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3 友達

「じゃあ、行って来る!」


 家の庭先において、私は元気良くそう宣言した。


「行ってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ」

「ワン!」

「わかった!」


 両親とロビンソンに見送られながら、私は家の外に向かって歩き出す。

 今日は友達と遊ぶ約束があるのだ。


 ここ数日、前世を思い出してからは親孝行がしたい気分だったので、鍛練の時以外は牧場の仕事を手伝っていた。

 だが昨日、しばらく顔を見せない私に怒った友達が家まで押し掛けて来たので、その行動力に免じて今日は遊ぶ約束をしたという訳だ。

 

 前世を思い出し、精神年齢が凄まじく上昇した今、子供の遊びに付き合うなんて苦痛でしかない……という訳でもないのだ、これが。

 身体に引き摺られて精神が若返ってるのか、それとも前世では子供の頃に遊べなかった反動か、私は今日の予定を普通に楽しみにしていた。

 父と母も「お手伝いは嬉しいけど、子供は遊ぶのも仕事だから、行って来なさい」と言って送り出してくれたし、留守番には頼りになるロビンソンもいる。

 今日は何の憂いもなく遊ぶとしよう。






 家を出て、待ち合わせ場所である大きな木の下まで走る。

 こんな時でも、鍛練は欠かさない。

 継続は力なり。

 目標は、あと十年くらいで、かつての全盛期を超える事だ!


 そうして村の中を疾走しているうちに、目的地が見えてきた。

 そこは、この村で一番大きな木が生えている場所。

 単純に大きいだけで、何の曰くもなければ、特別な種類でもない、ただの大木が生えている場所。

 今世の私は、よくここで友達と遊んでいるのだ。

 実に平和な幼少期。

 滅びる故郷から必死で逃げ出し、魔物が徘徊する森の中やら、チンピラが徘徊する路地裏の中やらを、死にかけながら這いずり回っていた前世とは大違いだ。

 大変結構。

  

