51 辻斬り討伐作戦
「帰ったかアレク。そして、マグマ」
「ああ、リンネさん」
「おう、リンネ……か!?」
二人に近づいた時、何故かマグマが私を見て目を見開いた。
どうした?
「なんだ、その格好は!?」
ん?
ああ、このパジャマの事か。
今日のは、トラ柄だな。
ご丁寧に、耳付きのフードと尻尾がある。
……まさかとは思うが、誰かの手作りだろうか?
犯人はメイド軍団の誰かだと思うが、暇な奴もいたものだな。
まあ、なんにせよ、
「可愛かろう?」
「いつから女装に目覚めたクソ爺。焼き殺すぞ」
「女装ではない、今の私にとっては普通のパジャマだ」
「死ねぇ!」
「危なっ!?」
マグマが、いきなり殴りかかってきた!
美少女に向かって何をする!
この野蛮人め!
「こんなのが師匠だと思うと泣けてくるぜ……」
そこまで酷いか、この格好!?
我ながら似合ってると思ったんだがな。
改めて自分の格好を見直す。
うむ。
可愛い。
何の問題もないと思う。
と、私がそんな事をしている内に、アレクがマグマの肩を優しく叩いていた。
「諦めよう、マグマ。この人が変なのは昔からだ」
「そりゃそうだけどよ」
「おい、わかり合うな。失礼な奴らめ」
「騒がしいわね」
おっと。
玄関先で騒いだせいか、屋敷の奥からユーリが出てきた。
風呂上がりなのか、かなり薄着だ。
……というか、化粧落とした顔見て改めて思ったが、こいつメアリーと同じで若作りが凄いな。
二十代前半くらいに見える。
実際は三十越えてるくせに。
「リンネ、今、何を考えたのかしら?」
「若作りが凄まじいと思った」
「死になさい」
「危なっ!?」
今度は氷の弾が飛んできた!
そして私が避けた後、氷の弾は屋敷を破壊する前に砕け散る。
無駄に高度な事やってんな。
「はぁ。それで、何の話をしていたのかしら?」
「こいつの服装の話だ!」
「ああ……私もこれはないと思うわ。わざわざ、こんな服を作ってリンネに着せるなんて、メアリーも物好きよね」
ん?
なんか今、聞き捨てならない事が。
犯人はメアリーだったのか!?
超意外だ!
あいつに対するイメージが変わりそうだぞ。
「共犯者が大量にいるのも理解できないけれど、まあ、それはいいわ。どうでも。
で、あなたは何をしに来たのかしら、マグマ?」
「……ああ、そうだった。話が脱線しちまったな。俺はリンネに用があって来たんだ」
ん?
私か?
「辻斬りを釣り上げる作戦が出来た。協力してほしい」
「……ほう」
その言葉を聞いて、私はキリッと顔を引き締めた。
そして、詳しい話をするという事で、弟子どもと一緒にアレクの執務室へと向かったのだった。
……何故か、マグマとアレクが、ずっと苦い顔をしていたのが気になったがな。
◆◆◆
「それで? どういう作戦に決まったのかしら?」
執務室に入って早々、ユーリが本題を切り出す。
そんなユーリは、さすがに話し込むなら薄着はマズイと思ったのか、今はメイドから貰ったカーディガンを羽織っている。
……というか、当たり前のように付いて来たが、お前も参加するのか。
ユーリはこの件には関わっていない感じだったが、まあ、相手が大臣ともなれば無関係ではないし、ユーリにも話くらいは通すか。
それに、おそらく、アレクもユーリには相談してたんだろう。
相談場所が寝室とかベッドの上とかだったら、私がユーリの参戦を知らなくても不思議ではない。
「作戦を話す前に、まずは情報を整理するぞ。
例の辻斬りは大臣の手駒である可能性が極めて高く、その目的は大臣にとって不都合な有力者の暗殺だ。
ここまではいいな?
特にリンネ」
「何故に私を名指しする? そのくらいわかるに決まっているだろう」
まったく。
私は馬鹿ではないと何度言えばわかるのやら。
「なら、次だ。
その大臣にとって不都合な有力者、辻斬りの標的になり得る奴らの中には、プロミネンス公爵家も入ってる。
お前らや王家との繋がりも深く、アクロイド潰しにも一枚噛んでんだ。まあ、当然だな」
だろうな。
プロミネンス公爵家は、代々当主が王国騎士団長を襲名してきた名家。
王家との繋がりは言うまでもなく、マグマが私の弟子になってる事からもわかる通り、ナイトソード家とも深い繋がりがある。
なにせ、マグマの祖母こと、先々代の当主が私の元上司だからな。
そんな力ある名家が敵対してるとなると、クソ虫一家としては、かなりヤバくて鬱陶しいだろう。
カゲトラ使って殺せるなら殺したいと思うのも道理だ。
まあ、無理だと思うが。
カゲトラじゃ、マグマには勝てない。
「でだ。近々、ウチの嫁と娘が王都を離れる予定がある。
隠居して領地にいる親父とお袋に会う為にな。
しかも、俺は仕事の都合で付いて行けねぇ。
腕利きで信頼のおける騎士達に護衛を任せるつもりだったんだが……辻斬りの予想以上の戦闘力を考えれば、その程度の無理は押し通してくる可能性がある。
つまり、辻斬りが俺の家族を狙ってくるかもしれねぇって訳だ」
マグマはギリッと歯を食い縛りながら、そう言った。
……なるほど。
たしかに、マグマは倒せなくとも、その家族を狙う事はできるのか。
三剣士や騎士団がすぐに駆けつけて来る王都の中では無理でも、少数の護衛しかいない旅の道中ならば……カゲトラの力を持ってすれば、やってやれなくはないだろう。
ん?
