45 侍 VS 侍
「遅いぞ、ライゾウ!」
「すまぬ、リンネ殿! 尻を拭くのに思ったよりも手間取ったでござる!」
「大の方だったんかい!」
どうりで遅いと思った!
というか、そんなきったねぇ話、聞きたくもないわ!
「それはそれとして、お久しぶりでこざる、カゲトラ殿!
しばらく見ぬ間に随分と老けましたな!」
「シデンイン・ライゾウ……お前は変わらんな」
ライゾウと辻斬り、カゲトラは知己の仲であるかのように言葉を交わす。
ライゾウの家名みたいなものを知っている事と言い、やはり二人は知り合いではあったようだ。
だが、互いに殺気をぶつけ合っているのを見れば、決して仲が良い訳ではないというのはわかる。
一触即発。
今にも死闘が始まりそうだ。
そうして緊張が高まる中、ライゾウが声を張り上げた。
「カゲトラ殿! 貴殿に一騎討ちの決闘を申し込むでござる!
皆々様! 手出し無用に願いたい!」
「はぁ!?」
何言ってやがる!?
いや、言うんじゃないかとは思っていたが、本当に言いやがった!
この馬鹿!
戦狂い!
状況わかってんのか!?
「お前なぁ!」
「嬢ちゃん、言っても無駄だ」
思わず文句を言おうとしたら、ドレイクに止められてしまった。
いや、私とてわかっている。
わかってはいる。
まだ一日にも満たない短い付き合いだが、ライゾウの人柄は把握した。
あまりにも単純すぎて、簡単に理解できた。
あいつは、本当に生粋の武人なのだ。
強くなる事、強い者と戦う事だけが生き甲斐であり、それ以外には全く興味がない。
だからこそ、これは護衛依頼だとか、何を置いても勝利と依頼人の安全を優先しろとか、負ければ死ぬんだぞとか言ったところで、ライゾウには届かない。
そんな事、あいつには関係ないのだから。
ただ、強い奴と戦いたい。
それだけの為に、ライゾウはここにいる。
「……チッ! 負けて死んでも自己責任だからな!」
「感謝するでござる、リンネ殿!」
私はしぶしぶ引き下がった。
本当なら、後顧の憂いをなくす為にも、カゲトラはここで、ライゾウ含めた総戦力で袋叩きにして確実に仕留めたい。
だが、そう言ってもライゾウは聞かないだろう。
下手に横槍入れて機嫌を損ねられても面倒だ。
もういい。
勝手にやれ。
ライゾウが勝てばそれで良し。
負けた場合は、弱ったカゲトラを残った全員で潰せばいい。
もう、それでいいわ。
私とドレイクは、シオン達のいる馬車の前まで下がった。
治癒の使える護衛二人が、倒れた護衛達を治療している。
どうやら、私達が戦ってる間に回収したらしい。
「さて、これで邪魔は入らぬ! 貴殿が既に手負いの身であられるのは残念でござるが、それでも存分に戦いましょうぞ!
今度は試合ではなく、死力を尽くした実戦の中で!」
ライゾウが嬉しそうに笑いながら刀を構える。
それを鋭い視線で睨みながら、カゲトラもまた紅桜を構えた。
「いざ! 尋常に参る!」
そして、遂にライゾウが仕掛けた。
カゲトラに全く引けを取らぬ闘気を纏い、愚直に、正面から、最短距離を直進する。
速いな。
ドレイクと戦ってた時よりも遥かに。
まあ、試合の時と違って、魔剣の擬似闘気を使っている分、速くなって当然なんだが。
しかし、それを差し引いても、スピードならば、カゲトラよりもライゾウが上だ。
「一の太刀・斬!」
その勢いのまま、ライゾウはカゲトラに斬りかかった。
……だが。
「二の太刀・反鬼」
「ぬお!?」
カゲトラは半歩横にずれる事で、ライゾウの攻撃を冷静に避け、反撃の抜き胴を放つ。
ライゾウは凄まじい反射神経で後ろに下がり、これを避けた。
代わりに、ライゾウの攻撃も不発に終わる。
そして、ライゾウが距離を取って仕切り直しだ。
「太刀脚・天狗の型!」
ライゾウが加速し、今度は動き回りながらカゲトラを撹乱する。
その動きは、私の神脚乱舞に酷似していた。
どこの国にでも似たような技はある。
「九の太刀・旋風!」
「五の太刀・柳」
そのまま、ライゾウは四方八方から斬りかかる。
だが、カゲトラには届かない。
どんな風をも受け流す巨木の如く、全ての剣撃を紅桜で受け流している。
