63 予選Cブロック
「……ホント、最近のガキどもはどうなってんだ。ガキ同士の戦いじゃねぇだろ、これはよ……」
シオンとクソ虫の激戦が終わった瞬間、ドレイクがポツリとそんな呟きを漏らした。
S級冒険者であり、私から見ても英雄の域に届いていると思わせる相当の強者であるドレイクが、思わずと言った様子で溢した言葉。
私はそれに内心で同意した。
前世の私が子供の頃もあんな感じだったような気がするが、それはそれ、これはこれだ。
とにかく、歴戦の強者である私やドレイクが認める程、シオンとクソ虫の戦いは凄まじかった。
片や、かなり荒いとはいえ、ライゾウの大技と、まさかの神速剣をこの短期間で習得してきたシオン。
片や、そのシオンを相手に真っ向から互角に戦ってみせたクソ虫。
本当に、子供同士とは思えない素晴らしい戦いだった。
この国の最精鋭たる騎士ですら、これ程の戦いができる奴が何人いるか。
これで、この戦いを演じた片割れがクソ虫でさえなければ、手放しで称賛してスタンディングオベーションしていただろう。
「さすがは俺のライバルだな! そうじゃないと張り合いがないぜ!」
「いや、これ絶対ベルじゃ勝てないっすよ。シオン強くなりすぎ笑ったっす」
「やってみなけりゃわかんねぇだろうがぁ!」
「べ、ベルくん、暴れないで!?」
ベルがオスカーに噛みつき、ラビが必死に宥めるのを無視しながら、私はこの場で最もこの勝利に興奮してる奴に目を向けた。
言わずもがな、スカーレットである。
「シオンさん……! 本当に、本当によくやってくれましたわ!
前回大会優勝のフォルテが予選敗退、これは大きな大きな隙ですわ!
この隙を突いて必ずや失脚させてみせます!
覚悟していなさい!」
「ス、スーちゃん、落ち着いて」
「スカーレット様、お喜びのところ申し訳ありませんが、あまりそのような事を大声で叫ぶのはいかがなものかと」
「……そうですわね。わたくしとした事が失敗でしたわ。以後、気をつけます」
どうやら落ち着いたようだ。
しかし、さっきのスカーレットは獲物を確実に仕留める猛禽類のような目をしていたな。
実に頼もしいが少し怖い。
敵に回したくないわ。
この私にそこまで思わせるとは、こいつこそが最強なのではないだろうか?
と、そんな事を考えている間に、本日のMVPであるシオンが帰還してきた。
「やったな、シオン!」
私は因縁に決着をつけ、観客席へと凱旋したシオンの背中を思いっきり叩いた。
そうしたら、シオンが倒れた。
背中を叩いた衝撃のままに体が傾き、客席の椅子の角に頭をぶつけて昏倒した。
打ち所が悪かったのか、頭からは血がドクドクと流れている。
あ、なんかビクビクと痙攣し出した。
ヤベェ。
「シオン!?」
「シオンさん!?」
「シオンくん!?」
慌てて、アリスとラビが倒れたシオンに治癒をかけていく。
それで、とりあえず血は止まったし傷も治った。
だが、意識は戻らない。
……これ、私のせいか?
心なしか、他の連中の私を見る目がジトッとしてる気がする。
「ま、まあ、シオンはぶっ倒れる程、死力を尽くして戦ったという事だな!
今はゆっくりと寝かせてやろう!」
誤魔化すようにそう言うも、皆のジト目は変わらなかった。
ぬぬぬ……。
「すみませんでした」
「嬢ちゃん、それはシオンの坊主に言ってやれ」
「リンネちゃん、シオンさんの看病はリンネちゃんがしてくださいね」
「はい……」
そうして、私はシオンの看病をさせられる事となった。
正直、こういうのは得意じゃないんだが。
とりあえず、受付までダッシュして雑巾を貰ってきた。
それで、シオンから溢れ出した血を拭き取り、客席の椅子をベッド代わりにしてシオンを寝かせる。
……というか、これもう医療室にぶち込めばいいのでは?
