52 プロミネンス家
作戦決行の前日。
隠し戦力である私達は、同行しているのが敵にバレないように、漆黒の外套を羽織り、夜の闇に乗じてプロミネンス家へと足を運んだ。
プロミネンス家は、王都の中心近くにあるデカイ屋敷だ。
その大きさは、ナイトソード家すらも上回る。
さすが、王国建国期から続く大貴族。
なんちゃって貴族のウチとは違うという事よ。
まあ、周りの森まで含めた敷地面積なら、ウチが勝ってるけどな。
「おいおい……嬢ちゃん、とんでもねぇ貴族と繋がってやがるな。
いったい、どうなってんだ?」
その圧巻の眺めに同行者、ドレイクが呆然とした顔で、唖然とした声を出した。
そう!
私が頼った知り合い冒険者とは、ドレイクの事だったのだ!
シオンとライゾウは置いてきた。
シオンはカゲトラの相手をするには実力不足だし、ライゾウは絶対に目立つからダメだ。
そもそも、ライゾウに関しては、まだ当てもなくカゲトラを探して走り回ってるのか、行方不明だったしな。
まあ、そんな事はどうでもいいんだ。
「ほれ。ボーとしてないで行くぞ」
「あ、ああ。……マジでどうなってんだ」
混乱が抜けていないドレイクを連れて、プロミネンス家の門に近づく。
そこでマグマに貰った通行証みたいな物を門番に渡し、門の中へと入った。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
「ああ」
そして、入ってすぐにメイドが出て来て、私達を案内し始める。
このメイドからは、しっかりと教育された気品と、隙のなさを感じる。
ウチの、隙だらけでフレンドリーさしか感じないメイド軍団に見習わせたい。
まあ、こんな堅苦しいメイドばっかだったら、普通に嫌だがな。
メイドに連れられ、プロミネンス家の中を歩く。
ここに来るのは初めてではない。
故に、そこまで驚く事はなかった。
私はな。
ドレイクは別だ。
さすがのS級冒険者とはいえ、ここまでの大貴族の屋敷に立ち入るのは初めてなのか、凄まじくキョロキョロしていた。
いい歳したおっさんが恥ずかしい。
そうして歩いている内に、一つの部屋の前へと辿り着いた。
メイドが、その部屋の扉をコンコンとノックする。
「奥様、お客様をお連れいたしました」
「入りなさい」
中から若い女の声が聞こえた。
その指示に従ってメイドが扉を開き、私達を部屋の中へと招き入れる。
部屋の中には、予想通り一人の若い女の姿が。
「はじめまして、お客様方。
私はプロミネンス家当主、マグマ・プロミネンスの妻。マルティナ・プロミネンスと申します。
以後、お見知りおきを」
そう言って優雅にお辞儀をするマルティナとやら。
まさに貴族令嬢の鏡といった感じだ。
なんちゃって王族のユーリよりも様になっている。
だか、私がマルティナに対して抱いた衝撃的な第一印象のせいで、そんな感想は頭から吹き飛んでしまった。
「え!? 若過ぎだろ!?」
「嬢ちゃん!? 公爵婦人に対して失礼すぎるぞ!」
ドレイクの焦ったようなツッコミすら頭に入ってこない。
それくらい、マルティナの姿は衝撃的に過ぎた。
どう見ても、十代の美少女だ。
おっとりとした大人っぽい印象のせいで多少は大人びて見えるが、それでも、やはり二十歳を越えているようには見えない。
マグマはガチでロリコン……いや、待て、落ち着け。
私の身近には、若作りが激しい連中が何人もいるではないか。
ユーリとかメアリーとか、もっと言えば母も実年齢以上に若く見えた。
マルティナも、そういう感じの合法ロリなのかもしれん。
「失礼な事を聞くが、お前、歳はいくつだ?」
「公爵婦人をお前呼び!?」
「ドレイク、うるさい。これは重要な問いなんだ」
マグマがロリコンか否かという分水嶺なのだよ。
「私は今年で16になりました」
「アウトだ!」
マグマめ……!
まさか、二回り近く年下の少女に手を出すとは!
あいつは弟子どもの中で一番年上だから、既に三十代半ばだろうに!
そんなおっさんが、十代の美少女に手を出した挙げ句、孕ませて、娘を生ませるなんて!
いや、さすがに政略結婚だとは思うが。
その場合、マグマに罪はない。
罪はない……筈だ。
しかし、跡継ぎ生ませるにしても、もう少し待てなかったのかと……。
「あの、そろそろお名前をお聞かせくださいませんか?」
「ん? ああ、すまんすまん。
私はリンネだ。で、こいつはドレイク」
「リンネ様に、ドレイク様ですね。
この度は私どもの護衛を引き受けてくださり、誠に感謝しております」
「うむ」
「や、やめてくれ、さい! 俺は様付けされるような奴じゃね、ないですから!」
「ドレイク、敬語が変だぞ」
「嬢ちゃんはフレンドリー過ぎんだよ!」
そんなうるさいドレイクと、無礼な私を見ても、マルティナは楽しそうに微笑むだけだった。
懐が深いのか、それとも……
「ちなみに、お前は私の事はどこまで知ってるんだ?」
「リンネ様に関しては詳しく存じ上げております。
主人を含めた三剣士様と深い縁のあるお方であり、王国にとって、掛け替えのない重要なお方であるとも。
主人からは、別に敬意を払う必要はないが、敬意を払われる事もないだろうから気をつけろと言われました」
「ふむ。大体合ってるな」
「嬢ちゃん、いったい何をした!?」
さっきからドレイクがうるさいが、まあ、無視していいだろう。
それよりも、この言い方からして、どうやらマグマは、剣神エドガーの生まれ変わりという私の正体をマルティナには話したようだ。
それは別に構わない。
マグマの嫁、三剣士の伴侶ともなれば、国にとってもかなりの重要人物。
それに、私にとっても弟子の身内だ。
正体明かしても問題ないだろう。
国王に正体を明かした時と似たようなもんだ。
と、そんな事を考えていた時。
バーン!
