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5 天才少年 VS 元剣神

「あれ? リンネちゃんはシオンと知り合いなんですか?」

「昨日、ちょっと喧嘩を……」


 そこまで口にした瞬間、ポンと私の肩に後ろから手が置かれた。

 振り返ると、そこには怖い顔をした母の顔が。

 マズイ!

 私の背筋を冷や汗が伝った。


「リンネ、喧嘩したの?」

「い、いや、喧嘩って程の事じゃ……」

「喧嘩、したの?」

「……しました。ごめんなさい」


 私は屈服した。

 母の怒りを前に私にできる事は、真実を述べて許しをこう事だけだ。

 母は怒ると怖いのだ。

 元世界最強の剣士を震え上がらせる程に怖いのだ。

 それで怯えてしまうあたり、剣神(わたし)も人の子という事だろう。


「……リンネ。あなたはとっても強いけど、その力を簡単に人に向けちゃダメよ。

 そうしたら、いつか必ず取り返しのつかない事になる。それで後悔するのはあなたよ。ママは、リンネにそうなってほしくないわ」

「……うん。わかってる」


 何十年も使ってきた自分の力だ。

 その危険性は他の誰よりもよくわかってる。

 いたずらに使えば、私の前の剣神みたいな悪魔になるって事は。


「よし。自分でわかってるならよろしい。力を使う時は、ちゃんと考えて使いなさい。以上、お説教終わり」

「はい!」


 こうして母の怒りは鎮まった。

 いや、怒っていたというよりは、叱ってくれたと言うべきだろう。

 それはとてもありがたい事だ。

 前世において、親も、親代わりだった奴も失った私にはよくわかる。

 今度こそ絶対に親孝行しよう。


「えっと、あの、リンネちゃん? シオンと喧嘩したって、その、大丈夫だったんですか?」


 と、母のお説教が終わった時、ヨハンさんがあたふたとしながら、そしてシオンと呼ばれた少年にチラチラと視線を向けながら問うてきた。

 ああ、見たところ、ヨハンさんはシオン少年に剣を教えている、つまりは師匠に当たる訳だ。

 弟子が、こんないたいけな美幼女に手を出したかもしれないとなれば、気が気ではないだろう。

 監督不行き届きというやつだ。

 私も、かつては弟子を持っていた身として、わからんでもない。


 そんな不安を払拭してやるべく、私は笑いながら質問に答えた。


「大丈夫だったぞ! 私は強いからな! あんな小童(こわっぱ)の一人や二人、楽勝だ!」

「小童って……リンネちゃんの方が小さいでしょうに。でも、その様子だと大きな怪我もなかったようですし、本当によかったです。

 そして、ウチの息子が本当にすみませんでした。あとでよく言って聞かせますので……」


 ヨハンさんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 考えてみれば、シオン少年もまた、私と同じで力を持った子供だ。

 さっき、母が私を叱った内容が、そのままシオン少年にも当てはまる。

 師匠ならば、ちゃんと叱ってやるべきだな。


 ……ん?

 というか、


「息子?」

「え? あ、はい。シオンは僕の息子です。父親らしい事は何もしてあげられていませんがね……」


 そう言って、ヨハンさんはまた苦笑した。

 よく苦笑する人だな。

 そして、なにやら訳ありの匂いがする。

 こっちに見向きもしないシオン少年といい、ヨハンさんのこの沈んだ表情といい、何かあるな。

 親子関係が上手くいっていないのかもしれない。


「それで、さっき言った剣術を教える上での問題なんですけど……その、習うならシオンと一緒にって事になっちゃうんですよね……。

 あの子には基本毎日教えてますし、それ以外の時間は森の見張りとか、魔物の間引きとかの仕事があるので、時間をズラすという訳にもいかなくて……」

「私は問題ないぞ」

「でも、その、大丈夫ですか? シオンはなんというか……拗れてるというか、ひねくれているというか、そんな感じなので、また喧嘩になっちゃうかもしれませんよ?」

「ほー」


 言われて、シオン少年の事を改めて見る。

 相も変わらず、こっちには見向きもせずに、一心不乱に剣を振っている。

 だが、決して楽しそうではない。

 ずっと不機嫌そうな仏頂面だ。

 真面目と言えば聞こえは良いが、その姿には余裕というものが感じられない。

 子供にあるまじき、ストイックさだ。


 これは……少し危ういな。


 シオン少年の人生だ。

 そうしたくてそうしているなら、好きにすればいいとは思う。

 しかし、あのいつ破裂するかわからないような余裕のなさでは、昨日ベルに向かって剣を振り上げたように、ふとした拍子に力を使って、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないとも思う。