……あれは相性の問題もあるな。
同郷だからか、二人が使う剣術は同じ流派だ。
私の神速剣と違って、知り尽くされた動きと技では、カゲトラに一手届かない。
それに、なんとなくわかってはいたが、カゲトラの戦い方には隙がないのだ。
ユーリのように、守りに特化している訳でも、
マグマのように、攻めに特化している訳でも、
アレクのように、速さに特化している訳でもない。
全ての技が優れている。
全ての技に、並外れた修練の跡がある。
だからこそ、わかりやすい強みが紅桜以外に無いにも関わらず、奴は強い。
「さすがでこざるな、カゲトラ殿! 前に戦った時よりも遥かに強いでござるよ!」
だが、対するライゾウも負けてはいない。
攻め切れてこそいないが、反撃を食らう事もない。
それに、いくら攻めても、ライゾウの刀が紅桜に断ち斬られる気配はない。
何故なら、ライゾウが持つ刀もまた『十剣』の一つ。
本人曰く、実家から持ち出してきたという希代の名刀。
その名も、『雷刀電光丸』。
雷の魔剣だ。
そこから放たれる、雷を帯びた鋭い斬撃。
補助に、高威力の魔法攻撃。
それら全てを斬り裂き、受け流す紅桜。
二人が暴れる事に、攻撃の余波だけで森が原型を失ってゆく。
巻き込まれないようにするだけでも一苦労だ。
私達の目の前で、そんな凄まじい激戦が繰り広げられていた。
「……凄い」
ふと、隣からそんな呟きが聞こえてきた。
声の主はシオンだった。
シオンは、二人の侍の戦いを真剣な目で見つめていた。
同じ、雷の魔法剣士であるライゾウの戦う姿に、何か思うところでもあるのかもしれない。
「シオン。お前はあれを見て、どう思う?」
少し気になって尋ねてみた。
「……世界には、まだまだ強い奴が沢山いる。俺より強い奴が沢山いる。
俺は、あの戦いには付いて行けない。お前の戦っている世界には、まるで手が届かない。……未熟者だ」
シオンは、悔しそうに拳を握り締めた。
それはそうだ。
シオンは天才だが、まだまだ経験が足りない。
強敵との死闘という経験値が、圧倒的に足りていない。
ならば、そんな未熟なシオンのやるべき事は一つだ。
「だったら、この戦いを目に焼き付けとけ。
強者から、先を行く者から一つでも多く学び、盗み、糧として成長しろ。
私から言えるのはそれくらいだ」
「……ああ。言われなくてもわかってる」
そうして、シオンはより一層真剣に二人の戦いを観察、いや、分析し始めた。
それでいい。
「……坊主。一つだけ言っとくが、お前が弱いんじゃなくて、嬢ちゃんがおかしいだけだからな。そこは間違えるなよ?」
ドレイクがなんか言っていたが、気にしなくていいだろう。
そうして外野が騒いでいる内に、侍同士の戦いは戦況の変化を迎えようとしていた。
ライゾウが今までの猛攻をやめ、停止した。
その代わりに口を開く。
「ああ、楽しい! 心踊る! これ程の死闘は久方ぶり! この国に来て本当に良かったでござる!」
ライゾウが獰猛に笑う。
心の底から楽しそうな、修羅の笑みだ。
だが、対峙するカゲトラの目は、どこまでも冷たい。
「ならば、いい加減に本気を出したらどうだ?
手加減したままで死闘などと……侮辱も大概にいたせ!」
……今なんと言った?
手加減?
ライゾウが、手加減していただと?
そんな、馬鹿な……!?
「手加減とは人聞きが悪い。切り札を温存していただけでござるよ。
しかし! これ程の戦い! 切り札を切らぬままでいるのは、たしかに失礼! 非礼を詫びるでござる。
そして! お望み通りお見せしよう! これが拙者の全力でござる!」
そう言った瞬間、ライゾウの全身から稲妻が走る。
魔法を使ったというのはわかった。
だが、攻撃手段として使ったのではない。
ライゾウは、雷の魔法を身に纏ったのだ。
それは、まるで雷と一つとなったかのような、異様な姿であった。
「奥義・雷神憑依!」
そうして、雷となったライゾウが駆ける。
速い!
さっきとは比べ物にならない速さ!
単純な移動速度ならば、私すらも超えているぞ!
まさに、雷の如し。
雷を纏って速度を上げるとは……どんな理屈だ?
