39 墓参り
『やあ、エド。また来たね』
「ああ。また来た」
生まれ変わってからここに来るのは、もう二度目だ。
一度目は、王城に行った日の朝に足を運んだ。
本当なら、屋敷に来たその日に来たかったんだが、アレクとの勝負とか、アリスとの食事会とかで時間が潰れてしまったからな。
未練がましいとか言ってはいけない。
私だって自覚している。
『見てたよ、エド。生まれ変わっても大活躍じゃないか! さすが、ボクの旦那様!
アリスちゃんに付いてた悪い虫も追い払えたみたいだし、安心したよ』
「あれは私の手柄じゃない。アリス自身の功績だよ。さすが、私達の孫だ」
『ふふ。そうだね。さすが、ボク達の孫だ』
シャロはそうして、嬉しそうに微笑んだ。
……この笑顔は果たして私の見ている幻想なのか、それともシャロの幽霊なのか。
それは、未だにわからない。
わからなくていい。
こうして、この墓の前で近況を報告するのは、私にとって儀式みたいなものだ。
お前が命懸けで守った私は、ちゃんと人生を謳歌していると。
お前の死は決して無駄ではなかったんだと、シャロに伝える為の儀式。
『アレクくんの悩みも解決したし、良かった良かった。
ボクもあの子達の事は心配してたからね。
時々暗い顔してるのを見ても、この体じゃ慰めてあげる事もできやしない。
ホント、エドが戻って来てくれて助かったよ』
「……あいつらは、私がいなくても、自力で何とかしてたと思うけどな」
アレクにしても、アリスにしてもそうだ。
剣神として相応しいとか相応しくないとかいう、どうでもいい理由で悩んでいたアレクだが、私がいなくても、いずれ吹っ切っていただろう。
あいつには、剣神の称号なんぞよりよっぽど大事な家族がある。
それを守らねばならない事態に直面した時、アレクならば確実に迷いを振り払って覚醒していたと断言できる。
間違っても大切なものを履き違えたり、重圧で潰れるたりする程弱い男ではない。
アリスの方は、まあ、自力で何とかするのは難しかったかもしれない。
だが、あの子には支えてくれる奴らが沢山いる。
アレク、ユーリ、スカーレット、使用人軍団。
マグマやシグルス、フレアなんかも困ったら助けてくれただろう。
実際、アレクやユーリはクソ虫の排除に動いていた。
スカーレットは当たり前のように守ってくれていた。
私がいなくても、他の誰かに助けられて窮地を脱していたと思う。
それに、あの子はまだ子供。
いくらでも成長の余地がある。
案外、私が手を貸さなくとも、自力でクソ虫を退けていたかもしれない。
若者の可能性は無限なのだ。
『それでもだよ。君が頑張ってくれた事に変わりはないさ。お疲れ様』
「……ああ」
そうだな。
私も今回、それなりに頑張った。
自分の頑張りを否定する気はない。
困った時は助け合い。
戦闘力しか取り柄のなかった私に、こいつが教えてくれた事だ。
それを、しっかりと果たせた。
今は、その事を素直に誇ろう。
「……だが、これで終わった訳じゃない」
クソ虫は倒したが、心を折ってはいない。
シオンやスカーレットの予想通りなら、また私達の前に立ち塞がるだろう。
ひょっとしたら、今回の屈辱をバネに、より厄介に成長してくるかもしれん。
マグマの言っていた、未知の敵の事もある。
オーガの時、シャムシールの時と、今世の私に度々絡んでくる不気味な強敵。
王国を狙ってくると言うのなら、いずれその黒幕とも戦う時がくるだろう。
他にも、まだ私の知らない敵や、生きている内に遭遇してしまう脅威だって、きっとある。
戦いはまだまだ終わっていない。
むしろ、まだ始まったばかりだ。
「私の二度目の人生は始まったばかり。そして、戦いはこれからも続く。
……私はもう一度頑張ってみる。見守っていてくれ」
そう告げて、私はシャロの墓に背を向けた。
もう十分だ。
私は未練がましい奴だか、いつまでも感傷に浸って動けなくなる程弱くはないつもりでいる。
だから私は、シャロの墓に背を向けて、歩き出す。