 ふむ。

 せっかくだ。

 これから同門になるのだし、少しお節介を焼くのも悪くはないだろう。


 私は、シオン少年へと歩み寄った。


「リンネちゃん?」


 背後で、ヨハンさんがちょっと焦ったような声を上げる。

 それを無視して、私はシオン少年に話しかけた。


「私はリンネ! 今日から君と一緒に剣を教わる事になった。よろしくな!」

「…………」


 まずは挨拶をしてみたが、シオン少年は何も応えない。

 興味なさそうに私を一瞥して、素振りを続けるのみだ。

 礼儀がなってないな。


「シオン!」


 さすがに、その態度は見過ごせなかったようで、ヨハンさんが注意するようにシオン少年の名前を呼ぶ。

 しかし、それを遮るように、私はヨハンさんの前に手をかざして止めた。

 

 そして、腰から木剣を引き抜き、宣言した。


「口で語る気がないなら、剣士らしく(コレ)で語り合おうぜ。━━勝負だ、少年! 私が勝ったら普通に話をしろ!」


 口で言って聞かないのなら、剣を合わせて語り合う。

 実にわかりやすくて良いな。

 弟子どもを教える時も、そんな感じだった。

 とりあえず剣で叩きのめして、自分の至らぬところに身を持って気づかせるのだ。

 口ではなく、行動で示すというやつだな。

 具体的に言うと、私の指導は、口1、行動9くらいの割合だった。


「ちょ!? リンネちゃん!?」

「案ずるなヨハンさん。軽く揉んでやるだけだ」

「いや、むしろ、リンネちゃんの方が心配なんですが!」


 大丈夫だ、問題ない。

 ヨハンさんの心配を一笑に付す。

 任せておくがいい。


「リンネ。力を使う時は?」

「わかってる。ちゃんと考えて使う」

「よろしい」


 母の説得も完了。

 いや、母は別に反対していた訳ではないか。

 なんだかんだで、母は剣術というものに理解がある。

 決して、私に戦うなと言っている訳ではない

 いじめるなと言っているのだ。


「さあ、構えろ少年。勝負だ」

「……何故、お前みたいなちんちくりんと戦う必要がある?」


 ちんちくりん、だと?

 ……言ってくれるではないか、小僧。


「そのちんちくりんにビビってる奴に言われたくはないな。なんだ? こんな年下の美少女から逃げるのか? そんな臆病者に使われたのでは、せっかくの剣が泣いているな!」

「…………」

 

