47 連休明け
翌朝。
「おはよう!」
馬車で学校へと戻って来た私は、教室のドアを勢いよく開けながら、元気良く叫んだ。
クラスメイト達の注目の視線が私に集中する。
まあ、私は目立つからな!
色んな意味で。
「あ、おはようございます、リンネちゃん」
「アリス~! 久しぶりだな!」
「えっと、まだ三日ぶりくらいですよ?」
私はいつも通りアリスに飛び付き、クラスメイト達の視線が、注目の目から微笑ましいものを見る目に変わった。
平和だなー。
まるで、辻斬り騒動が夢だったかのようだ。
そうして、私がアリスとのスキンシップを楽しんでいた時、教室のドアが開いて、そこからシオンが入ってきた。
ボロボロの姿で。
どうやら、ライゾウとの修行はハードだったようだ。
「おはよう、シオン。だいぶ派手にやったようだな」
「ああ」
「え!? シオンさん、どうしたんですか!? と、とりあえず、ヒール!」
心優しいアリスが、シオンの惨状を見て治癒をかけた。
顔とかに付いていた傷が治っていく。
アリスに感謝するがいいぞ!
「助かる」
「それはいいんですけど……何があったんですか?」
「別に何もない。少し修行が激しくなっただけだ」
「え、ええっと……」
シオンの説明に納得してないのか、アリスが困ったように私を見てきた。
説明してくれという事か!
アリスが私を頼っている!
任せろ!
「シオンは辻斬りとの戦いに付いて行けなかった事を気に病んで、凄まじく強い侍に修行をつけてもらっていたのだ!
だから、何も心配する事はないぞ、アリス!」
「えっと、心配の前にツッコミどころが多すぎるといいますか……本当に何があったんですか?」
おっと、説明不足だったな。
私は、この連休中にあった事をアリスに説明した。
一から十まで。
戦闘狂のライゾウの事や、心配性のドレイクの事。
そして、辻斬りことカゲトラが、クソ虫一家の刺客である可能性が高い事まで語った。
なにせ、もし本当にそうなら、アリスだって他人事ではないからな。
カゲトラは、アリスの事も狙うかもしれん。
まあ、最後の最後に片腕斬り落としてやったから、しばらくは出てこないと思うがな。
失った四肢を復元するには、最高峰の治癒術師でも一週間はかかる。
それまでは、おとなしくしてるだろう。
「そ、そんな事が!? それってつまり、私のせいでお二人が……」
「それは違う!」
それだけは断じて違うぞ!
「クソ虫に挑んだのも、辻斬りに挑んだのも、私達の意思だ!
お前が責任を感じる事ではない!」
「ですが……」
「それに、悪いのはどう考えてもクソ虫だ! 責めるなら、自分ではなく奴を責めろ!」
そう言っても、アリスの表情は曇ったままだった。
しまった。
心優しいアリスに、ここまでの事情は話さない方がよかったか?
「リンネの言う通りだ。お前の責任じゃない」
「シオンさん……」
ん?
シオンが口を開いた。
慰めの言葉でも口にするのか?
「それでも気に病むのなら、今自分にできる事をして償いの代わりにすればいい。俺みたいにな。
どうせ今の俺達には、自分にできる事をする以外に、強い奴らの役に立つ手段はない」
おい、なんだ、その後ろ向きな言葉は!?
と一瞬思ったが、言葉とは裏腹に、シオンの声には後ろ向きな感情など欠片も籠ってはいなかった。
むしろ、向上心に満ちている感じがする。
自分にできる事をやる。
シオンの場合は修行して強くなり、いつか私達に並び立ってやろうという強い意思を感じる。
そして、どうやらその熱はアリスにも伝染したらしい。
「自分にできる事を……そうですよね。私も頑張ります!」
胸の前で小さくガッツポーズを作る頑張り屋のアリスは、とてつもなく可愛いかった。
よくやった、シオン!
アリスをこんな可愛い状態にするとは!
まさに、お前にできる事をやった結果だな!
褒めてしんぜよう!