『頑張れ。ボクはいつでも君を見守ってるよ』
後ろから、そんな声が聞こえたような気がした。
だから最後に、一度だけ振り返る。
「じゃあな。また来る」
『うん。行ってらっしゃい、エド』
そうして、私は歩みを進めた。
墓のある泉から離れ、森の中を歩く。
歩きながら考える。
今言葉にした通り、私のリンネとしての人生は始まったばかりだ。
それに、もしかしたら、私が女として生まれ変わったのは、私の為に死んだシャロの分まで生き抜けと、そういう意味なのかもしれない。
いささかロマンチックに過ぎる考えかもしれないが、そう思う事は自由だろう。
ならば、私のすべき事は一つ。
前世でそうしたように、今世も最後まで全力で生き抜き、今度こそ胸を張ってシャロに会いに行く。
その為にも、戦いの途中で死んでなんていられない。
シャロの分まで生きるのだから、もう一度、天寿を全うしてやる。
強くなろう。
今度こそ、戦いの中で大切なものを失わないように。
今度こそ、全てを守りきれるように。
それは理想論かもしれない。
私一人ではどうにもならない程に戦いが大きくなれば。
それこそ、もう一度戦争でも起こってしまえば。
私は必ず、何かを失う事になるだろう。
戦争とはそういうものだ。
敵味方問わず、大切なものを根こそぎ奪っていく。
それでも、その理想を目指す事をやめる気はない。
どんな理想も、目指さなければ叶わないのだから。
私は英雄だ。
かつての『剣神』エドガー・ナイトソードの生まれ変わり、『天才剣士』リンネだ。
ならば、英雄は英雄らしく不可能を可能にしてやろう。
その為の努力は惜しまない。
せいぜい、前世を超える大英雄を目指してやろうではないか。
大切なもの全てを救う、最強で無敵な大英雄をな。
墓参りからの帰り道、私はそんな決意を固めたのだった。
◆◆◆
「許さない……許さない……許さない……!」
王都にある、とある屋敷。
アクロイド公爵家の別邸の廊下を、一人の少年が歩いていた。
その様子は、正気とは言い難い。
怒りと恨みの籠った言葉をブツブツと垂れ流し、使用人達を怯えさせていた。
「許さない……! この僕にあんな屈辱を……! 絶対に許さない……! 殺してやる……殺してやる……殺してやる……! どんな手を使ってでも……!」
壊れたように殺意を口にする少年、フォルテ・アクロイド。
彼が目指すのは、父、ピエールの執務室である。
大方、ピエールの持つ権力と、私兵による兵力を当てにしているのだろう。
この時、殺意によって視野狭窄に陥ったフォルテは、自分を見つめる不気味な視線に気づかなかった。
「おやおや~」
歩き去るフォルテを見ながら、どこか愉悦の感情の籠った声を上げる男がいた。
フード付きの真っ黒な外套を羽織った怪しい男。
その顔には、笑顔を模した黒い仮面をつけている。
全身黒ずくめ。
街中で見かけたら即通報されるような、怪しさ全開の格好だった。
その男の隣には、フルフェイスの兜を被った上半身裸の巨漢が立っている。
実に怪し過ぎる二人組であった。
「今の少年、大臣さんの息子さんですかね~? モリメットさんはどう思います?」
「…………」
「無視! 無視は寂しいですねぇ!」
仮面の男のおどけた言葉に、巨漢の男は何も答えない。
もし、この場に彼ら事情を知っている者がいれば、今のやり取りを滑稽な一人芝居だと不気味に思った事だろう。
だが、そんな事を知っている者など、この場には一人としていなかった。
「さてさて。なんにしても、あの少年、実に良い目をしていましたね~!
これは何か面白い事が起こりそうです! もうちょっとこの国に留まってみますか」
仮面の男は一人で結論を出し、うんうんと頷いている。
そうして少しの間止まった後、二人は静かに歩き出した。
目的地は、フォルテと同じくピエールの執務室。
それすなわち、王国を蝕む敵が、王国を蝕む腐敗貴族と繋がっているという事。
不吉な影は、王国の裏へと確実に忍び寄っていた。
第2章 終




