48 お出かけ
そうして、次の日の放課後。
お出かけデートの時間。
王都の中央通りにある人気の服屋において、私はフリッフリのワンピースを着ていた。
「どうだ☆」
「うっ、吐き気が」
目元にピースを作って可愛いアピールをしてみれば、私のあまりの美少女オーラにやられたのか、シオンが口元を押さえて顔を青くした。
うむ。
我ながら、凄まじい破壊力だな!
「シオンさん! 失礼ですよ!」
「よくお似合いですわ、リンネさん!」
アリスがシオンを叱り、スカーレットは普通に褒めてくれた。
オリビアも、珍しく自分の意思を見せてコクコクと頷いている。
ふむ。
悪くない気分だ。
私の中にも、年頃の少女としての感覚が少しはあるのかもしれんな。
このお出かけデートの主導権を握っているのはスカーレットだ。
発案者である事以上に、スカーレット以外に舵を切れる奴がいなかったという理由がある。
私は年頃の連中がこういう時どうするのかわからんし、シオンはボッチ気質、オリビアは自己主張がない。
唯一アリスだけは可能性があったが、普段から出かける時はスカーレットに進行を任せているらしく、無理に自分が仕切ろうとは思わなかったようだ。
結果、外出先はスカーレットの意見が採用され、この女性用の服屋にやって来た訳だ。
そして、何を思ったのか、スカーレットはまるでナイトソード家メイド軍団のごとく、私を着せ替え人形にして遊び出した。
私が女っぽい私服を一着も持っていないと言ったら、何故かスカーレットの闘志に火が付いてしまったのだ。
私は当初なされるがままになっていたが、アリスがおずおずと参戦してきて、スカーレットに協力したところで、やる気に火が付いた。
ノリノリで着せ替え人形からモデルへと転職し、そこまでいくと何故かオリビアまで参戦してきて、ファッションショーは盛大に盛り上がった。
シオンだけを蚊帳の外にして。
まあ、奴には審査という重要な役目があるんだがな。
その役目を果たせているかは、正直、微妙なところだが。
代わりに、アリスに聞いてみよう。
「アリス、どう思う?」
「とっても可愛いですよ」
「よし、買おう!」
即行で購入を決意する。
こういう服を着る機会はあまりないが、アリスが褒めてくれるのならば、何着か持っていても損はあるまい。
「まったく! リンネさんは素材が良いのですから、磨かないのはもったいないですわ!
いくら以前が以前でも、今は今! もっと女の子としての自覚を持ち、女の子としての魅力を磨いても罰は当たりませんわよ!」
「む」
スカーレットの言葉に、少し考える。
たしかに、私は元男だが、今は母の美貌を受け継いだ美少女。
その魅力を磨かないのはもったいない、いや、母に対して失礼ではないだろうか?
これからは、もう少し認識を改め、少しは女らしくするべきかもしれん。
「……勘弁してくれ。女らしいリンネなんて鳥肌が立つ」
「シオンさん!」
まあ、シオンもこう言ってる事だし、女らしくは気が向いた時でいいか。
とりあえず、今日はアリスに勧められた服を数着買うだけにしておこう。
そうしよう。
そうして買い物を終え、再び街へと繰り出した。
ちなみに、今着ているのは、ミニスカートがキュートなファッションだ。
そして、履いてみてわかったが、ミニスカートって動きやすいな。
少しスースーするが、普段履いているショートパンツすら上回る動きやすさ。
いっそ、普段着にしてしまおうか?