 お、シオン少年の顔が不機嫌そうに歪んだ。

 ハハハ! やはりまだ子供だな。

 この程度の挑発に引っかかるとは。

 私だったら、こんな事を言われても剣は抜かんぞ。

 まあ、剣の代わりに拳が飛ぶだろうが。


「…………はぁ。いいだろう。戦ってやる。その代わり、俺が勝ったら、二度と俺に関わるな」

「言ったな! 約束は守れよ!」

「お前もな」


 そうして、シオン少年もまた、剣を構えた。

 素振りをやめ、私に剣を向ける。

 その姿は、中段、正眼の構え。

 最も基本に忠実で、隙のない構えだ。


「では、━━行くぞ」


 私は軽く闘気を纏い、一歩の踏み込みで距離を詰めて、シオン少年の剣を狙って、下段から自分の剣を振り抜いた。

 強い力で叩きつけられ、シオン少年の手から離れた剣が、回転しながら後ろへ飛んでいき、地面に突き刺さる。


「どうした? 剣を拾え。勝負は始まったばかりだぞ」

「ッ!?」


 そこでようやく、シオン少年は私の実力を正しく理解したのか、凄い勢いで後ろに下がり、再び剣を構えた。

 その表情には、さっき以上に余裕がない。

 理解できないものを見る目で、私を見ている。

 まあ、こんな美幼女の力が、必死に頑張っている自分を遥かに超えていれば、そんな顔になるのも仕方がないだろう。

 しかし、


「臆すれば、勝利は遠のくぞ」


 私は再び一歩踏み込み、間合いを詰める。

 そのままシオン少年の脳天に向けて剣を振り下ろした。

 しかし、シオン少年は私の剣に自分の剣を合わせ、見事に受け流してみせた。


「ほう」


 中々にやるな。

 だが、まだまだ甘い。


 剣を受け流した事でがら空きになった体に向かって、私は肩から体当たりをかました。

 体重の軽い幼女の一撃と侮る事なかれ。

 闘気を纏う者の力は、そんな常識を軽く破壊する。

 シオン少年は、まるで馬車にでも撥ね飛ばされたかのように吹き飛んで行き、ヨハンさんの家を囲む柵にぶち当たった。

 ここが戦場なら、追撃をかけてトドメを刺すところだが、こういう勝負であれば起き上がるのを待つべきだろう。

 私は油断せずに剣を構え続けた。


「し、シオンがこんな一方的に!? それに、今のは闘気、ですよね? リンネちゃんて、いったい何者!?」

「なんでも、自称剣神の生まれ変わりだそうですよ」

「……これを見ていると、あながち冗談とは思えないですね。シオンだって、かなり強いのに」


 む、母がヨハンさんに私の前世の事を話しているな。

 でも、それは身内だけの秘密にしてほしい。

 よし。

 あとで、釘を刺しておこう。


「こんな……馬鹿な……」


 お、シオン少年が起き上がってきた。


「俺は、努力してきた筈だ。最強の騎士になる為に。誰よりも、何よりも。なのに、何故、何故、こんな奴に、勝てない……?」


 おお、打ちひしがれてるな。

 それで良い。

 そうして、自分の至らぬ点を探せ。

 そうすれば強くなれる。


 というか、シオン少年は最強の騎士になりたかったのか。

 なら、元最強の騎士として、少しアドバイスしてやろう。


「強さだけでは立派な騎士にはなれないぞ、少年。もう少し周りを省みてみろ」


 多大な功績を残した私ですら、強さだけで騎士は務まらなかった。

 私は戦う事以外に取り柄がなかったから、強さ以外の部分は大体、人に頼っていたがな。

 それでも、人任せでもなんでも、足りないところを補っていたのは確かだ。

 ただ強いだけでは、騎士どころか、兵士にも冒険者にもなれないと知れ。


「ふざけるな!」


 しかし、私の言葉は、どうやら悩める少年の心には届かなかったようだ。

 やはり、人を教えるというのは難しいな。

 弟子どもも、何故かクソ生意気な感じに育ったし。

 そういえば、二番弟子ことユーリの奴に「先生は、教師の才能ないわね」とか言われた事があったな。

 ほっとけ。


 ん?

 私がどうでもいい事を考えている間に、シオン少年は腕を前に突き出して、何かやり始めた。


「ボルティックランス!」

「なっ!? シオン! やめなさい!」


 ヨハンさんが慌てた様子で、シオン少年を静止した。

 そして、シオン少年の前に、━━雷で出来た槍が出現した。

 ほほう!

 剣だけでなく、魔法も使うか!

 しかも、見たところ、中々の威力を持った中級魔法。

 本当に、天才というやつだな!


「食らえ!」


 そうして、雷の槍が私に照準を合わせて射出された。

 ヨハンさんが慌てて飛び出して来たが、雷属性の魔法は、全魔法の中でもトップクラスの速度を誇る。

 たとえ、闘気使いであっても、容易には追い付けない速度だ。


 だが、ヨハンさんの助けはいらない。

 いくら天才であろうとも、まだまだひよっこ。

 私の敵ではない。


「飛剣!」


 私の繰り出した空飛ぶ斬撃が、雷の槍とぶつかって相殺する。

 もう少し力を籠めれば、相殺に留まらなかったろうが……それは本意ではない。

 これで良いのだ。


「飛剣まで!?」

「クソッ!」


 ヨハンさんが驚愕の声を上げ、シオン少年は悔しそうな声を出した。

 しかし、まだ諦めてはいないらしい。

 シオン少年の放った魔力が雷となる。

 そして、剣が雷を纏った。


「飛剣・雷迅!」


 今度は、斬撃の形をした雷が、私に迫る。


「ほう!」


 これは、規模こそ小さいが、前世における最後の戦いにおいて、弟子どもが私に放った魔法剣!

 魔法の力に剣術の威力を乗せた、選ばれし魔法剣士にしか使えない大技ではないか!

 この歳でこれを使う事ができるとは……素晴らしい。

 ならば私も、敬意を表して本気(・・)で迎え撃ってやろう!


 私は剣を上段に構え、闘気を全開にし、今の私にできる最高速度で振り抜いた。



「━━神速剣・一閃」



 最強の剣技とは何か?

 その問いに対して、前世の私が人生をかけて出した答え。

 それが、この剣技だ。


 最強の剣技とは何か?

 それは、相手に何もさせず、何かをする暇を与えず。

 ただ神速の一太刀を持って斬り捨てる。


 無慈悲の速攻である。


「ッ!?」


 シオン少年では決して視認できない速度で振るわれた剣が、雷の斬撃を叩き斬った。

 ……腕が痺れる。

 やはり、前世の屈強な体ならともかく、このぷりちーな幼女ボディでは技の反動が大きいな。

 問題なく使えるのは、一日に一度か二度が限界だろう。

 治癒の魔法でもあれば話は別だが……まあ、今は必要ないか。


 私は、渾身の一撃をあっさりと打ち砕かれて呆然としているシオン少年に歩み寄り、その眼前に剣を突き付けた。


「私の勝ち、でいいな?」


 それに対して、━━シオン少年は抵抗しなかった。

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