41 雷の侍
屋敷を出て、冒険者ギルドへとやって来た。
実は、ここ王都の冒険者ギルドに来るのは、地味に初めてである。
あくまでも、今世ではという注釈が入るがな。
前世では酒場として、しょっちゅう利用していた。
修行の一環で盗賊に売り払った弟子どもが疲労困憊で王都に帰って来た時、その弟子どもを売った金で飲んでた私と、ここの店先で鉢合わせた時は軽い修羅場になったっけ。
懐かしいな。
そんな、ちょっとした思い出の残るギルドの開け放たれた扉を潜って中に入る。
ん?
なんか、前と雰囲気が違うな。
ギルドの中がやけに騒がしい。
耳を澄ませば、いや、澄まさなくとも冒険者達の騒ぐ声が聞こえてくる。
野太いおっさんの歓声が聞こえてくる。
何があった?
気になって、騒ぎの元へと足を向ける。
冒険者達が騒いでいる場所は、ギルドの裏手にある訓練施設。
そこでは、二人の男が木剣を手に、結界の中で激しい戦いを繰り広げていた。
「やぁあああああ!」
「うらぁああああ!」
雄叫びを上げながら激突する二人の男。
一人は、私もよく知っている眼帯を付けた中年。
左腕に特徴的な魔道具の義手を付けたS級冒険者『隻腕』のドレイク。
色んな所を旅する流離いの男……の筈なのだが、何故かちょくちょくエンカウントするレア度の低いS級だ。
だが、そんなのでも実力は確か。
私と同じS級冒険者の称号は伊達ではなく、本気の私を相手にしても勝ち目があるような実力者である。
しかし、注目すべきは、そんなドレイクと互角以上に渡り合う対戦相手の方だ。
若い男だった。
年齢は二十代前半くらいか。
ここら辺では見ない特徴的な服、たしか和服と言ったか? それを着ている。
その名の通り、大陸の東にある和国で使われているという衣服だ。
腰に刀も差してるし、彼は和国の剣士、侍というやつだろうか?
まあ、私は和国に行った事がないから詳しくは知らんが。
それは置いておくとして、侍(仮)の凄まじいところは、その剣技だろう。
技術で言えば、完全にドレイクを圧倒している。
加えて、当たり前のように闘気を纏い、その出力もまたドレイクよりも上。
つまり、この侍は普通にドレイクよりも強いのだ。
ドレイクも義手の機能を上手く使ったトリッキーな動きで翻弄して食らいついてはいるが、地力に差がある。
このままでは敗北必至だろうな。
義手に仕込んだ魔道具の数々を使えばまだわからないんだが、ドレイクはこういう場所で手の内の多くを明かす奴ではないから、それで逆転するという可能性は低いだろう。
驚いた。
まさか、こんな実力者がポンと現れるとは。
そして、そんな世界有数の実力者同士の戦いを見て、冒険者達は大いに盛り上がっている。
一人の戦士として、この戦いに胸を熱くしているのだろう。
「頑張れドレイクさん! あんたに金貨十枚賭けちまったんだよ!」
「負けるな兄ちゃん! 勝ってくれたら賭け金でなんか奢ってやるから!」
「ああああ! ドレイクさんが追い詰められていく! 俺のなけなしの生活費がぁああああ!」
違った。
ただのギャンブルによる熱狂だった。
この賭け狂いどもが!
もう少し、まともな観戦はできないのか!?
まあ、私も前世でたまにやってたがな。
だが、さすがにギャンブル中毒者ばかりではないようで、中にはまともに熱狂してる奴らもいる。
一見クールを装って目が燃えてる奴とかもいるな。
というか、あれシオンじゃねぇか。
失踪したと思ったら、こんな所に来てたのか。
ふむ。
どうせなら、こういうのは知り合いと一緒に見た方が楽しいな。
私はシオンに近づいた。
「よう、シオン!」
「……リンネか」
何故か、シオンは不機嫌そうな声で応えた。
そして、近づいてみてわかったんだが……シオンがなんか汚れている。
具体的には、服に土と血の汚れがある。
「その服どうしたんだ?」
「……お前が知る必要はない」
あ、なんとなく察した。
ドレイクか侍のどっちかに勝負挑んで負けたな、これは。
シオンは前に、ベル達と一緒にドレイクに挑んで、こてんぱんにされた事があるから、リベンジを挑んだとしても不思議じゃない。
侍の方は……よく見ると、シオン以外にも服が汚れてる奴らが何人かいる。
ドレイクとドンパチやってる事といい、道場破りにでも来たのかもしれんな。
「シオン。何があったのか説明してくれ」
「……まあ、いいだろう。まず、俺は学食代を稼ぐ為に、何か依頼を受けようとしてギルドに来たんだが」
おい、思考回路が私と同じじゃねぇか。
幼なじみって似るのだろうか?