悩むな。
そんな事を考えつつ、他の四人と喋りながら街並みを歩く。
シオンは荷物持ちだ。
さすがに、女四人に男一人という構成で、男一人であるシオンが荷物を持たないという選択肢はなかった。
もし拒否していれば、街行く人々から冷たい視線で見られていた事だろう。
そんな感じで歩いていた時、ふと、人だかりを見つけた。
道行く人々が足を止めて、その場に留まっているのだ。
なんぞ? と思って近づいてみると、近づくにつれて楽器の音色と歌声が聞こえてくるようになった。
どうやら、吟遊詩人が演奏しているらしい。
そして、人だかりが出来る事からもわかる通り、結構上手い。
耳に残る美声だ。
「せっかくですし、少し聞いていきましょうか?」
スカーレットの提案により、私達もまた他の通行人と同じく足を止めて演奏に聞き入った。
どうやら、この歌の題材は前世の私、『剣神』エドガーの物語のようだ。
私が剣神になる前の話、『剣姫』シャーロットこと、シャロとのラブストーリーを歌っている。
今は、敵に拐われたシャロを私がカッコよく救い出すシーンだ。
使い古された題材だが、歌い手の腕が良いのか、感動的な良い曲に仕上がっている。
「これって本当の事なんですか?」
その演奏を聞いたアリスが小声で質問してきた。
モデルが目の前にいるという事で、気になったらしい。
「本当の事だぞ。まあ、かなり脚色が入っているがな」
この歌に登場する私はやたらとカッコよく、シャロがやたらと素直で可愛らしいが、まあ、嘘は語っていない。
史実と言えば史実だ。
「へ~!」
それを聞いたアリスは、興味津々といった感じで歌を聞く事に集中した。
さすがに、ここまで美化された歌を孫に聞かれるのは、少しこそばゆいな。
逆に、シオンは実に胡散臭いものを見る目で私と吟遊詩人を見ている。
そこまで疑われると、それはそれで腹立つ。
そうしている間に演奏が終わった。
場は拍手喝采に包まれ、吟遊詩人目掛けて大量のお捻りが舞う。
私も金貨を投げておいた。
孫を楽しませてくれた礼だ。
遠慮なく受け取るがいい。
「ありがとうございます。では、好評につき、もう一曲歌わせていただきましょう」
お捻りを投げて立ち去ろうとしたが、その言葉を聞いて私達の足は止まった。
そして、吟遊詩人は楽器を構え、次の曲名を口にする。
「『若き英雄達の歌』」
そうして歌われ出したのは、遠方で活動する若き冒険者パーティー『英雄の剣』をモデルとした歌。
『英雄の剣』。
かつて、今世の私が幼馴染達と共に結成した冒険者パーティーだ。
しかも、歌の内容は私の知らない出来事だった。
つまり、この歌は私達が脱退した後の『英雄の剣』の活躍を歌っている。
内容は、どこかの迷宮を面白おかしく攻略する物語。
実にあいつららしい。
「あいつらも元気でやってるみたいだな」
「……ああ」
私の独り言に返事があった。
返事をしたのはシオンだ。
やはり、幼馴染として、元パーティーメンバーとして、あいつらの現状は気になるらしい。
「お知り合いですか?」
「ああ、幼馴染だ。私とシオンもこのパーティーに入ってたんだぞ」
「あ、そうだったんですか」
「そういえば、聞いた事がありましたわ。『天才剣士』が所属していたパーティーの話を。
なるほど、彼らがそうなのですね」
それを聞いた事で、アリス達の歌への関心が高まったらしい。
さっきの私の歌の時と同じくらい、真剣に聞き入っている。
まあ、この歌もベル達の活躍がコミカルに表現されていて、聞いてて楽しい。
やはり、この吟遊詩人は良い腕している。
そんな感じで、再び演奏が終わった。
またも拍手が巻き起こり、お捻りが宙を舞う。
私も、もう一度お捻りを投げておいた。
今回は銀貨だ。
あいつらの歌に金貨を払うというのも変な気分だったので、ちょっとケチッた。
すまんな、吟遊詩人。
そうして演奏は今度こそ終わり、吟遊詩人は大量のお捻りを持ってホクホク顔で帰って行った。
私達も、これ以上この場所に留まる理由もないので、お出かけデートを続行。
色々な店を周り、女の買い物(特に王女というセレブの買い物)がいかに凄まじいかを身を以て体験し、荷物持ちが闘気を解放しなければならない事態になった。
