43 護衛依頼
「た、頼む! そこをなんとかしてくれ!」
受付から聞こえてきた、なにやら切羽詰まったような老人の声。
そこそこ大きな声だったせいか、それとも悲劇的な匂いがするせいか、その声はギルドの中に意外と響いて注目を集めた。
といっても、何人かが「なんだ、なんだ?」って感じで目を向ける程度だが。
ちなみに、私達は全員が注目していたので、少し会話が止まった。
声の主はヨボヨボの爺さんだった。
とは言え、杖をつきながらも、しっかりと二足歩行をしているので、まだまだ元気と言った感じだ。
と、その時、その爺さんと話をしていた受付嬢が、憂鬱そうにため息を吐いた後、ふとこっちを向いた。
私達の方を見ている。
正確には、受付嬢の視線の先はドレイクだ。
そのまま、受付嬢は爺さんに断りを入れてから、こっちに向かって小走りで近づいてきた。
「ドレイクさん。すみません、少しよろしいでしょうか?」
「ん? どうした?」
「実は……あちらの方が護衛依頼を出したいと仰っているのですが、その条件にS級冒険者をご所望なんです」
む。
S級冒険者を護衛にしたいとな?
それはまた、ずいぶんと豪勢な護衛依頼だな。
何かありそうだ。
「なんでも、ご自分が例の辻斬りに襲われるかもしれないと考えられているようで。
それで、王都にいるS級はドレイクさんだけなので話を持ってきたのですが」
「そりゃあ……」
ドレイクが、嫌な予感がするとばかりの困った顔でチラリと私を見た。
私は笑った。
不敵にニヤリと笑った。
ドレイクの顔がウゲッって感じに歪んだ。
「お姉さん……その話、詳しく教えてくれ」
「え? あの、あなたは?」
「私はこういう者だ。話を聞く資格はあると思うが?」
そう言って、私は冒険者セット一式を入れてある腰の道具入れから、冒険者カードを取り出して受付嬢に見せつけた。
そのカードには、光輝くS級の文字が!
「え、S級の冒険者カード!? という事は、あなたが『天才剣士』ですか!? 王都に来てるとは聞いてましたが……!」
受付嬢の驚愕の声がギルドに響き渡る。
冒険者達が思いっきり私に注目した。
ので、パチッとウィンクしておいた。
何人かが胸を押さえて踞った。
奴らはロリコンだな。
要注意だ。
ちなみに、依頼人の爺さんもガッツリと私を見つめていた。
その目に浮かぶ感情は、ときめきではなく期待だったが。
「さて、じゃあ、詳しい話を聞こうか」
「は、はい!」
そうして、私は受付嬢に連れられて依頼人の爺さんの所へと向かったのだった。
何故か、当たり前のように他の三人も付いて来たが、気にする必要はないだろう。
◆◆◆
そして、現在。
「いやー、助かったぞい。
まさか、駄目元で出した依頼でS級冒険者を二人も雇えるとは思っとらんかった」
私達は例の依頼人の爺さん(ヤコブという名前らしい)の馬車に揺られながら護衛をしていた。
私達の配置は、爺さんの馬車の中に私とシオンの二人。
外の護衛達に交じって、ドレイクとライゾウの二人という感じで別れた。
そう、この依頼を受けたのは私だけではない。
他の三人も受けた。
ドレイクは私を心配して付いて来てくれた。
シオンは、自分も当事者だからと言って付いて来た。
ライゾウ?
