57 そして、次の戦いへ
寮へと戻ってシオンと別れ、自分の部屋に荷物を置いた後、私は意を決してアリスの部屋を訪れた。
深呼吸して心を落ち着かせ、ドアをノックする。
コンコンという音が鳴り、中から「は~い」と可愛らしい返事が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
「リンネだ」
「あ、リンネちゃん。今、開けますね」
ガチャリと鍵が開けられ、ドアが開く。
そして、中からアリスが現れた。
「お疲れ様でした。どうぞ、上がってください」
「う、うむ」
アリスに連れられて、部屋の中に入る。
部屋の構造は二人部屋だが、アリスも特別生なので、私やシオンと同じように、二人部屋を一人で使っている。
実質、一人部屋だ。
ルームメイトがいないと、こういう身内同士の話をする時に便利だな。
……しかし。
「今、お茶を入れますね」
そう言って、お茶を用意し始めるアリスをチラリと見る。
……普通だ。
前に遊びに来た時と同じ、いつも通りの対応だ。
もしかして、今回の件を聞かされてないのだろうか?
「あの、アリス……」
「はい。紅茶です。
……辻斬り退治、お疲れ様でした。ゆっくりして行ってくださいね」
知ってた。
だが、その上でアリスは何も言わない。
しかも、なんか、慈愛に満ちた目で私を見てるんだが。
と、とりあえず紅茶をいただこう。
「あちっ!?」
「大丈夫ですか!?」
うっかり舌を火傷した。
アリスが慌てて治癒魔法をかけてくれる。
油断した。
まさか、この私が、こんな事でダメージを受けるとは。
どうやら、少し動揺しているようだ。
「……アリスは知ってたんだな。私が辻斬り退治に行ってた事」
「はい。お母様から聞きました。極秘作戦との事だったので、詳細は後になってから聞かされましたが」
「……怒らないのか?」
「え? 何をですか?」
いや、それはほら……
「お前に何も言わずに行った事とか」
「ああ……そういう事ですか。怒りませんよ。大事なお仕事だったんでしょう?
なら、私から言えるのは、お疲れ様でしたと、無事に帰って来てくれて何より、という事だけです」
……良い子だ。
凄い良い子だ。
なんと尊い。
だが、
「もっとこう、色々言ってくれてもいいんだぞ?
なんで、なんにも言ってくれなかったんですか! とか。
また勝手に危ない事して! とか」
「えぇ……リンネちゃんは怒ってほしいんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
言いたい事があるならぶつけてくれという意味だ。
そう告げると、アリスは「う~ん……」と可愛く唸り、やがて何かを閃いたようにハッとした。
「じゃあ、今夜は一緒に寝てください」
「ふぁ?」
ど、どういう事だ!?
それでは、ただのご褒美なんだが!
まあ、アリスがそうしたいと言うのなら、私に否はないが。
その後、他愛もない話をしたり、一緒に料理をして私が盛大に足を引っ張ったり、お風呂に入ったりした後、少し早めの時間に就寝。
いつもは私がアリスを抱き締めるのだが、今日は逆にアリスの方から抱き締めてきた。
後ろから抱き締められている今の私は、サイズ的な問題もあって、まるで抱き枕のようだ。
もしくは、ぬいぐるみ。
年齢的に、私の体はアリスよりも小さいから、むしろ、こっちの方がしっくりくるような気がする。
「……リンネちゃん。私も不安じゃなかった訳ではないんですよ」
私を抱き締めながら、アリスはポツリとそう言った。
その腕が、少しだけ震えていた。
「家族とか、知り合いとかが戦いに赴くのは慣れてます。
でも……心配はするに決まってます」
「……ああ」
私は小さく返事をしながら、アリスの腕をポンポンと優しく叩いた。
宥めるように。
安心させるように。
「リンネちゃん……無事に帰って来てくれて、本当に良かったです」