それでも、なんだかんだで楽しい時間だった。
しかし、それもそろそろ終わりだ。
日が傾いてきている。
辻斬りが出没する昨今、夜の外出は危ない。
つまり、お出かけデートはここまでだ。
元々、放課後の時間を使っていたが故に、あまり長時間の外出は無理だったのだ。
こればかりは仕方がない。
「さて、では帰るか」
「はい」
「そうですわね」
「やっと、終わった……」
約一名、荷物持ちの生気がなかったが、まあ、気にする事はあるまい。
シオンは、この程度でくたばるような男ではない。
放置すれば、明日には元気になっているだろう。
「リンネちゃん、今日は楽しかったですか?」
帰り道で、ふとアリスがそう尋ねてきた。
もちろん、答えは決まっている。
「ああ! 凄く楽しかったぞ!」
私は、心からの笑顔でそう言った。
辻斬りのせいで、どうしても少しピリピリしていた心が洗われたような気がする。
良い息抜きになった。
是非とも、また皆で来たい。
「それは良かったです」
私の返事を聞いたアリスは、とても優しく微笑んだ。
まるで、心のつかえが取れたかのような笑顔だった。
……もしかしたら、アリスは私達が辻斬りと対峙した件を、まだ気にしていたのかもしれない。
気にするなとは言ったが、それでも気に病んでしまう優しい子だという事は知っている。
もし、こうして元気な姿を見せた事で、アリスの心に安心を与えられたのなら良かった。
なんとはなしに、そんな事を思った。
◆◆◆
そして外出を終え、皆で学校へと帰り、それぞれ寮の部屋へと戻った後の事だった。
「あ!」
私はある用事を思い出した。
別に今日やらなければならない用事ではない。
だが、なるべく早く済ませたいと思っていた用件だ。
まだ日は沈んでいない。
急げば、すぐに戻って来れるだろう。
「行くか」
即決即断。
私は再び寮を飛び出し、駆け足である場所へと向かった。
目的地は、とある商店。
王都の中でもかなり大きく、様々な商品を扱っている有名店だ。
受付で名前を告げ、しばらく待つ。
そうすると、従業員に上階の部屋へと案内された。
そこには、何人かの護衛を連れた、一人の老人の姿が。
「爺さん、来たぞ」
「おお! 待っとったぞ、リンネちゃん。
さあさあ、約束通り、良い剣を揃えておいたぞい」
そう言って従業員に指示し、色々な剣の積まれた台車を運ばせている老人の名は、ヤコブ。
辻斬りことカゲトラと遭遇した事件において、私達が護衛していた商人だ。
カゲトラの狙いは私だったようだが、タイミング的に本来の狙いはこの爺さんだったんじゃないかと、私は睨んでいる。
まあ、それはともかく。
私は、爺さんが約束通り用意してくれた名剣の数々を物色していった。
一本一本振ってみて、自分に合うかどうかを確かめる。
その結果、次の愛剣候補は三本にまで絞られた。
「うーむ……悩むな」
そう呟きながら、もう一度一本ずつ手に持って確認する。
今度は、爺さんが剣の解説を入れてきた。
「それは世界最硬と言われる鉱石、アダマンタイト鉱石を素材に作られた剣じゃな。
耐久性において、その剣の右に出るものはないじゃろう」
そんな解説をされたのは、飾り気のないシンプルな形状をした剣。
世界最硬の鉱石を使っているという話だが、見た目は普通の剣だ。
質実剛健と言った感じで私好みではあるが、少し刃渡りが長く、今の身体に合わない。
まあ、このくらいなら、振ってる内にすぐ慣れるとは思うんだが、そこが決めかねている理由だ。
アダマンタイト製の剣を置き、次の剣を手に取る。
「黒剣。武具の素材として優秀な金属、黒鉄を使った剣じゃな。
アダマンタイトには僅かに劣るが、強度は保証付き。
何より、黒鉄特有の凄まじい破壊力を秘めておる。
それもまた、おすすめ商品じゃな」
次に手に取ったのは、漆黒の剣身を持った剣。
大きさはアダマンタイト製と同じくらい。
しかし、重い。
黒鉄特有の重さがある。
闘気を纏えば問題なく扱えるレベルだし、これが破壊力の秘訣なんだろうが……微妙に好みと合わないな。
次だ。
私は、最後に残った剣を手に取った。
「それが一番のおすすめじゃぞ。なにせ、その剣は魔剣じゃ! それも、かなり高位のな!
