56 裏で
「そうですか。カゲトラが死にましたか」
王都にある屋敷の一つ。
アクロイド公爵家において、この家の当主、ピエール・アクロイドは、淡々とした様子でカゲトラが死亡したという報告を聞いていた。
その顔に悲しみはない。
ある筈もない。
ピエールが感じている唯一の感情は、━━失望であった。
「情けない。せっかく目をかけてやったというのに、こんなにあっさりと死んでしまうとは。
役立たずですねぇ。
まあ、所詮は平民という事でしょう」
自分の為に尽くしてくれた者に対して、この言い様。
真性のクズであった。
しかも、吐き捨てるように「プロミネンスの奥方は楽しみにしていたというのに」と呟いているところが、なお一層タチが悪い。
真性のゲスであった。
「まあ、いいでしょう。カゲトラがいなくとも、どうとでもなります。
それに、暗殺者の代わりくらい、いくらでもいますしねぇ」
カゲトラがおらずとも、自分には帝国の後ろ楯がある。
小飼の暗殺者も、使い捨ての道具も、まだまだ大量にいる。
さすがに、カゲトラに比べれば大きく質は落ちるだろうが、ピエールは大して心配していなかった。
自分は公爵。
そして、未来の国王。
栄光の未来が約束されているのだ。
有能な道具を一つ失った程度で、自分の立場は崩れない。
どうせ最後には全て上手くいく。
「私はもう寝ます。女どもを寝室に連れて来なさい」
「ハッ」
そんな根拠のない自信を胸に、ピエールは今日も惰眠を貪る。
欲に溺れ、まだ見ぬ未来を思いながら、眠りにつく。
その行為の一つ一つが、自分の首を確実に絞めているとも知らずに。
いや、知っていたとしても、どうにかなると楽観して。
この愚かな男が報いを受けるのは、そう遠くない未来での出来事である。
◆◆◆
リンネ達との別れを済ませたライゾウは、その足で王都を離れ、街道を歩いていた。
時刻は既に夜。
定期的に騎士や兵士によって魔物が狩られ、それなりに安全が保証された王都周辺とはいえ、危ない時間帯であった。
まあ、ライゾウ程の戦闘力があれば、さしたる問題でもないのだが。
そうして、しばらく街道を進んだライゾウは、ふとした拍子に道を外れ、近隣の森の中へと入る。
わざわざ、自分から夜の森に入るなど、自殺行為とまではいかないが、危険な行いには変わりない。
ライゾウの戦闘力ならば問題はないだろうが、それでも普通に考えれば、無駄にリスクを増やす行いでしかない。
そう。
普通に考えれば。
ライゾウは、まるで人目を避けるかのように移動し、周囲に人の気配がない事を確認してから、懐に手を入れた。
そこから出てきたのは、中心に二つの特殊な石、魔石の嵌められた腕輪であった。
二つの魔石の内、片方が淡く光って点滅している。
ライゾウが腕輪に魔力を送り込むと、もう片方の魔石も光り、点滅を始めた。
この腕輪の正体は、とある特殊な魔道具である。
この腕輪を子機と例えるならば、対となる親機と言える魔道具がある。
そして、親機からの信号を受信すると魔石の一つが光り、こちらから魔力を流すと、もう一つの魔石が光る。
そして、親機の元へと信号が送られ、この腕輪の位置情報を報せるのだ。
原理としては、国や冒険者ギルドの所有している通信の魔道具と同じである。
通常、この手の魔道具は、国の許可を得て特殊な仕掛けを施さない限りは、街を覆う対魔法結界に信号を弾かれてしまい、機能しない。
だが、ライゾウの持つこの腕輪は、ライゾウが王都に滞在していた時から光り続けている。
つまり、この魔道具の力は、結界を貫通するのだ。
それだけの事ができる魔道具は少ない。
それこそ、この腕輪は、国宝級の価値を秘めていた。
そんな腕輪が信号を送る先はどこなのか。
答えはすぐに証明された。
ライゾウが腕輪に魔力を籠めて少しした頃、ライゾウのすぐ側で空間の歪みが発生し、そこから二人の男が現れた。
希少な空間魔法による転移。
カゲトラが使った紛い物の魔道具による効果ではない。
しっかりと座標を指定して飛んできた。
それこそが、今の転移が本家の空間魔法使いによってなされた現象であるという、何よりの証拠。
だが、そんな事すら霞む、衝撃の光景がそこにはあった。
空間の歪みから出てきた二人の男。
一人は、フルフェイスの兜を被った、上半身裸の巨漢。
そして、もう一人は……
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! どうも~! お久しぶりですね、ライゾウさん!」
「久しぶりでござるな、シャドウ殿」
ライゾウに対して、酷く陽気でおどけた挨拶をする、全身黒ずくめの仮面の男。
それは、度々王国を狙う事件の裏に現れる存在。
帝国の走狗。
シャドウであった。
「まったくも~! 返信が遅いですよ、ライゾウさん! どこで何してたんですか!」
「いや、誠に申し訳ない。実は、新しく出来た友人と飲んでいたのでこざるよ」
「えー……ライゾウさん、ワタシが言うのもなんですが、もうちょっと真面目に仕事しましょうよ」
「拙者、有事の際以外は好きにしていいと言われております故!」
「あー、そうでしたね! うっらやましー!」
親しげな様子で会話をする二人。
そこに敵意はない。
言葉の裏に忍ばせた悪意もない。
まるで二人は、仲の良い同僚のようであった。
「さてさて。お喋りもこのくらいにしましょうか。
本題ですが、陛下から十二神将全員に召集命令が下された感じです。
という訳で、一緒に来てくださいね~」
「承知したでこざる。しかし、何故、今?」
「陛下の容態が安定してきたって事ですよ~。
そろそろ本格的に動く予定らしいので、いつでも動かせるように十二神将を手元に置いておきたいんでしょう。
まあ、別任務についてる人は例外ですけどね」
「なるほど。……しかし、それだと、しばらくは窮屈な生活になりそうでござるな」
「文句言わない!」
ライゾウを論破しながら、シャドウは凄まじい速さで魔法を作り上げていく。
さっきも使った、転移の魔法を。
「ではでは! 早速、帰還しますよ~! 転移!」
シャドウが魔法を発動させ、空間の歪みが発生する。
それに呑み込まれて、彼らの姿は消え失せたのだった。