いや、もっと重症な奴が大量にいるからダメか。
それに、この状況でそれを言い出したら、また顰蹙を買いそうだ。
「……ベッドが固そうですね」
「そりゃ、椅子っすからねー」
「せめて、枕の変わりとかあれば……」
なんか、ラビが枕を探し始めた。
そんなもんは誰も持ってきてないと思うが。
「お、そうだ。嬢ちゃん、膝枕でもしてやったらどうだ?」
「はぁ!?」
「あら、良いですわね。リンネさん、お願いいたしますわ」
ドレイクの血迷った発言に、スカーレットが賛同した。
こ、こいつら!?
完全に楽しんでやがる!
「そうですね……リンネちゃん、お願いします」
「ア、アリス、お前もか!?」
いや、この目は……大真面目に言っている!?
アリス!?
お前は、もしかして天然なのか!?
ぐぬぬ。
しかし、アリスに言われては断れない。
仕方なく、本当に仕方なく、私はシオンの頭を自分の太腿の上に乗せた。
うえぇ……気色悪い。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!」
「笑うなぁ!」
「わ、笑っちゃだめだよ、二人とも……」
案の定、ベルとオスカーに爆笑された。
ラビも、笑う二人を諌めるだけで、助けてくれる様子はない。
ドレイクとスカーレットも面白そうにニヤニヤするだけだし、オリビアは背景に戻っている。
アリスに至っては、真顔で「よし」とか呟いていた。
やはり、天然か!?
そんなアリスも可愛いが、今だけはやめてほしい!
「ドレイク! 代われ!」
「ここで俺を指名するとか、嬢ちゃんは鬼か?」
私だって、中身的にはお前と大差ないぞ!
爺だからな!
「嬢ちゃん、シオンの坊主は頑張ったんだ。なら、せめて女の子の膝枕くらいの役得はあってもいいんじゃねぇか?」
いや、そんな真顔で言われても……。
シオンは私の正体知ってるし、これ意識戻ったら余計に体調崩すんじゃないか?
実際、私はとっても気持ち悪い。
それなら、もうドレイクでもいいんじゃ……
『これより、予選Cブロックを開始します。
選手の皆様は、控え室に集合してください』
「お、出番っすね」
「では、行ってきます」
そんな事を考えている間に、リングの修復が終わって、Cブロック開始の時間がやって来た。
そして、出場者であるオスカーとアリスが席を立つ。
しかし、アリスは去り際、
「リンネちゃん、くれぐれもシオンさんをお願いしますね」
「……はい」
私にしっかり釘を刺して行った。
くっ!
これでは、膝枕をやめるにやめられんではないか!
ここは地獄か!?
そして、私の苦労など知らぬとばかりに、Cブロックの戦いは始まったのだった。
◆◆◆
シオンの頭を膝に乗せながら、Cブロックの戦いを見物する。
戦いが始まってから数分。
未だに大きく動く選手はいない。
まあ、普通はそうなるわな。
バトルロイヤルで目立てば袋叩きに合うのは目に見えている。
Aブロックの私や、Bブロックのクソ虫が異常だっただけだ。
私の視線の先では、アリスがあまり目立つ事なく、それでも確実に活躍していた。
自分の長所をちゃんと理解し、守りとカウンターに徹して、向かって来た連中を確実に倒している。
バトルロイヤルでは最善に近い戦い方だろう。
さすが、アリス。
一方、オスカーもまた、意外な事にあまり目立っていない。
あいつの事だから、開幕直後にクソ虫みたいなド派手な魔法でもぶっ放つかと思っていたんだが、予想に反してかなり堅実に戦ってる。
やはり、本来の装備である弓が使えないのは痛いという事だろうか?
今のところ、風魔法の移動補助使ってチョロチョロしてるだけだな。
そんな感じで、先の2ブロックと違って、至極真っ当な戦いが展開されているCブロック。
だが、やはりというか、このままでは終わらなかった。
とある一団の行動を切欠にして、試合が動く。
「「「フォルテ様の仇!」」」
「え!?」
突然、とある三人組がアリスに襲いかかった。
どこかで見た事あるような気がするが、思い出せない。
でも、台詞を聞いただけで、こいつらは私の敵だという事はわかった。
「ああ。誰かと思えば、フォルテの取り巻きですわね」
スカーレットの呟きを聞いて、ああ、そういう奴らもいるのかと納得した。
クソ虫の取り巻き。
蛆虫か何かだろうか?