というか、今、サラッと聞き捨てならない話が出てきたような……ハッ!?
「お前、結婚したのか!?」
「驚くとこ、そこか!? 何を今さら……ああ、そういや、リンネには言ってなかったな」
驚いた。
純粋に驚いた。
でも、そうか、考えてみれば当然の事だな。
マグマはもういい歳だし、名家プロミネンス公爵家の当主だ。
跡継ぎの問題もあるだろうし、結婚していても何ら不思議ではない。
むしろ、結婚しない方がおかしい。
「あの、汗に濡れたユーリに発情してた小僧がなぁ……実に感慨深い。結婚おめでとう!」
「やめろぉ! 人の黒歴史を掘り返すなぁ!」
マグマが頭を抱えて悶え出した。
ユーリとアレクが、そんな事もあったなー、みたいな顔でマグマを見下ろす。
いたたまれない状況だな。
「だあああ! その話は忘れろ! 忘却の彼方に消し去ってくれ、頼むから!
それより、今は辻斬りの話だろうが!」
マグマが半ギレになりながら、無理矢理話題を戻した。
まあ、たしかに少し脱線したな。
反省しよう。
「つう訳で、作戦ってのは、ウチの家族を辻斬りが狙って来た場合に、その場で取り押さえるって寸法だ。
さっきも言ったが、俺は同行できねぇし、アレクやユーリが同行しても目立って辻斬りが来ねぇ可能性が高い。
だから、その仕事をリンネにやってもらいたい」
「ふむ。まあ、話はわかった」
私なら、そこまで目立たないからな。
知名度で言えば私もそれなりだが、アレク達と違って役職がないから、急にいなくなっても特に目立たない。
こっそりと馬車の中にでも潜り込んでおけば、敵の目くらい欺けるだろう。
だが、
「その作戦だと、お前の家族を危険に晒す事になるぞ?
それがわからないお前でもないだろうが……」
そこが問題なのだ。
もし、マグマが辻斬り退治を優先して家族を犠牲にする外道になったのなら、私も怒る。
だが、多分、そうじゃないだろう。
何故なら、マグマは作戦を語る時、凄まじく苦い顔をしていたのだから。
「……ああ。正直に言うと、こんな作戦やりたくねぇ。
ところが、当の嫁と娘が乗り気というか、引かねぇんだ。
領地訪問は前々から予定してた事。それを利用して早期に敵を釣り上げられるなら、やるべきです。
王国を守る騎士団長の家族として、危険な役割をこなす覚悟くらい決めています、とか言ってな。
どうしてこう、俺の周囲には気の強い女が多いんだ……」
ほほう。
それはそれは、中々に肝の据わった婦人だな。
まあ、それくらいでないと、プロミネンスの女は務まらないのかもしれん。
実際、私の元上司も、フレアの奴も、相当気が強かったしな。
血筋だけじゃなく、外から嫁に来た奴まで気が強いというのは……もはや運命だろう。
諦めろ。
「まあ、なんにせよ、そういう事なら私も文句はない。
それに、どのみち私が辻斬りをぶっ倒せば済む話だしな」
私がカゲトラに勝ちさえすれば、マグマの嫁も娘も無事に済む。
なら、何の問題もない。
もちろん、私が負ける可能性もあるが、その場合は私以外の護衛がなんとか逃がしてくれるだろう。
とりあえず、マグマの家族が死ぬ可能性はかなり低い。
安心するがいい。
「リンネさん、一応聞いておきますが、勝てるんですね?」
アレクが少しだけ心配そうな顔で尋ねてくる。
先日は剣をへし折られたと話したからな。
心配する気持ちもわかる。
だからこそ、私は自信を持って断言した。
「勝てる。私は勝てない戦いはしないからな。
絶対に勝てると言う程自惚れるつもりはないが、絶対に勝つとは言っておこう。
だから、安心して待っていろ」
その言葉はアレクだけではなく、マグマやユーリに対しての言葉でもある。
大丈夫だ。
師匠を信じろ。
そんな私の意思を正しく汲み取ったのか、ユーリが軽く肩をすくめてから口を開いた。
「だそうよ。昔より弱くなってるとはいえ、リンネの強さは本物。
ここは、リンネを信じましょう。
それで? 作戦開始はいつなの?」
「……今週末だ。リンネ、家族を頼んだぞ」
「任せろ!」
私は力強く宣言した。
必ずマグマの家族を守り抜き、カゲトラを討ち取ってやろうではないか!
首を洗って待っていろ、カゲトラ!
まあ、あくまでも護衛優先だがな。
優先順位を履き違えるような真似はしない。
と、そこで私の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
そういえば、言われていたんだったな。
何かあれば頼れ、と。
「マグマ。その作戦だが、知り合いの冒険者に声かけてもいいか?」
「ん? まあ、目立たない程度なら構わねぇが」
「わかった」
言質は取った。
これで、あいつを招く事ができる。
あいつになら、私がカゲトラと戦ってる時の護衛を任せる事もできるしな。
襲撃者がカゲトラ一人とは限らないんだから、その役目を任せられる奴は必要だ。
まあ、護衛も私達だけじゃないんだから必要ないかもしれんが。
それでも、戦力はあっても困らないだろう。
そして、その後は細かい事を話し合い、その日の会議は終了したのだった。




