60 予選Aブロック
この大会において、相手選手の殺害は禁止されている。
当然だな。
前途ある騎士候補生を、こんな所で殺す訳にはいかない。
故に、武器は真剣の使用が禁止され、コロシアムが貸し出す木製の武器を使う。
オスカーとかに不利なルールだ。
さすがに木製の矢は用意されてないからな。
多分、あいつは弓矢なしで戦う事になるだろう。
そういう訳で、私も木剣を片手に、コロシアム中央に設置されたリングの上へと向かった。
このリングから落ちたら場外負けだ。
あと、失神とかして戦闘不能になったと判断された者は、リングの外に待機してる魔法使いの手によって救出される。
敗北者に優しい仕様だな。
ちなみに、このリングの周りにも、当たり前のように結界が張られている。
これなら、私も思う存分、暴れられるな。
スタスタと、リングの中心に向かって歩く。
その途中で、私を知らないっぽい一般参加の兵士や冒険者が奇異の視線で見てきたが、軽く無視する。
まあ、気持ちはわかるがな。
こんな小さな女の子が大会に参加してるのは不自然だし。
そういえば、小さい頃の弟子どもをこの大会に放り込んだ時も、周囲が似たような反応してたな。
結果は、三人全員が決勝トーナメントに進んだ上に、当時10歳のアレクが満身創痍ながらも優勝したんだったか。
懐かしい。
『それでは、これより予選Aブロックを開始します! 5、4、3……』
そんな事を思い出している間に、開始までのカウントが始まった。
そして……
『2、1……試合開始!』
グワーン! と再び銅羅の音が鳴り響き、遂に試合が始まった。
さて。
では、初撃を盛大に決めてやるとしよう!
「飛剣━━」
私は木剣に闘気を集め、片足を軸に、もう片方の足を地面に擦り付けながら、クルリと回転し、横薙ぎに木剣を振り抜いた。
「大嵐!」
『ぐぁあああああ!?』
リング中央から発せられた衝撃波によって、多くの選手達が吹き飛ぶ。
さすがに、この大会に出てくる腕自慢だけあって半数も削れなかったが、武闘大会の始まりを告げる一撃としては十分に派手だろう。
この一撃で、私の周囲から人が吹き飛び、リング中央に空白地帯が出来た。
残った選手達は私の先制攻撃に警戒し、観客達は驚愕して、コロシアムは静まりかえる。
そして私は、そんな空気をぶち破るように、剣を空に向けて高々と掲げながら、堂々と宣言した。
「私はリンネ! S級冒険者『天才剣士』リンネだ!
さあ、戦士達よ! 全員まとめてかかって来るがいい!」
放送の魔道具にも負けない大声。
闘気で喉を強化して発したこの台詞を聞いて、選手達が目の色を変えた。
「S級冒険者……あんな小さな子が」
「舐めた真似してくれやがって、カッコいいじゃねぇか」
「相手にとって不足なし」
「噂の新入生か。先輩として負けていられないな」
それぞれが、それぞれの理由で闘志に火を付け、私を囲って好戦的に睨みつける。
そして……
『行くぞ!』
示し会わせたかのように、一斉に襲いかかってきた。
「食らえやぁ!」
まず最初に接近してきたのは、筋骨隆々で大剣(木製)を振りかぶった大男。
おそらく、腕自慢の冒険者だろう。
それとほぼ同時に、大男含めて前方から四人、後方から三人。
加えて、横からいくつもの魔法が飛んできた。
「よっ」
私は大男の大剣を横にズレて避け、そのまま上空へ向かってジャンプ。
飛び上がる時、ついでのように大男の顎を木剣で打ち抜き、失神させる。
そして、ジャンプした事によって魔法を避けた。
そのまま飛脚を使って急降下し、着地と同時に、意識を失って倒れそうになっていた大男の脚を掴んで振り回す。
即席の鈍器によって、回りの選手達を殴り飛ばして場外に押し出し、最後には手を離して大男も場外へと放り投げた。
『なっ!?』
「どうした、どうした! その程度か!」
私はまだ、開始地点から殆ど動いていないぞ!
ジャンプはしたがな!
「フレイムアロー!」
「ウィンドカッター!」
「ストーンブラスト!」
だが、私が動かないのをいい事に、遠距離から魔法で狙ってくる奴が多い。
今も、我先にと攻めかかった奴らがあっという間に全滅して尻込みした前衛職の代わりに、後衛の魔法使いがまたしても魔法攻撃をしてきた。
鬱陶しい。
そんな、何の工夫もない単発攻撃でやられる私ではないわ!
