りながら使用人軍団に突撃し、一人ずつシメていく。
いつもの事ながら、元主に対する敬意が足りぬわ!
一回昇天してから反省しろ!
そうして私が使用人軍団をシメ上げていた時、アリスの方は待機してたアレクとユーリに花束を渡されていた。
私の事は完全スルーだ。
最近はアリスも、このノリに慣れてきた感じがする。
「アリス、決勝トーナメント進出おめでとう。よく頑張ったね」
「闘気も上手く使えていたし、秘密特訓の成果が出たようで何よりね。明日もこの調子で頑張りなさい」
「……はい! ありがとうございます、お父様、お母様!」
フリーダムな私を見て緊張が解けたのか、アリスは真っ赤な顔から一転、自然な笑顔で満面の笑みだ。
感無量って顔してる。
やはり、尊敬する父と母からの称賛の言葉は別格の喜びか。
おじいちゃんとして若干悔しい気持ちがないでもないような気がするが、それ以上に孫家族の仲が良好なのが微笑ましい。
私は、使用人軍団の一人にアームロックを決めながら、ほっこりした。
「アリス! すごかったぞ!」
「水蓮も完全にものにしたな。教えた甲斐あったぜ」
「お見事でしたよ、アリスさん」
「ありがとうございます!」
そして、マグマ一家もアリスに祝福の言葉をかける。
その時、イグニがアリスに抱きついていた。
ま、孫と孫による夢のコラボレーションだと!?
ここは天国か!?
あまりに眼福な光景を見て私が固まった隙に、使用人軍団は私の拘束から抜け出し、思い思いの祝福の言葉をアリスにかけに行った。
その内、どこで用意したのかわからない巨大ケーキが切り分けられ、会場は和気藹々とした空気に包まれる。
私も使用人軍団を寛大な心で許してやり、アリスの側に突撃して存分にハシャいだ。
メアリーにケーキを貰い、トーマスが持ってきた酒をかっくらう。
未成年の飲酒は体に悪いって事で前世以来禁酒してきたが、今日だけは特別だ!
何?
ハメを外し過ぎて明日の試合は大丈夫なのかって?
大丈夫だ! 問題ない!
いざとなったら回復薬の世話になるわ!
「アリスー! 明日の初戦は剣聖だな! あんな奴ぶっ倒して決勝で私と会おう!」
「あはは……できる限り頑張ります」
「む! 弱気はいかんぞー! 大丈夫だ! 見たとこ、今の剣聖は先代に比べてまだまだ未熟! アリスにも充分勝ち目がある!」
「……具体的にはどれくらいですか?」
「二割!」
「低い……」
何を言うか!
二割なら充分持ってこれるぞ! 勝利を!
実際、私が魔帝と戦った時なんて、勝率一割もなかったからな!
あのクソ野郎、腹立たしい事に、純粋な強さだけなら全盛期の私以上だもんよ。
まあ、そんな化け物を倒したからこそ、私が歴代最強の剣神と呼ばれてる訳だが!
「アリス、リンネさんの言う事はあまり気にしなくていいよ。これは実戦じゃなくて試合なんだ。強者の胸を借りるつもりでドンとぶつかればいい」
「お父様」
む!
アレクがなんか良い感じの事言ってる!
だが!
「いーやーだー! アリスに胸を貸すなら私が貸したいぞ! そうだ! 今貸してやろう! ぎゅー!」
「わっ!? ちょ!? リンネちゃん!?」
アリスを思いっきり胸の中に抱き締める!
私の絶壁に顔を押し付けられて、アリスが若干苦しそうだ。
ぬう!
初めて巨乳になりたいと思ったかもしれん!
と、その時、こっちをドン引きして見てるイグニと目があった。
そんな目で見られると、おじいちゃん悲しい!
よし!
お前も仲間に入れてやろう!
「イグニー!」
「やめろぉおおおおお!」
ジタバタと暴れるイグニを、アリスと一緒に抱き締める!
孫二人が私の胸の中に!
ここは極楽に違いない!
なんか頭もポワポワして気持ちいいし、間違いないな!
「うへへへへへ!」
「はなせ! はなせ!」
「い、イグニちゃん!? 暴れないで!?」
しーあーわーせーだーぞー!
笑いが止まらぬ!
「……リンネさん、完全に出来上がってるね」
「そうね。どれだけ飲んだのかしら。しかも、笑い上戸は昔のままだわ」
「いえ、今日はそんなに飲まれてはいない筈なのですが……」
「もしかしたら、体が変わった影響で、お酒への耐性がなくなったのかもしれませんね」
『あー』
「ふふ。リンネ様は楽しい人ですね」
「って、言ってる場合じゃねぇだろ!? とりあえず救助だ! 止まれ! この暴走爺!」
む!?
マグマが私の腕を二人から引き剥がしながら、巨体を活かしてつまみ上げおった!?
この至福の一時を邪魔するかマグマ!
許さん!
成敗してくれる!
「ローリング間接捻り!」
「いだだだだだだ!? 無駄にアクロバティックな間接技仕掛けてくんじゃねぇ!」
片腕を速攻でマグマの拘束から外し、もう片方の腕を掴んでいるマグマの腕を体全体を使って捻り上げ、そのまま肩に足を当てて拘束!