 だが、今日は、そんな遊び場に先客がいた。


「978……! 979……!」


 大きな木の下で、青髪の小さな少年が、汗だくになりながら剣を振っている。

 私が父に貰ったものと似た訓練用の小さな木剣を、振り上げて、振り下ろす。

 それを繰り返している。

 素振りだ。

 だが、その動きは、少年の年齢には不釣り合いな程に、無駄なく、美しく洗練されていた。


 見たところ、少年の年頃は、今の私より2~3歳くらい上。

 つまり、8~9歳くらいに見える。

 その年にして、あの剣の冴えは異常だ。

 別に、素振りの上手さが剣術の強さに直結する訳ではないが、素振りは剣術の基本中の基本。

 これをおろそかにして大成した剣士はいない。

 素振りを見れば、そいつの剣士としての力量が、ある程度はわかる。


 それを踏まえて改めて見ても、少年の剣は異常だ。

 正直、素振りだけなら、前世の私や弟子どもを超えている。

 あくまでも、同年代の頃のという注釈が入るけどな。

 それでも、あの少年が天才というのは間違いのない事実だろう。

 いったい、何歳の頃から剣を振っているのやら。

 思わず、足を止めて見入ってしまった。

 まさか、こんな才能が、こんな田舎村に埋もれているとは。

 いやはや、世界は広いな。


「おい! そこのお前! ここは俺達の遊び場だぞ! 勝手に使うな!」

「そうっすよ! とっとと出て行くっす!」

「や、やめようよ……喧嘩すると怒られるよ……」


 そんな感じで、私がちょっと感心しながら静観していたら、なんか見覚えのある三人が少年に絡みだした。

 威勢のいい少年が一人と、それに追従する少女が一人。

 そして、そんな二人の後ろでビクビクしてる少女が一人。

 見覚えがあるというか、あれが私の友達だ。

 何やってんだ、あいつら……。


 少年は、そんな三人を不機嫌そうにギロリと睨み付けた後、無視して素振りを続けた。

 我が友は、そんな少年の態度を見て、額に青筋を浮かべている。

 うむ。

 トラブルの予感しかしないな。

 私は、急いで少年達の元へと駆け出した。


「無視すんなぁ!」


 案の定、沸点の低い子供である我が友は、生意気な態度をとった少年に掴みかかった。

 子供とは、こういう些細な理由で争いを始めてしまう生き物なのだ。

 今は私も子供だから、よくわかる。


 これが、ただの子供の喧嘩なら、まだよかった。

 私が急いで介入する程の事じゃない。

 存分に殴り合った後に、友情でも芽生えればそれでいい。


 だが、今回に限っては、そうじゃない。

 

 我が友が掴みかかった相手は、剣の天才。

 力を持った子供。

 分別のない子供が大きな力を持って振り回せば、それは取り返しのつかない事態を引き起こす。

 あの少年が、その力に見合うだけの自制心を持っていればいいが、持っていない可能性もある。

 なら、念の為にも、取り返しがつかなくなる前に、私が介入した方がいい。


 そして、私の嫌な予感は当たった。


「……俺の、邪魔をするな」


 小さく、微かに怒りの籠った声で、少年がそう呟き、我が友に向かって剣を振り下ろした。

 私は猛スピードでダッシュして二人に近づき、剣が我が友に当たる寸前に、左手で服を掴んで後ろに引き寄せ、同時に右手で腰に差していた木剣を抜き、少年の剣を受け止める。


「!?」

「え!?」


「そこまでだ。剣は、子供の喧嘩に使うもんじゃない」


「リンネ!?」

「リンネちゃん!」


 突然の私の登場に、その場にいた全員が驚愕する。

 特に、自分の剣を片手で止められた少年は、目を見開いていた。

 ……だが、思ったよりも軽い攻撃だったな。

 これなら、当たっても青アザ程度にしかならなかっただろう。

 一応、手加減はしていたらしい。

 それでも、ただの子供に向けて剣を振るうのは、褒められた事じゃない。

 たとえ、同じ子供同士だとしてもだ。


「先に手を出したこいつも悪いが、ただの子供に剣を振り下ろすのは駄目だぞ。とりあえず謝っとけ」


 私は少しだけ殺気を籠めた低い声で、少年を恫喝した。

 少年の顔が少しだけ強張る。

 ほう。

 その程度しか動揺を表に出さんか。

 中々に胆力もあるな。


 しかし、私の恫喝に便乗して、他の連中が騒ぎ始めた。


「そうだ! 謝れ!」

「謝るっす!」


 怯んだ少年に向かって、我が友二人が、我が者顔で糾弾しはじめた。

 おい。


「調子に乗るな! 私はお前らにも言ってるんだぞ! ベル! オスカー!」

「俺は悪くねぇ!」

「ベルに同じっす!」

「ふ、二人とも……素直に謝ろうよ……」

「ラビは黙ってろ!」

「ラビは黙ってるっす!」

「ひゃい……!」

「おい、やめろ! ラビに当たるな!」


 というか、騒ぐな!

 しかも、反省の色が全くないな、こいつら!

 見ろ!

 少年も、なんか呆れたような目でこっちを見てるじゃないか!


「……はぁ」


 そんな私達を見て威勢が削がれたのか、少年はため息を吐いて剣を収め、きびすを返して立ち去ろうとした。


「待てコラ! 逃げる気か!?」

「……出て行けと言ったのは、お前達だろう」

「言ってねぇよ!」

「あ、それ、あたしが言ったっす」

「オスカァァァー!」

「ちょ!? なんで、あたしに怒るんすかベル!?」

「や、やめようよ……」

「ああーーー! もう、グダグダじゃないか!」

「…………はぁ」


 グダグダになった空気に呆れたのか、少年は今度こそ振り返らずに立ち去ってしまった。

 こっちの三人組は、未だにワーワー言ってる。

 まったく!

 結局、誰一人として謝らなかったな!