「飛剣・嵐!」
衝撃波を放って魔法を散らす。
そして!
「飛剣!」
『うぁあああああ!?』
こちらも同じ遠距離攻撃で、魔法使いを潰す。
遠距離攻撃は魔法使いだけの特権ではない。
熟練した剣士、闘気使いならば、遠距離戦でも並の魔法使い程度に後れはとらぬ。
まあ、そんな事をするくらいなら、近づいて斬った方が早いんだがな。
しかし、私が本気で攻めたら、速攻で試合が終わってしまう。
観客がいる大会でそれはマズイだろう。
故に、今の私はリングの王者だ。
相手から攻めさせ、その全力を受け止めて勝つ、覇王である。
さあ、もっと全力でかかって来い!
弟子どもを鍛えていた時の要領で、返り討ちにしてくれよう!
「調子に乗るなよ小娘!」
「先輩の力を教えてあげよう!」
次に襲いかかってきたのは、槍を持った冒険者風の男と、台詞からして騎士学校の先輩と思われる青年。
そして、その二人に追従するようにして、結構な数が攻めてきた。
「そらぁ!」
「攻ノ型・槍牙!」
先頭の二人が突き技を放ってくる。
結構な練度だ。
二人とも、A級冒険者の上位くらいの強さはあるかもしれん。
具体的に言うと、父よりも強そうだ。
「守ノ型・流!」
「がっ!?」
「ぐっ!?」
だが、私には届かん!
私に到達するのが早かった槍の攻撃を受け流し、先輩の剣にぶつける。
そうして体勢が崩れたところに、流れるようなカウンターを腹に叩き込んで、場外に吹き飛ばした。
「ハァアアアア!」
「オラァアアア!」
だが、二人が落ちても攻勢は止まらない。
残りの選手達がもう止まれないとばかりに、数の暴力に任せて殺到してくる。
剣士の放った斬撃を避けながら懐に入り込み、胴を叩いて吹き飛ばす。
槍使いの突きに対しては、避けてから槍の柄を掴んで捻り、獲物を手放させてから、逆に石突で急所を突いて倒した。
剣の間合いの内側に入ってきた拳闘士は、突き出された拳を素手で受け流し、こちらも拳で額を打ち抜いて失神させる。
斧を振りかぶる者がいれば、振り下ろされる前に喉元に突き。
隙を突こうと気配を消す者がいれば、出てきた瞬間に木剣で殴り付ける。
そうして私は、リング中央から動かぬままに、向かってくる連中を鎧袖一触とばかりに薙ぎ払っていった。
そうしている内に、リングの上に残っているのは私を含めて二人だけになる。
私に向かって来た連中は全員脱落し、遠距離攻撃に徹していた連中は、もう一人の生き残りが仕留めたらしい。
私は、その生き残りに向かって声をかける。
「やはり、最後にはお前が残ったか。大したもんだな、オリビア」
「お褒めに預り光栄です」
会話を挟みながらも、オリビアは油断なく剣を構えながら、私の隙を窺っていた。
さすが王女の護衛。
空間魔法だけではないという事か。
「リンネ様。前言通り、胸をお借りします」
「よかろう。さあ、かかって来いオリビア!」
「では……参ります!」
そう言って、オリビアが動く。
姿勢を低くし、脚に力が籠った。
そして、そこから繰り出される技は、
「飛脚!」
オリビアは、私も愛用している飛脚によって間合いを詰めてきた。
そのまま、突きの姿勢へと移行した。
基本に忠実。
良い動きだ。
「攻ノ型・槍牙!」
オリビアの突きが放たれた。
それに対抗するように、私は剣を動かす。
しかし、その瞬間にオリビアの剣が軌道を変えた。
「攻ノ型・陽炎!」
フェイント技。
突きから横薙ぎへと変化した斬撃が、私の胴に迫る。
だが。
「守ノ型・塞」
私は動じずに、正面からオリビアの剣を受け止めた。
最初から、オリビアの動きは読めていた。
少しだけ突きの威力が弱く、重心が体の方に残っているのがわかったからな。
フェイントを使ってくるとわかった。
それでも、並の剣士ならば普通に引っ掛かるくらいには綺麗な技だったが。
「ッ!」
オリビアは、あっさりと剣を止められたと見るや、腕に力を籠めて私を押し、その反動と飛脚を合わせて即座に後ろへと下がった。
反応が早くて大変結構だが、その状態では追撃されるぞ!