「そこでドレイクに会った。そうして世間話をしている内に話題は俺の成長の事になった。「ちょっとは強くなったか?」と聞かれて、その後は……クソッ」
ボコボコにされたと。
まあ、だろうな。
今のシオンとドレイクでは、まだドレイクの方が強い。
だが、天才シオンは凄まじい速度で成長している。
この前、アリスと一緒にちょっと特訓しただけで、クソ虫相手でも勝てんじゃね? ってレベルまで強くなったからな。
私の見立てでは、あと二年もあればドレイク超えるんじゃないか?
もっとも、この見立てには、ドレイクが老化によって衰える事も計算に入っているが。
「まあ、それはいい。で、その後だ。あいつがギルドに現れたのは」
そう言って、シオンはドレイクと戦ってる侍を指差した。
シオンの話によると、あの侍はギルドに入って開口一番こう言ったらしい。
『たのもーーーう! 拙者は道場破り! このギルドで一番強い方と戦わせてほしいでござる!』
道場破りなら道場に行け。
一瞬そう思ったが、考えてみれば道場というのは未熟な奴が教えを乞う為に通う場所だ。
道場で強いのは教える側の人間だけであり、それなら戦闘力で生計を立ててる冒険者に挑んだ方が、結果的に強い奴と戦えていいのかもしれない。
で、その発言を聞いた腕自慢の冒険者達が、
『おうおう兄ちゃん。最強に挑むなら、まずは俺達を倒してからにしてもらおうか』
『ドレイクさんが出るまでもないぜ!』
『やっちまえ!』
という感じで、侍に突っ掛かって行ったと。
そして、案の定、全員が一瞬で叩きのめされ、酔った連中が「次は俺だぁ!」と言って突撃し、騒ぐのが大好きな連中が賭け事を始め、やんややんやと盛り上がって現在に至ると。
というか、王都最強の冒険者はドレイクなのか。
あいつ流離いだから、よそ者だろうに。
それで良いのか、王都の冒険者ども。
だが、実は王都にいる冒険者は、他の街にいる奴らより弱いんだよな。
なんせ、王都には大量の兵士と騎士がいる。
魔物の討伐とかは冒険者に頼るまでもなく、必然的に冒険者は仕事がなくなって、迷宮とかが溢れてる辺境に行く訳だ。
したがって、王都にいる冒険者は、駆け出しか、流離いか、あるいは王都に根を張った奴だけ。
ドレイクが最強扱いされるのもわかる。
まあ、それはともかく。
「で、シオンもあれに挑んだのか?」
「………………チッ」
挑んだらしい。
それで、ボコボコにされたと。
まあ、だろうな。
ドレイクにも勝てないのに、ドレイクよりも強い侍に勝てる訳がない。
相性もあるとは思うが、やっぱり地力が違う。
だが、強い奴にガンガン挑むのは良い事だ。
強い奴との戦闘経験は、確実に自分を成長させてくれる。
私は、不機嫌そうなシオンを温かい目で見た後、試合の方に目を向けた。
「湯煙!」
お。
ドレイクが勝負を仕掛けた。
前にシオン達を倒した技、煙幕で相手の視界を奪う魔法だ。
あれは自分の視界まで塞いでしまうが、ドレイクには何かしら視界に頼らずとも相手の位置を捕捉する手段があるんだろ。
私も、視界を奪われた程度じゃ負けないしな。
しかし、それを侍は、
「飛剣・嵐天!」
雷を纏った衝撃波で吹き飛ばした。
おお!
あれは嵐にシオンと同じ雷魔法を加えた技か!
完成度高いな。
「破ッ!」
「うおっ!?」
そして、目眩ましが失敗に終わったドレイクは、侍の反撃に合って木剣をはたき落とされた。
だが、
「アームド・ブースター!」
ドレイクは、剣を振り抜いて動きの止まった侍に、至近距離から予測困難な一撃を放った。
射出された義手の拳が、剣の間合いを飛び越えて懐に届く。
しかし、
「……参った」
侍は驚愕に目を見開きながらも冷静に対処した。
体を回転させて拳を回避し、そのまま流れるように木剣をドレイクの首筋に添えたのだ。
あの一瞬で見事な判断だったな。
「ふぅ。貴殿こそ見事でござった、ドレイク殿! 勝負を受けていただき、誠に感謝するでござる!」
侍の勝利で試合が終了し、二人を囲っていた結界が解除される。
賭けに勝った負けたで、冒険者達の悲喜こもごもの叫びが響き渡った。
まあ、それはどうでもいい。
「ドレイク!」
「ん? おお、嬢ちゃん。見てたのか。……カッコ悪いとこ見せちまったな」
「気にするな。お前のカッコ悪いところなんて見飽きてる」
「……そうか」
元気がないな、ドレイク。
疲労のせいもありそうだが、侍に負けたのが余程ショックと見た。
「ドレイク殿。こちらのお嬢さんは?」
「ああ、元仲間の娘だ。こう見えても強ぇぞ。俺と同じS級冒険者だ。下手したら俺よりも強ぇかもな」
「なんと!? その齢で、しかも女子の身でありながら、ドレイク殿よりも!? 凄まじいでござるな!」
「ハッハッハ! そうだろう、そうだろう!」
おい、ドレイク。
何故にお前が自慢げに話す?