奴は強い奴と戦うのにワクワクする戦闘狂だからな。
辻斬りとの対戦を望んで付いて来た訳だ。
「リンネ殿! 短い間ですが、よろしく頼むでござる!」
と言っていた。
まあ、ライゾウは冒険者資格を持っていなかったので一悶着あったんだがな。
だが、結局はその戦闘力を爺さんが見込んで、護衛として直接雇い入れる形となった。
なんにせよ、これでS級クラス三人にA級一人という、かなりの戦力が集まった訳だ。
実に頼もしい。
これなら、辻斬り相手でも十二分に勝ち目があるだろう。
それに加えて、外には護衛として爺さんの私兵が十人くらいいる。
どうもこの爺さん、かなり臆病な性格してるらしく、私兵だけじゃ戦力が足りないと考えて、追加で冒険者を雇おうと思ったらしい。
本人曰く、「安全を金で買えるなら安いわい!」との事だ。
まあ、この場合、臆病というよりは慎重。
辻斬りの脅威を正しく認識してると言うべきか。
たしかに、本当に辻斬りが襲撃して来た場合、爺さんの護衛達だけだと守りきれないだろう。
護衛達が弱い訳じゃない。
物腰とかをパッと見ただけだから詳しくはわからないが、それでも一人一人からB級冒険者並みの強さを感じた。
強い奴だとA級クラスに達してるかもしれん。
B級といえば、昇格する為に試験が必要な一流の冒険者。
それと同等以上の護衛というのは、一商人を守るにしては、むしろ過剰なくらいだ。
だが、それでも辻斬りには勝てないだろう。
今入ってる情報だけで考えても、件の辻斬りは相当強い。
依頼を受ける時に、今まで辻斬りの犠牲になってきた奴らの事や、現在判明している辻斬りの情報を教えてもらったが、
アレクの言ってた通り、爺さん以上の権力者や騎士なんかも辻斬りに殺られていた。
その中には爺さん以上の護衛を雇ってた奴もいただろうし、騎士とかは普通に、ここの護衛達よりも強い。
それが殺られてんだから、爺さんが安全とは言い難いわな。
加えて、辻斬りがライゾウの言っていた知り合いだった場合、危険度は更に跳ね上がる。
ライゾウの話によると、そいつはカゲトラという男で、昔は和国でも有名な剣豪だったらしい。
貧しい生まれながら、並外れた努力で成り上がり、和国でも一、二を争う実力者とまで呼ばれるようになった立派な侍だったとか。
ところが、カゲトラは数年前、何かが原因でダークサイドに落ちたらしく、呪われた国宝『紅桜』を盗んで国を脱走。
それ以来行方知れずとなり、今回、ライゾウがカゲトラと特徴の合致する辻斬りの情報を掴んで追って来たと。
まあ、ライゾウがカゲトラを追いかけている理由は、国の命令とかではなく、強い奴と戦いたいという極々個人的な理由だがな。
なんでも、ライゾウは前にもカゲトラと戦った事があるらしく、十剣の一つを手に入れてより強くなったカゲトラと戦いたいんだと。
「拙者、ワクワクしてきたでござる!」だそうだ。
この調子だと、負けて死んでも本望だろう。
そんなライゾウの思惑は置いておくとして。
辻斬りの正体が本当にカゲトラだった場合、私達は十剣を持った和国最強クラスの剣士を相手にしなければならない、という事になる。
それがどれだけ強いかと言えば……下手したら弟子どもクラスだろうな。
つまり敵の戦力は、最悪、グラディウス王国最高戦力『三剣士』と同等。
全盛期より遥かに弱くなった私一人だと、正直、勝率は半分を切るだろう。
ドレイク達を連れて来て良かったと心底思う。
別に、私はライゾウみたいな武人じゃないからな。
一対一にも、真剣勝負にも拘りはない。
危険な敵を袋叩きにできるのなら、それが最善だ。
まあ、それも辻斬りが本当に襲撃してくればの話だが。
私達を乗せている馬車が止まった。
休憩、ではなく野営の時間だ。
見れば、日は完全に傾いている。
時刻は夕方。
今日はここまで。
到着は明日という事だ。