「ああ」
私はアリスを宥め続ける。
アリスは、私がそこにいる事を確かめるように、ずっと抱き着いてきた。
そうしている内に、ふと思い至る。
そうだ。
アリスに言い忘れていた言葉がある。
「アリス」
「なんですか?」
私は、凄く優しい声で、こう言った。
「ただいま」
「……はい。お帰りなさい」
そんなやり取りをしてから割りとすぐに、アリスは安心したように眠りに落ちたのだった。
◆◆◆
翌日。
孫娘成分をこれでもかと吸収して絶好調の私は、ダルい授業を難なく攻略し、昼休みにスカーレット達に今回の顛末を話してダベり、放課後、ユーリに呼び出された。
呼び出された場所はナイトソード家。
ユーリの他に、アレクとマグマもいた。
辻斬り退治の詳細報告が聞きたいのだろう。
どうやら、呼び出しの目的は、学校をサボりまくってる私への生活指導ではないようだ。
「リンネ、まずは礼を言っとく。家族を守ってくれて感謝するぜ」
そう言って、マグマは頭を下げた。
その顔は、心底ホッとしたように緩んでおり、同時に心から私に感謝しているのが伝わってきた。
その姿は、家族の事を思う、一人の立派なお父さんに見えた。
「マグマ、これだけは言っておく」
そんなマグマに対し、私はとてつもなく真剣に告げた。
「末永く爆発しろ、このロリコン野郎が」
「お、おう」
私の、責めてるのか祝福してるのかわからない言葉を聞いて、マグマは萎縮した。
一応、自分がやらかした事は自覚しているらしい。
なら、まあ、許してやろう。
マルティナも幸せそうだったし、イグニは可愛かったし。
13歳を孕ませた件に関しては不問にしてやる。
寛大な処置に感謝せよ。
「まあ、マグマのロリコン問題については置いておきましょう。
それこそ、結婚当時から、さんざん議論された事だしね。
それよりも、今は辻斬りの話でしょう?」
「ユーリの言う通りだね。
リンネさん、今回は本当にありがとうございます。
これで辻斬りの犠牲者はいなくなりますし、それに大臣の力を大きく削ぐ事ができました。
アクロイド家の取り潰しも、より一層捗るでしょう」
「……ああ、そうだな」
カゲトラの身の上話を聞いた身としては、奴を斬った事を手放しに喜ぶ気にはなれない。
だが、それはそれ、これはこれだ。
あいつは倒すべき敵であり、あいつが死んだ事でこの先の犠牲者はいなくなり、アレク達は有利になった。
喜べはしなくとも、これで良かったのだと割り切る事はできる。
「浮かない顔ね。どうしたの?」
しかし、やはり、ちょっとした不満が顔に出てしまったらしい。
ユーリが目敏く、それを言い当ててきた。
「……ちょっと辻斬りと話す機会があって、その人柄を知ってしまってな。
少しだけやりきれないと思っただけだ」
「珍しいわね。敵に情けは無用とか言ってたくせに」
「まあな。私も耄碌したという事だろう」
それに、カゲトラは凶悪な辻斬りだったが、身内が被害に合った訳ではないし、誰かがカゲトラに殺される場面を目撃した訳でもない。
私だって人間だ。
見た事も会った事もない被害者の為に、そこまで怒る事はできない。
帝国の時とは違うのだ。
それでも、戦闘中は情け容赦なく殺しに行ったのだから、情に流された訳ではないと思うがな。
「聞くか? 辻斬りの身の上話。あまり気分の良い話ではないし、無理に聞く必要もないと思うが」
「……辻斬りはたしか、元は和国の侍という話でしたよね?」
「ああ。本人と知人の話だと、そこそこ出世してたらしいな」
「わかりました。聞きましょう。
経緯はどうあれ、それだけの人物を殺してしまったとなると、和国との問題になりかねませんし。
その時に、事情を知っていた方がいいでしょうから」
アレクの言葉に、ユーリとマグマは異論を挟まなかった。
まあ、そういう事なら話しておくか。
そうして私は、アレク達にカゲトラの身の上話を話した。