さすがに十剣には劣るが、それがワシの店にある中で最高の剣であると断言しよう」
爺さんの言う通り、その剣は魔剣だった。
意識して使えば、魔剣特有の擬似闘気が私を包み込む。
爺さんの言葉に嘘はなく、私の目利きが正しければ、この剣は相当高位の魔剣だ。
おそらく、格としてはドレイクの持っていた剣と同格のレベル。
普通なら、金貨何千枚という価値があるだろう。
それを、爺さんは格安で売ってくれると言っている。
それでも相当の額にはなるが、S級冒険者の稼ぎを持ってすれば、払えなくはない額だ。
しかし、
「うーむ……」
私は悩む。
硬度ならばアダマンタイト製。
破壊力ならば黒剣。
性能重視ならば魔剣だ。
魔剣に関しては、擬似闘気を纏えば硬度の面でも他の二つを超えるだろう。
だが、しかし。
魔剣には大きな欠点がある。
今の私は自分の闘気の反動にすら耐えられず、全開の闘気に耐えられる時間は約十分しかない。
そこにこの魔剣による擬似闘気を上乗せすれば、その制限時間は一気に縮むだろう。
一分か、二分か。
おそらく、その程度の時間しか全力は出せない。
切り札としてはアリだが、一分でカゲトラを倒せるかと言われると即答はできない。
やはり、魔剣はなしだな。
そうじゃなくても、普通に高いし。
そうなってくると、残るはアダマンタイト製と黒剣の二つ。
どちらも一長一短だ。
おそらく、どちらを選んでも総合的には大差ないだろう。
ならば、自分の好みを優先するか。
「よし! 決めた!」
私は次なる愛剣を再び手に取った。
選んだのは、アダマンタイト製の剣。
どことなくグラムを思わせる、シンプルな剣だ。
やはり、私にはこういうのが合っている。
刃渡りに関しても、私が成長期である事を加味すれば、すぐに身体に合うようになるだろう。
よし、お会計だ。
「ふむ、それでいいのかね?」
「ああ。これに決めた」
「ふむ。ワシとしては魔剣を選んでほしかったが、まあ、自分で決めたのが一番じゃろうな。
よし! サービスしてやろう!」
「おお! 貰えるのか?」
「そんな訳あるかい! 値引きするだけじゃい!」
そんな訳で、私は新たなる愛剣を手に入れた。
お値段は金貨二十枚。
中々の大金だが、剣の性能を考えれば破格の値段と言っていい。
私は爺さんに礼を言い、ホクホク気分で店を出た。
しかし、ここで誤算に気づいた。
「……少し時間をかけ過ぎたな」
私が店を出た時には、もうすっかり夜になっていたのだ。
まあ、気をつけて帰れば大丈夫だろう。
襲ってくる輩がいれば、愛剣の試し切りをしてやる。
そんな感じで夜道を歩く。
若い美少女の一人夜歩き。
そこはかとなく危険な匂いがするが、私はあえて堂々と歩いた。
私はロリーな美少女だが、元剣神である。
警戒はしても、過剰にビクつく必要はない。
そうして歩いている内に、前方から不審な奴が歩いて来るのが見えた。
ボロい外套で全身を隠した奴だ。
身長やシルエットから男だとわかる。
だが、フードを目深に被って顔を隠した様子は、不審者の一言に尽きる。
こんな時間帯に出歩いている事といい、実に怪しい。
私はそいつと普通にすれ違い、━━その直後、そいつの首筋に新しい愛剣を添えた。
「こんな所で何をしている? 指名手配犯」
「なに、ただの散歩だ。外を出歩くなとは言われていないのでな」
その男は、首筋に剣を当てられた状態にも関わらず、至極冷静な声で返答した。
私に、現時点では戦う気がない事を見抜いているのだろう。
さすがに、こんな街中でこいつと戦えば、周囲がどうなるかわからんからな。
まあ、それもこいつの対応次第ではあるが。
「数日ぶりだな『天才剣士』。ここで会ったのも何かの縁。少し話さないか?」
そう言って不審者は私の方に振り向いた。
フードの中に見える、色素の抜けた白髪。
目の下のどす黒い隈。
風にはためく外套は、左腕の部分の袖が大きく風に流され、その中身が存在していない事を指し示している。
その不審者の正体は、数日前に私達と死闘を繰り広げた辻斬り。
堕ちた侍。
カゲトラに他ならなかった。