 まあ、喧嘩がグダグダのうちに終わっただけでもよしとするか。

 怪我人も出なかった訳だしな。


 ……それにしても。


「その喧嘩っ早さ、もう少し何とかならないのか、ベル?」

「ケッ!」

「ケッ、じゃないぞ。お前、私が助けなければ、危うく怪我するところだったんだからな」

「助けてくれなんて言ってねぇし!」


 ダメだこれは。

 早く何とかしないと。 


 と、こんな感じで、大分ひねくれてるこの少年は、ベル。

 今の私よりも二つ年上で、おそらく、さっきの少年と同い年くらいだろう。

 私にからんできたこいつをボコボコにしたのが出会いだった。

 その頃から、何一つとして変わっていない。


「オスカー。お前も無駄に煽るような事ばっかり言うなよ」

「善処するっす」

「嘘つけ! 今まで善処なんてした事ないだろ!」

「失礼な! リンネはあたしを何だと思ってるんすか!?」

「考えなしのお調子者だろうが!」

「その通りっす!」


 そして、こっちの、なんも考えてなさそうな少女は、オスカー。

 ベルと同い年で、私が出会うよりも前から二人はつるツルんでいた。

 私にボコボコにされるベルを見るや、即座に逃走を選んだ薄情者だが、不思議と仲が悪くなる事はない。

 人間的な相性が良いのだろう。

 馬鹿だが、ユーモアがあるしな。


「うぅ……ごめんね、リンネちゃん……止められなくて……」

「あー……まあ、ラビは悪くない。でも、もう少し強く生きような」

「うん……」


 最後に、この気弱そうな少女は、ラビ。

 他の二人よりも少し年下で、私と同い年だ。

 常識的で良識的な子だから、もう少し成長すれば、他の馬鹿二人のストッパーになってくれるかもしれない。

 だが、今は無理そうだ。

 この気弱な性格で、年上で体も大きく、無駄に勢いのある馬鹿二人組を止める事はできないだろう。

 

「……まあ、いい。で、今日は何するんだ?」

「特訓だ! 剣の特訓をするぞ!」


 さっきの出来事を不問にして、今日の予定を聞いた私に、ベルが元気良く答えた。

 いきなり特訓と言い出すとは。

 さては、さっき私に助けられた事を気にしてるな。

 可愛い奴め。


 ちなみに、いつもはベルの好きな「英雄ごっこ」とかで遊んでいる。

 たまに村に来る行商人が売ってくれる絵本とか、吟遊詩人が唄う英雄譚とかに感化されて、こいつは英雄に憧れているのだ。

 憧れの英雄の中には、当然、前世の私も入っている。

 その記憶を思い出した今となっては、微笑ましさしか感じないな。


「勝負だ、リンネ!」

「よかろう」


 お気に入りの木の棒を突きつけながらそう言うベルに対し、私も木剣を抜いて応える。

 ベルの視線が、一瞬、私の木剣に注がれた。

 その目に宿る感情は「羨ましい」の一言。

 ベルの家は、この村に引きこもって街に出る事のない、生粋の農家だ。

 故に、基本的に街で売られている武器の類いを買ってもらえなかったらしい。

 ……もしかしたら、さっきの少年につっかかったのは、そこらへんの嫉妬心が原因かもしれないな。

 あの少年も、木剣持ってたし。


 ちなみに、私の木剣は、父が街の酒場に家の牧場で作られた牛乳とか卵とかを売りに行くついでに買って来てくれたものだ。

 昨日、こいつらが家に乗り込んで来た時、私の手に握られた木剣を見て「この裏切り者ォ!」って叫んでいた。

 どんだけ欲しかったのやら。

 だが、その気持ちもわからんでもない。

 私も、父にこの木剣をプレゼントされるまでは、似たような思いを抱えていた。

 ……今度から、もう少しこいつに優しくしてやろうかな。


「では、勝負開始っす!」

「うおおおおおおお!」


 オスカーが審判役を務めて勝負の開始を宣言し、ベルが雄叫び上げながら突撃してきた。

 そこに、年下の女の子に対する手加減などというものは、欠片も存在しない。

 普通に考えれば、ベルは血も涙もない鬼畜野郎という事になるのだが、これは違う。


 これは、私を相手に手加減なんて必要ないとわかっているからこそ、やっているのだ。

 