「強いのか? あいつら」
「あら? リンネさんは、あの三人と面識があった筈ですが?」
「いや、知らんぞ、あんな連中」
なんで、私があんな蛆虫どもと面識を持ってる事になってるんだ?
「ほら、あれですわ。フォルテとリンネさんが初めて会った時にいた」
「む?」
クソ虫と初めて会った時?
奴を初めて見たのは、確か食堂でアリスに絡んできた時だよな。
あの時に……ああ、そういえばいたような気がする。
取り巻きっぽい小虫が三匹。
私の殺気に怯えて失禁しそうになってた奴らだ。
影が薄すぎて、今の今まで完全に忘れていた。
「思い出しましたか?」
「一応な。クソ雑魚だという事くらいしか知らんが」
「それだけわかっていらっしゃれば十分ですわ。あの程度の連中、アリスの敵ではありませんもの」
スカーレットの言う通りだな。
事実、リングの上では、アリスが華麗に踊るかのように小虫三匹の攻撃を完璧に受け流していた。
そして、何発もカウンターを当てている。
だが、小虫三匹は意外にしぶとい。
場外に吹き飛ばされそうになっても、ゴキブリのようなしぶとさでリングにへばりついている。
さっきのクソ虫といい、何気に根性あるな。
そして、このままでは絶対に勝てないと悟ったのか、小虫三匹は作戦を変えた。
「フレイムバースト!」
「アクアブラスト!」
「サンドストリーム!」
三匹ががりで、かなり強力な魔法を放ってきた。
消耗を考えていないのか、その魔法の威力は、三匹合わせればシオンと同じくらいには高い。
だが、逆に言えばその程度。
アリスには通用しない。
「ウォーターベール!」
高速回転する水の防壁がアリスを包み、それが小虫達の魔法を完全に防ぎきった。
シオンとアリスだと、剣術の腕はシオンが上だったが、魔法の腕はアリスの方が上だ。
そのシオンと同程度の魔法を、何の工夫もなく正面から撃った程度で、ウチの孫は倒せない。
さすが、アリス。
カッコ可愛い。
「クソッ! これでも通用しないか!?」
「こうなれば!」
「最後の手段だ!」
「「「お前達! やってしまえ!」」」
『ハッ!』
小虫三匹が号令を発した瞬間、リングのあちこちで戦っていた騎士候補生の一部が、一斉に集まってアリスを狙い出した。
これは……!?
「スカーレット! これは、どういう事だ!?」
「彼らはフォルテの派閥の者達ですわ。思ったよりCブロックに集中していましたのね」
呑気に言ってる場合か!?
アリスに向かって行ってるのは、Cブロック出場者の半数近く。
これが雑魚ばかりならアリスの敵ではないんだが、中にはそこそこ強そうなのも交ざってる。
多分、三年生だろう。
騎士学校卒業間近、つまり騎士一歩手前の手練れだ。
そんなのが徒党を組んで襲ってくれば、アリスといえども勝ち目は薄い!
「アリス様、悪く思わないでください!」
「くっ……弱みさえ握られていなければ!」
「申し訳ない!」
なんか、その中の半分以上は嫌々やってるみたいな感じだが、それでも攻撃の手は止まらない。
「アリス!」
思わず、私はアリスの名前を叫んでしまった。
しかし、アリスは私の心配とは裏腹に、毅然とした態度で大軍に立ち向かって行く。
そうして、アリスとクソ虫派閥との戦いが始まった……かに思われた。
だが、事態は私の予想の斜め上へと動き出したのだ。
「アリス様をお守りしろ! 我らが天使に奴らを近づけさせるな!」
『おおおお!』
突然、出場者のもう半数が、クソ虫派閥の奴らに襲いかかった。
こっちも、全員が騎士候補生だ。
しかし、こっちの奴らはクソ虫派閥と比べて、やる気に満ちている。
それこそ、狂信的な何かを感じるレベルで。
「スカーレット……これは、どういう事だ?」
「彼らはアリスの信奉者ですわ。こっちも思ったよりCブロックに集中していたようですわね」
信奉者……そういえば、アリスに熱い視線を向けてくる奴らがたまにいたような。
そうか。
ファンクラブだったのか。
アリスは人気者だなぁ。
これは……良い事なんだろうか?