「一の太刀・斬!」
「くっ……!」
さっき簡単に防がれたのと同じ技。
だが、今は前提となる基礎能力値が違う。
先程とは違い、カゲトラも余裕を持って防ぐ事は叶わない。
それでも、防いでいる。
まだ倒せてはいない。
「雷速太刀脚! 雷旋風!」
「ッ!?」
再び、ライゾウがカゲトラの周囲を跳ね回り、四方から斬りかかる。
今度は雷のような速度で。
残像すら置き去りにして攻める。
「なめるなぁあああ!」
カゲトラが咆哮を上げ、紅桜を振りかぶって決死のカウンターを狙う。
紅桜と電光丸が真面目から激突した。
だが、これは……
「十一の太刀・虎鋏!」
「がっ……!?」
カゲトラの背後から飛来した雷の槍が、その背中に炸裂する。
後ろに回った時に魔法を使い、それが発動する前に正面に回って挟み撃ちか。
なんという早業。
そして、予想外の攻撃によって体勢が崩れた隙を狙い、ライゾウの一撃がカゲトラの脚を斬り裂いた。
そのままの流れで首筋に一閃。
だが、それは紅桜で防がれ、しかし、踏ん張りがきかずにカゲトラは地面を転がる。
その勢いが止まった後、カゲトラは疲労困憊の様子で地面に膝をついた。
これは勝負あったな。
「本当に、本当に楽しかったでござるよ、カゲトラ殿。
とても手負いとは思えぬ、実にあっぱれな強さでござった。
ですが、これで終わりでござる! 切捨御免!」
ライゾウがトドメを刺すべく疾走した。
カゲトラは……む?
何故か刀を構えず、右腕を宙にかざした。
正確には、右腕の手首に嵌まった腕輪をかざしている。
あの腕輪どこかで……ハッ!?
まさか!?
「転移!」
「む!?」
カゲトラに斬られる間際、カゲトラが腕輪に籠められた魔法を発動させた。
空間魔法の転移。
その場から退却する為の魔法。
逃がすか!
「神速飛剣!」
「ぐっ……!」
私の飛剣がカゲトラを斬り裂く。
しかし、それは左腕を盾に、犠牲にして防がれた。
片腕を切断するも転移は止まらず……
━━空間が歪み、カゲトラの姿が消えた。
「クソッ! やられた!」
まさか、あんな代物を持ち出してくるとは!
転移の腕輪。
本家の空間魔法と違ってランダムにしか飛べず、移動できる距離も酷く短い。
おまけに、一回限りの使い捨て。
そのくせ、馬鹿みたいに希少で、アホみたいな値段の付けられる骨董品だ。
そんなもんを使われるとは、完全に想定外だった。
だが、それ以上に!
「ライゾウ! お前、仕留めようと思えば仕留められただろ! 何故、逃がした!?」
「い、いや、その、逃げられたらまた戦えるのではないかという思いが、一瞬、脳裏を過ってしまい……」
「このアホが!」
まったく!
倒せた筈の敵をみすみす取り逃がすとは!
やはり、ライゾウに任せるべきじゃなかったか!?
「まあまあ、嬢ちゃん、落ち着け。
とりあえず全員無事……じゃねぇが、全員生きて辻斬りを退けられたんだ。今はそれで満足しとけ。な?」
「ぬぅぅ……」
まあ、ドレイクの言う通りではあるんだが。
しかし、奴を逃がした以上、また私達の命を狙ってくるぞ。
この依頼が終わったら、私の連休も終わってしまうし。
千載一遇の好機だったというのに……。
「う、うぅ……どうなってんだ?」
「隊長! 目が覚めたんですね!」
「よかったぁ!」
ふと見れば、勝手に突撃してカゲトラにやられた護衛達が起き出していた。
結構深い傷負った奴もいたが、命に別状はなさそうだ。
……まあ、たしかにドレイクの言う通り、護衛依頼は達成したし、誰も死なずに済んだ。
まことに遺憾だが、今はこれで満足しておくか。
こうして、私達は辻斬りを撃退したのだった。
◆◆◆
「ハァ……ハァ……」
深い森の中で、一人の男が荒い息を吐く。
紅色の妖刀、紅桜を持った辻斬り、カゲトラだ。
「またしても……またしても某は、あやつに勝てなかった……まさか、手も足も出せんとは……」
カゲトラは今、敗北の味を噛みしめていた。
そして、己の過去へと想いを馳せ、フッと失笑する。
「呪いに見入られ、紅桜を手にしようとも、結局何も変わらぬか。
なんと不様で情けない……」
カゲトラは、悔やむように、悔いるように、ただ苦しそうに笑った。