貧しい身の上からのし上がり、一時は栄華を手に入れたものの、才能の壁にぶち当たって挫折し、
その心の隙を妖刀の呪いに付け込まれて破滅した、哀れな剣士の話を。
「それは、また……」
「愚かね。才能の壁にぶつかったくらいで呪いの武器に手を出すなんて」
「そう言うなや、ユーリ。あれは意外と心にくるぜ。
騎士団にも、似たような理由で挫折する奴は結構いる」
「そんな事はわかっているわ。ウチの生徒にも同じような子はいるもの。
それを踏まえた上で、呪いの力にすがるのは愚かって言ったのよ。
解決手段は他にもあるというのに、わざわざ破滅するとわかっている最悪の手段を選ぶなんて」
ユーリの言う事はもっともだな。
特に、人を教え導く教師であるユーリだからこそ、その言葉は重い。
ただし、紅桜を実際に握ってみた身としては、あれに支配されるのも仕方ないと思えてくるがな。
それくらいに強い呪いだった。
「それで、その妖刀とやらはどうしたんですか?」
「私が責任持って封印してる。これはお前らにも任せる気はないぞ。
あんな危険物に関わる人間は少ない方がいい」
「まあ、確かにその通りですね。なら、リンネさんに任せます」
「うむ。任された」
紅桜は空間収納の魔道具の中だからな。
その魔道具は、今まで使ってた道具入れの代わりに、これから肌身離さず持ち歩くつもりだ。
見た目は普通の道具入れと同じだから、わざわざ狙ってくる奴はいないだろうし、その中に危険な妖刀が入ってるなんて思う奴もいないだろう。
そもそも狙われなければ、盗まれる可能性は少ない。
ナイトソード家の金庫にぶち込むより安全だろうな。
主に、使用人軍団が事故で触る可能性を排除できるって意味で。
「和国の国宝って話だからな。せいぜい管理には気を付けるさ」
私が何気なく言ったその言葉を聞いた瞬間、アレク達が固まった。
どうした?
「……リンネさん、今なんて言いました?」
「和国の国宝だから、管理に気を付けると言った」
「妖刀って、そんな大それた代物だったんですか!?」
「ん? 言ってなかったか?」
「聞いてないわね」
「このクソ爺! また重要な事を後から言いやがって!」
そんなに重要な事か?
こんな危険物、いっそどっかに埋めちまっても問題ないと思うが。
いや、掘り返されるのが怖いからやらんが。
「絶対に和国との問題になる……」
「兄上にも報告しておくわ」
「問題が増えたな。頭が痛ぇ」
なにやら、アレク達が騒ぎ始めたので、私は「頑張れ」とだけ告げて静かにフェードアウトした。
難しい話はお前らだけでやってくれ。
私は知らん。
私が必要になったら呼んでくれい。
そうして、私はいつものように面倒事を他にぶん投げて、屋敷を去った。
◆◆◆
夜。
寮のベッドに寝転がりながら、少しだけ物思いにふける。
今回も色々な事があった。
カゲトラとの戦い。
ライゾウとの出会い。
ドレイクとの再会……はよくある事だが。
他にも、愛剣の代替わりに、紅桜という地雷の入手。
何より、一番大きかったのは、マルティナとイグニとの出会いだ。
また守りたいものが増えた。
なんというか、王都に来てからは、イベントに事欠かないな。
マーニ村にいた頃は、大きな事件なんて数年に一度あるかないかだったというのに。
冒険者やってた頃より冒険してる気がする。
不思議だ。
「で、次は武闘大会か」
クソ虫が出てくるし、遂にまだ見ぬ今代の剣聖も出てくる。
それに、シオンとアリス、ついでにオリビアも参加するのか。
騎士学校の生徒は強制参加だからな。
「本当にイベントには事欠かんなぁ……」
妙な気分になりつつも、私は思考を打ち切り、布団にくるまって寝る姿勢に入った。
考えても仕方ない。
何をしてもしなくても時間は流れ、次のイベントがやってくる。
なら、さっさと寝て体力を温存しておこう。
そして私は、次の戦いに備えて、グッスリと爆睡したのだった。
第3章 終