私が微妙な気持ちになっている間に、試合は大きく動いていた。
今までは正統派のバトルロイヤルだったのに、今では宗教戦争の如き様相を呈して、クソ虫派閥とアリスのファンクラブがぶつかっている。
そして、僅かに交ざった外部の選手が、漁夫の利とばかりに派閥を問わず襲撃するのだ。
オスカーとかがそうだな。
あ。
「くそ! 忌々しき狂信者どもめ!」
「お前ら! 負けたら承知しないぞ!」
「負けたらどうなるか、わかってんだろうな!」
「トルネードブラストっす!」
「「「ぐわぁあああああ!?」」」
オスカーの横槍で、小虫三匹が吹っ飛んだ。
そして、試合は司令塔不在のままカオスに突入していく。
渦中の人物である筈のアリスですら呆然としていた。
無理もない。
そのまま試合は進み、両陣営がかなり疲弊したところで、今まで力を温存していたらしいオスカーが台風のような魔法で全てを吹き飛ばし、
残っていた連中も相討ちのような形で倒れて、最終的にはオスカーとアリスの一騎討ちとなった。
「じゃあ、行くっすよ!」
「な、なんだか未だに混乱してるんですが……でも、勝負なら受けて立ちます!」
そうして、アリスとオスカーの一騎討ちが始まった。
アリスは、相手が後衛の弓使いと見て、今までの迎え撃つ構えから一転、攻勢に出た。
対して、オスカーは距離を取りながら風の魔法で迎撃する。
「ソニックアローっす!」
「守ノ型・流!」
しかし、魔法はアリスの剣に受け流される。
だが、アリスもまたオスカーとの距離が縮まない。
ならばと水の魔法で狙撃するも、当たらない。
単純にオスカーが速いのだ。
クソ虫と同じ風纏いの魔法を使って、オスカーは自分の速度を上げている。
それに、あいつだって元近衛騎士の教えを受けた身。
移動速度を上げる歩法、飛脚くらいなら使える。
「速いですね……だったら!」
お。
アリスの背後に、水で出来た羽が現れた。
どうやら、あれを使うつもりらしい。
「飛脚・水蓮!」
水の推進力によって、瞬間的に速度をはね上げる技。
前に見た時よりも、随分安定している。
私が見ていないところでも、修行をかかさなかったらしい。
さすが、アリス。
頑張り屋さんだ。
「うわ!? なんすかそれ!?」
オスカーは初見の技に驚愕しながらも、なんとか避けていた。
あいつも、昔よりも動きが良い。
やはり、私達と別れてから成長したようだ。
だが、攻撃を外したアリスは、すぐに羽の向きを調整して進行方向を変えた。
もう完全にあの技を物にしている。
マグマよりも上手く使ってるんじゃないか?
「ひぇえ!?」
しかし、それでもオスカーは避ける。
悲鳴を上げながらも避けて、避けて、避けきった。
やがて、アリスの魔法が解けて、仕切り直しとなった。
「……お強いですね、オスカーさん。本来の武器を持たずにこれなんて、本当にお強いです」
「そりゃどうもっす。ま、一応はA級冒険者なあたしをなめるなって事っすよ」
「そうですよね……わかりました。できればこの技は決勝トーナメントまで秘密にしておきたかったんですが、オスカーさんに敬意を表して使わせていただきます」
ん?
そう言ってアリスが、より一層真剣な顔になった。
まだ奥の手があるのか?
「行きます! ━━闘気!」
「なっ!?」
なんだと!?
オスカーと一緒に私も驚愕した。
アリス、お前いつの間に闘気を!?
凄まじい成長速度!
やはり、アリスはシオン並みの天才だ!
さすが、我が孫!
抱き締めて褒めたい!
褒め称えたい!
「この状態で行きます! 飛脚・水蓮!」
「ちょ、ちょっと待っ……ぐえっ!?」
そして、決着。
哀れ。
オスカーはアリスの奥の手の前に散った。
試合終了を告げる銅羅の音が鳴り響き、放送者がアリスの勝利宣言をする。
こうして、予選Cブロックの戦いもまた終結したのだった。