という大きな音と共に背後の扉が勢いよく開き、そこから3、4歳くらいの赤髪の幼女が現れた。
「おまえらが、わたしのごえいだな!」
「イグニ! 失礼ですよ!」
マルティナが、イグニと呼んだ赤髪の幼女を注意する。
まだ少し舌足らずな、この幼女。
もう見ただけでわかった。
プロミネンス家特有の、気の強そうなつり目と赤髪。
それに、マルティナやマグマの面影が残った顔立ち。
間違いない。
この子が、マグマの娘だろう。
「そう言うお前は、マグマの娘だな?」
「そうだ! わたしはイグニ・プロミネンス! よろしくな!」
「か……」
「か?」
「可愛いな!」
「わぷっ!?」
私はイグニを思いっきり抱き締めた。
もちろん、締め上げないように手加減はしている。
「嬢ちゃん!? 無礼にも程があるだろ!?」
ドレイクが騒いでいるが、無視だ、無視!
何せ、弟子の娘となれば、我が孫も同然!
この小生意気な感じ、アリスとはまた違った可愛さよ!
素晴らしい!
「はーなーせー!」
「おぉう!?」
腕の中で暴れられ、思わず手を離してしまった。
当然、そっと地面に降ろしたが。
しかし、私の腕から解放された瞬間にイグニは走り出し、マルティナの後ろに隠れてしまった。
そこから顔を出して、うー! と唸って威嚇している。
ああ……その姿も可愛いが、嫌われてしまった。
「ぐっ……!」
「嬢ちゃん!? なんで泣いてんだ!?」
私は膝をつき、涙を流した。
絶望と後悔が私を襲う。
もっと優しく抱きつくべきであった。
「イグニ」
「ははうえ?」
「仲直りしなさい」
「えー……」
顔を上げて見れば、マルティナが嫌がるイグニを説得していた。
マルティナ!
私の中で彼女への好感度が上がっていく。
今まではロリコン野郎に手を出された哀れな犠牲者くらいに思っていたが、認識を改める必要があるな!
「リンネ様も悪い方ではないのです。
それは、あなたもわかっているでしょう?」
「むー……」
説得されたイグニが、しぶしぶといった感じでマルティナの背中から抜け出し、トテトテと私の方に走り寄って来た。
か、可愛い……!
そして、イグニは私の前で腕を組み、実に偉そうなポーズで(イグニがやると微笑ましさしか感じないポーズで)宣言した。
「おまえ、ゆるしてやる! ありがたくおもえよ!」
「イグニーーー!」
「わぷっ!? や、やめろぉおおお!」
私の頭からはさっきの反省が吹き飛び、気づいたら、思う存分イグニを抱き締めて、撫で回していた。
そんな事をすれば、当然さっきと同じように暴れられ、イグニはまたしてもマルティナの後ろに隠れてしまった。
ああ……。
「やっぱり、おまえ、きらいだ!」
「ぐはっ!?」
イグニの言葉の刃か私に突き刺さる!
クリティカルヒット!
私は大ダメージを受けた!
元剣神にここまでのダメージを与えるとは……!
イグニは、良い剣士になれそうだな!
「何やってんだ……」
ドレイクの呆れきったようなツッコミで耳が痛い。
仕方ないんだ。
これは、孫を前にした爺の条件反射みたいなものなんだ。
「イグニ」
「いやだ!」
「まだ、何も言っていないのに……でも、今のはリンネ様も悪かったですね。反省してください。
子供の嫌がる事はしない事。
いいですね?」
「わかった……」
マルティナに怒られてしまった。
その姿は、16歳とは思えない程しっかりとした母親であった。
私は、前世含めれば80年以上生きているのに、この様だというのに……。
やはり、親というものには敵わんなぁ。
その後、マルティナの尽力のおかげで、なんとかイグニの好感度を少しだけ上げる事に成功した。
もっとも、まだ頭を撫でようと伸ばした手を叩き落とされるレベルなのが悲しいが……まあ、仕方あるまい。
初対面でしくじった私が全面的に悪いのだから。
そして、更にその後は、明日の護衛を務める騎士達との顔合わせを行い、ある程度のフォーメーションを決めた。
これで、明日の準備は整った。
つまり、カゲトラを迎え撃つ準備が完了した訳だ。
さて、可愛い孫と弟子の嫁を守る為にも、頑張るとしようではないか。
そうして私は、明日に備えて、プロミネンス家の客室で眠りについたのだった。
◆◆◆
リンネがプロミネンス家を訪れる数日前。
「次の標的は三剣士の一人、マグマ・プロミネンスの妻子です。
今回は殺さなくて結構。
目的は暗殺ではありません。
━━誘拐してください。
殺すよりも、三剣士の弱みを握った方が、何かと有効活用できますからねぇ」
「……承知した」
アクロイド家の屋敷において、当主であるピエールと、部下であるカゲトラとの間で、そんな会話があった。
ピエールは、この作戦が成功した後の事を思って嗤い、カゲトラは明らかに不本意そうな顔で任務を受け入れる。
「フフフ。楽しみですねぇ。
プロミネンスの奥方はとても美しい。
私の下へお招きした暁には、たぁっぷりと可愛がってあげましょう」
好色な笑みを浮かべるピエールを見て、カゲトラは小さく嘆息した。
そして、無言で部屋を出ていく。
戦いの時は、すぐそこにまで迫っていた。