「飛剣!」
私の放った、飛ぶ斬撃がオリビアに迫る。
だが、それは……
「ディメンジョン!」
オリビアの発動した魔法により、空間の歪みの中へと消えていった。
同時に、私のすぐ近くにも空間の歪みが発生する。
これは!?
「おおっと!?」
嫌な予感がして、その場から離れれば、案の定、空間の歪みから私の飛剣が飛んできた。
なるほど、そうなるのか!
という事は、今の動きは私が飛剣を撃つ事を誘いやがったな!
「やるではないか!」
「光栄です。飛剣・断空!」
そうしたら、今度は飛剣が空間を歪ませながら飛んできた。
あれに当たったら、ただでは済まないだろうな。
最悪、闘気の鎧を無視して空間ごと斬られそうだ。
「攻ノ型・一閃!」
その一撃を、剣の一振りで斬り払う。
達人剣士の一太刀は、魔法を魔力ごとぶった斬るのだ。
だからこそ、剣士の頂点たる『剣神』が魔法使いを差し置いて世界最強と呼ばれる。
この程度の攻撃、私には通じぬぞ!
「転移!」
「ぬっ!」
しかし、オリビアはこれを防がれる事まで想定していたらしい。
転移で即座に私の背後へと現れ、剣を振るう。
それが防がれたと見るや、すぐに次の技を放ってきた。
「次元・槍牙!」
「む!?」
正面から繰り出されたと思った突きが空間の歪みに呑み込まれ、あらぬ方向から現れた。
それすらも避けるが、その時には再び転移を発動し、オリビアは距離を取っている。
それだけではない。
オリビアは、何もない空間に向かって、剣を振り下ろした。
「次元・一閃!」
「おおう!?」
振るわれた剣は、距離を越えて一瞬で私に届く。
しかも、現れる方向も角度もてんでバラバラ。
振り下ろしたと思ったら、横から出てくる事もある。
やりづらい……。
まさか、戦闘には向かないとされる空間魔法を、ここまで使いこなすとはな。
空間魔法が戦闘に向かないとされる理由は、たしか発動速度の遅さだったか。
だが、それは転移させる人数や、転移させる物の大きさ、転送距離なんかの問題が大きいと小耳に挟んだ事がある。
つまり、転送距離がこのリング程度で、転移させる物が剣や自分の体一つ程度なら、案外なんとかなるらしい。
それはオリビア自身が実証している。
だが、それでも相当な鍛練を積んだ筈だ。
空間魔法を使う魔法剣士など、私はオリビア以外に見た事がない。
つまり、おそらく、この戦い方はオリビアの我流。
教えを乞う師もなく、この戦法を実戦レベルに昇華させるまでに、いったいどれだけの時間がかかった事か。
それだけの努力を積み上げてきただろうオリビアには、素直に称賛を送りたくなる。
「だが」
それでもまだ、私には届かない。
オリビアは強い。
だが、私には遠く及ばない。
空間の歪みが私の近くに発生した瞬間、私はそこに向かって剣を突き出した。
向こうの攻撃が届くという事は、こちらの攻撃も届くという事。
タイミングさえ合わせれば、カウンターを狙える。
「うっ……!?」
距離を越えた逆襲を食らったオリビアは、私の突きを腹に食らって、一瞬、動きが止まった。
そこに向かって私は飛脚で距離を詰める。
空間魔法に頼らずとも、このくらいの距離ならば一瞬で移動できるのだ。
「攻ノ型・一閃!」
「かはっ……」
オリビアが何かをする前に、頭を木剣で叩いて意識を奪った。
私が通りすぎた後に、オリビアが膝から崩れ落ちて意識を失う。
勝負ありだ。
「見事だったぞ。私を開始地点から動かした事、素直に誇るがいい」
『決着! 予選Aブロック、勝者はS級冒険者『天才剣士』リンネ選手!』
グワーン! と再び銅羅の音が鳴り響き、試合の終了を告げる。
同時に、観客達が歓声を上げ、拍手を送ってきた。
私はそれに応えるように、天に向けて拳を突き上げ、ガッツポーズを決めたのだった。