というか、仲良いなお前ら。
あれか?
戦う、倒す、仲間になる、というやつか?
「申し遅れた! 拙者の名はライゾウ! 武者修行の為に国元を飛び出した流浪の武芸者にござる!
お嬢さん! よろしければ、貴殿の名を教えていただきたい!」
「ん? まあ、いいが。私はリンネだ」
「では、リンネ殿! 是非とも拙者と戦ってくだされ! いざ、尋常に勝負でござる!」
侍のライゾウが勝負を仕掛けてきた。
いきなりだな。
強者と見れば見境なしか、こいつ。
「……お前、疲れないのか?」
シオンやドレイクと戦った後だろうに。
「ハッハッハ! 拙者、体力には自信があるでござるよ! それに、強者との戦いは拙者の生き甲斐!
そのせっかくの機会を、疲れたなどという理由で捨てたくないのでござる!」
あー、なるほど。
こいつは戦闘狂か。
昔のシオンみたいに理由ありきで強くなりたいのではなく、純粋に強くなる事が楽しくて、鍛え上げた力を強敵相手に思う存分振るいたいと考えるタイプ。
要するに、生粋の武人と見た。
「別に戦ってもいいが……悪いな。今日はやめておく」
「そこをなんとか!」
「無理。これから辻斬り退治なんだ。余計な体力は使えない」
「辻斬り、でござるか?」
まずは受付で辻斬りの情報を仕入れて、辻斬りが狙いそうな奴の護衛依頼でもあれば、それを受ける。
まあ、そんな依頼が都合よく転がってる確率は低いだろうが。
もし空振りに終わったら、ライゾウと遊んでやろう。
という訳で、訓練場を離れて受付に向かう。
「おい、嬢ちゃん。辻斬り退治ってどういうこった?」
その途中で、ドレイクが真面目な顔で質問してきた。
まあ、ドレイク相手なら、軽く説明しておくべきか。
私を心配して言ってるんだろうし。
「ちょっと学校でやらかしてな。辻斬りが雇い主の命令で私とシオンを狙ってくるかもしれないから、先に探して斬る事にした」
「ちょっと待て。俺も狙われてるのか? 聞いてないぞ」
「言ってないからな。私もついさっき聞いた話だし」
「また、嬢ちゃん達が妙な状況に……」
ドレイクとシオンが頭を抱えた。
「リンネ殿。辻斬りというのは、この近辺に現れるという、あの辻斬りでござるか?」
そうしたら、今度は辻斬りという言葉を聞いてから沈黙していたライゾウが喋り出した。
なんか、思案するような顔をしている。
「あの辻斬りが、どの辻斬りかは知らんが、私の追ってる辻斬りはこいつだ。ほれ、手配書」
アレクの所から貰ってきた手配書を、ショートパンツのポケットから取り出して見せてやる。
ライゾウは、それを食い入るように見つめていた。
「うーむ……拙者の知る御仁に似ているような気がするのでござるが」
「ん? お前、まさか辻斬りと知り合いか!?」
こんな所に情報元が!
「実は、拙者は元々、その辻斬りの噂を聞き付けて、この街にやって来たのでござるよ。
辻斬りが振るうという紅色に輝く刃というのに、心当たりがあるのでござる」
そうして、ライゾウは静かに語った。
その心当たりとやらの話を。
「その刃の名は『妖刀紅桜』。世に名だたる最強の魔剣『十剣』が一振りにして、
拙者の故郷、和国においては『呪われし国宝』と呼ばれた、曰く付きの刀でござる」
……十剣だと?
これは思わぬ大物の名前が出てきたな。
十剣とは、この世界において『神剣』に次ぐと言われる、十の魔剣の総称。
手にするだけで英雄になれるとまで言われた、魔剣の最高峰。
辻斬りがその中の一本を持っていると言うのであれば、警戒度を大幅に引き上げる必要がある。
と、私がそんな事を考えていた時。
「た、頼む! そこをなんとかしてくれ!」
受付の方から、なにやら切羽詰まったような老人の声が響いてきた。