前世ではできなかった、圧倒的体格差を活かした技だ!
存分に味わうがよい!
だが、そんな事をしている隙に、イグニはマルティナの後ろに隠れ、アリスにも苦笑しながら距離を取られてしまった。
ああ!?
私の至福の一時が!?
「隙ありだ! やれ、ユーリ!」
「はぁ……アイスボール」
「もがっ!?」
絶望で力が抜けた隙にマグマに首根っこ掴まれ、ユーリに氷の弾を口の中に叩き込まれた。
そして、その氷はすぐに溶け、水となって私の腹の中へと流れ込む。
胃の中に溜まっている酒の濃度が下がったような気がした。
幸せな気分が薄れていくぅううう!
「ハッ!? 私は何を!?」
「どうやら落ち着いたようね」
「ったく、手間掛けさせやがって」
「……なんか久しぶりに見たなぁ、これ」
弟子どもが疲れた顔で私を見ている。
なんだ、その目は?
そして、使用人軍団は仕方ない奴を見るような目で私を見ている。
だから、なんだ、その目は!?
アリスも苦笑してるし、イグニは膨れてるし、マルティナはとても優しい目()で私を見てる。
味方がいない!?
「リンネ様」
「……はい」
そんな中、皆を代表するようにメアリーが前に出てきた。
何故か怖い。
「とりあえず、しばらく禁酒です」
「……はい」
その言葉に、私は粛々と頷くしかなかった。
◆◆◆
その後、私はパーティーで騒ぎを起こした罰として、同じく決勝トーナメント進出した上に、因縁のクソ虫にトドメを刺してくれたシオンにケーキを持っていく役目を押し付けられた。
要するにパシリである。
あいつらめ!
元主を顎で使いおって!
まあ、ないとは思うが、またカゲトラみたいな奴が出てきたらと思うと、他の奴ら(弟子どもを除く)が夜道を出歩くのも危ないし、別に構わないんだが。
それはそれとして、なんかむきゃつく。
そんな感じで、まだ少し酒の残った頭で、シオンのいる学生寮への道を行く。
早く帰ってパーティーの続きがしたいから駆け足だ。
その結果、 ケーキが崩れてしまっても、私は知らぬ存ぜぬで通す。
だが、まあ、最低限の配慮はしてやろう。
できるだけ崩れないように、少しは気を使ってやる。
そして、学校の敷地内へと到着。
門番に軽く挨拶して学生証を見せてから、閉じられた門を飛脚で軽く飛び越え、男子寮の方へと走る。
シオンの部屋はわかってるから問題ない。
何せ、私が初登校した時はシオンの部屋から通ったんだからな。
あの時は、入学直後に勃発したアレクとのバトルで忙しかった私に代わり、マーニ村から持ってきた私の荷物をシオンが寮(の自分の部屋)に運んだんだった。
どうせなら私の部屋に運んどけと思ったが、それが転じてあいつの部屋の位置を掴めてるんだから、何が幸いするかわからんものだ。
尚、男子寮は女子禁制だが、そんな細かいルールを気にする私ではない。
そうして、シオンの部屋へと向かって走っていた、その時。
「9975! 9976!」
「ん?」
男子寮の近くから、そんな掛け声が聞こえてきた。
同時に、ヒュッ、ヒュッ、という風切り音が聞こえる。
聞き覚えのありまくる音だ。
十中八九、素振りだろう。
……なんかデジャブだな。
シオンと初めて会った時を思い出すわ。
そのシオンにケーキを届ける途中で聞こえてくるとは、なんともタイムリーな。
そのタイミングの良さ故に若干気になった私は、音の発生源に向かってみた。
すると、そこには一心不乱に剣を振り回す藍髪の青年の姿が。
おっと、予想外の奴が出てきたな。
剣聖じゃねぇか、あれ。
ここで見かけたのも何かの縁だし、祭りを盛り上げる為にも、宣戦布告の一つでもしてやろうか?
私は酒が少し残って浮わついた頭でそう考え、深く考えずに実行に移した。
気配を消して剣聖の背後へと回り込む。
そして……
「9997! 9998! 9999! 10000! ……ふぅ」
「わ!」
「ッ!?」
切りの良い数字で素振りをやめた剣聖に向かって、耳元で突然大声を出してビックリさせてやった。
この行動に特に意味はない。
なんとなく、ちょっかい掛けたい気分だったのだ。
「何者だ!」
その直後、剣聖は後ろの私に向かってノータイムで剣を振るってきた。
うむ、さすがに良い動きだ。
まあ、いくら私に敵意も殺気もなかったとはいえ、あの程度の隠形に気づかず背後を取られた時点で未熟だがな。
そして、とりあえず、剣聖の剣撃は間合いを詰めて腕を抑える事で止めておいた。
「!?」
「良い動きだな。さすがベルを倒しただけの事はある」
「き、君はAブロックの……!」
お、覚えてたか。
いや、まあ、普通に考えれば、同じ決勝トーナメント進出者の顔くらいは覚えてるか。
だが、一応は自己紹介をしておこう。
「如何にも! 私はAブロックの覇者! S級冒険者にして騎士学校一年生『天才剣士』リンネだ! よろしくな!」
目元にピースサインを作りながら堂々と名乗りを上げた私を、剣聖は困ったような目で見つめていた。