「よっ、と」

「このッ!」


 ベルの荒い攻撃を簡単に避け、時に木剣で受け流す。

 子供の攻撃くらい、闘気を使わずとも、簡単にさばける。

 これは前世の技術を継承したからこその動きだが、前世を思い出す前でも、このくらいの事はできた。

 ベルとの打ち合いは、昔からよくやっている。


 そして私は、ベルとの戦いに、一度として負けた事がない。


 おかしな話だ。

 ベルと初めて会って、からまれた時、私は喧嘩の経験なんて欠片もない、ただの美幼女だった。

 対して、ベルは割りと喧嘩に慣れた悪ガキだ。

 普通に考えれば、勝ち目なんてある筈がない。

 それが、蓋を開けてみれば、一方的な私の圧勝。

 多分、その頃から前世の影響はあったのだと思う。


 思えば、完全に記憶を思い出す前から、前世の片鱗は至るところにあった。


 剣を習いたいと強く思った事。

 エドガーの絵本を母に読み聞かせてもらった時に感じた、妙な既視感。

 ベルとの喧嘩で発揮した、年齢に見合わない戦闘力。

 他にも、改めて考えてみれば不思議に思う事はいくつかあった。

 

 だから、私は本当に記憶を失っていただけなのだと思う。

 リンネとエドガーは別人ではない。

 リンネの過去がエドガーであり、エドガーの未来がリンネなのだ。


「だあああああああ!」


 そんな事を考えながら、ベルの相手を続ける。

 私に攻撃が当たらない事がストレスとなり、それが元々荒かった動きを更に荒くする。

 ここまでだな。


「ほい」

「ぐあっ!?」


 大振りの攻撃を避けた直後、隙だらけのベルの足を蹴って転ばせる。

 そして、その眼前に木剣を突きつけた。


「私の勝ちだな」

「そこまで! 勝負ありっす!」

「クッソオオオオオオオオ!」


 オスカーが勝負の終了を宣言し、ベルが思いっきり声を上げて悔しがる。

 ベルは、私に勝った事がない。

 だが、負ける度に、こうして悔しがる。

 そして、これっぽっちも、めげず、挫けず、こう言うのだ。


「次は勝つからな!」


 ……普通、子供というのは、これだけ負け続ければ、飽きるか、ふてくされて、やめる。

 しかし、こいつは違う。

 これだけの実力差を前にしても、決して諦めない。

 その姿は、どこか大昔の私と似ている気がした。

 馬鹿女にボコボコにされ続けても挑み続けた、弱く、幼かった頃の私と。

 

 それは立派な才能だ。

 同じものを持っていた私が保証する。

 その才能で、世界最強にまでなった、この私が。


 だからこそ、私が返す言葉も決まっている。

 大昔、私の才能を伸ばしてくれた奴と、同じ言葉を口にする。


「ハッハッハ! いつでもかかって来るがいい!」

「じゃあ、今やってやるよ! もう一回だ!」

「いいだろう!」


 そうして、今日もまた、この小さな英雄をボコボコにした。

 ベルが本格的にバテてきた後は、オスカーやラビも交ぜて、鬼ごっこだの、かくれんぼだのをして遊んだ。

 特訓で体力が削れたせいで負け続けたベルがキレたりした。

 そんなベルを、オスカーが煽って締め上げられた。

 ラビは、青い顔で、それを見守っていた。


 そんな感じで、一日が過ぎた。

 とても楽しかった。

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― 新着の感想 ―
子どもなら木剣が欲しければ勝手に作りそうだけど? わしは適当な木っ端で作っては振り回してたけどな。
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