なにせ、爺さんが目指してる街までは、馬車でまる一日かかる。
私がギルドに行ったのが昼前。
そこから諸々の準備を整え、出発したのは午後だった。
故に、途中で野営する事になるのは最初から決まってた訳だ。
本当は朝一番で出発して、その日の内に着くのが理想なんだが、爺さんがギリギリまでS級冒険者の護衛を求めてギルドでごねたせいで遅れたらしい。
なんでも、かなり前からギルドに通って申請し、それでも諦めずに時間ギリギリまで粘ったとか。
だが、そこまでしても爺さんの予想が外れる可能性もある。
すなわち、辻斬りが現れない可能性だ。
「本当に来ると思うか?」
野営の準備を手伝ってる途中で、シオンが聞いてきた。
主語が欠けているが、このタイミングで話題に上る事など辻斬り以外にないだろう。
「まあ、普通に考えたら来ない方が良いんだがな」
襲撃なんて、起こらない方が良いに決まっている。
爺さんが払った私達への依頼料は、無駄使いになってくれた方が良い。
個人的には、戦力が揃っている今の内に辻斬りを仕留めたいという思惑もあるが、それはそれ、これはこれだ。
「だがな。護衛ってやつは、襲撃があると思ってやるもんだ。そうしないと、いざという時に対応できない。警戒は怠るなよ」
「……ああ」
私の言葉を受けて、シオンは気を引き締め直したように真剣な表情になった。
うむ。
さすがA級冒険者。
物わかりが良くて助かる。
「リンネ殿! 拙者はちと厠に行って来るでござるよ!」
それに比べて、こいつは……。
緊張感がないな。
それに、厠?
厠……?
ああ、便所の事か。
「とっとと済ませて来い。じゃないと、戦いに遅れても知らんぞ」
「むむ! それは困る! では、急いで行って来るでござる!」
そうして、ライゾウはどこかへと走り去って行った。
まあ、生理現象なら仕方ないが、何故、私に言った?
持ち場離れる宣言なら、ドレイクにでも伝えりゃいいだろうに。
だが、ライゾウが消えた直後に、そいつが現れた。
ズシン、ズシンと地響きを立てて、森の中から一匹の魔物が這い出して来る。
大きさは約五メートル。
岩のような鱗を持った、巨大なトカゲ。
ロックリザードという魔物だ。
「敵襲! 魔物だ!」
護衛達のリーダーっぽい奴が声を張り上げる。
しかし、その声に動揺はない。
むしろ、落ち着いてすらいる。
それも当然。
ロックリザードは図体こそデカイが、その正体は危険度Dの雑魚。
鱗が固くて倒すのが面倒ではあるが、その分、動きがあまりにも遅い。
駆け出しのF級冒険者ですら、普通に走って逃げられる相手だ。
戦闘になっても、それ程強くない。
ここの護衛達なら楽勝だろう。
そして、私達は事前に取り決めた通りのフォーメーションを取った。
護衛達がロックリザードの前に立ち塞がり、私達は爺さんを頑丈な馬車の中に叩き込んだ上で、馬車を守れる位置へと移動する。
役割分担というやつだ。
私達は対辻斬り用の戦力という事で体力を温存し、それ以外の奴は護衛達が相手をする事になっている。
護衛達がロックリザードを取り囲んだ。
魔法使いが魔法の発動準備を始め、まずは遠距離攻撃で弱らせようとした時。
━━突如、頑健な筈のロックリザードの巨体が、真っ二つに割れた。
「どうやら、戦う準備はできているようだな」
『ッ!?』
そして、それを成したと思われる人物が、濃密な殺気を放ちながら現れた。
色素の抜け落ちた長い白髪。
目の下のどす黒い隈。
右手に紅色に輝く不気味な刀をダラリとぶら下げた、幽鬼のような出で立ちをした一人の男。
手配書に描かれた通りの出で立ち。
「貴殿らに恨みはない」
男が、語る。
「だが、これも仕事だ。手向かう者は、悪いが死んでもらう」
そして男は、紅色の刀を私達に向けた。
「いざ、尋常に参る」
辻斬りが、地面を蹴って駆け出した。