「……なんだ、その目は?」
「称賛の目だ」
「馬鹿にしてるのか?」
そんな事はないぞ。
断じてな。
そうしてお喋りをしている内に授業開始の鐘が鳴った。
そして、教室のドアが三度開かれ、そこから担任のユーリが現れる。
「そこ、静かにしなさい。ホームルームを始めるわよ」
ユーリに注意されてしまったので、私はしぶしぶアリスとのお喋りをやめた。
教室が静かになったのを見計らって、ユーリが再度口を開く。
「さて、入学式から約二週間。あなた達もだいぶ学校に慣れてきた頃でしょう。
もう少しすれば、あなた達にとって最初の山場である武闘大会が始まるわ。
それが終われば迷宮への遠征や中間試験と、イベントには事欠かない。
気を引き締めて臨みなさい」
『はい!』
クラスメイト達が騎士候補に相応しい揃った声で返事をした。
アリスやシオンも同じだ。
私だけ少しタイミングがズレた。
私って、実は騎士に向いてないのでは……。
そんな一抹の不安を抱きつつ、私は日常に戻ったのだった。
◆◆◆
そして、昼休み。
「なるほど。そんな事がありましたの」
恒例となった、スカーレットとオリビアを交えたランチの時間。
二人に辻斬り騒動の話をしたところ、スカーレットからはこんな反応が返ってきた。
あまり驚いてないな。
「予想でもしてたのか?」
「まあ、予想はしていましたわね。騎士学校に潜伏させているオリビアからの報告で、フォルテが相当荒れている事は知っていましたから。
親に泣きついて何かしてくるのではないか、とは思っていましたわ。
さすがに、こんなに早く、しかも、そんな強敵とぶつかるとは思っていませんでしたが……」
スカーレットは、少し憂鬱そうに顔をしかめた。
カゲトラの存在を、思ったより深刻に捉えているらしい。
まあ、気持ちはわかる。
あのレベルの戦力は、欲しいと思って手に入るものではない。
それが敵の手駒の中にいて、しかも神出鬼没に現れて有力者を殺して回るというのだから、その厄介さは政治的に考えると本当に厄介なのだろう。
政治方面に疎い私ですら、はっきりヤバイとわかるのだから相当なもんだ。
「……まあ、わたくし達が憂鬱になっても仕方がありませんわね。
切り替えていきましょう!」
スカーレットはそう言ってパンッと手を叩き、重くなりかけた空気を変えた。
さすが王女。
切り替えが早い。
そう。
スカーレットの言う通り、この件に関しては、私達がいくら悩んでも仕方ないのだ。
向こうは神出鬼没の辻斬りであり、こっちから仕掛ける事はできない。
それを釣り上げる策に関しても、完全にアレク達頼みだ。
当事者である私すらも、半分蚊帳の外。
つまり、学生がいくら悩んでも無駄。
ならば、難しい事は大人にぶん投げて切り替えるしかない。
昔、トーマスとかに仕事を投げていた私のように!
その辺り、スカーレットはよくわかってるな。
さすが王女。
上に立つ者は仕事の投げ方が上手い。
「さて! 辻斬りに関しては身の安全に注意するしかないとして、明るい話題を出しましょう。
いきなりですが、明日の放課後あたり、皆でお出かけしませんか?
実は、フォルテが荒れているせいで騎士学校の生徒会の仕事が捗らず、しわ寄せがわたくしの方まできて、ストレスが溜まっているのです。
明日の放課後ならば時間が作れるので、気分転換に皆でお出かけしたいのですが、いかがでしょうか?」
スカーレットは楽しそうに微笑みながら、そんな事を言い出した。
ふむ、本当に話題を変えてきたな。
そして、お出かけか。
悪くない。
アリスとのお出かけ……!
「え? でも、不用意な外出は危ないんじゃ……?」
「いや、それは大丈夫だぞ、アリス。私がいる」
それに、最初にスカーレットと会った時のように、隠れ護衛も付いて来るだろうしな。
王女の護衛となれば、相当の腕利き揃いに違いない。
それこそ、全員で連携すればカゲトラの相手ができるようなレベルの。
私とそいつらが揃えば、何も心配する事はない。
それをアリスに伝えると、
「あ、それもそうですね。なら、私は構いません」
と、参加を表明した。
やったぞ!
おじいちゃん、最近ちょっとした臨時収入があったからな。
色々と買ってやろう。
存分に孫を甘やかすのだ!
「俺は遠慮しておく。女だらけの中に交ざる気はない」
「お、照れたか。このチェリーボーイめ」
「誰がチェリーだ」
お前だよ、シオン。
女性経験のまるでないチェリーそのものではないか。
私がお前くらいの頃は、既に恋人がいたぞ。
「まあ、チェリー云々は置いといて、お前も来い。荷物持ちだ」
「誰が行くか」
「リンネ様、荷物持ちでしたら私が」
と、ここまで背景だったオリビアが珍しく口を挟んできた。
それを見て、私はニヤリと笑った。
これはチャンスだ。
「聞いたか、シオン? オリビアは立派だなー。それに引き換え、お前は女の子に荷物持ちを押し付けて逃げるのか?
なんと情けない。騎士にあるまじき情けなさよ。騎士ならば、紳士的にレディをエスコートしてみせろ!」
「……チッ。むかつく言い回しだ」
そうして、シオンは「行けばいいんだろ、行けば」と若干キレぎみではあるものの、参加を表明した。
よし。
これで全員参加だな。
やはり、こういうのは「皆」で行った方が楽しいだろう。
「あの、リンネちゃん、強制はダメですよ?」
「いいんだよ、アリス。これも修行だ」
戦場と日常のスイッチを切り替える為のな。
常時戦場モードでは事務仕事に支障をきたす。
だからと言って、常時日常モードでは戦えない。
騎士たる者、その切り替えが大事なのだ。
まあ、当然、そんな事は建前だけどな。
「では、決定ですわね! 明日を楽しみにしていますわ!」
「おう!」
「はい、そうですね」
「……はぁ」
シオンだけはため息を吐いたが、黙殺する。
美少女四人とデートできるというのに、何が不満だと言うのか?
実に女っ気のない奴である。
何はともあれ、こうして私達は、放課後息抜きデートに行く事になったのだった。




